[0365] イラストレーター・アキ勝手に(?)誕生して順風満帆なネットお仕事生活

投稿:  著者:  読了時間:16分(本文:約7,500文字)


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【日刊・デジタルクリエイターズ】 No.0365  1999/07/3.Sat発行
http://www.dgcr.com/      1998/04/13創刊
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 <週末は海外から2本!>

●連載「CIAO from Italy」6
イラストレーター・アキ勝手に(?)誕生して順風満帆なネットお仕事生活
アキ・ダモーレ

●「鉄砲玉デザイナーのドイツ体験記」その1
8匹のドイツシェパードに囲まれた秋田犬
松永正泰

●展覧会案内
 ディジタル・イメージ大阪展 開催中 7月9日(金)まで



■連載「CIAO from Italy」6
イラストレーター・アキ勝手に(?)誕生して順風満帆なネットお仕事生活

アキ・ダモーレ
(イタリア在住/フリーのグラフィックデザイナー&イラストレーター/
イタリア珍事件簿のサイトを今夏公開予定)
STUDIO D'AMORE(akin@iol.it)
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プロバイダもようやく決まり、私のインターネット生活が始まったのは、今か
らちょうど3年前の夏の事でした。「さぁ、ネットで仕事を受けようじゃない
か!」と奮起しましたが、当時の環境では仕事の幅も制限せざるをえませんで
した。

メール添付にてのデータ送信ですと、当時では800Kが我がサーバーの上限だっ
たらしく、いくら分割送信したとしても大きな仕事は絶対に無理です。

大好きなパッケージデザインやポスターなどは出来なくなり、ちょっぴり悲し
い気分でしたが、自分自身でそういう道を選んだのですから、感傷的にはなっ
ていられません。許容範囲で出来る仕事は一体何か?を考えました。

会社やお店のロゴマークなら楽々出来る。パッケージも小物ならOKだろう。広
告も雑誌掲載用くらいなら出来るかな……などと色々浮かびましたが、軽いデ
ータで仕事出来るという点で、真っ先に思いついたのが、小さなイラストや雑
誌のカットなどです。

「そうだ!これを機会にイラストレーターにもなろう!」

それまでの私は、あくまでデザイナーで、イラストも描いてはいましたが、自
分のデザイン物に描いたり、納期などの問題で適当なイラストレーターが見つ
からない時に描いていた程度の仕事しかしていませんでした。

そんな私が、しかもデッサンすら出来ない私が、イラストレーターと名乗る事
にかなり躊躇しました。おちゃらけ路線のイラストしか描けないのに、そんな
肩書きを名乗っていいのだろうか? 素晴らしいお仕事をなさってるイラスト
レーターの方々に申し訳ないような、そんな感じを持ちました。

が、しかし! 背に腹はかえられません。生活もかかっているし、だいたいナ
ポリ人だって、素材集切り貼りしてるだけで『デザイナー』というのだから、
一応イラストの実績のある私が、イラストレーターと名乗ってもいいではない
か! と、急に開き直って(笑)営業を始めるようになりました。

メールや実際にお会いする営業活動の中、「イラストレーターのアキ・ダモー
レでございます」と言うのがまだまだ恥ずかしく「実は卵です…へへへ」など
と、つけ加えてみたりしていましたが、すぐに初の仕事が舞い込んで来ました。

それは日本の某誌のカット、しかも連載! いきなり連載を持てるなんて喜び
もひとしおだったのですが、第一回目のラフ送信にてトラブル発生! 何度送
信しても相手側はファイルを開けないとの事。

原因はメーラで、私がユードラを使っていて、相手がネットスケープでしたの
でファイル形式が違う…という簡単な事だったのですが、私もクライアント側
もメーラでデータを送り合って仕事をするのは始めての事でしたので、ただ焦
ってしまい、しかも私はネット関係にはまったく無知でしたので(どどどどー
しよー! やっぱネットで仕事なんて無理なのかしら?)と泣く始末。

しかし、クライアント側の熱意もあり、原因が解明して以後順調にお仕事を続
けさせて頂きました。それ以後に受ける仕事でも真っ先に聞いたのは、相手側
のメーラでした。今ではどのメーラでもデータ送受信はOKですが、当時私はユ
ードラの、それもライト版を使用していたので、送信データの形式も指定出来
なかったので(と、思います)、クライアントのメーラに合わせて、同じメー
ラから送って、難なく仕事を続ける事が出来ました。

そして他社からの依頼も、単発、連載まじえて少なからず入るようになり、今
では胸を張って「イラストレーターのアキ・ダモーレでございます」と言える
ようになりました(でもまだ「卵ですぅ」をつけ加えますが:笑)。

そしてデザイナーとしての仕事も、ネットにて順調に続ける事が出来ました。
小さな仕事を数多く…の量産システム(?)でしたので(笑)、世界中の友人、
知人にメールを出し、「小粋なデザインが欲しい時にはナポリのダモーレ商会
にご用命を!」などと冗談混じりで営業しましたが、お陰様で、ぼちぼちとア
メリカやヨーロッパの各国からの仕事も来るようになりました。

たいていはロゴマークですが、個人企業やお店が日々増産されていく国々です
ので、依頼はかなり入ります。しっかりしたCIなどと比べてギャラは少ないで
すが、そこから発展して他社からの依頼も入り、ダモーレ商会(?)は、細々
ながらもワールドワイドになっていっております(笑)。

小さな仕事ばかりとは言え、私の大好きな分野ですのでやりがいがあり、しか
もナポリに居ながらトラブルのない仕事を続けられ、毎日落ち着いて作業出来
るようになれたのが一番の収穫だったと思います。

「う~ん、ナポリ人と仕事してキリキリしていたのがウソみたいだわぁ。イン
ターネットが普及してホントに良かった!」としみじみ感じていました。

そんな順風満帆なネット仕事生活を送っていたのですが、ついにはワタクシも、
ナポリでの仕事を再開するようになりました。あんなにイヤがっていたナポリ
仕事ですのに、再挑戦?! しかも現在では、日本以外の国との仕事は打ち切
りにして、イタリアの、それもナポリ仕事を中心に活動していくか?!との希
望すら持ち始めているのです。

ナポリではもう仕事はしない! と思っていたのに、一体どういう心境の変化
なのか?!……先ずは道ばたで、ナポリデザイン事務所の社長に出くわしてし
まった事からアキ・ダモーレのナポリ仕事復活が始まったのでございます。

(つづく:次回は最終回!)

・約半年にわたって不定期に連載してきたアキ・ダモーレ! もうおしまいと
は残念。プロバイダ珍事象の報告と、ちゃっかり自分のHPの宣伝もしてしまお
うと、勝手にもくろんでおるという次回をお楽しみに。(デジ栗)


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■「鉄砲玉デザイナーのドイツ体験記」その1
8匹のドイツシェパードに囲まれた秋田犬

松永正泰
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1978年2月1日アエロフロート航空のモスクワ経由で、ドイツのデユッセルドル
フ空港に到着。ボクは23歳の誕生日をシベリアの上空で迎えました。初めての
異国の地でした。

デユッセルドルフ人口約70万人。その当時のデユッセルドルフにはすでに日本
の銀行、メーカー、商社など約170社、2,500人以上の日本人が住んでいました。

飛行場に迎えに来てくれたのは、当時の博報堂デユッセルドルフ支社長の田岡
さん(山口組とは関係ありません)。白のベンツのトランクに荷物を入れると
さっそくボクの住むアパートに案内されて、一通り部屋の説明をしてもらって
鍵をもらいました。

とても変わった部屋で、ドアを開けるといきなり階段。登りつめるとフロア兼
キッチン、左が寝室、右がバスルームで窓はななめ、俗にいう屋根裏部屋です。
マリエンシュトラーセの37番。ここが、ボクの初めての海外生活のスタートで
した。

翌日、田岡支社長がボクをピックアップ。いよいよ初出勤です。デユッセルド
ルフの街を離れ白いベンツで走ること約40分、住宅街の一戸建ての前で車が止
まりました。アレーと思っていると「松永君こっちだよ」と玄関に案内されま
した。

なかに入ると、田岡夫人がお茶を用意されて一通り挨拶。ところで仕事場は?
と聞くと、なんと案内されたのは地下室。そこにはデスクが一つ、コピー機、
テレックス(テープにブツブツの穴が開いているヤツ!)応接セットが一つ。
博報堂デユッセルドルフ支社は、なんと一戸建ての地下室にあったのです。

(その当時日系広告代理店はまだヨーロッパに拠点を置く事はなく、ボクの記
憶だと博報堂イギリス支社のみでした。ですからドイツでは博報堂が日系広告
代理店の先駆者だったのです。電通が進出してきたのはズーッと後でした)

話は戻って、ボクが唖然としていると田岡支社長曰く「今度は松永君の仕事場
に案内します」と、またベンツに乗り込みデユッセルドルフ市内へ。古くガッ
シリしたネオルネッサンス建築風の建物に案内されて玄関に入ります。天井が
高く、小さいがとても品のあるシャンデリア、床は白黒の大理石で敷き詰めら
れていてとても豪華。階段を登ると大きな扉があり、そこにはベッセレベルブ
ンク広告代理店(Bessere Werbung )という看板がかかっていました。

中からブザーが鳴り、扉を開けると(ドイツにおけるこの鍵のシステムについ
ては苦い経験がありますがこの話はまた後で!)そこにはギュンター・ミュラ
ー社長、ペーター・フェゼ・クリエイテイブデイレクター、クリステイーナ・
アベル・メデイア担当女史が出迎えてくれました。

ちょっと、彼らの特徴をのべますネ。まず、ギュンター・ミュラー社長は身長
185cmぐらいのハゲひげメガネ男だが、なかなかインテリッぽい、声が大きい。
ペーター・フェゼ・クリエイテイブデイレクターは身長180cm ぐらいでガッチ
リタイプ、日本の事情に少し詳しい。クリステイーナ・アベル・メデイア担当
女史は身長170cmぐらいの赤毛で少し巨漢。

この3人に社内を案内され他にも5名を紹介されました(ブリギッテ・グラフ
ィックデザイナー、シュトイヤー・アートデイレクター、ベップス秘書、シュ
ナイダー営業マン、カタリーナ制作進行)。全部で8人の小さな広告代理店で
した。

もちろんその当時ボクはドイツ語なんか一言も喋れませんでしたし、英語も日
常会話に少し毛がはえたくらいでした。ひととおりの紹介が終わり、ボクに大
きな机と制作道具が与えられ、さて仕事の段取りでも田岡支社長に説明をして
もらおうと思ったら……。「では松永君、私はこれで失礼する。後は皆と打ち
合わせをよろしく!」オイオイちょっと待って! ボクが声をかける間もなく
田岡支社長は足早に部屋を出て行ってしまいました。

クソーッ。ボクを一人にしてそれはないんじゃないのぉー、田岡組長いや支社
長!!! ドイツ人8人に囲まれたボクは一瞬顔を引きつらせ、(本人は一生
懸命笑っているつもりでしたが)手に汗を感じながらボーッと突っ立っていま
した。まるで8匹のドイツシェパードに囲まれた秋田犬(ボクは長崎出身)で
した。

エーイこうなりゃ煮るなり焼くなり勝手にしやがれってんだ。どうせ俺は博報
堂組の鉄砲玉デザイナーじゃぁー、と開き直りました。するとドイツシェパー
ドのボス犬。アッーと失礼! ミュラー社長が「今からミスターマツナガの歓
迎会をします」と言うや否や、ベップス秘書がゼクト(ドイツ風シャンペン)
を数本開けてグラスを皆に渡していた。なみなみと注がれたグラスで乾杯。ウ
ソー、真っ昼間からシャンペンかよー。ドイツってすげえなぁー。皆仕事はし
ないのかい?

ボクは日本では超真面目仕事人間で、毎日夜の10時前に帰宅する事はありませ
んでしたし、2日位の徹夜なんかは平気の平チャン、デザインの仕事が面白か
ったですし、趣味でお金貰えてボクは幸せ者と思っていました(まあーこれは
今でも同じ考えですが)。とにかくボクからデザインの仕事を取ったら何も残
らなかったのです。そのボクが異国の地ドイツで、それもドイツ人しかいない
広告代理店で、初出勤の日の真っ昼間からシャンペンを片手に……。

to be continued.

今日は6月23日、気温は約20度。清清しい天候が続いております。明日からこ
こハンブルクの市庁舎広場で、シュツットガルトのワイン市が開催されます。
2日前が夏至でしたが夜の11時位までまだまだ明るいので、仕事を終えたワイ
ングルメ達がゾクゾクと集まりワイン談義に花を咲かせるのでしょうネ。では、
また。

【松永正泰】まつなが・まさひろ
博報堂の鉄砲玉グラフィックデザイナーとして渡独しアートデイレクターを経
て、今現在ハンブルクでM.M.&P. Creative Design GmbHというデザイン制作会
社を主宰。
m.matsunaga@joice.net

・アキ・ダモーレに刺激されて(?)私にも書かせろとドイツから届いたデザ
イナー一代記(?)のイントロ。これから面白くなります。キット。(デジ栗)

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■展覧会案内
ディジタル・イメージ大阪展 開催中 7月9日(金)まで
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会期:6月29日(火)~7月9日(金) 4日(日)休館
午前10時~午後6時 3日(土)午後4時まで
会場:大阪府立現代美術センター 入場無料
530-0005 大阪市北区中之島3-2-18 住友中之島ビル 06-445-6665

会場風景 若い人がたくさん来ています
http://www.digitalimage.org/osaka.html

ディジタル・イメージ会員のイラストレーター柴田敏明さんが、ほぼ毎日更新
しているデジカメ日記が仲間内でも評判だ 
http://www1.kcn.ne.jp/~ko-shiba/

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■現在募集中
http://www.dgcr.com/etc/invite.html

読者プロフィール(投稿大歓迎!)
ホームページリニューアルインフォメーション(見て見て更新したよ!)
新刊情報(編集者が著者が宣伝しちゃう!)
デジクリClassifieds(売ります買います)など、
クリエイターに有益なもの全般!!

■編集後記(7/3)
・昨日の朝日新聞の「私と日の丸」という囲み記事で作曲家の中田喜直さんが
「歌詞は歌詞で悪くないけれど、旋律とまったく合っていない」「自然に聞い
て、日本語としてわからない。それを国歌として決めてしまうのは、音楽に理
解がないとしかいいようがない」と言っていたがまさにその通りだと思う。だ
が、ウタダヒカルをはじめいまの若い歌手の歌は、日本語を変に区切っていて
気持ち悪いったらない。よく平気で歌えるもんだ。「日本語の歌詞と旋律を考
える会」でも作って活動しようか。ト、年寄りは不機嫌である。(柴田)

・NeoJapanというチャンネルがある。選曲が面白い。ここではマイナーもオリ
コンレギュラーたちも同列でかかる。プロモーションや力関係がないので自由
なのだと想像する。TVでは無名でもいい音楽はいっぱいある。いいから売れる
曲も多いけど、売れているからいい曲だなんて思わない。のったもん勝ちな世
の中ってつまらない。混在してこそ面白いと思う。まぁ、ただ単にいろんな音
を聞きたいだけなんだけどね。日本では実現しなかった世界が、海外ではこん
なにもすんなりと実現するんだなぁ。あと曲数が増えれば完璧。(ハマムラ)
http://www.spinner.com/

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     <http://www.dgcr.com/>

編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
        森川眞行 

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