[0460] 赤ヘルとカスバの女

投稿:  著者:  読了時間:16分(本文:約7,700文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0460   1999/11/06.Sat発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 14279部
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 <涙じゃないのよ~>

●デジクリトーク
 赤ヘルとカスバの女
 十河 進

●デジクリトーク 
 ゲイとアートとシャブ
 桑島幸男



■デジクリトーク
赤ヘルとカスバの女

十河 進
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話題になっている本だから読んだ人もおおいと思うが、川口和久の『投球術』
(講談社新書)が面白い。野球を見る目が違ってくる。野村克也が解説者をし
ていたときに、大変理論的な解説をしてくれて「なるほど」と思ったことがあ
るが、この本もけっこう目から鱗が落ちる。

しかし、広島カープファンである僕にとって、フリーエージェント宣言をして
14年も在籍したカープから巨人へ移った川口は「おまえもか!」という存在
だ。「そんなに巨人に行きたいの?」と思うが、選手にとってみれば、いつも
満員の球場でプレーできるし、知名度が違うから引退後のメリットも大きい。

厳密に言えば、僕は広島カープのファンというより弱小チームのファンである。
万年最下位だった頃のカープ、若松と安田がいたけど弱かった頃のスワローズ、
何十年も優勝していなかったホエールズなんかが好きだった。

パリーグで肩入れしていたのは、太平洋クラブライオンズ、いやクラウンライ
ターライオンズだったかな。基、若菜、真弓、竹之内、東尾がいた。西武に買
収され、潤沢な資金がある常勝の人気チームになってからは嫌いになった。

1975年、広島カープ初優勝の時には、それまで日本シリーズくらいしか見
なかった僕が「週刊ベースボールマガジン」を毎週買うほど入れ込んだ。当時
はプロ野球ニュースもなく、巨人戦以外の試合を詳しく知るには、「週刊ベー
スボールマガジン」が一番だったのだ。

カープの選手では、大振りばかりしている衣笠が好きだった。長嶋に憧れてか、
3塁にコンバートされると背番号を3に変え、バッターボックスでは長嶋ばり
の三振をした。首元に覗く金のチェーンが日本人離れした風貌に似合った。ギ
ャング役が得意だったフランスの俳優ミッシェル・コンスタンタンに似ていて、
ハードボイルドな雰囲気があった。

カープ初優勝のベストナインは、今でも言える。一番・大下、二番・三村、三
番・山本、四番・ホプキンス、五番・シェーン、六番・衣笠、七番・水谷、八
番・水沼か道原、九番・外木場である。エースは何と言っても外木場だった。
ケンカ義郎と言われた熱血ピッチャーである。

先日、日本シリーズ第一線でダイエーホークスの工藤が三振13個のシリーズ
記録を作ったが、外木場も13個の三振を日本シリーズで奪ったことがある。
ただし、延長13回をひとりで投げきって、である。今でもアナウンサーの絶
叫を思い出す。

「外木場、この1球で200球です!」

外木場は負けなかった。ひとりで肩も折れよとばかりに投げ抜き、負けなかっ
た。しかし、勝てもしなかった。この年の日本シリーズでカープは1勝もでき
なかったのだ。4敗2引分け。日本シリーズで1勝もできなかったのは、19
75年の広島カープだけだと思う。

あの年、熱心なカープファンになったのは、前年、最下位だったカープの快進
撃に、現在で言うリベンジの感覚を味わったからだ。貧乏育ちのひがみからか、
権威や強者や恵まれた者が嫌いだった。その分、恵まれない者、不運な者、弱
者に過分な思い入れをする傾向がある。だから、弱者が復讐を遂げるシチュエ
ーションには拍手したくなるのだ。

セリーグのお荷物球団と言われたカープが、シーズン途中の監督交代や様々な
ことを克服して優勝に突き進みだした頃、毎朝、スポーツ新聞を買って何度も
何度も勝利の余韻に浸ったものだった。そしてクライマックスが訪れた。人気
だけは凄かった長嶋の監督1年めに、その目の前でカープは胴上げをしたので
ある(もっとも翌年、長嶋巨人軍はカープの目の前で優勝を決める)。

長嶋の引退には涙したクチだが、巨人は好きではない。球界の盟主を自認する
ジャイアンツの目の前で、球団創設以来26年めに地方の地味な球団が優勝を
決めた、そのリベンジは現実の生活の中では屈辱を晴らすこともできない青年
(当時は痩せた青年だった)に一瞬のカタストロフィを感じさせたものだった。

もうひとつ、カープに思い入れた理由がある。スポーツ新聞の見出しに踊った
「赤ヘル軍団」という言葉だ。カープはその年、ユニフォームを変更しようと
したが予算がなく、帽子とヘルメットだけを真っ赤に変えた。ノーアウト満塁
などのピンチに陥ったとき、内野手全員がマウンドに集まると、赤いメットの
花が咲いたようで本当に強そうだった。

僕が大学に入ったときに『カスバの女』の替え歌が伝説のように歌われていた。

涙じゃないのよ~催涙弾に ちょっぴり~このほほ濡らしただけさ
ここ~は~神田の解放区 あか~いメットの花が咲く

全共闘世代という分類がある。僕の世代は彼らの直後に当たるが、2、3年の
違いが決定的な悲惨さを生んだ。その分類法に従うなら、僕らの世代は「内ゲ
バ世代」と呼ばれる。その呼び名だけで説明はいらないだろう。全共闘世代の
高揚の後には、退廃と堕落が訪れたのだ。

大学へ行けば、中庭で色の異なるヘルメット同士が乱闘を繰り広げていた。僕
は基本的にノンポリだったが、その乱闘を遠巻きにして周りの学生たちと一緒
に「もうやめろ」と叫んでいた。おまえたちは革命をめざしていたのではなか
ったのか、と。大学1年の冬に起こった「連合赤軍事件」は決定的だった。あ
のときの気分をどう表現したらいいのだろう。何かが壊れてしまった、それも
決定的な何かが……。

そんな状況だから、数年前の高揚期の思い出を語ってくれる先輩の話が身に沁
みた。連帯と高揚の季節、過ぎてしまって二度と帰ってこない日々。1969
年1月18日、東大闘争を支援して多くの学生たちが集まり神田カルチェラタ
ンと呼ばれた解放区。敷石がなくなったという伝説………僕らは「遅れてきた
青年」なのだ、と嘆いたものである。

『カスバの女』の替え歌は、そんな高揚した時代があったことを教えてくれる。
赤いメットを被ったことはないが、この歌は僕の大学のある時代を懐かしく甦
らせてくれるのだ。

『セーラー服と機関銃』という映画の中で初めて薬師丸ひろ子が登場するとき、
彼女はブリッジの姿勢で父親を焼く煙を吐き出す煙突を逆さに見ながら『カス
バの女』を口ずさんでいる。

2度目に歌われるのは、父親の恋人だった風祭ゆきと薬師丸ひろ子がバーで会
うシーンだ。風祭ゆきと薬師丸ひろ子がバーのドアを隔てて『カスバの女』を
口ずさむ。汚れきった大人の女と大人になりかけたまだ汚れを知らない少女の
対比、それがワンカットで捉えられる。

『セーラー服と機関銃』は主題歌がヒットしたが、本当のテーマ曲は『カスバ
の女』である。この映画は少女が大人になることを描いているが、それを象徴
するのが『カスバの女』だ。最初に歌ったときと二度目に歌ったときとは、薬
師丸ひろ子に明らかな変化がある。

少女は父の死後、人生を学び始めるのだ。二度目に歌うとき、薬師丸ひろ子は
『カスバの女』に歌われる堕ちた女の「人生の何か」を理解し始めている。だ
からこそ、死んだ渡瀬恒彦にくちづけし「私、愚かな女になりそうです」とい
うラストのナレーションが生きてくる。

ラストシーン、通りの真ん中で空想の機関銃を撃つ、大人の女になった(それ
は赤いハイヒールを履くことで表現される)薬師丸ひろ子は、これから立ち向
かわなければならない人生の「何か」に向かって引き金を引き続けているよう
に見える。

相米慎二監督は僕の大学の先輩に当たる。在学中の伝説を別の先輩から聞いた
ことがある。1981年、『セーラー服と機関銃』公開直前に、その相米監督
にインタビューした。当時、僕は月刊「小型映画」編集部にいた。「監督イン
タビュー」という連載ページを無理矢理作り、自分が会いたい監督ばかりに取
材を申し込んでいた。加藤泰、工藤栄一、岡本喜八、鈴木清順……、みんな僕
にとっては神様だった。

新人監督相米慎二は『翔んだカップル』の評判がよかった。薬師丸ひろ子人気
もあったが、ワンシーン・ワンカットの手法と共に玄人筋にも受けがよかった。
『セーラー服と機関銃』は試写会で見て惚れ込んだ。これは単なるアイドル映
画ではない。人生の真実を描いた中年映画だ、と僕は思った。渡瀬恒彦と風祭
ゆきが、そのドラマを担っていた。

インタビューの日、相米監督は噂通り二日酔いの顔をして下駄履きで現れた。
予想はしていたが、ストレートには答えてくれない。そんなことは「映画を見
てくれ」という感じである。韜晦の多い監督だった。表現者としては当たり前
だと思う。自作を得々と解説する監督のほうが信用できない。そんな監督には
「あんたは映画ですべてを表現したんじゃないのか」と言いたくなる。

しかし、こちらも4ページの記事を作らなければならない。押したり引いたり
してみた。そのうち「どうして『カスバの女』なんですか?」と訊いてみたら、
予想通りの答えが返ってきた。

「好きなんでね」

相米監督が『カスバの女』を使ったのは、僕が「赤ヘル軍団」に思い入れたの
と同じ理由なのだと、今も確信している。

【そごう・すすむ】DG@genkosha.co.jp http://www.genkosha.co.jp/dg/
玄光社勤務。現在は季刊DG(デジタルグラフィ)編集長。松坂君のような元
々恵まれている人は「リベンジ」と使ってはいけないと思う。実業団からテス
ト生で入団し弱小球団を渡り歩きバッティングピッチャーとして働いていたが、
いよいよ引退するしかないといった状況に追い込まれた34歳、10年間で通
算成績3勝34敗6セーブというピッチャーが最後の年にめざましい活躍をし
て18勝をあげたとき、初めて胸を張って「リベンジ」と言える権利があるの
ではないでしょうか。彼は恵まれなかった過酷な人生に、ようやくリベンジで
きたのだから。

先週の「4文字言語」について、何人かの方から「アスタダビスタ」ではなく
「アスタラビスタ」(asta la vista)、「ボーシェット」(bull shit)であ
るとメールをいただきました。ありがとうございます。

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■デジクリトーク 
ゲイとアートとシャブ

桑島幸男
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少し前に槇原紀之が覚醒剤で捕まる事件があった。その時に家の嫁が「あたし
はゲイの歌聞いて喜んでたんだ」とぼそっと独り言のようにつぶやいた。作品
には関係ないじゃんと思ったが、彼女の気持ちもよく分かる。

嫁はマッキーのCDとかを結構もっていて割とファンだった。覚醒剤で捕まっ
た事もそうだろうし、ゲイだった事もショックだったのだろう(彼女の名誉の
ために書くが、彼女は別にゲイに偏見があるわけではない)。

ボク自身も彼の歌の"Hungry Spider" は非常に気に入っていて、プロモーショ
ンの彼の狂気の目にものすごく興味を引かれた。もちろん歌もよかった。ちょ
うどその時期に、童話のようなお話を考えていたぼくはCDを200回くらい
聞きながらお話を考えた。同じような空気をもつ作品をボクもつくりたかった
からだ。

嫁の一言は非常に難しい問題を含んでいる。ボク自身は絵やデザインを描いた
りして生業としている。アーティストがどこまで作品を責任をとらなければい
けないのかと言う問題や、個人の趣味や性格を作品に正確に反映させなければ
いけないのか! それをしないときは受け手にとって裏切りになってしまうの
か? etc

このことをオランダに住んでいる友達にインターネットで聞いてみた。彼女は
お兄ちゃんがゲイなので、そっちの方に非常にきちんとした考え方を持ってい
る。彼女の答えは、こうだった。

1.嫁のその一言はハッキリ言って「差別」。
2.「プライベート」と「作品」とは切り離して考えるべき。
3.ドラッグに関しても、ビートルズはよくて、マッキーはダメってエコヒイキ
ではないのか。(もちろん、ドラッグは良くない事)

それに対してぼくの考えは、「嫁の一言はあくまでもプライベートでぼそっと
言った事、それをぼくが勝手に引用したことに対しての責任はかんべんしてく
れ」「それに、嫁は最低でも何枚かのCDを買って持っている。男女の恋愛を
題材にして書いている作品も多数あるのだから、急に「実はゲイの歌でした」
と言われて、がっかりする権利はあると思う。それを避けたいのなら、最初か
らゲイの歌を歌うべきだった」「他はボクも同じ意見」と言うことだ。

話は変わるが、ボクの友達にジョンと言うアメリカ人がいた。彼は身長190
センチくらいあるナイスガイだが、ゲイだった。日本に5~6年いて、その後、
サンフランシスコに仲間とビルの3階全部を借りて住んでいた。

ボクがアメリカに旅行に行った時にちょうど、クリスマスの時期だったのでゲ
イのクリスマスパーティーに参加させてもらった。15人くらいのプライベー
トパーティーなのでそんな派手な事はなかったが、久しぶりに会ったので話を
して盛り上がった。ジョンは一緒に住んでいる友達を紹介してくれた。イラス
トレータやオブジェ作家、普通のサラリーマン、プログラマーなどがいた。

一言書いておくがボクはゲイではない。その旅行も女性と一緒だ(嫁ではない
ので、ボクにこのことについて話しかけるのは気を使ってください)。回りが
みんな、ゲイで中にはエイズのキャリアもいたらしいが、それ以外はお菓子が
日本より甘い事くらいしか変わらないふつうのパーティーだった。ボクのゲイ
に対する見識はそれくらいだ。ごく普通の友達つき合いと変わらないつき合い
方だった。

彼はおんな言葉も使わなかったから、本当に普通のつき合いだった。だからで
はないかもしれないが、ボク自身にもゲイに対する偏見はないと思っている。

逆に覚醒剤には偏見を持っているかもしれない。回りに一人だけ覚醒剤を使っ
て捕まった人間がいるが、非常に嫌悪感を覚える。あれはやるべきではない物
だな。と一目で分かる。

アート系の学生は人と違った感覚をほしがる傾向があるが、薬に頼ってしまっ
たら、最低な結果にしかならないから気をつけたほうがいい。それだけの力が
ある人間なら、それだけの物が出来るだろうし、力がない人間が薬に頼ったと
ころで大した作品は出来ないと思う。

ボクもそうだが、人と違う物や、狂気的なもの憧れがある。それによって凄い
ものができたら(作品)、ボクはそれを認めるかもしれない。でも、それは作
品を認めるのであって、その人自身はとても認められないだろう。

個人的にはボクは槇原紀之の今後を非常に期待している。この事件によっても
しかしたら、初めてのゲイのHITSONG が生まれるかも知れない。(今までもあ
ったかも知れないが、一般的には知られてないもんね)

がんばれマッキー。夫婦で応援してます。

【くわじま・ゆきお】kuwajima@pop01.odn.ne.jp
1965年生まれ。現在34歳フリーのお絵かきさんデザインさん。
最近、子供が生まれはりきっているが、空回りの日々を送っている。

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■編集後記(11/06)
・「宗像教授伝奇考6」と「諸怪志異3鬼市」を買う。前者は絵が抜群にうま
い星野之宣、後者は絵が類型にない諸星大二郎。宗像先生の話はかなり難解で
あるがロマンチック。最終となったこの巻の「夢と知りせば」なんて泣けます。
このふたりは、どうして漫画家がこんなことまで知っているのかと驚くほどの
歴史や民俗学方面の専門知識の持ち主だ。つい、バックナンバーに手がのびて、
マックの待ち時間に少しずつ読んでいる。この待ち時間てのが、電車の中に次
ぐ読書タイムであるのですね。近くG4が来るので時間はなくなる?(柴田)

・夜遅く帰宅して一人で食事をする。今日はカレーだ。サンマルコというお店
のカレーのテイクアウトだ。香辛料が利いていて好き。ふと、お行儀悪くした
くなった。ご飯とカレーを全部混ぜ合わせてみた。食べる。誰も見ていないと
ころでハメを外すのって、いいな~(笑)。 とか書いているとあまり読んで
いる人の為にはならないのでタグの話をば。IEにしか意味がないけど、Aタ
グの属性に titleを使ってみてくださいな。title="文字"だけで、あれだけの
表示ができるなんてお得だと思います。仕事上のつき合いだけでなく、時には
浮気相手として、ダイビングも必要だと思ったわ。(hammer.mule)

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デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
        森川眞行 

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