[0876] 人はどのように死ぬのか

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0876    2001/06/08.Fri発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 18226部
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 <さすらいの孤独のガンマンだ>

■デジクリトーク
 人はどのように死ぬのか
 十河 進

■デジクリトーク
 バイクへの憧れ
 MIDORI(在ローマ)

■連載 ip2000ジョイントコラム! (172+9/2)
 ジョイントインタビューvol.1 
 CREATRON提唱者 七瀬至映氏~その2 つづき
 ユビキタスマン・カワイ

■セミナー案内
 「映像制作特別セミナー」
 ~(株)ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役 河原敏文氏特別講演~



■デジクリトーク
人はどのように死ぬのか

十河 進
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●誰かのために死ねるか?

多くの人に感銘を与える死がある。

ある日、無名の人が他人を救おうとして自らの命を落とす。彼は、もちろん死
を賭すつもりはなかっただろう。自分の死を想像したはずはない。ただ、その
一瞬、目の前で人が死ぬかもしれない、そのことが彼自身に迫りくる死を感じ
させなかったのだと思う。

新大久保駅で線路に落ちた人を救おうとして飛び下りたふたりの男性が亡くな
った。ひとりは韓国人留学生で、ひとりは日本人のカメラマンだった。そのこ
とを帰宅した夜のニュースで知った時、僕はその無惨さに唖然としながら、無
我夢中で線路に飛び下りたふたりの行為に己の覚悟を迫られた。

僕を含めて多くの一般大衆は「俺だったらどうしただろう」と自問したに違い
ない。僕はすぐに答えを出した。「きっと、何もできなかっただろう」と。だ
からこそ、彼らの行為に崇高さを感じたのだ。人は自分にはとてもできないと
思うことを、何ら躊躇せずにやってしまう人たちを尊敬する。見事だと、素直
に認める。

人は誰かのために死ねるものなのだろうか。まったく縁もゆかりもない人を救
うために、自分の命を捨てられるのだろうか。そんなことは問うまでもない。
否、である。それが、とっさのことであったとしても、やはり無理だと思う。

最初に線路に落ちた酔客の父親のことが新聞記事になっていた。父親は亡くな
ったふたりの男性の遺族を訪ねて血を吐くように詫びたという。だが、彼自身
も愛していた息子を亡くした父親だったのだ。

何という悲劇か。ここには善意の人々しか登場しない。それなのに3人の人間
が死に残された家族は一様に悲しみに沈んでいる。ふたりを道連れにした酔客
の遺族たちは、自らの悲しみに浸る以前に世間に対して罪の意識さえ味あわさ
れている。

善意の死を体現した韓国人の青年は、韓国籍であったがためにマスコミによっ
て多くの意味をその死に付与され日韓の架け橋にさえさせられた。そのため老
夫婦は遠い他国での息子の死を嘆きつつも大衆の善意というものに応えること
を強要される。

40代の独身カメラマンの母親は、「相手も助けられず、自分も死んで……犬死
だよ」とつぶやいた。「犬死」という言葉に込められた無念さが、息子の死に
対する母親の深い悲しみが、僕の胸に迫った。

世間に讃えられ誇れる息子になるより、無事に帰ってきてくれる息子を彼女は
望んだに違いないのだ。その日も、彼女の息子は「ただいま」と言いながら玄
関に入ってくるはずだった……。

●無駄に生きるな、熱く死ね?

5月29日の夕方、僕は新宿ニコンサロンに着いた。すでに写真展会場では写真
家の熊切圭介さんの挨拶が始まっていた。新大久保の駅で亡くなった関根史郎
さんが1975年から1977年まで助手として仕えた師匠である。

追悼写真展「関根史郎の見た中国」には、確かに撮影者の優しい人柄を反映し
た写真が並んでいた。大きくのばしたパネルが会場いっぱいに展示され、中国
の子供たちの素直な表情が心に残る。

月並みな言い方だが、子供たちの澄んだ瞳がとても素敵だった。彼らはみんな
撮影者の方を向いている。撮られることを自覚しているし、撮影者とのコミュ
ニケーションが成立していた。

それらの作品は1979年に熊切さんが講談社の出版プロジェクトのために中国の
撮影を始めるので、すでに助手を卒業していた関根さんが呼び戻され、熊切さ
んのアシスタントとして一緒に中国へ渡った時のものである。

1979年には、中国へ渡るのも大変な時期だった。日中国交が復活して間もない
頃である。僕は熊切さんを写真の名人だと思っているが、師匠の脇で一緒に撮
ったという関根さんの写真もその素直さに感銘を受けた。

写真に人柄は確かに出る。熊切さんに続いて挨拶に立った関根さんには兄弟子
に当たる写真家、管洋志さんの挨拶を聞きながら改めてそう思った。管さんは
十数年前に土門拳賞を受賞した写真家で、特にアジアの写真集の多い人だ。管
さんの写真にも優しい人柄がにじみ出る。

追悼写真展の発起人は関根さんが師匠として仕えた写真事務所K2のふたり(熊
切圭介、木村恵一)とK2の初期の助手だった管さんだ。また、追悼写真展実行
委員会を担当したのは関根さんと同時期に助手をつとめた小林雅裕さんである。

その管さんは「本来は献杯というのでしょうが、僕はこの写真展開催はおめで
たいことだと思う。ここには、お母さんが出席してくださった。お母さんを関
根史郎だと思って、皆さん、乾杯をしましょう」と言った。

椅子に座ったままだったが、関根さんのお母さんはとても嬉しそうだった。写
真展も写真集(汐文社発行)もお母さんが望んだことでもあった。息子の生き
た証を残したかったのだと思う。決して「犬死」ではなかった証を……。

関根さんは1975年にK2に助手として入り、カメラマンへの道をスタートさせて
いる。その関根さんの年譜を読んで、僕は彼に会っていたかもしれないと思っ
た。僕が今の会社に入ったのが1975年の春だった。

入社早々、僕は写真家の木村恵一さんに紹介された。30年ほど前から日大芸術
学部写真学科でゼミを持ち多くの写真家を育て、新潮社のフォーカス創刊以来、
写真デスクとしても活躍してきた木村さんはフォトジャーナリズムの伝統を継
ぐ写真家の一人だった。

事務所のK2には、よく写真を借りにいったものだった。当時、事務所に行くと
ふたりの助手さんがいた。ひとりは、その後、フリーになってから仕事をお願
いすることになる小林雅裕さんだった。

そして、もうひとりが関根さんだったのだと、追悼展の集まりの時に小林さん
から教えてもらった。ああ、あの時、写真を出してくれた人がそうだったのだ、
と顔も覚えていないが僕はその助手さんの26年前の事務所での働きを鮮明に思
い出していた。

僕は23歳だった。関根さんは21歳だった。僕と彼の人生は、一瞬、交錯したこ
とがあるのだ。それから四半世紀が過ぎて、ひとりは人々に感銘を与えた死に
遭遇し、ひとりは肥満体に堕した己を恥じつつ無意味な生を貪っている。

「無駄に生きるな、熱く死ね」と「エニィギブンサンデー」(2000)でNFLチ
ームのヘッドコーチを演じたアル・パチーノは選手たちを煽った。だが、僕を
含めた多くの一般大衆は崇高な死を死ぬこともできず、おめおめと生き恥をさ
らし「無駄に生きる」しかないのだ。

●人生の最大事たる死は大半偶然にくる

人はどのように死ぬのか──最初に本が出て以来ずっと気になっていた山田風
太郎の「人間臨終図巻」の第一巻をようやく読み終えて、ぼんやりと考えた。

毒を持つ本である。古今東西の有名な(中にはあまり有名でもない)人間たち
の臨終の様が、死んだ年齢別に並べられ叙述されているだけの本である。だが、
そこには間違いなく人間の真実がある。いや、真実を考えさせる何かがある。

僕は戦後日本の最大の思想家は山田風太郎だと思っているし、我が家の書棚で
最も冊数が多いのは山田風太郎の書物である。忍法帖シリーズと明治もののシ
リーズはほとんどあるし、最近のエッセイ集も多い。

山田風太郎の思想性は、関川夏央が風太郎にインタビューしてまとめた「戦中
派天才老人・山田風太郎」を読むとよくわかる。関川さんの文章のうまさと観
察眼が結実した本ではあるが、山田風太郎の実像を描いて必読である。

山田風太郎の思想の根底には「どんな人間も必ず死ぬ」という認識が存在する。
微妙に違う気がするが、東洋的無常観というべきだろうか。忍法帖を書こうが
明治の元勲たちの私生活を書こうが、「どんなものもいつかは滅ぶ。人間はい
つか死ぬ」という死生観が貫かれているのだ。

山田風太郎は膨大な著作の中で膨大な数の人間を殺してきた。忍法帖シリーズ
で忍者たちが無惨に悲痛に時にはあっけなく、それぞれどんな死に方をしても
ある種の爽やかな読後感が残るのは、風太郎のべースにある人間認識の潔さか
らきているのかもしれない。

「戦中派天才老人・山田風太郎」の中で、「人間臨終図巻」を書く動機と書い
た結果を関川夏央に聞かれて山田風太郎はこう答えている。

──結論としては、あたりまえだろうが、これという見本はなかったね。そも
そも人間は、自分で死に方を選べない。大半の死は推理小説のように、本人に
とってもっとも意外なかたちでやってくる。いわば、人生の大事は大半必然に
くるのに、人生の最大事たる死は大半偶然にくる──

新大久保で亡くなった関根さんにも死は偶然にやってきた。彼は自らの死を予
想しなかっただろうし、「助けなきゃ」という想いだけだったのだと僕は想像
する。それは、とても崇高な行為である。人の本質はそういう場面で現れる。

偶然は彼の命を奪った。しかし、極限状態の中で瞬時に見知らぬ人を助けよう
とできる人であった関根さんには、彼を知る多くの人が周囲にいた。師匠も先
輩も仲間も家族もいた。彼らが生きている限り、関根さんの記憶は生き続ける。

「兄弟同然でしたから、ぼくがやってやらなければ……」と、追悼展と写真集
出版の実務や裏方を担った小林雅裕さんは僕に言った。26年前に一年間、アシ
スタントとして苦楽を共にした小林さんの関根さんへの想いも、その夜、僕の
中に深く残った。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。会社の若いモンが貸してくれたテープで5/28深夜放映の「本のこ
と」という番組を見た。出版界で飯を食う人間は必見だが、一番バカなのは編
集者だと思い知らされる。その番組のクレジットタイトルの各人の名前の下に
一冊ずつ本のタイトルが出た。おそらくその人のお薦め本だ。ナレーション担
当の戸田菜穂さんは古井由吉「杳子」を挙げていた。僕の目に狂いはなかった
と、戸田菜穂ファンの僕は改めてファンになった。僕は古井さんの著作はすべ
て(単行本、文庫、作品集を買っているので同じ小説を3冊も)持っている。

昔書いた文章が「投げ銭フリーマーケット」に出ています。デジクリに書いた
文章も数編入っています。
http://www.nagesen.gr.jp/hiroba/

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■デジクリトーク
バイクへの憧れ

MIDORI(在ローマ)
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●あぁ、孤高のバイカー!

バイクに乗る人はどんな人でもカッコよく見えてしまう。20代30代の男、とい
うのも普通でまぁ、いいけど、なにが可愛いって壮年のバイク姿だ。白髪のお
っさんがでかいバイクを操っているのは、若造とは違ったカッコよさがある。
そこにはなにか、自分の意志を通してる孤高の姿が見える。誰にも仕えない浪
人の、さすらいの孤独のガンマンだ。

イタリアにいると、この孤高のバイカーをちょくちょく見る事ができる。バイ
クが好きで好きで、ある年令になったからと行って手放さない、と言う感じが
よく伝わってくる。

ローマの革製品屋で働いている時のこと、ある日支店に至急に秘書を届ける必
要ができた。60歳の店主が、仕方がない、と店先に置いてあった息子のモトグ
ッツィ1000を駆って届けものをした。お洒落な人で、白いズボンに青い絹のシ
ャツを3つまでボタンをはずして着、スカーフを首に巻いていた。

当時、ヘルメットの着用は義務つけられてなかったので、店主は白髪とスカー
フをなびかせてワイン色の1000の後ろに日本人秘書を乗せて走り去っていった。
秘書はタイトスカートだったのでバイクにまたがらず、お姫様のように横座り
をして店主の腰に腕を廻していた。

なんだか、かくしゃくとした騎士が、騎馬で姫を安全な場所に届けるシーンを
見るようだった。

壮年のバイカーには、なにか余裕と言ったものが感じられる。バイクのすべて
をよく知っていて、いかにも「操る」と言う感じだ。ひょっとしたら、もう体
力に余るバイクの重さに閉口しながら、ゆっくり操ってるに過ぎないのかも知
れないが、バイクに慣れない10代の少年の危うさはない。

●孤独と自由

憧れるけど、自分でバイクを運転しようとは思わない。絶対に(下線付き)こ
けてどこかに突っ込んだりする。

ローマでダンナと知り合い、バイク好きなのは嬉しかった。知り合った当時、
ラ・ヴェルダの750に乗っていた(ガソリンタンクに「1000」と張り付けてい
た)。夏の夜、人通りの少なくなった暗いローマの町を走ると、まだ暖かい風
をほおに感じ、気分は風の子。目の下を通り過ぎる石畳、頭の上を通り過ぎる
ルネッサンス様式の破風窓、追ってくる月と雲。

その後買い替えたスズキの500でサルデーニャ島へバカンスに行った。お昼用
の果物、ビール、つり竿にバスタオルをバイクにくくりつけて、誰もいない岩
場を探して歩いた。車と違ってわずかな場所に駐車できるので身軽だ。サルデ
ーニャはわずかな植物が荒涼とした岩に張り付いているような厳しい自然の様
子を示す。

さすらいのインディアンカップルが馬で安住の地を探してるような雰囲気。実
際、場所が気に入らなくて移動する為にバイクにまたがる度、尾てい骨とヒザ
の内側の鈍痛がよみがえって「ああ、思えば遠くに来たもんだ…」という気分
になった。

バイクには孤独が似合うが、共に走るのもまたいい。冬が過ぎて暖かくなり始
める日曜日。車族は日光浴にピクニックに郊外へ出てしまうが、バイク族は車
庫から冬の間眠っていたバイクを引っぱりだして、町の中で走り始めをする。

空いている道に、大小のバイクが走る。知り合い同士ではないのだが、なんだ
か、互いに親近感がわく。誰も渡る人のいない信号で、ミニバイクから大型バ
イクまで「たたたたたた」「どるどるどるどる」と様々なモーター音をさせて
待ち、青信号でいっせいに排気音をさせて20台近くのバイクが走り出す。

モンゴルの草原を騎馬の部族がいっせいに馬で走り回っているような錯覚が起
きる。「ぃいいいやっほうぅ!」と歓声をあげたくなる。「ゴタクはいらねぇ、
走るのが嬉しい」違いますか、ライダーのみなさん?

気候のいい時はどこへ行くにもバイクだったのに、子供が生まれてから、ピク
ニックの車族になってしまった。ダンナはスズキの500を売ってしまい、通勤
に実用的なスクーター型のピアッジョ・エクスィオ150ccを買った。(「走り
始め」のある日、久々のスズキ500がものすごく重くなっている事にショック
を感じた事を知っているが、それは言わない)

ラ・ヴェルダやスズキから見るとロシナンテと言う感じだが、たまに二人でロ
シナンテにまたがって町中にお使いに行くと、身軽になった感じは味わえる。

鉄馬は孤独と自由の象徴なんだね。

【みどり】midoroma@geocities.co.jp
一家そろって餃子が好きでよく作ります。具は豚のひき肉がメイン。それに、
ニンニクとショウガとキャベツのみじん切りを入れます。ニラはないので。豚
のひき肉をみつけるのが一苦労。ひき肉は牛と相場が決まっている。自分で手
回しのひき肉機でやってみたり、腸詰めをほぐして使ったり苦労が耐えない…
ところが昨今の狂牛騒ぎで、牛の消費ががた落ちで、他の肉への需要が高まっ
て、豚のひき肉がいとも簡単に手にはいるようになった! 今夜のメニューは
餃子です。

MIDORA.IT
http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Desert/5716/

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■連載 ip2000ジョイントコラム! (172+9/2)
ジョイントインタビューvol.1
CREATRON提唱者 七瀬至映氏~その2 つづき

ユビキタスマン・カワイ
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●『共有』という概念が分かった

カワイ:人間が大きな生命体のセンサーであるという考え方は、感覚的に分か
りやすいですね。そうすると自分がなぜ今こういうことをやっているか、なん
か説明がつくような気がしてきます。

先日、アースデイのCM制作をボランティアでやったときに実行委員長のCWニコ
ルさんが掲げたスローガンが『Be part of something really big!』だったん
ですね。アースデイのポスターには『でっかい地球の一部になれ!』となって
いたのですが、原文の『なにか大きいもの』の意味は七瀬さんの話とぴったり
リンクして今、頭の中で解凍された感じがしました。

七瀬:僕は不思議なことに『共有するっていう概念』がいまいちわからなかっ
たんですよ。例えばここにあるこれが『俺のもんでもあるけど君のものでもあ
る』と言われても『いや、これは俺のものだよ!』と反論する感覚は分かるん
だけど。『そうだね~、君のものでもあるね~』っていうのは感覚的には分か
ってもいまいちリアリティがない。そんな感じがずっと強かったんですよ。で、
ボランティアとかしている人とかそういう人なんかにその感覚を聞いてみたい
なあと思っていたんですよ。宗教の人でもいいんですけどね。

でも、『なるほど、ひとつの生命体なんだ』ということが分かった瞬間に『共
有』という概念が分かったんですね。『これは俺のものでもあるけど相手のも
のでもあるんだな』ということがね。

人間ってのは勝手なもので、許せるものって親からどんどん遠くなっているじ
ゃないですか。ギブ&テイクとか至上の愛があるのは親の愛だとかいうじゃな
いですか。でもそれも実は貸し借りであって、それは横の貸し借りなんですね。
それは『人の愛』だと思っているわけですがその「人の愛」と僕らが思ってい
たものを実は前から僕らの親がもらったものを僕らに返してくれているという。
つながっているという縦と横の関係で見ていくと、いろんなものが見えてきま
すよね。

カワイ:そうですね。僕もあの船で地球いう丸い生命体の上を小さな微生物と
も言える600人の乗船者とともに回ったというのが『縦の糸』を感じるように
なった原因だと思っています。そこにいる600人はもはや運命共同体であると
いう、それは文字通りと言えばそれまでなんですが、『ひとつの生命体』とも
言えましたね。毎回のクルーズで船のムード、つまり『性格の違い』みたいな
ものがでるのはひとつひとつ(ひとりひとり)のセンサーの方向性やそれこそ
センシングによって大きなものの生命力が決定ずけられるということですから
ね。
………さらに話は失敗学へと進む

【カワイ・タクヤ/フィールドプランナー】kawai@ubiquitousman.jp

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■セミナー案内
「映像制作特別セミナー」
~(株)ポリゴン・ピクチュアズ代表取締役 河原敏文氏特別講演~
http://www.dhw.co.jp/
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<主催者情報>

数多くのTV、映像制作を手掛ける日本屈指のCG制作会社ポリゴン・ピクチュア
ズの代表取締役でもあり、自らもグローバルな視点でCGの未知なる領域に挑戦
する世界的アーティストであり、デジタルハリウッドのアドバイザリーボード
でもある河原敏文氏の特別講演です。今回を見逃すとなかなか参加できないセ
ミナーです。CG業界に興味をお持ちの方は必見のセミナーです。是非ご参加く
ださい。

日時 6月9日(土)16:00~18:00
場所 デジタルハリウッド大阪校セミナールーム
大阪府大阪市北区西天満6-5-17デジタルエイトビル
  ※地図 http://www.dhw.co.jp/2001/dh/osaka/map.html
参加費 無料(要予約)
お問い合わせ 075-253-6111
申込方法 お電話またはEメールにてお名前/住所/電話番号/件名「日刊デジク
     リ0607」と記入の上mailto:osaka@dhw.co.jpまでご連絡ください。

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■編集後記(06/08)
・梅雨の晴れ間のはずだった昨日、午後になって急に天候が変わり、かなり乱
暴な雨が降った。まさに急変である。干してあった洗濯物や敷物をとりこみ、
開いている窓をしめ、おびえるハニー号を家に入れ、ト留守番はやることが多
い。さいきん仕事を一気に減らしたので、ますます家にいることが多くなった。
家人は便利に使えるものだから喜んでいる。だから、デスクにいる時間はふえ、
肩は凝る首も凝る腰も痛いという状況で、昨日は久しぶりにマッサージに行っ
た。このままじゃだめですよと言われて、なるべくデスクから離れることを決
意、それでも運動しないでベットで文庫本読んでちゃだめだねえ。(柴田)

・うちの両親は河島英五が好きだ。演歌とカントリーウエスタンという両極端
な趣味のくせに、そこは共通らしい。TVでのドキュメント番組があったのだが、
子供さんたちが出てきてびっくりした。え! あのアナム&マキのアナム? 
売れるまでは子供ということを隠していたそうだが、発表したことを知らなか
ったので、びっくりした。「戦え!野良犬」好きです。   (hammer.mule)
http://www.warnermusic.co.jp/artists/domestic/anam_maki/
http://www.t3.rim.or.jp/~eigo_k/

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発行   デジタルクリエイターズ
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編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
        森川眞行 

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