[0423] 無益な仕事ゴッコにハマル

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0423  1999/09/21.Tue.発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 13656部
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●デジクリトーク
 無益な仕事ゴッコにハマル
 海津宜則

●連載 デジクリレポート『デジカメ〜買ったから書いちゃうぞ!!』
その4 SCSIで何とかならないんですか? 
服部幸平

●展覧会案内
 ギンザ・グラフィック・ギャラリー第161回企画展
 FUSE EXPOSITION tokyo1999


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■デジクリトーク
無益な仕事ゴッコにハマル

海津宜則
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なにやら、知らない間にデグシリ火曜日レギュラー?的な状況に追い込まれて
いる私だ。誰もレギュラー宣言?などしてはいないので、突然消滅する可能性
は、まったく無益な原稿を執筆している以上、極めて高いはずだ。ところで、
元々は火曜日って、柴田さんのレギュラーコーナーではなかっただろうか? 
ピンチヒッターは一打席が命のはずだが・・・。なにか嫌な予感のする深夜3
時の仕事場である。

そう言えば、編集王柴田さんの武勇伝というのを、私はあまり知らないが、会
えば穏和なおじさん(失礼)なのに、普段はクロスバイクを乗り回しているら
しい。私の知っている柴田さんは別人なのだろうか? そんな私も、スポーツ
系の趣味はローラーブレードである。おもいっきり似合わないのは、自ら周知
の事実だ。ところで、柴田さんが最初にコノ道の仕事ゴッコをしたのはいつ頃
だったのだろうか? という疑問が突然沸いてきた。恐らく青年柴田編集王も、
怪しいミニコミ紙なんかも手掛けていたのだろうことは、大いに想像できる。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ミニコミ紙と言えば、最近はどんな怪しいものがあるのだろうか。実は、私も
遠い昔の銀河の果て(国鉄南部線溝の口駅界隈)でミニコミ紙の出版に関わっ
ていたことがある。当時は、まだ『ぴあ』もスタートして間もない頃であった
と記憶している。(35歳の海津さんだと計算が・・・などという、つまらない
突っ込みは、しはないように)。さて、このミニコミ紙だが、A6という豆単の
ようなサイズではあったが、ちゃんと印刷・製本された、広告すら取るという
本格的なものであった。今で言うタウン誌の走りである。当然、編集部には怪
しげな人間が絶えず出入りし、毎日が編集会議であった。なお、スタッフの大
多数は大学生で、私のような社会人は2名しかいなかった。

事務所は贅沢とはいかないが、六畳一間の安アパートを借りていたので、本格
的な出版社の体裁だけは整っていた。いや、実際は、当時としても異常なほど
とんでもなく怪しいアパートで、私など、夜中に共同トイレに行くのが本気で
怖かったのを思い出した。明らかに何か出そうなトイレなのである。いや、現
物を見た人も現れる始末で、恐怖のボルテージは一気に跳ね上がっていた。今
から思うと、アノ不可思議な空間は本当にあったのだったのだろうか? と疑
いさえ抱く。絵にも描けない恐ろしさ〜とは、このコトだろう。

もともと、雑誌タイトルのロゴタイプ作成依頼から、この編集部に加わった私
の、ココでの仕事は原稿執筆とデザインディレクションである。当然ながらパ
ソコンなんてない時代のこと。シコシコと写植を貼り付ける版下作成に汗して
いたが、それはそれで面白い日々であった。だいたい、昔苦労したらしい話な
んて時間が経つとすっかり忘れてしまうくせに、都合のいい話だけはしっかり
覚えていたりするのが、人間のずるいところである。『俺の若い頃は〜』なん
て説教は、聞いたふりして、その場で忘れてあげるのがマナーである。

と、ここまで読んだ方の多くは、いったいどのくらい儲かったのか? が一番
興味のあることではないだろうか。答えは『ゼロ』である。これだけ本格的な
出版を行っていたにも関わらず定価は100 円でスタート。1年ほどでタブロイ
ド紙に形態をリニューアルし、価格も一気に20円まで下げてしまった(末期は
10円)のである。印刷代金不足のために自腹を切るということは日常茶飯事で
あった。薄給の私にとって、実は、コレが一番辛かった。武士は食わねど高楊
枝にも限界はある。

しかし、私は本気であった。それは、儲けて大きな会社にするといった、誰も
が考える常識的?なものではなく、本気で出版ゴッコをしたかっただけなので
ある。やるからには儲けなくては? という疑問を持つ方も多いだろう。それ
は当然の欲望だ。他のスタッフの本音は分らなかったが、私はこれで満足して
いた。もちろん何かの間違いで大儲けしていたら、私の人生も変わっていただ
ろう。どこかの雑誌で『海津の小ねた〜】なんて、やっていたかもしれない。
しかし、私は当初から甘い夢など見たいとも思っていなかった。つまり最初か
ら冷めたスタンスでいたということである。

それは当然である。こんな簡単に雑誌もどきを作成・出版して大ヒットするの
であれば、誰も苦労しない。悲しいことに、オイシイ話なんて世の中にはない
のである。どうも、オイシン話に無条件で飛びつく人を【オイシイ人の無条件
降伏】と言うらしい。そうは言っても、大学生で会社を興してビッグになった
話というのは後を絶たない。が、それはあくまでも氷山の一角であり、10年先
に残っているかどうかは怪しいものだ。と、私は思っている。才能溢れる人な
んて、そんなに沢山いるはずもないのである。だからと言って、私は世故に長
けているわけではない。

そして、大学生のスタッフの就職が内定しはじめた頃、この幻のミニコミ紙は
銀河の彼方からフェイドアウトした。めでたし、めでたし。実際、消滅半年ぐ
らい前に事務所のアパートが、上階の学生のタバコの火の不始末から全焼して
しまったのも休刊に少なからず影響していたようだ。消火後の焼け跡に、いみ
じくも降り積もった初雪を見て、何を突然勘違いしたのか?『美しい!』を連
発し、他人事のように写真を撮りまくっていた私を、仲間達はどう思っていた
のだろうか。

ところで、本格的に印刷した雑誌もどきは、このミニコミ紙が最初だが、私に
は肉筆回覧誌というものを含めると、実に悪質な前科が多い。中学・高校時代
のクラブ活動のレジュメ類の編集・印刷を除くと、処女作は高校を出て、荒野
の素浪人をしていた頃だったろうか。巷ではタイガース(浪速の阪神タイガー
スではない)時代からのファンであった沢田研二の『危険なふたり』が大ヒッ
トしていた。そんな流行に乗ったわけではなかったが、年上のガールフレンド
が、何故か?私にもいたりした(赤面)時代である。

とにかく受験勉強そっちのけで出版物作成に打ち込んでいたのである。親不孝
のスタートだろうか。凝り性(悲しい性格)の私は、ヤル時は本格的でないと
気が済まない。だから、当時発売されたばかりのB5サイズ青焼きコピー機(正
式名称は忘れてしまった)を購入し、よせばいいのにイラスト入りの詩集を不
定期に発行しては、友人に配布していた。もう完全にコレが嫌がらせの出発点
(?)だろう。

その後大学に入り、出ることなくデザイン学校に鞍替えしてからは、水を得た
魚のごとく、オール手書きの怪しい肉筆回覧誌を不定期とはいえ8冊ほど刊行
した。コラージュ、イラスト、エッセイ、マンガ・・・盛りだくさんの加薬ご
飯である。そして、私にとって、ここでのもう一つの楽しみは、当時凝り固ま
っていたSF短編小説(星新一に代表されるショートショートの類)を掲載する
ことでもあった。

さて、この雑誌発行の発端はなんであったか忘れてしまったが、課題のための
作品づくりに疲れはじめていた頃だったように記憶している。毎日意味もなく
喫茶店に入り浸っては、時間をつぶしていたコトの反発だったのだろうか。日
記を付ける習慣のない私(単に、几帳面ではないという証)には、これ以上の
ことは思い出せない。そう言えば、課題を規定通りに提出していた者ほど、原
稿締切を厳守していたのは何故だったのだろうか?

当然ながら、課題作成だけでも連日徹夜を繰り返していた私は、この本の作成
のためにほとんど寝ることが出来なかった。どうやら私は、自分自身に対して
サディスティックなのかもしれない。しかも、あんなに気合いを入れて作成し
たにも関わらず、読者は制作スタッフとその友人という、ごく限られた者だけ
であった。私にとって出す意味などどうでも良く、作る楽しみ(苦痛)だけが
優先していたのである。苦痛は快感に変わることを、この時知った。

そこまでして何が面白いの? と思われる方がいて当然だ。だが、天分として
のセンスを持ち合わせていない私(今も変わりないのが、悲しい)は、卒業ま
でに、少しでも経験を積みたいとムキになっていたのである。有名道場の師範
代であっても、我流の野武士には真剣勝負ではかなわないのと同じだからだ。

私論だが、天分としてセンスを持ち合わせている人は別として、普通は、経験
を積み重ねるという正攻法が確実ではないだろうか。センスは、ある程度経験
を積めば磨くことが可能だからである。もっとも、某国は教祖と芸術家の密度
が世界一、異常に高い国なので、あながちイケチャウかもしれない。立て慨嘆
のアーティスト! ということだろうか?

余談だか、当時作成した本を見ながら記憶を紐解いていた時、私は突然唖然と
した。そこにある当時の私の作品は、子供でも笑っちゃうほど稚拙(じゃ、今
は?と、言われると言葉が出ない)だが、紛れもなく現在発表しているフォト
イメージングの原点そのものだからだ。いままで無意識に行なっていた作品づ
くりがココからスタートしていたなんて、このネタの原稿を執筆しようと思わ
なければ永遠に気が付かなかっただろう。良かったのか? 悪かったのか?

さてさて、願わくば、この本の執筆者の中から、一人でも著名人が出てくれた
ら、私は一気にお宝持ちになるのだが、悲しいかな未だにこれは実現していな
い。 ところで、一つだけ後悔していることがある。ソレは、この時代に何か
武勇伝の一つでもやっていればである。自慢話が一つもない私でも、今頃大い
に自慢話の原稿が執筆出来たのに・・・と。

【かいづ・よしのり】
グラフィックデザイナー/イラストレーター。
http://www.kaizu.com
mailto:yoshinori@kaizu.com

・わたしも高校のときからガリ版誌を発行していた。大学ではふたつのクラブ
と連盟の機関誌(ガリ版とタイプ)を作り、就職してからは社内回覧の肉筆誌
を作っていた。出版社時代には日刊の社内ゴシップ紙も出していた。最近机を
整理していたら現物が出てきて、つい読みふけってしまった。昔から皮肉やオ
チョクリが好きで、この病気は直らない。すぐ謝るのが情けないが。(柴田)

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■デジクリレポート『デジカメ〜買ったから書いちゃうぞ!!』
その4 SCSIで何とかならないんですか? 

服部幸平
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「フラッシュパス、というのがあります」
『フラッシュ..........パス.........??』

初耳〜。何それ?

「こういうヤツなんです」と、その店員さんが持ってきたのは、、FD!(フロ
ッピーディスク)みたいなもの。
『これは?』
「ここにメディアを入れて、ですね、後はFDドライブに入れるだけです」

おお! それいいね〜。なんだ〜〜〜〜〜アルンじゃあない!まったく!!
このテクニシャンッ!!!!

「ただ.................」
『タ............ダァ〜〜〜?』 まただ。早く言え。
「電池が入ります」
『電池?どこに?』
「ここです」裏蓋にオハジキのような大きさの電池が2個ある。あまり見た事
のない大きさ。
『これで動くの?』
「そうです」
『あんまり見た事がないですね〜こんな電池。コンビニとかで売ってます?』
「いや〜、コンビニとかにはないですね〜。専門店だけです」
『どれくらいもちます? 電池』
「う〜ん、詳しくは分かりませんが、メーカー曰く、3時間だそうです」
『1個いくら?』
「200円になりますね」
『2個で400円ですか』
「ですね」

サンジカン。デンチ。コンビニに売ってない。ヨンヒャクエン。センモンテン。
なんかメンドちい。もっとさ、こう「手軽に!」って感じじゃあない? デジ
カメは。

補足:それもこれも、全てはデジカメの画素数の増加、データ量の肥大化に原
因があるそうです。デジカメが出始めの35万画素レベルならば、転送にシリア
ルなどでも対処出来ていた。

それが「200万画素オーバー」が続々と発売されている最近では(と言っても、
たった2年前)とても当時のレベルでは、すべてのハード類がスペックオーバ
ーになってしまっている。進歩のスピードが速すぎますからね、デジカメは。

『SCSIで何とかならないんですかあ?』
「SCSIだとコチラの商品になりますね」

何なんだ? コノ人? 最初からソレを薦めろよ。まったく。どれどれ??

「こちらですね〜」
『ああ、これがスカジ〜対応なんですね?。何階で売ってますか?』
「いや〜、それが........ですね〜」
『ええええええ〜〜〜〜〜〜??????』
「在庫がないんです」
『.............いつ入荷?』
「わっかんないんですよね〜。それが。いつ入ってくるのか。これ、アメリカ
のメーカーなもんで、、、。催促はしているんですが、今は入荷してきてない
んですよ〜」

入荷未定。アメリカ。
だめだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜モウ!!。デジカメがあ〜〜〜〜〜。

「Windowsなら色々あるんですよね〜」

オレはMacだって言ってんだろ!!!!!!!!!!!

も〜〜〜う、こ〜うなったら....................
「アキバ」しかないっっっっっっ!!!!

【はっとり・こうへい】イラストレーター。ディジタル・イメージ会員。
http://www.asahi-net.or.jp/~pg9k-httr/
pg9k-httr@asahi-net.or.jp

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■ギンザ・グラフィック・ギャラリー第161回企画展
FUSE EXPOSITION tokyo1999
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1991年英国ロンドンで、ネヴィル・ブロディを編集長として創刊されたデジタ
ルフォントの実験誌「季刊FUSE」が、今年で10周年を迎える。世界各国か
ら先鋭的デザイナー達の参加を得、伝統的タイポグラフィに対して過激な挑戦
を続け、90年代タイポグラフィシーンに多くの問題提起を行ってきた同誌10年
間の活動の軌跡を、参加作家68名の実験作品、フォント、ポスター、映像作品
等により、一堂に展示。FUSEバックナンバー、参加作家作品、資料などの販売
も予定。

日時 10月1日(金)〜26日(火)
会場 ギンザ・グラフィック・ギャラリー
   東京都中央区銀座7-7-2 DNP銀座ビル 03-3571-5206
企画・監修 Neville Brody、江並直美 
後援 ブリティッシュ・カウンシル、FONTSHOP japan、RESARCH STUDIO、
   DIGITALOGUE

ギャラリートーク
出演 Neville Brody、江並直美
日時 10月4日(月)2:30-4:00PM
会場 東武ホテル   入場無料
参加希望はギンザ・グラフィック・ギャラリーまで申し込む

http://www.dnp.co.jp/gallery/contents.html
http://www.One-line.com

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■編集後記(9/21)
・クロスバイクで約1時間汗を流す。外環で荒川を越えて和光、朝霞、志木を
走り、秋ケ瀬の荒川土手で道に迷い(地図なしの行き当たりばったり)悪路に
踏み込むが、さすがのフロントサスペンションが効果的。全行程、すべての自
転車乗りを抜き去ってきたが、さくら草公園入り口でドロップハンドルにあっ
と言う間においていかれる。追走を開始、かなり本気、マラソンランナーの気
持ち、1キロくらい激走してやっととらえた。おかげで、別所沼公園で一休み
したときは体がガクガク。夜は仕事にならず、先日買ったホラーものを一気読
みする。この疲れはきっと翌日まで残るはず。年はとりたくないぞ。(柴田)

・たまたま耳に入った「ベサメムーチョ」が頭から離れない。他の曲を聴いて
もループし続ける。やはり時代を経てきた音楽は強いな。(hammer.mule)

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発行   デジタルクリエイターズ
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編集長     柴田忠男 < mailto:tdo@green.ocn.ne.jp >
デスク     濱村和恵 < mailto:zacke@ppp.bekkoame.ne.jp >
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