[1237] 「明るい日」と書く明日があった

投稿:  著者:  読了時間:21分(本文:約10,300文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1237    2003/01/24.Fri発行
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             <「貧乏の匂い」>

■映画と本と音楽と… 155
 「明るい日」と書く明日があった
 十河 進

■金曜ノラネコ便
 もう若くない
 須貝 弦

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■映画と本と音楽と… 155
「明るい日」と書く明日があった

十河 進
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●昭和30年代と1960年代の違い

一時期、60年代を扱った本を集めたことがある。シックスティーズの研究をし
ようと思ったのだ。僕の十代は、ちょうど1960年代に重なる。1960年に9歳だ
った僕は1969年に18歳になった。1970年には故郷に別れを告げて、期待と不安
を胸に上京した(まだ上京という言葉が生きていた)。

亡くなった長倉万治さんが「昭和30年代通信」(ちくま文庫)という本を出し
ている。僕はずっと60年代という区切りをしていたから、昭和30年代という区
切りにこだわる人がいることに、なるほどな、と思った。昭和30年は西暦1955
年であり、1960年代は昭和35年から始まる。

昭和30年代とは、占領が終わり日本が独立した後「もはや戦後ではない」と宣
言し、東京オリンピック開催を目標にして高度成長にひた走った時代である。
「今日よりも明日はよくなる」という希望に充ちていた。「明日という字は明
るい日と書くのね」という歌がヒットするのは少し後のことだけど、そんな歌
詞がすんなりと受け入れられた。

昭和30年代の雰囲気をビジュアルでよく伝えているマンガに西岸良平「三丁目
の夕日」シリーズがある。昭和30年代の匂いがあって懐かしい。作家の関川夏
央さんのエッセイを読んでいても、昭和30年代にこだわっている。最近、僕は
関川さんの「昭和時代回想」(集英社文庫)と「昭和が明るかった頃」(文藝
春秋)という本を読んだ。

60年代と昭和30年代、この区切りの違いは団塊世代とその弟世代の違いではな
いだろうか。長倉万治さんも関川夏央さんも生粋の団塊世代だが、僕はその弟
の世代になる。団塊の世代は、昭和30年代は小学生、中学生、高校生をやって
いる。精神の形成期が昭和30年代とぴったり重なる。

昭和30年代には邦画(特に日活映画)と歌謡曲がよく似合う。青春歌謡や「愛
と死を見つめて」を題材に昭和30年代を「純情の時代」と読み解いたのは、立
教大学教授の藤井淑禎さんの「純情の精神誌─昭和三十年代の青春を読む─」
(新潮選書)である。関川さんは「昭和が明るかった頃」で、石原裕次郎と吉
永小百合を中心にして日活映画をたどり、昭和30年代の再確認を試みた。

翻って、60年代は何があったか。ビートルズがデビューし解散した。ビーチボ
ーイズがヒットし、サーフィン(橋幸夫が波乗りの歌を歌った)が輸入された。
007のおかげで、スクリーンはスパイだらけになった。世界各地で若者が蜂起
し、68年5月のパリは都市機能がマヒし、69年1月には東大で安田砦が陥落した。

アメリカ西海岸でフラワーチルドレンが大量発生しママス&パパスの「夢のカ
リフォルニア」がヒットした。ヒッピー・ムーブメントが世界を席巻し、ピー
ス&ラブを合い言葉にフリーセックスをめざしたが、誰も本当には実現できな
かった。

シックスティーズという時、僕の頭に浮かぶのはそんなことばかりだ。昭和で
の区切りと違って、60年代という区切りにはインターナショナルな(最近の言
い方だとグローバルスタンダードか?)雰囲気がある。

しかし、昭和30年代と言われて僕が連想するのは「貧乏の匂い」である。

●15円でソーセージが買えた時代

「愛と希望の街」は、昭和34年(1959年)11月17日に公開になった。60年代に
入る直前のことだ。フランスのヌーヴェルヴァーグに影響を受けたのか、松竹
は若手監督を起用する方針を立て大島渚という28歳の助監督を指名した。大島
は助監督仲間で作っていたシナリオ同人誌に発表した「鳩を売る少年」を映画
化したが、城戸社長によって「愛と希望の街」とタイトルを変更された。

その大島渚のデビュー作を僕は見ていなかった。先日、ようやく「愛と希望の
街」を見た僕は、それが大島の最良の作品のひとつだと知った。「青春残酷物
語」「絞死刑」「少年」と1959年から1969年までの10年間に大島渚は生涯の代
表作を量産した。

「愛と希望の街」を見ていると、そこに写っているすべてが僕の思い出を掻き
立てる。少年の住む長屋、その周りのたたずまいが昭和30年代を甦らせる。制
作費を抑えるためにロケを多用したのだろう、「愛と希望の街」には40年以上
前の貧しい暮らしが写っていた。

川崎駅前の靴磨きの場所で鳩を売っている少年がいる。金持ちの女子高生が通
りかかり、「なぜ鳩を売るのか」と聞くと「金がいるから」と少年は答える。
少女は少年に同情して言い値より高い1000円で買おうとするが、少年は頑なに
300円のお釣りを渡す。

鳩を売った金で少年は買い物をする。八百屋の店先には、ボール紙に手書きで
「タマネギひと山20円」「ソーセージ1本15円」などと値札が置かれている。
そんな物価の頃、「お釣りはいらない」という少女に300円を返すのだ。貧し
さの中でも少年は誇りを失っていない。

少年が買い物をする八百屋の店先を見ていて、幼かった頃、一円札が流通して
いた頃、野菜を匁(もんめ)という尺貫法の単位で買っていた頃のことを僕は
思い出した。すっかり忘れていたことが、記憶の底から甦ってきたのだ。僕は
小学校へ上がったばかりだった。

当時、母親は毎日、ラジオを聴きながら新聞紙をのり付けして袋を作っていた。
夕食後、僕もそれを手伝った。母は新聞紙で作った袋を八百屋に持っていき買
い上げてもらうのだ。たぶん100枚で10円くらいのものだったろう。それでも
ジャガイモひと皿くらいは買えたのである。

少年の住む長屋は、小学生の頃の友だちの家を思い出させた。引き戸を開ける
と土間になっていて、すぐに六畳ほどの座敷がある。その六畳の部屋がすべて
だ。ちゃぶ台以外にほとんど何もない。布団だってひとつだけだ。土間には竈
がある。ご飯は薪で炊く。水は共同の井戸で汲んでくる。

少年は、ずっと袖や裾が短くなった学生服を着ている。学校でも家でも着た切
り雀である。彼にはそれ一着しか着るものがないのだ。もちろん、少年の家に
は傘さえない。雨が降れば、舗装をしていない道は水たまりだらけだ。少年は
濡れるのもかまわず泥道を歩く。

●貧しさは体験しなければわからない

鳩を売った少年が帰宅すると、病気で靴磨きを休んでいる母親がいる。少年が
買ってきたものを見て「今日は久しぶりのごちそうだね」と言う。妹は知的障
害があり、死んだ動物の絵ばかり描いている。彼女は可愛がってた「鳩がいな
い」と泣きじゃくる。

中学三年生の少年は就職し、母親を楽にさせたいと思っている。母親は生活保
護が打ち切られるのも承知で、何としても息子を高校にやりたがっている。少
年は担任の女教師に就職すると宣言し「高校なら働きながらいけますから」と
きっぱりと言い、自分の責任を担うことを覚悟する。

女教師は少年から鳩を買った少女と知り合い、その父親が大手電機会社の重役
だと聞き、卒業生を採ってもらおうと掛け合いにいく。しかし、都会の少年は
すれているから採用しない方針だと労務課長の反応は冷たい。当時、多くの企
業がそうであったように、工員たちは地方からの集団就職の中卒者を採用して
いたのだ。

少女の熱意と少女の兄で労務課員のエリート社員の口利きもあり、少年はその
大手企業の就職試験を受けられることになる。しかし、少年は落ちる。その理
由は、鳩が自分のところに逃げ帰ってくるのを知りながら、少年が何度も鳩を
売っていたことだった。

少年は雨に濡れて病気をぶり返し倒れた母に代わって靴磨きを始める。しかし、
警官が許可証の提示を求める。彼は靴磨きさえできない。家では妹は帰ってき
た鳩が死んでしまい、悲しんでいる。一方、少年に同情する少女に、その兄は
「貧しい人すべてを救うことはできない」と諭す。

不採用になった理由を知った少年は、今度は確信的に「母さん、鳩を売ろう」
と言う。女教師は「鳩を売らなければ生きていけなかったあの子の環境をあな
たは理解していない」と、自分に好意を寄せている少女の兄と訣別する。

自分の好意や善意を裏切られたと思った少女は、最後に残った一羽の鳩を放ち、
兄に鳩を撃たせる。大島のメッセージは明確だった。金持ち(ブルジョア)と
貧乏人(プロレタリアート)は決して理解し合えない、共存できないと彼は言
っている。

●集団就職はいつなくなった?

昭和35年(1960年)の進学率は男子も女子も50%を越えた程度だった。しかし、
その中の5万人強は定時制へ進んだ人たちである。つまり中学卒業者のふたり
にひとりは中学卒業後、働き始めたのである。そんな時代だったのだ。

昭和30年代まで、春先に必ず流れるニュースとして東北からの就職列車の話題
があった。僕は父に連れられていった映画館のニュース映像で、上野駅に着く
集団就職の中卒者たちの群れを見た。彼らは「金の卵」と呼ばれ、高度成長期
の日本の企業を底辺から支えた。

なぜか就職列車は北の国から上野駅へ着いた。「就職列車に~ゆられて着いた」
と歌う「ああ上野駅」は昭和39年(1964年)に大ヒットする。東京オリンピッ
クの年、昭和30年代最後の年だった。集団就職がなくなったのは、一体いつ頃
からだろうか。

昭和39年、4月に僕は中学生になった。当時、父親は職人の親方で、通いの職
人が数人、住み込みの見習い職人がふたりいた。多い時には、朝、我が家の前
には十人ほどの柄の悪い男たちが集まった。彼らはほとんどが農家の次男、三
男だった。中にはしばらく自衛隊に入っていた人もいた。

彼らは全員が中学を卒業してすぐに働いていた。住み込みのふたりも中卒で弟
子入りしていたから僕とは二、三歳しか違わなかった。彼らは僕の隣室に寝泊
まりしていたが、彼らにとっては「親方の坊ちゃん」である僕は近寄りがたか
ったらしく、あまり話はしなかった。

職人の親方といっても昭和30年代の我が家は貧しかった。それでも60年安保が
過ぎ、僕が小学生の高学年になった頃にはいくぶん余裕が出てきたのか、近所
の家よりは遅かったがテレビも入った。しかし、その他にあった電気製品はア
イロンくらいしか思い出さない。それも壁のコンセントではなく、電球のソケ
ットから電気を取っていた。

東京オリンピックが終わり昭和40年代に入り、僕が中学に通っていた3年間に
日本も我が家もずいぶん変化した。高度成長は我が家にもなにがしかの潤いを
もたらしたのだ。掃除機や冷蔵庫が届き、母親は何を血迷ったかジューサーな
どという代物まで購入した。

僕は小遣いを本とレコードに費やす3年間を過ごした。高校進学率は1960年を
境に急激に上昇し、1970年代には90%を越える。1967年の春、僕のクラスで高
校へ進学しなかったのは、たったひとりだった。

しかし、日本は本当に豊かになったのか。今や「明日とは明るい日」と思って
いる人間は、誰もいなくなったというのに……

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。娘がセンター試験を受けにいったが、3教科しか受けていないら
しい。センター試験そのものが何なのかも知らないし、偏差値もまったく理解
していない。教育不熱心な父親である。やれやれ。

旧作掲載
http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html

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フォトテクニックWebSite
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■金曜ノラネコ便
もう若くない

須貝 弦
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「廃業しました」

そんなサブジェクトのメールをみんなに送ったら、どれだけ気分が楽になるだ
ろう。そんなふうに思うときがある。思った後で、自分で自分を笑ってしまう。
ちょっと大げさに書き出してしまったが、まぁようするに、さすがにちょっと
最近疲れているのかなーとか思う今日この頃なんである。

発作的廃業。取り返しがつかないほど、危険である。

つい先日も、ちょっとカゼかなと思ったらあれよあれよと具合が悪くなって、
3日間も寝込んでしまった。もう二度と働きたくないと思うくらいに、キツか
った。そこからどうも体内時計が狂ってしまったようで、体調自体は戻ってき
たものの、朝の6時に寝て昼の12時に起きる生活、が何日か続いてしまって困
っている。

疲れているのかなーと感じるもうひとつの要因が、仕事の進み具合の遅さであ
る。なんだろう、この遅さは。確かに11月くらいから久々に「忙しい!忙しい
!」と連呼してしまうくらいに忙しい状況があって、なかなか心が休まる瞬間
というのがない。ホッとするのは、道端でかわいい猫に出会ったときくらいで
ある。

最近のそんな私に向かって、ある知り合いは「須貝さんも、もう若くないって
コトなんじゃん?」と言ったりする。年寄りではないが、若くもないのは事実
なだけにグサッと来る。でもって、「若くないんじゃん?」って何度か言われ
ると、「そうだよなぁ、もう若くないもんあぁ」なんて、自分自身で妙に納得
してしまったり、して。

ちょうど、今年は働きはじめて10年目だ。ある人は「ちょうど就職して10年経
って、32~3歳くらいのオトコが感じるような疲れとか行き詰まり感を、須貝
君は今、感じてるんじゃん?」と、指摘する。そういうもんなんだろうか。

しかし最近、本当に原稿の進みが遅いのだ。自慢じゃないが、ちょっと前まで
見開きの原稿なんか推敲含めても3時間あれば十分だった。アタマの中に原稿
のイメージがちゃんとできていれば、1ページ45分くらいでできたりもした。
見開きの広告記事を、取材した24時間後に原稿アップして、翌日にはクライア
ントからOKをもらうくらいのスピードが、自分の中で当たり前になっていた時
期があった。

今はできないよ、そんなこと(笑)

先日、焼き肉屋に行った。以前だったら絶対に食べられたであろう量が、食べ
られなかった。それ以来、少しだけど胃が小さくなったような感覚がある。自
転車のギアが、最近ちょっと軽めである。意図的に以前よりひとつ軽いギアを
選択している自分がいる。

地元の駅で、ついエレベーターを使ってしまう。急行で立って行かずに、各駅
停車で座って行ってしまう。参宮橋駅から新宿パークタワーまで、なんとバス
に乗ってしまう自分がいる(徒歩12分)。以前は築地駅から勝どきまで、毎日
15分歩いていた自分が、である。

ただ単に、ヘタレなだけっていう噂もある。

一方で、最近になって急にお酒がおいしく思えるようになってきた。家で寝る
前の1時間くらいをお酒とともに過ごしたりするようになったし、もともとあ
んまり外で飲む方ではなかったのに、最近は飲みに行きたいと思う。そして、
なんかちょっと滲み込んでいくような気もする。アルコールが。

極めつけに、住宅リフォームのCMを見て「吉幾三は歌が上手いよナァ」と、し
みじみ思うようになった。

【すがい・げん】sugai@macforest.com
昨年の暮れに、自転車で町田から平塚を経由して江ノ島に行って帰ってくる、
というツーリングをした。本当は月に2回くらいそういうことがしたいのだけ
れど、そうもいかない。磯料理と猫と江ノ電が私を呼んでいる。

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ツ、それがリッチインターネットアプリケーションです。「ColdFusion MX」
と「Flash MX」を利用し、データベースとFlashインターフェイスをシームレ
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主催:インタークロス・クリエイティブ・センター
(札幌市デジタル創造プラザ)<財団法人さっぽろ産業振興財団>
日時:1月26日(日)13:00開場 13:30~18:00(交流会18:00~20:00)
場所:サッポロメディアパーク“スピカ”(札幌市中央区北1条西8丁目)

スケジュール・講演内容:
13:30~14:30 基調講演「ゲームクリエイティブの世界」(60分)
 講師:斎藤由多加
14:35~15:20 セミナー1「創るということ」(45分)講師:水口哲也
15:25~16:10 セミナー2「ゲームデザインとニュービジネス」(45分)
 講師:飯野賢治
16:30~18:00 パネルディスカッション
 「死よりも辛い運命、それは退屈だ!」(約90分)質疑応答含む
 パネラー:水口哲也、飯野賢治、司会:平林久和
18:30~20:00 交流会

参加方法:入場無料 ただし、e-mailまたはFAXにて申込を行ってください。
申込の際に、住所、氏名、年齢、職業をご記入お願い致します。
e-mail:info@icc-jp.com
FAX:011-817-8912

問い合せ:インタークロス・クリエイティブ・センター
http://www.icc-jp.com/
担当:大久保・久保 TEL.011-817-8911

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■編集後記(1/24)
・以前、松井・武双山説を述べたことがある。大器なのだが、ここぞという時
に期待にこたえてくれない、という点だ。そのくせ、勝負が決まってからホー
ムランをぽかすか打つ(統計とったわけじゃないから、違うかもしれないが、
そういう印象がついてまわる)松井くんである。めでたくヤンキース入りした
が、団体でついてまわる日本の報道陣にきちんと対応している場面を頻繁に見
ると、それじゃだめでしょうト心配だ。日本からのアホなヌルい取材陣なんか
相手にしてちゃいいことないって。イチローを見よ、ナカタを見よ、世界で通
用するプロは、日本の銀蝿なんぞ無視するのだ。まあ、それはそれでイヤな感
じはするけど、海外でがんばるプロはそれでいいのだ。松井の人のよさが大成
を妨げることになるかもしれない。銀蝿どもは早く日本に戻って来い。(柴田)

・今日も代理。この冬、東京は割と降っている話を聞くが、大阪では雪は少な
い。特に市内では1月4日に降ったなぁくらいしか思い当たらない(霙の日はあ
ったが)。あっちこっちに用があったため、面倒くさいので自転車で出ていた
日だ。この辺りでは珍しいくらいの降りの日だった。進行形で降っているもの
に限定されているが、雪大好き人間のわたしである。もったいないので降って
いる間はずっと移動時間にしていた。雪まみれで自転車を漕ぎながら、視界を
遮る大量の白いふわふわを眺めていた。見る人が見たら、ちぎれんばかりに降
られている尻尾を、わたしの背後に見たかもしれない。だが危険な状態だ。歩
道脇や横断歩道の白いラインは、意外と足元を狙っている。    (島田)

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 できるクリエイター Photoshop 7.0 独習ナビ 1227号。
 Web Designing 2003年2月号 1231号。
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発行   デジタルクリエイターズ <http://www.dgcr.com/>

編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
アシスト    島田敬子 

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