[1194] 赤い鳥を飛ばせ!

投稿:  著者:  読了時間:20分(本文:約9,700文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1194    2002/11/08.Fri発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 21576部
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     <おまえたちと一緒のミーハーなファンじゃねぇんだ>

■映画と本と音楽と… 146
 赤い鳥を飛ばせ!
 十河 進

■金曜ノラネコ便
 やっぱり目のつけどころがヘン?
 須貝 弦

■青瓶 2459
 「列島いにしえ探訪」- Poster for“EXCURSION OF THE MIND" 104枚 -
 北澤浩一



■映画と本と音楽と… 146
赤い鳥を飛ばせ!

十河 進
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●死亡記事を読んで思い出したこと

新聞の死亡欄に必ず目を通すという人は多いらしい。朝刊にしろ夕刊にしろ、
僕も必ず目を通す。最近、朝日新聞はひと月に一度ほど、夕刊で追悼記事をま
とめて掲載することがある。それも必ず読んでいる。

死亡欄を見ていて、時々、「あれっ、まだ生きていたんだ」と思うことがある。
ポルトガルのファドの女王と言われたアマリア・ロドリゲスが数年前に亡くな
った時もそう思った。フランソワーズ・アルヌールの主演映画「過去を持つ愛
情」(1954年)で主題歌「暗い艀」を歌い日本でもヒットした。

アマリア・ロドリゲスは確か70代で亡くなったはずだ。アルヌールはまだ健在
で現在は71歳になっているはずだから、アマリア・ロドリゲスが亡くなった時
も「まだ、生きていたんだ」と思うのは失礼なのだが、僕がものごころつく以
前に流行った「暗い艀」の伝説が、そう思わせたのだろう。

今年の夏、TBSのアナウンサーだった林美雄さんの死亡記事が出た。この時は
「えっ、まだそんな歳じゃないだろう」と驚いた。久米宏、小島一慶などと共
に1970年代初期にTBSラジオで活躍した人だ。7月13日逝去、58歳。8月25日に
「林美雄を送る会」が開催され、その数日後、朝日新聞の追悼欄に大きく写真
と記事が掲載された。

58歳だったとしたら、林美雄が「パック・イン・ミュージック」のパーソナリ
ティをやっていたのは、20代後半のことになる。1970年代初期、僕は深夜放送
で林さんの声をよく聴いていた。

林美雄の番組の特徴はサブカルチャーをしきりに取り上げたことだ。まず、映
画。特に日本映画を取り上げた。1971年の夏の終わりにひっそりと封切られた
日活映画「八月の濡れた砂」は、彼が番組で取り上げたからカルトムービーに
なった。それに、何度も石川セリが歌う主題歌を番組でかけたから、映画はと
っくに公開が終わっているのにヒットした。

デビュー前後の荒井由美(ユーミン)や山崎ハコの曲もよくかけた。深夜の番
組から彼女たちはメジャーになっていった。石川セリが井上陽水と出会ったの
も林美雄のパック・イン・ミュージックだったという。8月25日の送る会には、
松任谷由実、山崎ハコ、石川セリ、原田芳雄らが思い出を語り歌った。

もう二十年ほど前のことになるが、僕は林美雄に会ったことがある。役者をや
っている先輩の河西健司(今年はNHKの「さくら」に浅田美代子の亭主役で出
ていた)さんの仲人としてだった。大きなパーティ会場だったから話はできな
かったが、あのよく通る声で仲人と司会の両方を務めていた。

その時より十年前、僕は林美雄を見かけている。あれは藤田敏八監督が「赤い
鳥逃げた?」を作る前年の晩秋のこと。正確にいうと1972年11月のある日、午
後10時頃のことだった。まだ都心で星空が見えた時代のことである。

●日本と中国の国交が回復した秋に

その年の秋、田中角栄は日中共同声明に調印し中国との国交が回復した。その
結果、世論調査で田中内閣の支持率は戦後最高の62%を記録した。ジャイアン
トパンダが中国から贈られ、10月28日に羽田にカンカンとランランが到着した。
一般公開は11月5日の日曜日で、その日、上野動物園には一万八千人の見物客
が押し寄せた。

1972年11月のある日、午後6時。僕はそんなこととはまったく関係なく神宮の
日本青年館に向かって歩いていた。晩秋の夕方は完全に陽が落ち、帰りを急ぐ
勤め人たちの足は早かった。神宮の銀杏並木は黄色く色づき、歩道は黄葉に埋
まっていた。

その年の秋はひどく早くやってきた気がする。いや、遠い記憶の中で僕にそう
思えるだけかもしれない。1972年、僕は大学の二年生で21歳の誕生日を迎えた
ばかりだった。1972年に生きていた多くの青年がそうであるように、僕には金
がなく、心にいつも正体不明の鬱屈を抱えていた。

僕は上京した年に東京の晩秋の寒さに我慢できずに買った紺色のダッフルコー
トを身に付けていた。高田馬場駅前にある洋装店で買ったそれはひどく安かっ
たが、それから2年間、僕を寒さから防いでくれていた。11月から3月半ばまで、
僕はいつもそのダッフルコートを着ていた。

コートの中は着古したジーパン(ああ、27インチのジーパンが履けたあの頃)
と薄いセーターだった。僕は170センチの身長を持ち49キロの体重しかなく、
日に二度しか食事をしなかった。酒を呑まず、倹約して買ったタバコをしきり
に吹かした。自分で刈っている髪はしばらく放っておいたので、耳を覆うほど
のびていた。

僕はダッフルコートのポケットに両手を突っ込み日本青年館に向かう銀杏並木
を歩きながら、この前見た森谷司郎監督の「初めての旅」の最初のシーンはこ
の辺じゃなかったかな、と考えていた。

岡田祐介と高橋長英が出会い、駐車していた車を盗んで旅に出る。実際に東映
の社長の御曹司である岡田祐介が金持ちの息子を演じ、高橋長英が貧乏な工員
を演じていた。高橋長英が演じた貧しい青年が、時に露わにする得体の知れな
い怒りに僕は共感した。その頃の僕は、何かに対していつも怒りと苛立ちを感
じていた。

日本青年館の前には、若い男女が並んでいた。みんな揃ってベルボトムのジー
ンズを履いていた。大きく丸いトンボメガネのサングラスをした若い女もたく
さんいた。コートの前をはだけた女たちの多くは、11月だというのに絞り染め
のTシャツを身につけていた。

その中に場違いのようにOL風の一団がいた。何人かは花束を持っていた。そん
な光景が僕には気に入らなかった。「おまえたちと一緒のミーハーなファンじ
ゃねぇんだ」と僕は口に出さずに毒づいた。若い頃に特有の傲慢さと不寛容が
僕の体内を占めていた。

その夜、日本青年舘では「八月の濡れた砂」の上映と原田芳雄のミニコンサー
ト、藤田敏八監督との対談などが行われる予定だった。司会は林美雄アナウン
サーだった。僕はパック・イン・ミュージックでそのイベントを知り、ひとり
で出かけてきたのだった。

花束を抱えたOLたちはテレビドラマを見て原田芳雄のファンになったに違いな
かった。原田芳雄はテレビドラマ「五番目の刑事」(1969年)に主演したが、
1972年の頃は浅岡ルリ子と共演したドラマなどで一般的な人気が出た。女性誌
にもインタビュー記事が載り始めていた。

●アナウンサーの仕事を終えて

イベントは6時半から始まった。林美雄がおなじみの声で登場した。彼はひと
しきり喋り、「八月の濡れた砂」を紹介した。映画が終わり再び林美雄が登場
し、原田芳雄と藤田敏八を紹介する。あまり喋らない二人を少しもてあますよ
うな感じだったが、林美雄は場を盛り上げようとしていた。

林美雄が「また、お二人で映画を作っているそうですね」と聞く。そこへ、舞
台の袖から桃井かおりが登場し、会場が湧いた。藤田敏八監督が、桃井かおり
を迎えながら「今度は不良中年の映画です」と答えた。「題名は『赤い鳥逃げ
た?』」と続ける。

対談は20分ほどで終わり、最後に原田芳雄のミニコンサートになった。OL風の
女性たちが一斉に立ち上がり、花束を持って舞台に駆け寄った。それを苦々し
く感じながら「原田芳雄はキャーキャー騒ぐような役者じゃないんだ」と僕は
つぶやいた。彼は反体制的ヒーローだった。アウトローが似合った。

5曲ほど歌ってコンサートは終わった。歌っている時は気持ちよさそうだった
原田芳雄は、終わった途端にシャイな感じになり、林美雄に向かってボソボソ
と何かを言って引っ込んだ。林美雄は「藤田敏八監督、原田芳雄さんと桃井か
おりさんが出演する『赤い鳥逃げた?』は来年、公開されます。見にいってく
ださいね」と言ってイベントをしめた。

客が出てしまうのを待って、僕はゆっくりと会場を後にした。ブラブラと会場
の周囲を歩いてみた。二年前の夏に「反逆のメロディー」を見て以来、僕は原
田芳雄の熱心な崇拝者になっていた。彼が映画の中でかけていたナス型のレイ
バンのサングラスがほしくて、安物の偽レイバンを買ったこともある。

僕は生身の原田芳雄を目の前にして興奮していたし、彼に会えるのではないか
という淡い期待を抱いて会場の周りを歩いていた。会場の裏手に回った時だっ
た。少し高くなった位置にある階段の踊り場でボンヤリと神宮の森を見つめて
いる林美雄を見かけた。街灯の明かりが彼の顔を浮かび上がらせていた。

会場で見た林美雄とは別人のようだった。もちろん、アナウンサーである以上、
仕事の時はテンションを高めて間断なくその場のムードを盛り上げなければな
らない。職業意識が常に彼の言動をメリハリのあるものにする。話し方だって、
きちんと誰にでもはっきりわかるようにしなければならない。

その時、林さんはきっと緊張が解けた状態だったのだ。彼はフッと僕の方を見
た。自分の放心したような表情を見られたと思ったのだろうか、照れた笑いを
浮かべて肩をすくめ、そのままドアを開いて中に戻った……。

三カ月ほどが過ぎた寒い冬の午後、僕は「赤い鳥逃げた?」を見にいった。も
う若いとは言えない原田芳雄が演じる男は、桃井かおりと大門正明と組んで犯
罪まがいのことをして日々を生きている。彼らには何の目的もない。死ぬ決心
もできないから生きているだけだ。絶望さえできない閉塞感にシラケ、心の中
に凶暴な何かを棲まわせて生きている。

何かが突き抜けられない。何かが晴れない。そんな気分を主題歌の「鳥を飛ば
せ! 赤い鳥を」というフレーズが代弁する。僕は、映画を見終わって「鳥を
とばせ! 赤い鳥を」と、鬱屈した気分で夜空に向かって怒鳴った記憶がある。

何かに向かって、僕も鳥を飛ばしたかったのだ。自分の中から消えてくれない
鬱屈、閉塞感、不安感、怒り、苛立ち、焦り、破滅への衝動、いや時には破壊
の衝動、それらに増して耐えられないたとえようもない何か、そんな諸々の感
情を「鳥を飛ばす」ように解放したかった。

……そんな気分は長い間、忘れていた。

林さんの死亡記事が、神宮の黒々とした夜の森を虚ろに見つめていた彼の姿を
想い出させ、僕の中にあの頃の気分を甦らせる。あれから長い長い年月がたち、
僕は三十年分だけ歳をとった。何かに苛立ち、鬱屈を抱えて生きていた痩せて
貧しい青年は年老いて太り、頬のゆるみと二重顎が目立つ中年男になった。

僕は未だにあの頃抱えていた鬱屈の正体を見付けてはいない。時々、それは形
を変えて現在の僕の心の中にも現れる。そんな時、僕はまた「鳥を飛ばせ! 
赤い鳥を」と叫びたくなる。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。利根川の土手でアルトサックスの練習を始めて一年が過ぎた。よ
うやく「枯葉」の似合う季節になった。真夏に「枯葉」を吹いていると、少し
虚しくなった。

ネットギャラリー&オリジナルプリント販売
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フォトテクニックWebSite
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■金曜ノラネコ便
やっぱり目のつけどころがヘン?

須貝 弦
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個人の名前で仕事をするようになってから、大きく意識が変わったことがひと
つある。それは、業務交通費だ。会社員なら、仕事による移動はすべて業務交
通費として会社から支払われる。それも、良い会社だと毎日、小さい会社でも
週に一度は業務交通費の精算ができるはずである。また、自宅から会社までの
通勤は、通勤交通費として月々の給料とともに支払われる。

しかし、個人の場合はそうは行かない。業務交通費は確かに必要経費として認
められるが、それは年に一度の確定申告のときに申告し、しばらくたってから
還付金と言うカタチでやってくる。つまり、必要経費である交通費を収入から
差し引いて「所得」を算出し、払い過ぎた税金を還付されているだけであって、
誰かが立替金精算をしてくれているワケではないのだ。

もちろん、仕事で名古屋だ大阪だといったように遠いところに行けば、それは
クライアントが後々支払ってくれるが、たとえばこれが舞浜くらいだと、中途
半端に遠くて電車代がかかる上に、誰も立て替えてくれないのだ。そんな当た
り前のことが、実際にフリーで仕事をやってみるまでわからなかった。

日々の仕事に交通費が占める割合は、私の場合は比較的高いのではないかと思
う。ヒマなときはかなりヒマで引きこもっていたりするが、いざ忙しくなると
私の場合、家で原稿を書いている時間よりも、打ち合わせや取材に使っている
時間のほうが長くなる。取材先に行って、クライアントに行って、デザイン事
務所に行って……とやっていると、一日の交通費が1500円くらいになっていた
りして。

で、私が言いたいのは、そうやって交通費というものをハッキリ意識するよう
になってから、鉄道会社のサービスを大きく意識するようになったということ
だ。鉄道ほど、みんなが当たり前に使っているにも関わらず意味不明なことが
多かったり、不快な思いをすることが多いサービスも珍しいんじゃないかと感
じるときもある。

私がよく使う新宿駅の中でも、もっとも多く使う改札口は南口のJR線との連絡
改札口である。小田急からJRのほうへ通り抜ける際は、小田急線からJRへの乗
り換え切符を改札機に投入しなくてはいけない。もしくは、小田急線の新宿ま
での切符を投入後に、JRのイオカードなり定期券なりを投入orタッチ(私は
Suica派なので)する必要がある。

そこまでは私もよく分かっていた。しかし先日、JRの側から小田急の駅に入ろ
うとしてまずSuicaをタッチしたら、自動改札機に「小田急線の切符を先に入
れて下さい」と怒られてしまった。知っている人にとっては当たり前のことな
のだろうが、私はちょっと納得がいかなかった。

シーンを変えて、新幹線の改札口を想像してみる。私はここ数年、東海道新幹
線しか乗っていないので、たとえばJR東日本の新幹線がどうなっているかは確
かなことはしらないが「新幹線特急券とJRの乗車券を2枚重ねて入れて下さい」
と、しつこいくらいにアナウンスしているのは、新幹線利用者であれば多くの
人が知っていると思う。そして、ほとんど多くの人にとっては「ふーん」とし
か感じない「2枚重ねて」が、私はビミョーに納得いかない。

小田急線とJRの乗り換え改札口に関して言えば、どっちを先に通したってorタ
ッチしたっていいじゃないか!と思う。「1+2か、2+1か」みたいなもので、
「ようするに3になればいいんでしょ!」と私は思う。要件を満たせばいいじ
ゃん、満たせば!(と、怒ってみる)

新幹線については「もし利用者が2枚同時に入れなかったとき、どうするか」
である。現状では確か、はね除けられるハズだ。で、自動改札機に「2枚同時
に入れて下さい」と怒られる。1枚しか入れなかったんだったら「もう1枚入れ
てください」で良いんじゃないのかコラァ!(また怒る)

怒っても仕方がないのだが、私はビミョーに怒っている。人がやり過ごすよう
な小さなコトにいちいち怒りを覚えるのは、金曜ノラネコチームの二人の少な
い共通点のひとつと言えるだろう。もう少し世の中に対して寛容になってほう
が良いかも……でもそうするとむしろ、感覚が鈍ってくるような気がするのだ、
私の場合。

やっぱり、目のつけどころがヘンですか?

●今週の画像:とはいえ気に入って使っている
http://www.macforest.com/dgcr/021108.html

【すがい・げん】sugai@macforest.com
各自転車メーカーの2003年モデルがだんだんと明らかになってきて、早いもの
は店頭に並びはじめた。買いもしないのに、毎週どこかしらの自転車ショップ
に入っては、ニューモデルのチェックをしている。

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■青瓶 2459
「列島いにしえ探訪」- Poster for“EXCURSION OF THE MIND" 104枚 -

北澤浩一
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「列島いにしえ探訪」
- Poster for“EXCURSION OF THE MIND" 104枚 -


■ 2002年10月23日、読売新聞大阪本社の「列島いにしえ探訪」に、104枚の
ポスター・ギャラリーが加わった。
http://osaka.yomiuri.co.jp/kodai/index.htm
 表紙デザイン並びにポスターの撮影・デザイン、Web制作は北澤事務所。

「列島いにしえ探訪」、Web上での案内には以下のようにある。
「読売新聞紙上に掲載された先史時代から江戸時代までの歴史・地史など、
『いにしえ』の日本に関連する記事を幅広く選んで編集しています」

 本サイトは一日に数千人がコンスタントに訪れる。
 各種媒体でも度々紹介され、学校現場など教育関係からのアクセスも多い。
 Newsとして、あるいは資料的価値の意味からも、半ば公的な要素を持つコン
テンツである。新聞社の文化的側面をある部分で表象している、と言ってもそ
れほど大袈裟ではないかもしれない。
 背後には記者の方々の地道な取材と編集、コモンセンスの蓄積がある。


■ 昨年(2001年)12月、私は36枚のポスターを制作し、ギャラリーとして公
開していた。今回それをやや編集する。
 さらに、この6月に撮影したものの中から選別しまとめることとなった。
 計104枚。
 撮影は、奈良、吉野、琵琶湖界隈。京都から若狭へと脚を伸ばした。
 小型の車を借り、走行は高速を含まず600キロ弱である。
 デジタル処理およびポスターのデザインに三ヶ月をかける。
 元々はB0サイズで作っているものだから、DVDはグロスで消費した。
 Web用にリサイズし、ギャラリー全体の見せ方、つまりWebデザイン・構築に
 一ケ月を要した。作品編集、ナビその他で多くの方々にご意見をいただいて
 いる。


■ 一体に、こういった作品群をどう評価すればいいのか。
「場」という視点もある。
 何故、写真単体ではなくポスターなのかという疑問も浮かぶ。
 または、Web上でそれをどう見せてゆくかという技法と思想の問題にも繋が
ってゆく。
 以下、雑感形式で、撮影から暗室処理、編集とギャラリー構築に関わる部分
などについて、ある種の読み物として書いてゆければ、と思っている。
 つまり、「余滴」であろうか。
 尚、本作品群は、ある出版社から発行されるカメラ関係のムックにおいて、
前後に分け掲載されることが決まっている。


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●Give A Whistle | kitazawa-office 北澤事務所
http://www.kitazawa-office.com/
北澤 浩一:写真家/デザイナ/コピーライター
○「青い瓶の話」MM
http://kitazawa-office.com/aobin/ao_top.html

●読売新聞大阪本社|yomiuri on-line 関西
http://osaka.yomiuri.co.jp/home.htm
ディレクション・デザイン:北澤事務所

●「列島いにしえ探訪」読売新聞大阪本社
http://osaka.yomiuri.co.jp/kodai/index.htm
Webデザイン・撮影・写真ポスター104枚制作:北澤事務所

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■編集後記(11/8)
・戸部新十郎「総司はひとり」(中公文庫)を買う。戸部という作家の作品は
初めて読む。新選組だから求めたのである。わたしの読書テーマとして、新選
組、忠臣蔵、織田信長、豊臣秀吉、明智光秀、関ヶ原、徳川家康、手塚治虫な
どがある。そういう人物関連の小説、評論、マンガなどを筆者にかかわらず集
めてみたいのだ。できれば文庫本がいいけど。いまとりかかろうとしているの
が信長だ。小説ではないからちょいととっつきにくい秋山駿の「信長」。日本
ファンタジーノベル大賞の宇月原晴明「信長あるいは戴冠せるアンドロギュヌ
ス」ともに長編、しんどそうだ。池上遼一「信長」に逃げ込もうか。(柴田)

・代理後記です。サンドブラストの学校に通い始めてもうすぐ3年になります。
ガラスにテープを張り、絵や文字をくりぬいた所に金剛砂を吹き付け、すりガ
ラス状にするものです。どんなガラス製品を見ても、これは彫りやすそうだな
どと考えるもので、ついつい変わったボトルや使い勝手のよさそうな瓶を、残
しておいたり買ってしまったり。我が家のガラス製品の増え方はちょっと困っ
た状態です。最近は大きいものを時間をかけて作業するようになったので、さ
すがに伸び率は減りましたが、それでもどこに置くのだといった状態で増え続
けています。余波で最近、わたしの作品ギャラリー化しつつある叔父の店(靴
屋)。ひょっとして本当に困っているのは叔父かも。       (島田)

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編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
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