[1169] デザイナーとエンジニア

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,500文字)



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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1169    2002/10/02.Wed発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 21356部
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        <サイト開発はバレエのようなモノか>

■電網悠語:Ridual開発記編(11)
 デザイナーとエンジニア
 三井英樹

■デジクリトーク
 精霊たちが描かせてくれた絵
 武 盾一郎

■イベント案内
 Hallo Flash 2002 in UEDA





■電網悠語:Ridual開発記編(11)
デザイナーとエンジニア

三井英樹 / ※Ridual=XMLベースのWebサイト構築ツール
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2001年8月、シアトルで行われた「Web Design World 2001」に、幸運にも参加
できた。デザイン系のセッションの中に、余りにも異質なセッションが混じっ
ていた。「XML's Successes and Failures(XMLの成功と失敗)」、講演者はXML
の生みの親の一人、Tim Bray氏。

エンジニアのカンファレンスで、色彩等のデザインの根本のセッションを持っ
たり、情報デザインに関するそれなりの識者を呼んで学ぼうとするものを、私
は今まで知らない(私が知らないだけという可能性は高いが)。しかしデザイ
ナーの貪欲な知識欲はこんなセッションを実現させた。

ここで話されたのはXMLの基礎ではない、XMLを産み育てた人間が、何を成功と
思い、何を失敗と思っているかという個人的な想いが話されたのだ。XMLにつ
いては書籍がすでに多く出版されていた。それを皆で学ぶのでは足りない。最
高峰を呼んで、その触覚に触れようとする狡猾さが感じられた。学ぶという意
思も。

考えると、マルチメディアスクールなるモノが世に出た当時から、デザイナー
の貪欲さはそうだった。1996年あたりで既に、PhotoshopやMacintoshを学ぶと
いうレベルですら、その先に目指していたものはシリコングラフィックス社
(現SGI)のワークステーションだったりした。Macintoshの操作法を覚えなが
ら、UNIXも学ぶ。無謀とも思えることを、多くの者が当り前のように挑んで行
った。

その多くの無謀なる開拓者から、Javaスクリプト描き(書き?)やCGIエンジ
ニアも生まれてきた。Flash等の分野では、もはやエンジニアとデザイナーの
区別はないのかもしれない。そんな呼称に拘っているのは、今のポジションか
ら追い落とされそうな旧世代だけなのかもしれないとすら思ってしまう。

エンジニアももちろん負けてはいない。様々なプログラミング言語や開発環境
や概念が生まれ発展している。けれど、と思ってしまう。COBOLエンジニアが
Javaエンジニアになるのは確かに非常な努力が必要だ。しかし、Photoshop使
いがCGIエンジニアになるのと比べたらどうだろう。絵を主にしてきた者が、
コードや文字主体の世界に移っていく力は如何ほどだろう。

このカンファレンスにエンジニアの立場から参加した友人がいた。幾つかの比
較的エンジニア寄りのセッションに参加した彼は言った、「デザイナーって、
当り前のことを、当り前にやるってのを学びに来るんだ」。情報デザインから
各論まで、順序だてて進めていくことの重要性とともにワークフローにも焦点
が向けられたカンファレンスだったので、余計にそう思えたのであろう。

しかし、聞いたとたんにふきだしてしまった。エンジニアが「当り前のことを
当り前にできない」という点をどれほど問題にしてきて、どれだけの労力をそ
の是正に向けて進んでいるのか、知らない訳ではあるまい。彼のデザイナーを
見下した言い方にカチンと来たのも事実だが、「エンジニアもじゃないか」と
即座に答えてしまった。

世に書籍は多々あれど、デザイナー向けの情報整理学の本と、エンジニア向け
の情報整理学の本とどれ位の比率で存在するのだろうか。絵筆の持ち方は、プ
ログラムコードの書法にあたるかもしれない。イメージの全体像から仔細に向
かう捉え方は、プログラムのモジュール分け概念にあたるかもしれない。そん
なモノまで含めたらどうなるのだろう。エンジニアは、きれいなコードで正し
く動くという、「当り前のこと」を達成するために、間違いなく膨大な知識と
エネルギーを費やしている。

私は、最初の職種がエンジニアなので、デザイナーがエンジニアを卑下しても
ムッと来てしまうのだが、正直言ってそういう場面は少ない。デザイナーから
は、エンジニアが分からず屋であることへの不満であることの方が多い。でも
それはデザイナー間でも起こる事だ。エンジニアがデザイナーを悪く言うとき、
どこか、見下すようなニュアンスを含む。「おまえ達には分からない深遠な事
柄があるのだよ、黙って絵を仕上げなさい」。

エンジニアは機能を動かすことに熱中している。インターフェースは単なるそ
の機能への入り口と考えている。エンジニアは基本的には複数人で動くのでス
ケジュールの共有感覚が強い。先を見越して動かなければならない。稼働日ま
で、或いはその後のメンテナンスについての思慮が頭の中に溢れている。では、
デザイナーどうか。デザイナーは稼働日以降のことを見つめているのだ。その
機能がどう使われるのか。

エンジニアとデザイナーの話をする時に、私はひとつのボタンの絵を使う。ボ
タンは、押されてから起動する「動き」がある。しかし、その「動き」は、押
されなければ動けない。エンジニアはその動きを設計し、デザイナーは押され
る行為を設計する。二人が補完し合って、そこにそのボタンがあることの存在
意義が生まれる。そうした両面が必要とされる業務は多いだろうが、特にWeb
はこれらを短期間に仕上げる必要がある。だからこそ強力な補完関係が必要な
分野なのだ。

羨ましいような関係を築いている組織がある。職種はもはや単なる初対面の人
の先入観を利用するためだけにある。デザイナーと思って話してくれた方が分
かりやすいか、エンジニアと思ってくれた方が楽か。やることに差はない。動
けばいい、美しければ良いなんて思っている人は、そこには誰もいない。機能
は使われてこそ。使われるようにデザインすべきもの。皆がそんな風に考えな
がら進む。そこで働く人達だけでなく、そこの「作品」のエンドユーザーの幸
せをも羨ましく思う。

そんな風に考えたら、コトは職種の問題ではなく、未熟か成熟かの問題なのか
もしれない。自分達の仕事の範囲を、時間的に、業務的にどこまで見越して考
えているのか。そうした考慮の上でどこまで人材を有効活用しているのか。

優れたエンジニアは、自分が考え得るモノよりも「もっと良い方法」がある可
能性を信じている。だから聞く。どんな意見だって聞く、ただし短時間で。そ
の上で吟味する。優れたデザイナーはあらゆる可能性を想定する。その選択肢
を拡大方向に維持するために、常にアンテナを可能な限り広げる。恐らく、超
一流のところでは、デザイナーもエンジニアも変わりがないのだろう。

時々、サイト開発はバレエのようなモノかと思うことがある。イメージしてい
るのは、映画「愛と哀しみのボレロ」のラストシーンのようなバレエ。超一流
の踊り手が自分の最高のパフォーマンスを演じつつ、全体としての調和がある。
観客席の正面から見ても横から見ても共通の流れが見える。しかし、個性が埋
没しているわけでもなく、個々のダンサーの表情も光ってる。隣の人間の動き
に注文をつける余力など誰にもない。ただただ全力を尽くすだけ。

エンジニアとデザイナーが、こんなコラボレーションが出来たなら。互いをリ
スペクトできるように全力を出せたなら。必要以上の壁を作らずに競え合えた
なら。

既に、双方から混血もニュータイプ(新世代)も生まれている。異質なものの
集合体の方が、純血の集合体よりも強いことは様々に証明されている。開発者
にとっては、Webはそんな実験場なのかもしれない。

ref)
・Web Design World :
ThunderLizardが主催するカンファレンス。2002/11/18-21にBostonでも。
http://www.webdesignworld.com/

【みつい・ひでき】 ridual@mac.com / info@ridual.jp
Ridualを見せると、エンジニアからはデザインツールのようだ、デザイナから
はプログラムツールのようだ、と「不満」が来る。この中間地点に暫く居たい。

・Ridual(XMLベースのWebサイト構築ツール)公式サイト
http://www.ridual.jp/
・超個人的育児サイト(書籍は絶版中)
http://member.nifty.ne.jp/mit/MilkAge/index.html

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■デジクリトーク
精霊たちが描かせてくれた絵

武 盾一郎
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僕は新宿の地下道でずっと段ボールハウスに絵を描き続けたり(1995~1998)、
ラブホテルに暮らしながらそのホテルに絵を描いたり、東大の駒場寮に住み着
いて絵を描いたり、神戸の被災地の公園のテント村に暮らして絵を描いたり、
車で寝泊まりしながら国内を放浪したりしてきたのですが、それは意志や目的
や思想があってそれを実践したって訳ではないんです。

なんで新宿西口地下道の段ボールハウスに絵を描いたんだってよく聞かれたけ
ど、実を言うと最初はそこではなくって、新宿駅からしょンべん横町(今はも
うないんだっけ?)に抜ける地下道に描こうって思ってたんです。そこにゲリ
ラペインティングしようって。

ちょっと前のそこはフォークの人たちとかが演奏してたり、ゴミクズが散らば
っていて、近くで人間が寝そべってたりと闇市的な雰囲気があって僕は好きだ
った。いざ相棒のタケヲと現地に行ってみると三角コーンが立ち並び、汚かっ
た壁もきれいになって「壁を汚すな」みたいなはり紙がしてあって、意気込ん
で来たのに、なんかきれいになっちゃってて、入り込めなかったんです。

がっかりしながら新宿の街をフラフラと漂っていると、西口の地下道の段ボー
ルハウス村に辿り着いてしまったんです。吸い寄せられたって感じで。あそこ
はきっと絶望に打ちひしがれた人間たちが辿り着く最後の地下空間だったんだ。
僕らはそこで半ば偶然の出会いのようにそこに絵を描き出すんだけど、どんな
絵を描くかってのも何も考えてなかった。でも、新宿西口地下道の雰囲気が僕
たちにイメージを与えてくれて、人面魚のような絵が出来上がったんです。

そしてしばらく経って、僕は自分に絵を描かせてくれた「何か」ってのが「そ
こに棲まう精霊たち」だっていうことに気が付くんです。

ある日、頭にバンダナ巻いたちょっと自然児みたいな(オッサンだけど)カメ
ラマンが地下道を通りかかったんです。その人は日本各地の霊の宿る場所を撮
り続けてるっていうカメラマンみたいで、たまたま通りかかったらしいんだけ
ど「ここには精霊が居るような気がする」ってんで写真を撮ろうと、住人にこ
とわりに行ったんです。

そん時、僕は何だか物凄く合点がいったんです。「僕も全く同感です」って。
姿は見えないけど確かにそこに居る。それらはとても弱く、暮らしの空間が破
壊されるとすぐに死んでしまう。そういう「感じ」のものが棲まっていた。僕
はその「感じ」を「精霊」って呼ぶことにした。

僕はそんな精霊たちに呼応するように絵を描いて行った。

人間たちは自然を破壊して沢山の精霊たちを殺して来た。けど、この都会のど
真ん中に精霊が居るってどういう事なんだろう? なんて思ったりした。

で、パクられて22日間檻に入れられたり、なんだかんだってあって(この事を
書くと長くなり過ぎるからちょっと飛ばします)、僕は何故か東京大学に向か
うんです。門を入ってしばらく歩き、うっそうとする樹々の葉をくぐるように
行くと、木陰の暗がりの向こうに廃虚が立ちはだかっている。駒場寮。

一歩寮に入るとほとんど暗闇。一番手前の部屋はゼロバーというバーだった。
僕はこの駒場寮に住み込んで、寮内にあるオブスキュアというギャラリーで
「世紀末とのコラボレーション」っていうライブペインティングをしてしまう
のだが、なんとそこにも「精霊」が居たことに気付くんです。

高い天井から床まで釣り下げた巨大な段ボールに絵を描いていたんだけど、僕
はそこで寝てて、明け方のまだ暗い時、彼(女?)らはやってきて絵を鑑賞し
てた(精霊たちが絵画鑑賞なんてちょっとコッケイ)。でも精霊の行為まで感
じたのは初めてだった。で、僕に「お前をここで絵を描く事を許す」みたいな
ニュアンスのメッセージを送ってくれたような気がしたんで、なんだかホッと
してまた寝た。ひょっとしたら、こいつらが僕を呼んだのかも知れないってち
ょっと思った。

で、その後僕はひょんな経緯で震災後3年経ってまだある公園のテント村に暮
らすことになる。そこでコンテナに絵を描いたのだが、ちょうど描き始めた日
に新宿西口地下道の段ボールハウス村が大火災に遇ってしまう。そして新宿の
地下王国はここで終焉する。

(ちょっと不思議なことだが、僕たちが新宿で描き始めて間もない頃に「新宿
の左目」という題を付けた作品を描いたのだが、それが出来上がった時「この
絵がなくなる時がこの村が終わる時だなぁ」って漠然と思ったんです。強制撤
去でも生き残ったこの「新宿の左目」は地下王国のシンボル的な存在となって
いた。そして大火災。水浸しになった「新宿の左目」は東京都に破棄され、同
時に村もなくなった。「新宿の左目」は、本当に段ボール村と共に死んだのだ
った。)

そんなこともあったせいなのか、僕は被災地で精霊を感じることはなかった。
かつて居たような感じは確かにするのだが、実際に精霊を感じることは出来な
かったのだ。

そして僕は恋人と共に車に住みながら放浪することになるんです。簡単に言う
と住む所がなくなったんです。放浪に憧れて彷徨ったのではなく、そうするし
か仕方がなかった。

で、東北地方をウロウロして、どこまでも透明な海に潜ってウニを取って食べ
たり(本当はウニは捕ってはいけないそうです)。地元のおばあちゃんに大根
を貰ったり、人間などは最初から存在してなかったような山道で野犬の群れに
襲われたり、巨大な鷹が急に目前に立ちはだかって行く道を先導してくれたり
しながら、あてもなく彷徨っていました。しばらくいると、東北地方のどこか
の海辺、というか断崖に出たんです。夜だったんですが、月灯りがしっとりと
僕たちを照らして影がハッキリと映し出されていました。

僕たちは車を降りてちょっと散歩をすることにしたんです。木々や葉っぱ、そ
して恋人の肌はまるで自らが発光しているようにぼんやりと、でも確かな存在
感をもって静かに紫色っぽく光って見えました。

なんだかまるで自分達が人間ではないような不思議な感覚。真っ黒な海と白紫
に発光する植物たち、そして月。その時僕は「ここは神々の暮らすところ」だ
って感じたんです。

そして今は共に放浪した恋人AYAとふたりで「月乃夢馬國」というユニットを
組んで絵を描いてるんです。

描かれる世界は「ユマノ国」。日本の神さまイザナギとイザナミが最初に産ん
だ子です。それはヒルコといって骨のない奇形だったので葦舟に乗せて流して
捨ててしまうのですが、ところがどっこいヒルコは元気に成長し「ユマノ国」
となって今も生き続けているんです。出来損ないの神々と精霊たちの棲まう夢
のまほろばの世界。

見捨てられたものや負けたものたちの方が遥かに広大で深い世界を持っていま
す。何より、圧倒的多数は敗者だし。

勝者にしがみつくことはやめにして、独自に元気に生きてった方がよっぽど豊
かに生きれるではないかなって思うようなりました。

見捨てられたこと自体が絶望なのではなくって、勝ち負けのルールの中で「負
け組に入るのが厭だ」という価値観が恐いんではないだろうか、って思ったり
します。

今は自分の日常を、多少怠け気味でもいいから楽しく生きることが大切なので
はないのかなあって思います。

【たけ じゅんいちろう】
25才から絵を描き始める。1995~1998年にかけて新宿西口地下道段ボールハウ
スに絵を描き続ける。その制作で1996年逮捕、22日間拘留される。1996年度東
京ジャーナルベストアーティスト賞受賞。1997年東京大学駒場寮に暮らしなが
ら制作をする。1998年神戸の非公認避難所「しんげんち」に暮らしながら制作
をする。その他ラブホテルや裏原宿のビルなどの巨大壁画やストリートゲリラ
ペインティング、不登校の子供達とコラボレーション、車椅子ペインティング、
舞踏家、ミュージシャン等とのライブコラボレーション多数。
現在、AYAとユニット「月乃夢馬國(ツキノユマコク)」を組み「プリとグー
グーの暮らす夢のまほろばユマノ国」の絵画制作進行中。サイトで観れます。

◎月乃夢馬國◎ UMA-Kingdom.com
http://www.uma-kingdom.com/

新宿西口地下道の段ボールハウスの絵画は以下のサイトでご覧になれます。

・新宿西口地下道段ボールハウス絵画集
http://www.cardboard-house-painting.jp/

・eyedia.com アーティストギャラリー/ストリートペインティング
http://eyedia.bravepages.com/paint/jstreet.htm

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■イベント案内
Hallo Flash 2002 in UEDA
http://flash.wda.jp
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<主催者情報>

Macromedia Flash をフィーチャーしたイベント【Hallo Flash 2002 in UEDA】
を上田市マルチメディア情報センターで行ないます。ご自分のWEBサイトをお
持ちでFlashに興味のある方、Flashをこれから仕事に活かしたいと思っている
方、Flashの技術を習得して就職活動に役立てたいとお考えの学生の皆様など、
沢山の方のご参加をお待ちしています。また、当日は笠居トシヒロさん、まつ
むらまきおさんの講演会と屋外でのベーべキュー大会なども予定しています。

主な内容

●笠居トシヒロさん、まつむらまきおさんお二人による講演会と交流会
普段から息の合った関西系のお二人、ボケとツッコミが激しく飛び交うエキサ
イティングな講演になることは必至です。座席には制限があります。円滑な進
行のため、聴講希望の方お申込みをして下さい。申し込みの順に前の方からお
席にご案内できます。もちろん当日の参加も大歓迎です。入場無料。

日時 10月12日(土)13時~16時
場所 上田市マルチメディア情報センター ホール
申し込み先:http://flash.wda.jp/event/moushikomi.html

●食べ放題、飲み放題の屋外でバーベキュー大会! 先生方とゆっくりご歓
談ください。交流会18時~。参加費2000円。

●コンテスト応募作のFlashムービーコンテスト作品発表会。Flashムービーコ
ンテストに応募した方で、当日会場にお越しくださった方に笠居さん、まつむ
らさんから講評があります。

日時 10月13日(日)10時~12時
http://flash.wda.jp/contest/contest.html

・12日の交流会の後宿泊したい方、宿を用意しております。ご希望の方はお申
込みください。人数:先着12名さま 場所:上田温泉ホテル 祥園
http://www.ueda.ne.jp/~shoen/
一泊 6500円(税別)朝食800円
申込み締切り日 10月10日(木)正午
申し込みメールアドレス flash@wda.jp

お申込み必要事項:お名前、電話番号、メールアドレス、性別、部屋の希望
(個室または3~4名の和室)なお、人数によりお部屋のご希望に添えない場合
がありますのでご了承ください。

お問合せ先:Hallo Flash 2002 in UEDA 実行委員会
事務局 上田市マルチメディア情報センター内 斉藤・尾崎
〒386-1211 長野県上田市下之郷812-1
Tel:0268-39-1000 Fax:0268-39-1010
E-Mail:flash@wda.jp Web Site: http://flash.wda.jp/

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■編集後記(10/2)
・腹が立つことふたつ。わがさいたま市の(手書きではじつに格好がつかない
ひらがな表記である。まぬけな)、広報誌で投票を呼びかけていた区名が決ま
ったようである。それによると、投票の結果はまるで反映せず、というトンデ
モな決め方だ。東西南北という区名はまあ仕方がないが、桜区だとか緑区だと
か、ばっかじゃなかろか。気の毒なのは旧与野市で、中央区になるという。文
化的遺産としての地名を捨て去ってどうする。まったく愚かな委員会である。
わたしが旧与野市民だったら暴動を起こす。国民健康保険税は倍増され、愛着
のある地名を奪われて、なんのための、だれのための合併なんだ。郵便番号さ
えあれば郵便は届く。わたし一人でも、もとの地名を名乗ろうかと思う。次は
西友の払い戻しである。平日の日中にスーパーの前に並ぶか、ふつうの若者が。
恥知らず。タカリのケモノたち。キミらも愚かだが、親が悪い。そういうこと
を卑しいのだと育てられなかった親が悪い。西友のやり方も最低だ。(柴田)

・柴田さんのHDD交換からはじまって、私や私の取引先のHDD交換と続き、今日
は島田氏のHDDトラブル。うつるねー。島田氏はノートパソコンがシステム認
識しなくなったので、買ったショップに持ち込んだ。保証期間内。店員さんが
リカバリ処理したが直らない。HDDのハード面の問題だろうということで、2週
間かかる修理の旅に預ける。報告を受け、そりゃないだろうと店員と電話で話
す。ショップのセンターに送り、そこからメーカーの修理センターに送るらし
い。系列店なら修理サービスしているからHDDの交換をしたらいいじゃないか
と言うが、この場合はメーカーに送らないとだめなんだそう。

そりゃかかりすぎだわ、と引き上げ、歩いてすぐのメーカーの対面修理窓口に
持ち込んでもらう。が、その対面修理は去年の8月で終わっていて、パソコン
に触らないまま、修理センターに送るので1週間、との返答あり(歩いて数分
で1週間稼ぐ)。サイトには「相談窓口」と書かれてあった。でもそれは相談
じゃないだろう。事務だ。その窓口に事前に電話したのだが聞き方が悪かった。
「修理してもらえますか」ではだめだ。「対面修理してもらえますか」じゃな
いと。確かに、出して修理はしてくれるので間違いはない。実際に修理してい
るのはそこから電車で数十分の同じく「相談窓口」。じゃあそこに持ち込めば
対面修理できるかと聞いたら、西日本全部の修理品が集まるから割り込みは無
理との返答。まぁ当然。

つまり、保証期間内にパソコンが壊れても、通常1週間から2週間は直らないっ
てことで、このIT時代(あえて使う)、大手メーカーがそんなサポートで済ま
せられるってのがすごいね。車検でも代替車ご用意は当たり前で、いまやコー
ヒー飲んでいる間に、という時代。有償じゃないから当然? 保証期間って無
料で修理してやるぞ、って意味? その期間内は免責事項をのぞき、動作保証
しますってことかと思ってたよ。そういや保証って、なかなか言えない言葉だ
よねぇ、こわくて。親は言うよね、借金の保証人にはなるなよ、って。保証書
に代わる言葉ないかなぁ。アップルの対面修理っていいサービスだなぁ。日本
国内なら移動さえすれば1日で直るんだから。
http://www.apple.co.jp/support/ftof/  全国6拠点だけど助かる

そんなこんなで、大手メーカーのパソコン買うより、組み立てしてもらって、
DOS/Vショップの保証つくほうがいいよなぁという思いを強くした。DOS/Vショ
ップなら詳しい店員が常駐していて、その場で修理・交換してくれるもんね。
大手メーカーのは、確かな品質って感じなんだけど、いざとなったときに頼り
になるかどうかという判断基準もあるね。まぁショップも潰れたら終わりだが。

と書いているうちに島田氏から報告あり。意地になって修理センターに行って
もらったのだが、受付の女の子(自分も女だからこんな風には書きたくないが)
は「ハードディスクの交換? は? リカバリのことですか?」と答えたそう
だ。その上、その機種は、電車で数時間離れた、作った工場に持ち込まないと
だめなのだそう。諦めて修理に出すことにしたが、その前に本当にHDDのハー
ド面の問題なのか調べてもらおうと食らいついた島田氏。後ろから技術者らし
い人が出てきて調査。なんと最初のショップ店員のミスが発覚。結局直しても
らい、お持ち帰りとなった。食らいつかなければ1週間……。(hammer.mule)

<応募受付中のプレゼント>
 「おしえて!! Macromedia FLASH MX」1160号。
 「フジフイルムFinePix S2 Pro スーパーブック」1168号。

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発行   デジタルクリエイターズ <http://www.dgcr.com/>

編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
アシスト    島田敬子 

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