[1242] とほくまでゆくんだ

投稿:  著者:  読了時間:17分(本文:約8,300文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1242   2003/01/31.Fri.発行
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       <ヨシモト。知らないのか? おまえが?>

■映画と本と音楽と… 156
 とほくまでゆくんだ
 十河 進

■かりん島 02
 ケッタイナー ピーポー たばこ天国
 北川かりん



■映画と本と音楽と… 156
とほくまでゆくんだ

十河 進
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●甘い感傷に浸る「あなたが私の青春でした」

もうずいぶん昔のことだけど、気鋭のCMプランナーだった電通の杉山恒太郎さ
んを取材したことがある。アサヒビールのCMだったと思う。そのCMは映画の予
告編を模して作られていて、登場人物は三人だった。当時、つかこうへいの劇
で人気が出ていた風間杜夫と平田満、それに13歳の時に資生堂の「ゆれる、ま
なざし」でモデルデビューした真行寺君枝である。

CMは二編作られていて、一編はジャガーズの「君に会いたい」をBGMに使用し、
もう一編はテンプターズの「エメラルドの伝説」をBGMに使っていた。それら
の曲が流れる中、三人の男女の青春物語が15秒あるいは30秒で描かれる。

夏の日、三人が海で戯れているカット、平田満の下宿にやってきた風間杜夫が
「彼女が好きなんじゃないのか!」となじるカット、土砂降りの雨の夜、走り
去る風間杜夫を見つめる真行寺君枝のカットなど、いかにもそれらしいシーン
が繋がれていた。

牧歌的な蜜月があり、事件があり、対立がある。友情があり、恋愛があり、失
恋がある。少女を巡る青年ふたりの関係があり、少女の苦悩がある。まさに青
春物語のエッセンスだけを抜き出して作ったようなCMだった。カット数は異様
に多く、クレーンショットなども使った本格的な予告編だった。

そのCMには、ふたつのキャッチコピーが使われていた。ラストの製品カットに
「遠くまでいくんだ」というナレーションが重なり、そのカットの下には「あ
なたが私の青春でした」というコピーが出た。僕はCMの映像そのものにも反応
したが、そのふたつのキーワードに鋭く反応した。

「あなたが私の青春でした」は、柴田翔の芥川賞受賞作「されど我らが日々」
の決めのセリフだったはずだ。「されど我らが日々」は僕らの先行世代の挫折
体験を感傷的に描いた小説で、1971年に「別れの詩」という甘ったるいタイト
ルで映画化され、小川知子と山口崇が主演した。

先行世代の感傷に批判的なのは若者の常である。僕は「あなたが私の青春でし
た」というセンチメンタルなフレーズを嫌悪した。そんな甘い感傷に浸り「俺
たちは挫折したんだ」などと自己憐憫さえ自覚せず、傷を舐め合うような小説
を僕は認めなかった。

しかし、「あなたが私の青春でした」という過去にしか向いていない、感傷と
郷愁を誘う甘いフレーズに対して「遠くまでいくんだ」という言葉は未来に向
かう決意である。闘う姿勢である。挫折し傷つきながらも何かに向かっていこ
うとする再生への表明であり、自己への励ましに充ちた言葉である。

仕事ではあったけれど、僕はそのCMを取材する時に「あなたが私の青春でした」
という言葉と「遠くまでゆくんだ」という言葉を同時に使う感覚がどこから出
てきたものかを問い糺したかった。だから、僕は杉山さんに会った途端、「あ
れは吉本隆明ですか?」といきなり切り出してしまったのだった。

今から思えば、若気の至りである。ビールのCMだから目的はビールを売ること
なのだ。そのためにターゲットを設定し、彼らが懐かしむグループサウンズの
曲を流す。感傷的な青春物語を想像させる映像でテレビの前のターゲットをキ
ャッチする。

最後に「あなたが私の青春でした」と出れば60年安保世代が懐かしがり、「遠
くまでいくんだ」とナレーションが入れば70年安保世代が喜ぶだろう。彼らは
酒屋でビールを選ぶ時に「そういえば『若さゆえ~』のビールにするか」と思
うかもしれない。それだけのことだったのだ。ムキになることなど、何もなか
ったのである。

しかし、ムキになったような僕の質問に、一瞬、戸惑った杉山さんは、その後
の取材の過程で何かを感じてくれたのだろうか、そんな不躾な質問をしたにも
かかわらず、新しい仕事をするたびに「今度のも見てください」という電話が
かかってきた。

●「とほくまでゆくんだ」という決意

とほくまでゆくんだ ぼくらの好きな人々よ

それは僕らの世代のフレーズだった。1970年代初め、高揚の後の混迷と頽廃と
停滞の時代、そして分裂と憎しみの時代、僕らは「とほくまでゆくんだ」とつ
ぶやいて精神の死を生き延びた。それは僕らの決意表明だったのだ。

終戦後、そう、日本が再生に向けてスタートした混迷の時代に、詩人の鮎川信
夫は「繋船ホテルの朝の歌」を次のようなフレーズで書き始めている。

  ひどく降りはじめた雨のなかを
  おまえはただ遠くへ行こうとしていた

それは間違いなく終戦の時に青年だった鮎川信夫の決意表明だった。その詩句
に応えるように吉本隆明は、1954年「涙が涸れる」という詩を書き、自らの決
意を語るフレーズを僕らに遺してくれた。

  とほくまでゆくんだ ぼくらの好きな人々よ
  嫉みと嫉みとをからみ合わせても
  窮迫したぼくらの生活からは 名高い
  恋の物語はうまれない
  ぼくらはきみによって
  きみはぼくらによって ただ
  屈辱を組織できるだけだ
  それをしなければならぬ

1970年代前半、僕はこの詩句のおかげで、何かを失わずに生きていられた。象
徴的な意味だけでなく、僕らは「とほくまでゆきたかった」のだ。希望を失わ
ずに「ここではないどこか」へいけるのだと思えたのだった。何かに向かって
生きていかなければならないのだと、自己を励ますことができたのだ。

青春時代は未決の時代だ。準備の時代であり、逆に言えば猶予の時代だ。自分
が何者なのか、何になるのか、どんな人生を送るのか、皆目わからない。時に
耐えられないほどの不安に包まれ、時に漠然としたバラ色の夢に浸る。時に根
拠のない自信に溢れ、時に意味もなく自信を喪失する。

●思えば遠くにきたものだ

──とほくまでゆくんだ。チクショー。

その夜、デモに出て催涙弾の水平撃ちを浴びたNクンは、僕の部屋にやってく
るとそう言った。彼の言語は独特だった。何かを伝えようとしているのではな
く、自己の想いをダイレクトに感じてもらいたがっているような話し方をする
のだった。

──ヨシモト。知らないのか? おまえが?

「知らなかった」と僕は答えた。僕はそのフレーズを知らなかったし、吉本隆
明は評論家であり詩人だなどとは思ってもいなかったのだ。高校二年の時に評
判になっていた「共同幻想論」を買ったけれど、難しすぎて読めなかった経験
が僕を吉本コンプレックスにしていた。

1970年6月のその夜、Nクンは「安保粉砕! 沖縄奪還!」とデモで叫び続けた
ためか喉を嗄らしていたが、僕の下宿で吉本隆明について語った。途中、隣の
部屋から何度か壁を叩く音がしたけれど、そんなことはおかまいなしに彼は語
り続けた。

高校三年生の時、授業が終わって廊下へ出ると必ず隣のクラスからも廊下に出
てくる男がいた。そのうち、その男と話をするようになった。それがNクンだ
った。高校紛争の時代だったが、彼は受験のことしか話さなかった。友人の生
徒会長が体育祭で造反演説を行い退学に追い込まれた時も、Nクンはほとんど
関心を示さなかった。

彼は現役で中央大学法学部法律学科に合格した。今はどうか知らないが、司法
試験の合格者がトップだと誇っていた頃の中大法学部である。彼も司法試験を
めざしていたのだろう。しかし、大学に入り県人寮に入った頃から言動がおか
しくなった。

高校時代、いかに効率よく受験勉強をするかだけで生きていたような優等生だ
ったNクンは、大学に入った途端にラディカルになった。校舎の窓から中庭に
いた機動隊めがけて火炎瓶を投げるほどだった。

デモに出る。挙げ句の果てには三里塚まで出かけていって成田闘争を支援する。
時に僕の下宿にやってきて話していくが、どこかのセクトに入っている様子は
なかった。そのうち、とうとう法律学科から政治学科へ移った。逆の移籍はあ
っても、政治学科に移る例はほとんどなかったはずだ。

彼はエリートをめざして生きてきたレールを降りたのだと思う。大学二年にな
って寮を出てアパート住まいを始め、ほとんど大学に顔を見せなくなった。僕
はよく彼のアパートにいき勝手に部屋に入って数日暮らしたりしたが、まった
く帰ってこない日が多かった。

Nクンは大学三年になったある日、僕のアパートにやってきて隣の部屋が空い
ていると知ると、そのまま大家さんのところへいって話を決め、数日後に引っ
越してきた。僕らは卒業まで二年以上も隣同士の部屋で暮らすことになった。

ギターが弾けたNクンは西武新宿駅前のスナックでギター伴奏(その頃はカラ
オケがなかった)のアルバイトを始め、毎晩、夜中にならないと帰ってこなか
った。帰ってくると僕の部屋に顔を出し「食い物?」と聞くので、僕はよく彼
のために料理をしたものである。

卒業して彼は公務員になり、転勤先で知り合った教師と結婚した。僕は彼が結
婚できたことが信じられなかったが、我がことのように喜び帰郷した時に新居
を訪ねた。

Nクンの言語を理解するのは難しい。永年のつきあいと隣同士で暮らしたこと
によって僕は彼の言語が理解できたけれど、彼が結婚すると聞いた時に一番う
れしかったのは彼の言語を理解する女性が現れたことだった。しかし、彼女は
「何を言っているのか、わからないことが多いんですよ」と笑った。

数年後、ふたりめの子供を産んですぐに奥さんは癌で亡くなった。妊娠中に発
見された癌は留めようのないほど進行していたのだ。三十歳の若さだった。彼
女が亡くなった夜、電話をした僕に彼は「一生分だから……」と言った。いつ
ものように言葉足らずだったが、彼の想いは伝わった。

それから二十年が過ぎた。彼は未だにやもめを通しているという。最後に会っ
てから、もう十年近くになる。「とほくまでゆくんだ」と言っていた僕らは、
ずいぶん遠くまできてしまった。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。先週の原稿で「永倉万治」さんを「長倉万治」と推敲ミスをして
しまった。愛読者だというのに、困ったものである。「あなたの年頃」や「ア
ニバーサリー・ソング」は何度も読んだことがある。

旧作掲載
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■かりん島 02
ケッタイナー ピーポー たばこ天国

北川かりん
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先日大阪へ帰省した折、叔父に会った。うちの叔父さんは自営業をしているの
だが、この不景気のあおりを受けてやはり今苦境に立たされているらしく、色
々節約の工夫をしているらしいのだが、その節約のひとつとして、煙草の節約
に励んでいると話してくれた。

といっても、禁煙したり、節煙したりするのではなく、彼は打ち出の小槌なら
ぬ、打ち出の自動販売機を見つけたらしく、その自販機を誰にも見つからない
ように温めていたらしい。この「温める」という行為がどういうものかと説明
する前に、まずはその自動販売機がどういうものかをお話しよう。

うちの叔父はハイライトを吸っているのだが、ある日駅から外れた人通りの少
ない場所の自販機で、ハイライトを買った。一個分の料金を入れると何故かガ
チャンと二個ハイライトが出てきた。不思議とは感じたがその時はラッキーぐ
らいにしか思わずに、その場を去った。

しばらくして、また同じ場所でハイライトを買う機会があって、一個分の料金
を入れるとやはり何故かガチャンと二個ハイライトが出てきた。前回はともか
く、二回も続くなんておかしいと思い、叔父は再度お金を投入してみた。やは
りガチャーンと二個出てくる。叔父はコロンブスがアメリカ大陸を発見したく
らいの勢いでガッツポーズを決めた。

さて、そこで例の「温める」という行為が行われるのである。この自販機は三
台連なっていて色々な種類の煙草を扱っているのだが、他の煙草を買ってる人
も見た事があるが、その時は一個しか出てこなかった。どうやらハイライトだ
けが二個出てくるらしいのだ。ハイライトユーザーは少ない。今は煙草の取り
扱い数が多いおかげで見つかってないが、このまま喜んでガンガン買っていて
は自販機の回収元がおかしいと思って修理してしまう。

きっと他のハイライトユーザーもそう思ってあまりガンガン買わないようにし
てるに違いない! と勝手に解釈して叔父は一日に二回(ハイライト四個分)
しか買わないと決め、多少不便でも必ずそこで買うようにしていたのだ。

それがある日、ハイライトに売り切れのランプが点いていた。それを見た途端
彼は、もうあかん! せっかく温めてきた俺の自販機がぁーーー!! と頭を
抱えて崩れ落ちた。

あれは、きっとどこかのアホが調子に乗って買いまくったんやー、せっかく俺
が温めてきたのに、もう終わりやー、どっかの若造が何も考えずに買いまくっ
たに違いない、と私に嘆きと怒りの交じった訴えを延々とのべまくしたてた。
そして、最後にはひとしきり言い切って脱力したのか、フッと斜に構えて自嘲
気味に笑っていた。

そんな事ばっかりやってんと、もっと商売に精出しやーと思う私であった。

【北川かりん】
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■編集後記(1/31)
・昨日、じつにひさしぶりに外出し「クリエイターズフォーラム」という催し
に参加した。カリスマクリエイターと、彼を擁する会社の社長による「膝詰め
講演」ということだったが、進行役の若い女性がインタビュアーみたいな役割
を演じたため、いまひとつ盛り上がらない座談会みたいになってしまった(い
つもこうなのか?)。進行役の口数が多いと、ゲストの話す時間が減る。よけ
いなコメントをはさまずに、要領のいい鋭い質問を連発して進めていくのが進
行役の仕事であるはずだ。まあこういう事態はよくあることで、有名業界団体
のセミナーでも司会が一番しゃべっていて、ずらりと並んだ講師たちは手持ち
ぶさたに見えた。やはりどんなおしゃべり番組でもシナリオは必要だ。加えて、
昨日はネットでも参加できるしかけだったにもかかわらず、会場の通信環境が
不調なため断念。きっと準備段階ではうまくいっていたのに、本番ではなぜか
おかしくなるという、よくある出来事だろう。運営側はあせっただろうし、何
人かのネット参加者はどうなってんだと怒ったかも。気の毒だった。(柴田)

・日本からのツアコンが案内するものと思っていたら、日本語のできる中国人
現地ガイドが2名、そのアシスタントが2名、運転手が2名ついて、日本人ツア
コンはその人たちに任せっきり。いやーな予感。香港に行った時はツアーで、
現地ガイドはいかにお金をとりあげるかに力が入ってたんだよねぇ。あとで知
ったのだが、ツアコンたちはまったく中国語が話せないのであった。バスに乗
り込み移動。まずは夜景。外灘地区にある黄浦江に面した通りに行く。観光客
は必ず行くんじゃないかというようなポピュラーな場所。ライトアップされた
浦東地区や外灘地区をバックに、前列にいる人が横断幕を持っての記念写真。
香港抜いて、いま一番綺麗な夜景なのだと現地ガイドは言っていた。社会主義
国の人って、どういう考え方をするのかわからなかったんだけど「個々の企業
が頑張ってもここまでできない。電気代が馬鹿にならない。これは国が取り組
んでいるからこそできる夜景だヨ。」と誇らしげだった。黄浦江の看板は日本
企業がほとんど。「上海がここまで発展したのは日本のおかげネ」とも言って
いた。急激な発展に心は対応しきれているのかなぁ。    (hammer.mule)
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