[0958] 青い猫と蜥蜴達の祝祭に関する随想

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,200文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.0958    2001/10/23.Tue発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 19581部
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 <なにしろ私にはドアーズがいたのである>

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 青い猫と蜥蜴達の祝祭に関する随想
 モモヨ

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■デジクリトーク
青い猫と蜥蜴達の祝祭に関する随想

モモヨ(リザード)
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いまさら言うまでもないことだが、世の中がどんよりと重い。そんな今だから
こそドカーンと景気のいい話を打ち上げたいところだが、それもままならない。
私の原稿も、ガチガチの、堅苦しい話題ばかりだ。

これではいけない。
そんな反省をするつもりで、この一ヶ月程の原稿を通読した。
やはり固い。そればかりか、あちこちに凡ミスがある。文学の話題を語るなか
での文法的混乱である。これは恥ずかしい。景気のいい話はさらに遠のいた。

それでも何とか意味は通じていよう。そんな手前勝手な理屈だけをよすがに、
さらに重い話を続けさせてもらう。

言うまでもないが、私は、いわゆる詩人として世に立ったことはない。電子技
術者であったり、宅地建物取引主任者であったりという、あまたある職業の中
でも、より実用的な世界を、世過ぎ身過ぎの生業として選んできた。しかしな
がら、私の主たる業は、何と言ってもロッカー。人生のうち、最も熱意と時間
を注ぎ込んできたのは音楽制作とそのパフォーマンス、いわゆるロック。

そして、私にとってのロックは、実際に、昭和初年の現代詩人達が夢見た形に
よく似ている。

……このことは理解されにくいだろう。あれこれ便法をかえて説明を加える必
要があるが、これが、なかなか骨がおれる。詩は詠われるべきものであり、本
来はリズムや旋律を伴うべきもの、と私は考えているわけだが、これを説明す
るのが、自明なことであるだけに、なかなか難しい。

『青猫』『月に吠える』の詩人・萩原朔太郎は音楽をこよなく愛していた。歌
われるべき詩の形、その完成が彼の最終目的だったという。それに関連するこ
とで興味深い話がある。

彼は、師にあたる北原白秋が、歌謡と詩作品の間に無用の垣根を置いた、この
事実を師の罪として忌んでいたというのである。白秋は歌唱のために多くの作
品を提供しているが、これらの作品は、テーマそして内容ともに本来の白秋の
詩業から見て、グレードを大きく落としていたのである。時代、世代の隔たっ
た私の目を以ってしても白秋の唱歌蔑視は容易に見て取れるし、白秋その人が、
大衆性をかんがみた結果採用した手法である、と認めている。これは大衆を愚
とするに等しい。朔太郎がこうした老詩人達の大衆蔑視に苛立ったことは想像
に難くない。

もし、『青猫』が旋律、リズムを伴った作品であれば、真の音韻をめぐって韻
律論議が為されたかもしれない。そして、日本のロックというものも、従来の
不幸な文化史を免れることができたかもしれない。しかしながら、歴史的事実
としては、不幸にも、歌唱における作詞は詩作の下位におかれ、字数による音
韻論が幅をきかせている。

この流れが国文学、そして芸能史の主流だ。当然、私達はみなその流れのさな
かに身を置いている。

私がロックのありうべき姿を語る場合、詩についての論考を述べることは避け
て通れない。このあたりのことを私は繰り返し書いている。しかし、この一件
については少年時代から自覚していたわけではない。萩原朔太郎が音楽を意識
していたなどという事実も十代の私は知らなかったし、他人の運命にそこまで
の興味を持てないでいた。しかし、私にとって、そのキャリアの始めからロッ
クと詩は一如だったと思う。なにしろ私にはドアーズがいたのである。

16歳の私がボーカリストとして世に出たのは、まさに僥倖といってよかった。
なにしろ、何一つ他人の曲をコピーしたことがない、というミュータントだっ
たのだ。歌い手という自覚がなく、既成の歌をレパートリーにしてもいない、
そんな状態で日比谷野外音楽堂のロックフェスに、プロのボーカリストとして
立った人間は、そう何人もいないであろう。あるいは、私以外に存在しないか
もしれない。

これは、ちょっとした自慢である。モモヨ少年は、バイセクシュアルな容貌と
エキセントリックな行動で、多少世に人に名を知られていただけの一人の不良
少年だった。もし、私と他のロックファンの少年少女を隔てるものがあったと
すれば、それはロックを把握する視点だったのかもしれない。

私は、それをドアーズから学んだ。

ロック史には、詩と音楽、ビートと言葉を同時に把握することでしか理解でき
ないアーティストはドアーズ、ジム・モリスン以外にも大勢いる。しかしなが
ら、ポップスターが顔をそろえるヒットチャートの上位に、当然であるかのよ
うな当たり前な顔をして名を連ねたのはドアーズだけだ。一般に詩を売り物に
するようなアーティストの場合、詩を理解しないことには魅力も知りえないと
いった類のものが大半である。しかし、ドアーズは違っていた。単純にかっこ
よかったのである。

中学生時代の私が好きだったのは、ビートルズの外に、ドノバン、ドアーズ、
バーズ、キンクス……当時の私は詩を書く少年だった。ファンタジーや詩集を
耽読していた。とはいえ、こうした文芸趣味はロックと関連したものとは考え
ていなかった。蜥蜴の祝祭を体験するまでは……。

私がジム・モリスンに詩人を見たのは、三作目のジャケット内側に書かれたオ
リジナル詩篇『蜥蜴の祝祭』においてだった。今にして思えば、ファーストア
ルバムをきちんと聞いていればドアーズの詩世界を感得できたはずだが、なに
しろ極東の中学生の話であり、シングル全盛時代の話だ。まだ、アルバム単位
で作品に評価を下すことは当たり前になっていなかったのだ。その辺りを斟酌
していただきたい。

とにかく、この蜥蜴の祝祭で何かが変わった。本来的な通過儀礼として、この
祝祭は機能したのである。そして有名な二枚組みライブ盤『アブソリュトリー
・ライブ』。この祝祭が、モダンシャーマニズムともいうべき、本来の詩の力
を教えてくれた。

今、私の手元にジムの自費出版小冊子『アメリカンプレーヤー』がある。映画
『ドアーズ』のラスト近くで出てくる例の、茶色い小冊子、そのオリジナルで
ある。この薄い小冊子の中に私の初心の場所がある。この冊子の裏表紙には、
Nicoのサインがしてある。これも自慢の品である。彼女のサインがあるジムの
詩集というのは、かなり通人でないと、価値がわからないかもしれない。

60年代後半、私にとって、リアルな唯一の詩人がジム・モリスンだった。

繰り返しになるが、当時のドアーズ関連現象で、もっとも注目すべき点は、ド
アーズが、ポップミュージックに興味を持ち出したばかりの少年少女にも理解
され、支持されていた点である。彼を追う形で、私たちは、世界さえ揺るがす
音楽の力、詩の力、歌の力を目撃していった。

そして、例によって人々の覚醒を恐れる連中がいた。社会は、その力を時代の
幻想として封印した。
「あれは、まぼろしだったのだ。忘れろ!」

ロック音楽を扱う雑誌、評論家を総動員する彼らのキャンペーンはいつもこの
調子。こんな情報宣伝に対して、私達は、下をむいて、ほくそえんでやる。

「誰が忘れるものか!」

詩とロックは一如である。そして、それには、心を、世の中を揺り動かす力が
ある。問題は、そこに携わる人々が、意図せずに力を封殺している、このこと
である。

思い出してほしい。

モモヨ(リザード) 管原保雄 momoyo@babylonic.com
責任編集 バビロニクス/音楽の未来を考える
http://www.babylonic.com

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■デジクリトーク SIPSのゆくえ 連載第6回
Webナマに手を出すな(?)
-賃金格差の考察-

uz
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まっこうから賃金について書いた文章はそう多くはないだろう。会社の秘め事、
個人の秘め事、Web業界の暗黙事項。本当のことは人材バンクしか知らなかっ
たりして。

しかし敢えて、訴えたい。SIPS業務を行う会社は、もっと給与体系について真
剣に考えるべきた。後に回してきたならば、今こそ早急に土台となる人事考課
の評価基準が必要だ。そしてそのためには、業務自体を体系化する必要がある。



例えば入ったばかりの新人さん。ものを作る仕事のひどく安い賃金に驚く。鬼
のように残業して、時給が30年前くらいのマクドなみ、などというのは当たり
前。授業料だと思え、というのが上司の理論だ。

そんな苦労を経てめでたくADまで行けば、もう堕落の一途。昼ごろ出社、お茶
をすすって、新人が泣きながら作ったモノにダメ出し、ロクに売り上げ管理や
経費の申請さえもせず。

開発会社はもっと大変だ。開発はパッションよりも忍耐力が必要な職種。カッ
トオーバー時期の近くにバグが解決できない時の焦りといえば、もう手も震え
てキーボードがまともに打てないくらいなものだ。責任の重さと睡眠不足で、
ある朝、気付いたら逆の方向の電車に乗ってた、なんてことも。

もちろんノウハウを得ていけば、コンサルティング系の仕事へ抜け出られるは
ず。でも技術系の壮年層には、人間嫌いにならざるを得ない仕事の宿命か、マ
ネジメント職を嫌う人が多い。ずーっと同じ立場で同じ仕事しかしないので、
当然早くこなせるようになる。年功でじりじりあがる給料を持って毎日とっと
と帰る。

こんなような不条理な立場の違いは、もちろん賃金に表れる。よもや新人さん
が上司の働きともらう給料を見比べる機会に遭遇してしまったら、ひねくれた
理想像を持つ使い物にならない会社員への道を辿るか、その場で逃げるか。



しかし、そこでwebビジネスの台頭が画期的な変化をもたらした(はず)。
デザイン系なら、30までにADになれないなら辞めた方がいい、などという話し
もあるらしい。それだけ若年層の実力が際立ってきたということなのだ。

新しい技術に対応できる柔軟性と、後ろからすがってくるクライアントを励ま
し導く自信。交渉力のある若者も増えた。それに、技術に裏打ちされた自信を
表に出しても、潰されずに認められる、求められる土壌ができつつある。

ADも経費の勘定から帳簿付け、契約書のチェックくらいまでできないと、渡っ
ていけない時代になりつつある。なぜならそれをして、ディレクションを行い
なお自分でも制作している輩などごろごろいるからである。たいていそんな人
は独立かフリーを望むのだろうが。

会社内で種々の業務をこなしている若者、さて、評価を給料に反映して欲しい
と考えた時、基準が無かったら、隠されていたらどうだろう。評価者の印象?
お茶をすするしかできないADの意見?

小さいSIPSは、忙しいのになかなか食えない。絶えず追われている。そんな会
社ほど、人事考課の体系化を急いだほうがいいと思われる。全体的に食えない
状況でも評価や実力を確実に得た、という確証が得られれば、若者は頑張れる。
体系化と、それにもとづく役割分担、目標と課題を考える場がある会社ほど、
組織としては健康体で、長寿命を保てるはずだ。



企画、プレゼン、見積もり、契約、スケジュール、怒濤の制作、時には編集、
外注管理、経費の申請、校正と直し、納品がなくて直し、直し、直し(Webサ
イト構築でよく陥る、いつ納品という区切りのない「修正スパイラル」を防
ぐには、進行方法と価格交渉の熟考の必要あり)、やっと売上台帳、営業会議。

こうして挙げると見えてくるように、要は、一般的な会社組織が別部署、別要
員を確保して行っていることを、すべて各人が意識し、猛烈に複数こなしてい
るのだ。

ではしかし、一般事務職の派遣社員に構築費用の見積を作成してもらうことが
できるか? 畑違いの営業マンが転職してこれるのか?

「Webサイトを構築する」という目的から分離して体系化できる項目はない。
すべてがあまりにもディペンドしている。体系化にはどのSIPSも相当苦労して
いるだろう、「目的ありき」過ぎるのだ。

「給料、もっと欲しい。だって会社にいるんだから。会社だから経営者がなん
とか考えてくれるだろう。あんまりひどいことしたら出るとこ出てやる」など
と呟いてみるものの、本気の人は誰もいないだろう。業界自体、正攻法は全く
意味をなさないのは百も承知だ。経験とセンスで上を行く人から搾り取り奪い
取り、技術を身につける覚悟で入社したはずだ。

これを体系化するのは容易ではない、しかし役割や組織を分けるまでいかずと
も、自分の業務に目標を立て、体系化して進めるくらいは皆工夫しているだろ
う。それを人事考課に置き換えたものを、社内にリリースするだけでも、モチ
ベーションはだいぶ変わってくるのではないだろうか。



SIPS社員にとっての賃金問題は、しかし相当に根が深いものなのだ。

職人気質が必要な職種なのに、システムが絡むと外資系志向に走りやすいので
やり方を間違えると妙な自信だけがある半端な広告代理店と同じになってしま
う。アイディア1番、出社は2番。会社にアイボとか持ってきて遊んでたりする。
昼に出れば2時間は帰ってこない。しかしそれは、その態度が仕事にプラスに
現れる人にのみ許される行為だ。誰かがストップしないと、当然なにもできな
い新人でさえそういった行動を取り出すだろう。

内部の質を落とさないために、カリスマとその正当な継承者が必要だ。職人の
世界なら、型から入って行ける。SIPSの場合、形はどうみてもやわらかそうで、
形がない。だったら本質を見極める目を、継承させなければ。

うまいこと継承させられない場合には、本質が薄くなってしまって、カラだけ
が残る。その日を見越して、人事考課制度は早いうちに確立すべきだ。特に立
ち上げに関わった人、カリスマとしてあがめられていた人が逃げないうちに。
そして立ち上げ人とカリスマも、もちろんそれに従わなければならない。SIPS
は組織して始めて成り立つ業務だ。そのの成り立ちを意識せずに、経営者が気
ままに賃金を設定していたら、会社の一生は短いだろう。

【uz】ur7y-skkb@asahi-net.or.jp
某コンピューターパッケージベンダー勤務を経て、現在はWeb系ライター、Web
サイト構築業務に携わる。
「映画を研究する人々のためのサイト Urban Cinema Squad」もよろしく。
http://www.u-c-s.org/

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■展覧会案内
EXIT EXHIBITION 99-00-01~それぞれの出口~
http://www.info-g.co.jp/ko2/
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『EXIT』は新世紀に臨み、参加アーティストが新しい表現の場とスタイルを創
造することを目的に、1999年~2000年~2001年と3年間かけて開催してきた展
覧会である。今年はその集大成の年であり、6人の作家が参加する。

会期 11月1日(木)~10日(土)11時~18時 日曜祝日休館
会場 山脇ギャラリー TEL.03-3264-4027
JR総武線、営団南北線・有楽町線、都営新宿線「市ヶ谷駅」 徒歩1分

岡部タカノブ
http://okabe.info-g.co.jp/index2.html

喜多見康
http://www.info-g.co.jp/kitami/

富岡聡
http://www.tt.rim.or.jp/~tomioka/

ドルバッキーヨウコ
http://www.dholbachie.com/

花山由理        
http://www6.big.or.jp/~hanayama/
 
中澤真純 電通アートディレクター、作家としても数々の権威ある公募展でグ
ランプリを受賞、ADとして毎日広告デザイン賞・朝日広告賞ともに最高賞受賞

11月10日(土)午後2時より展覧会場にて、参加作家が講師を勤め「こどもCG
教室(無料)」を開催する。申し込みはデジタルキッズ2001HPから
http://www.digitalimage.org/dk2001/

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■サイト案内
Too企画サイト「クリエイターズ・カフェ」、第4回目に大寺聡氏登場
http://www.too.com/communication/cafe/
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プロのクリエイターに迫るTooの企画サイト「クリエイターズ・カフェ」の第4
回目は、パソコン雑誌・ギネスブックをはじめ、数多くの雑誌の表紙や、ゲー
ムショーのポスター、X-JAPAN・hideのリミックス・アルバム、各企業の商品・
Web用キャラクターなど、イラストレーターとして精力的に活躍している大寺
聡氏。

「僕にとって『デジタルっぽい』というのはほめ言葉じゃない」という同氏は、
鉛筆画にペン入れしたイラストをスキャンし、Illustratorではなく、ペンの
タッチを活かせるStreamlineでトレース、同氏ならではの細やかなツールの選
択で、アナログとデジタルをリンクさせた制作活動を行っている。

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■編集後記(10/23)
・「トンデモ本の世界R」を読む。トンデモ本の定義は「著者が意図したもの
とは異なる視点から読んで楽しめるもの」の総称だという。このシリーズはと
ても面白いから全部読んでいる。「戦争論」「買ってはいけない」「カルト資
本主義」などみるからに怪しいのが俎板に載っているのはけっこうなことだ。
オカルトバスターの物理学者大槻プラズマ先生の「神々のトリック」なる大間
違い満載の本が紹介されていた。笑えるけど情けない。テレビで見た大槻セン
セイの絶妙なツッコミは感動的だったけど、本職でこれではいけない。さて、
「トンデモ本の世界R」はいままでのシリーズに比べていまひとつ読後感がよ
くないのは植木氏のなんやらクドイ文章のおかげ。笑えないのだ。(柴田)

・またまたドアーズである。どきどきしながら読む。Nicoのサイン入りだとー!
とうらやましくなりながら読む。ドアーズは全然リアルタイムじゃなくて(生
まれてない)、好きだったバニーメンが敬愛していたから、それって誰? あ
あこの曲、と遡った。単純そうな詩に音、それなのにいま聞いてもかっこいい
し深い。テクニック云々ではない何かがそこにある。映画や書籍で、わずかに
ジムの世界に触れる程度だし、散文は時代背景が違うこともあって理解するの
が難しい。そんな私でもドアーズは色褪せない不思議なアーティストだと思っ
ている。/朔ちゃん。うちの現国の先生は、何かにつけ「一番偉大な詩人は萩
原朔太郎です」と言っていた。だから彼のあだ名のひとつが朔ちゃん。いま思
えば、教養としての文学ではなく、ちゃんと文学を愛し、教えてくれていた人
なんだよなと思う。授業でも「ここが素晴らしいんです」といちいち教科書の
題材に説明入れてはったし。普通なら漢字学んで、ここからどういうことがわ
かりますか、などのテクニック程度の話でしょ? こういうユニークな先生っ
て少ないかもしれない。ロマンチストで授業中に「愛が一番です」と堂々と言
うので、容貌を含め、思春期の私たちには変なおじさんにしか映らなかったけ
れど。それもあって朔太郎を避けていたが、朔太郎を特別な存在であり一番だ
という人はとても多い。読むかな。            (hammer.mule)

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編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 

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