[0871] IT'S A WONDERFUL LIFE

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0871    2001/06/01.Fri発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 18223部
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 <やたらとご飯を美味しそうに食べる男>

■デジクリトーク
 IT'S A WONDERFUL LIFE
 十河 進

■デジクリトーク インターネットの紆余曲折(9)
 番外編(2) フランス料理はいかが?
 8月サンタ



■デジクリトーク
IT'S A WONDERFUL LIFE

十河 進
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●世界は生きるに値するか

少し前のことになるが、NHKの衛星放送でジョン・フォード監督の「わが谷は
緑なりき」を放映していた。帰宅したのが遅かったので、最後の15分ほどしか
見られなかったが、その美しいモノクロの映像とストイックな語り口と胸が痛
くなるほどの郷愁で涙がこぽれそうだった。

映画は主人公が少年時代を回想する形で語られるが、ラストシーン、落盤事故
で死んでいく父親を看取り遺体を抱いて地上に上がってきた主人公の少年の姿
に「わが谷は…緑…なりき」と成長した主人公の語りが入った時には、こみ上
げてくるものを堪えきれなくなった。

「わが谷は緑なりき/HOW GREEN WAS MY VALLEY」は、1941年にジョン・フォ
ードが監督し、アカデミー作品賞、監督賞、助演男優賞、装置賞、美術賞を受
賞した。僕は今までに何度も見ているが、その度に見事な映画だと思う。心が
洗われる。

ウェールズの炭坑町に暮らす一家の話である。額に汗して働いていれば幸せに
なれると信じ毎日を神に感謝して生きている頑固者の父親、家族の中心として
家庭内のすべてを仕切っているしっかり者の母親、その父母を尊敬している働
き者の5人の兄たち、敬虔で愛情にあふれた美しい姉。主人公を取り巻く家族
の肖像が巻頭から描かれる。

男たちは働いて金を稼ぎ、女たちは家庭を営むための様々な仕事をこなしてい
く。食事の前には家族全員で神に感謝し、子供たちは誇りと感謝の念を躾られ
ている。人々には親切にし、迷惑を掛けず、自分のことは自分で責任を持つ。
そんな古き良き時代の家族の肖像が描かれていく。

しかし、運命は過酷だ。不況は炭坑夫たちの仕事を奪い、組合結成を主張する
息子たちは昔気質の父親と対立して家を出る。半年以上に及ぶストライキは仲
間たちの心を荒んだものにし、組合結成に反対した父親に憎しみが集中する。

夫への謂われのない非難に対して組合集会に乗り込み勇ましい演説をした母親
は、帰りがけに主人公と共に凍りついた沼に落ちて寝込んでしまう。主人公も
歩行が困難になり、ずっとベッドから出られない。

結婚し独立した長男は炭鉱の事故で死に、その葬儀の日に遺された若妻は子供
を産む。長男の死後、腕のいい炭坑夫だった4人の兄たちは高賃金を理由に馘
首される。彼らは新天地を求めてアメリカへ渡る。

主人公は神父の教育と励ましで再び歩けるようになり、炭坑町の神童と呼ばれ
隣町の学校への入学を許されるが、教師は炭坑夫の息子への偏見と敵意もあか
らさまに「貧乏人の来る学校ではない」と言い放ち、登校初日から主人公は学
友たちのいじめに遭う。

神父を愛しながら炭坑主の息子と結婚した姉は炭坑主の邸宅に住むが、古くか
らの使用人の悪意によって神父との仲を中傷する噂を立てられ、町中の人間が
一家を糾弾する。教会での糾弾集会の時、炭坑で落盤事故が起こり父親は坑内
に閉じ込められる。

時代設定は今から100年も前のことだが、世界は何も変わっていない。一世紀
経った現在も企業存続のためのリストラ、謂われのない偏見と敵意、いじめ、
中傷、群衆の悪意は世界にあふれている。人間社会の悪は何も変わっていない。

逆に、主人公一家によって体現されていた、慎み、謙譲、責任、信頼、抑制、
信念といった古き良きモラルや生き方の美しさの方が喪われてしまったのだ。

しかし、この映画の素晴らしいところは「世界は辛く悲しいことに充ちている。
それでも、この世は生きるに値する」と思わせてくれるところである。

●世界は素晴らしく希望に充ちているか

今年の3月、「小説家を見つけたら」(2001)という映画を見た。ブロンクス
に住む天才的な文才を持つ黒人少年と、一冊だけベストセラー小説を書き隠遁
生活を送っている作家の友情物語である。

お決まりの感動ストーリーで、割りに都合よく展開する。サウンドトラックに
はマイルス・デイビスやオーネット・コールマンの曲が使われていてジャズフ
ァンには受けるのだが、最後に「オーバー・ザ・レインボウ~イッツ・ア・ワ
ンダフル・ワールド」が使われていたのには少し首をひねった。

どういうつもりで「虹の彼方に~この素晴らしき世界」を最後にもってきたの
かはわからないが、本気でそんなメッセージを作り手は伝えたかったのだろう
か。そうだとしたら、あまりに楽天的であり、現実認識が皆無だと言いたくな
る。あるいは悲惨な現実からは敢えて目を背けたのだろうか。

そうだとしても「世界は素晴らしい、希望に充ちている」などというメッセー
ジは、今や欺瞞的でさえある。能天気、と形容するほかない。

もちろん僕だって楽天的に「虹の向こうのどこかに私の夢が叶う場所がある」
と思いたいし、「この素晴らしき世界」と大声で肯定したい。子供たちにもそ
う教えたいし、世界がそうあってほしいと心底願っている。

だが、現実は直視しなければならないし、子供たちには現実を正しく認識する
力をつけてもらいたいと思う。世界には辛いことや悲しいことがいっぱいある。
理不尽な運命に襲われることもある。

一冊書いただけの小説が絶大な評価を受け、その印税だけでその後の30年間を
部屋から出ずに生きてこれた天才作家ではないフツーの人間にとって「虹の向
こうの夢が叶うどこかは本当にあるのか、この世は本当に素晴らしいのか」と
難癖をつけるようだが、僕はへそ曲がりぶりを発揮してしまった。

へそ曲がりではあるが、僕はどちらかと言えば楽天家である。泥酔して上着も
メガネも財布もなくして側溝の冷たい水の中で目覚めた時には確かに落ち込ん
だけど、すぐに「まあ、命があっただけでもましだな」と考える人間である。

昔、「ポリアンナ」(原作は「少女パレアナ」)という少女がそんな考え方を
村中の人間に敷衍させ、人々を幸せにするというアニメが放映されていたが、
彼女も自分が歩けなくなる不幸に見舞われた時には、そういう考え方の限界を
自覚したようである。

俳優の大滝秀治が昔、テレビのトーク番組で喋っていたが、彼は大病をいろい
ろやって「生きているだけで幸せです」という境地に達したらしい。それを見
た僕の友人は「神様やなあ」と感嘆していた。

最近、こういうのをポジティブ・シンキングと名付けて商売にしている輩がい
るようだが、本来、シビアな現実認識の上に立ってのポジティブ・シンキング
であるはずだ。

「現実は厳しい、どんな仕事でも達成するのには様々な困難がある」と認識し
て、それでも「努力すれば達成できる」と考えるのが楽天主義的考え方であっ
て、「現実は甘い、どんな仕事もちょいちょいとやればできるから、仕事は後
回しにしよう」と考えるのは単に現実をなめているにすぎない。

だから「世界は素晴らしい。夢はいつか叶う」という世界認識をメッセージす
るのは、世界や人生をなめることにならないか、と僕は危惧するのだ。「世界
は不幸や悲惨に充ちている。夢は叶わないかもしれない」という現実認識をメ
ッセージし、「でも、諦めるな。たとえ40-0からだって」と希望を与えること
こそが、ますます悪くなっていく世界へのメッセージではないのか。

山下耕作監督の「関の彌太ッぺ」(1963/84分)では、ヤクザの助っ人家業で
人相まで変わり果てた彌太郎(中村錦之助)が美しく成人したお小夜に「お小
夜さん、この娑婆にゃあ、悲しいこと辛えことがたくさんある。だが、忘れる
こった。忘れて日が暮れりゃ明日になる」と10年前と変わらぬ言葉をかけて立
ち去る。

これほどの励ましに充ちた言葉が他にあるだろうか。

●フランク・キャプラの素晴らしき世界

フランク・キャプラという監督がいる。時に「楽天的過ぎる」と批判されがち
な監督だ。しかし、彼の映画は多くの人々に愛されている。特に「IAWL」と略
称で語られる「素晴らしき哉、人生!/IT'S A WONDERFUL LIFE」(1946 /
130分)には、この映画だけのファンクラブがあるという。

サッチモことルイ・アームストロングの歌で有名になった「IT'S A WONDERFUL
WORLD」は、この映画のタイトルをもじったのかもしれない(「小説家を見つ
けたら」で歌っていたのはイスラエル・カマカビボオレ)。

僕はキャプラの映画はどれも好きだ。「スミス都へ行く/MR.SMITH GOES TO
WASHINGTON」(1939/125分)を見るたびに、アメリカの民主主義に対する理
想を見い出して羨ましくなる。

アメリカでは「楽天的、センチメンタル、現実を見ていない」と批判されがち
なキャプラだが、そんなことはない。彼は「希望を失わない」という真の意味
で楽天主義者ではあるが、彼の現実認識は実にシリアスだ。

「素晴らしき哉、人生!」では、主人公(ジェームス・スチュアート)が投身
自殺するところから映画が始まる。その自殺に至るまでが回想形式で描かれる
わけだが、理想主義者で善意の主人公は現実の世界で悲惨な目に遭い続け、そ
のタイトルは反語的な意味で付けているのじゃないかと思えてくる。

「スミス都へ行く」の上院議員になったスミス(ジェームス・スチュアート)
も悪徳政治家の罠におち窮地に追い込まれる。そのシリアス過ぎる現実認識は
息苦しくなるほどだ。

キャプラは貧しいイタリア移民の子でろくな教育も受けられず、子供の頃から
働き続け様々な職業を渡り歩いた。大恐慌の頃にはホーボーとなって列車をた
だ乗りし農園の手伝いをしたり、ギャンブラーや賞金稼ぎのボクサー、密造酒
作りもやったという。

そんな苦労をして監督になった男だ。誰よりも厳しい現実認識を持っていたに
違いない。しかし、繰り返すが彼は真の意味での楽天主義者だった。放浪者で
あった時に希望を持ち続けたように、彼の映画の主人公たちは決して希望を失
わない。

確かにスミスも一度は希望を捨てようとする。だが、仲間に励まされ議会で24
時間立ち続け演説をする。アメリカの理想を謳う。その彼の必死の努力と反撃
が勝利を得るのだ。もちろん、それは映画ならではのお伽噺かもしれない。し
かし、非情な現実を描いた上での理想主義の勝利を誰が否定できる?

「素晴らしき哉、人生!」は冒頭で主人公が橋から身を投げる。主人公の理想
主義は敗北したのである。彼が自殺に追い込まれるまでの過酷な現実が描かれ
ていく。その結末に、彼の命を天使が救う逆転的ハッピーエンドを持ってきた
からといって「センチメンタルだ」などと誰が非難できる?

それが映画ってモンじゃないのか。

──人生は困難なものだ。だが、希望を失うな。諦めるな。
そう感じさせてくれる映画を、あくまで僕は支持したい。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。デパートの「そごう」が「十合」と社名を変え「SO, GO」という
キャンペーンを始めた。15%引きだというので夏のジャケットを買いに行った。
水島会長逮捕の翌日にしては、よく人が入っていた。SOGOカードで買ったのだ
けど、名前のところが「SOGO SUSUMU」になっていて、いつも気になる。

昔書いた文章が「投げ銭フリーマーケット」に出ています。デジクリに書いた
文章も数編入っています。
http://www.nagesen.gr.jp/hiroba/

ジョン・フォード作品リスト
http://www.infoaomori.ne.jp/~sinohara/cinema/johnford.htm

フランク・キャプラの掲示板
http://eiga-do.virtualave.net/cgi-bin/frk.html

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■デジクリトーク インターネットの紆余曲折(9)
番外編(2) フランス料理はいかが?

8月サンタ
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●レストランの幸せについて・・・

お腹を一杯にするための食事と、幸せになるための食事は別のものだ。そのこ
とを知ったのは20歳のとき、現地駐在員のアルバイトでロンドンへ行ってから
だ。生活費は会社から毎日6ポンドが支給されていたが、急ぎの用事でタクシ
ーに2~3回乗ろうものなら、あっという間になくなってしまうのだった。

だからアールズ・コートの月額30万円のワンルームのステューデイオに居なが
ら、毎日のように、中華街で賞味期限切れで激安で売っている、インスタント
ラーメンに卵を割って食べていた。

ロンドンの中華街は街の中心、ピカデリー・サーカスから徒歩数分の場所にあ
る。私は日本へ荷物を発送するための、段ボール箱を良くもらいに行った。も
ちろん、この街には観光客向けのすました顔と、地元の人間向けの猥雑な顔が
あり、仕込み前のチャイニーズレストランの裏口で「この箱もらっていってい
い?」と尋ねると、汚れた白衣姿のコックたちに、あきれるほどいい笑顔がも
らえた。「とっとと持っていきやがれ」、てなもんで、感動的に口は悪かった
けどね。

9月にはいり、ロンドンに秋が訪れると、滞在中の生徒も減り、友達もひとり、
ふたりと帰国して、日々気晴らしが減っていった。学校に通っているわけでも
なく、知り合いの誰かを誘おうにもポケットは空っぽで、その頃唯一の楽しみ
と言えば街を歩くことと、お金をためて、イタリアン・レストランに行くこと
だった。

一人でダイエット・コークとラザニアとドルチェをなにか、頼むだけだが、イ
タリアン・レストランの人たちはいつも温かく迎えてくれた。当時の私はイタ
リア料理には1の皿、2の皿、ドルチェ(デザート)と流れがあって、ラザニア
などのパスタや、ラビオリ入りのスープなどはメインディッシュの前座で、イ
タリアのシェフは何よりも牛の骨髄やら子牛のステーキやらのメインを食べて
帰って欲しがってる、などとはまったく知らなかった。

つまり、前菜をコークと一緒にちょこっと食べて帰るだけのへんな客だったわ
けだが、大体酒が飲めないし、小食なので、ラザニアのあとに何か食えと言わ
れても無理なんだけど、それでもイタリアン・レストランの人たちは、人を幸
せにする天才たちだった。一口目を食べてふと見上げると、彼らは必ずこちら
を見ていて、どうだ、うまいだろうとばかりににっこりするのだった。

満足なボキャブラリーもないころだったので、それに報いるために「美味しい
よ!」という態度や表情をしっかり返すようにした。こういう態度にきっちり
効果が出るのが面白くて、表情などいろいろ練習した。

今私は「やたらとご飯を美味しそうに食べる男」として通っているが、それは
このときのためかも知れない。とにかく、一度行ったら友達で、毎日行ったら
兄弟だ、といわんばかりのイタリアン・レストランたちには、ずいぶん救われ
たものだった。

●でも、日本では・・・

実は今に至るまで、日本人の給仕する日本のレストランで、この「温かい距離
感」のあるサービスに出会ったことがない。ロンドンのイタリアン・レストラ
ンは決して安くはなかったけれど、勘定が高いと思ったことなど一度もなかっ
た。店を出た後は、純粋な幸せ感にひたれたものだ。日本ではどうしても、店
を出た後すかっとする気分にならない。

これはサービス精神がないから、ということではなくて、日本人同士の距離感
の取り方と、演出力がへたくそ、だからなのだと思う。もてなす側も、客も、
楽しみ方を知らない、のだ。

いずれにせよ、日本では激安店ドン・キホーテで売ってるルイ・ヴィトンのよ
うな、高くて美味しくておしゃれデス、という純粋記号的なレストランのあり
方が堂々とまかり通っている。銀座で八千円のランチを食べて、つまらなそう
にタバコをふかす習い事と旅行好きのOLをくさるほど知っているが、客がいる
から、店があるので、そういう客が居続ける限り消化試合みたいなレストラン
は花盛りである。

そう、ヨーロッパで何がいいって、芸術にしろスポーツにしろ、プレイヤーだ
けが本物なのではなくて、「客」がいいのだ。心得てる客が一杯いるから、盛
り上がりも歓びも倍違うのだ。ロンドンでバレエを見る意味というのは、ギエ
ムの踊りだけではなくて、それを楽しむ客のノリをこそ楽しむことなのだ。
(もちろん、日本の方が、いい客がいるジャンルも一杯あるけれど・・・)

たぶん今の日本は、物質的には最高のクォリティのものがなんでも手に入る場
所だろう。でも、料理の質は、食事の楽しみの半分でしかない。残りの半分は
演出だ。演出とは驚きであり、手品であって、カネで測れないものだ。そうい
うものがあまりに欠けているために、日本では食事の後に、いつまでも値段が
頭から、こびりついて離れない。

だから、私は日本で幸せな食事をしたいときは、大抵レストランに行かないで
自分たちでつくって、食べる。安いし、楽しい。あるいは逆に、スターバック
スのような、素性がしっかりしていて、サービスがそっけないもの(日本の喫
茶店のどこが嫌いってタバコと常連客だ)か、失敗しても気にならないほどバ
リューで安いモノを探して食べる。

●本場からフランス人がやってきた

先週ご紹介したイタリアの友達、マッシミリアーノの紹介で、先月フランスか
ら二人の男女が我が新宿に来ていた。彼らの目的は合気道の稽古である。久々
にメールをもらったら、なんと彼らは合気道の会のウェブまで作っていた。
http://www.renwakai.com/ens.htm
(デザインはフランス人だそうで)
今回来日したのは上記のサイトで紹介されているPatriciaとStephaneの二人で、
Patの方は早々に帰国してしまったが、Stephaneとはいきなり意気投合してし
まった。ここ数年で出会ったなかでも特筆ものの面白い男だった。

彼は本職は料理の本のグラフィックデザイナーで、今までにチョコレートの本
など、4冊の美しい本を出していた。彼と一緒に食事に行くと、流石に本場の
中の本場からやってきた男だけあって、いろんな興味深い話を聞いたり、痛快
な食事をすることが出来た。本当に久しぶりに、食の楽しみを味わったのだ。

と、その内容をご紹介する前に、誌面が一杯一杯になってしまいそうなので、
今回は是非、私のお薦めの料理関係の本を紹介しておきたい。デジクリの読者
で本が嫌いなひとはいないだろうから、まずは少し本でウォームアップしても
らってから、次週フランス料理を一緒に食べにいきませんか、という具合にし
たい。たまには気分を変えて、いかが?

●というわけで駆け足で紹介!私の知る、最高の四冊。

「美味礼賛」 海老沢泰久著 文春文庫刊 ISBN:4-16-741404-X
フランス料理を知る最初の一冊として。とりあえず痛快無比、小説としてまず
非常に面白いです。小説とうたっているが、ほとんどノンフィクションと考え
ていい。日本人が日本で、フランス料理を食べるというのは、どういうことな
のか。本物のフランス料理とはなんなのか。あっという間に読めて、なおかつ
頭に入ります。主人公辻静雄のたどった道というのは、戦後の市井の日本人が
たどった典型的な道で、別に料理に興味のない人でも、立志伝記として十分に
面白いはず。

どうせ知るなら、どうせ食べるなら、本物で、王道を。その本物とはなんなの
か、本物を追求するというのはどういうことなのか、知るための一冊。小説な
ので、特に差し障りのある人間は全て仮名にしてあるが、業界を知ってる人な
ら、ニヤリとする記述があって二度楽しめるはず。

「フランス料理を私と」 伊丹十三著 文芸春秋刊 ISBN:4-16-341860-1
伊丹十三というと「ヨーロッパ退屈日記」に代表されるエッセイが有名だが、
この本はカラー写真による図説が大量に入った、伊丹十三の手になるフランス
料理の解説本なのだ。各章で伊丹十三が玉村豊男などのゲストを迎えて、その
場で実況中継しながら料理をつくり、食べながら対談をする、という流れであ
る。だから普段フランスの食材や呼称に慣れない人でも、横にある写真によっ
てたちどころに分かる。料理は全て伝統的なメニューばかりで、日本人にとっ
て普段見ないものばかりだ。

実はこの本にも上記の辻静雄氏と、大阪あべの辻調理師学園が関わっていて、
各章で伊丹氏の指導にあたるのは全て辻調の講師である。圧巻は最後の章のコ
ンソメスープで、なかなかお目にかかれない正統的な調理法に挑戦している。
いやまったく、贅沢とはこういうことです。

「最後の晩餐」 開高健著 文春文庫刊 ISBN:4-16-712705-9
食談の最高峰。「ハンニバル」の大ヒットで、日本ではハンニバルの料理解説
本などが出ているが、ハンニバルを読むなら黙ってこの本も読むべし。あちら
は小説でこちらはエッセイだが、人肉嗜食に始まって人肉嗜食に終わるこの本
は内容の華麗さにおいてハンニバルに全く負けていない。ロマネ・コンティ、
鮟鱇の肝からソルジェニーツィンの収容所の食事まで、痛快。豪快。何度でも
読める。絶対のお薦め。

「パリの味・シェフ驚嘆のカメラ・アイによる垂涎の饗宴!」
増井和子/写真:丸山良平 文春文庫ビジュアル版 ISBN:4-16-811205-5
実は私はこんな本を、一生のうち一度でもつくりたい。フランス料理の最高峰
の外食文化を、美しい写真と歌うような文章満載で紹介した本。良くある「食
べた、美味しい、素敵!」な女流エッセイストのウンコ本ではなくて、きっち
り取材もやりこんで、会うべき人には皆会って、そのうえで日本人が知らない
食材を正確に解説したうえで、楽しい文章で何度も酔わせてくれる。こんな本
は他にない。

「どの顔も、そろそろ地獄に落ちてもよさそうである」
こんな文章、いつになったら書けるのやら。

さて、次週は実践編。皆さん、今度は街のレストランでお会いしましょう!

【8月サンタ】ロンドンとル・カレを愛する32歳 santa@londontown.to
今回ご紹介の本をネット書店で探したら、なんと半分が絶版!しかし、図書館
などには必ずあるので、是非探してくださいね。万冊の駄本より一冊の名著!

ロンドン好きのファンサイト
http://www.londontown.to/

▼デジクリサイトの「★デジクリ・スターバックス友の会★」今週も新着アリ!
http://www.dgcr.com/

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■編集後記(06/01)
・ああ、もう6月かい。このごろ雨が多く、そのあとの庭はたけのこや雑草が
すさまじい勢いだ。本格的な梅雨になったらどうなるんだろう。3時のハニー
号の散歩のあとはたいてい植物対策だが、抜いても抜いても出てくるやつらに
は参る。そういえば小諸のボロ家屋はどうなっているのだろうか。庭は雑草の
繁るまま、家はお化け屋敷だろう。ご近所に迷惑をかけているんだろうなあ。
土日にでも出かけて手入れをしてこなければ。ああめんどうくさい。だれかバ
イトで清掃してくれんかなあ。地元の人で。これ、本気であります。(柴田)

・人生をなめる以前に、あまり考えてないかもしれないなと思う。いや、考え
てはいるのだ。考えて考えると、手も足も出なくなって、無気力になってしま
うのだ。未来は暗いかもしれないけど、明るいかもしれない、だから進もう。
未来や世界は明るく希望に満ちていると教わった。今でも思う。でも人の言う
「希望」や「明るさ」と私の考えているものとは違うかもしれない。どんなイ
ヤなことばかりの世の中でも救いはあるような気がしてならないのだ。運がよ
かっただけなのか。被害妄想的であったり、すぐに悪い方向に考える癖がある。
周囲に馴染めない。人を信じすぎて、帰って来ないときの気持ちのやり場に困
ることもある。もっとクールに人に期待せず、とは思うけれど、人間関係の片
思いの切なさは胸を締めつける。そんな私なんだけど、世の中捨てたもんじゃ
ないと思う。諦めなかったら何かが起こる。デジクリもそう。(hammer.mule)

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