[1280] 夢を吐く

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1280   2003/03/28.Fri.発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 20787部
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     <宮本武蔵の人間的成長に立ち会い続けた気がした>

■映画と本と音楽と… 163
 夢を吐く
 十河 進

■金曜ノラネコ便
 肩がピクピクしています
 須貝 弦

■ブックガイド&プレゼント
 『デジタル・イラストレーション』



■映画と本と音楽と… 163
夢を吐く

十河 進
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●「夢」でできた靄の中に包み込まれる

少し前、竹久夢二のことを書いた。もちろん夢二というのはペンネームだが、
書き終わってから考えた。「夢ふたつ」という意味なのだろうか、と。その連
想で「内田吐夢」が浮かんだ。夢を吐く──なんていい名前だろう、と初めて
その名を知った時に僕は思ったものだ。

その時、僕の頭に浮かんだのは、蜘蛛が糸を吐くように「夢」を吐き続けてい
る男の姿だった。もちろん吐いている「夢」が具体的に浮かんだわけではない。
霞のようなものが、その男の口から吐き出されていた。男の口から吐かれた夢
はどんどん拡散し靄のように広がっていく……。

多くの人間たちが「夢」でできた靄に包まれる。彼らは「夢」に囚われたのだ。
それぞれに「夢」の内容は異なっている。しかし、彼らは「夢」を抱いてしま
ったが故に、苦難の道を歩かなければならない。「夢」に向かって生きていく
ために、「夢」を実現するために人生があるのだと、靄の中に包み込まれてし
まった人たちは思い込んでしまう……。

内田吐夢という映画監督の名前を僕に教えてくれたのは、同級生の新聞部の部
長だった。年長の兄弟が多かったせいか、何かにつけて大人びた発言をする男
で、様々な知識を持っていた。映画や小説に関しても僕よりずっと豊富な情報
を持っていた。

さいとうたかをが漫画誌に連載していた「無用ノ介」がテレビドラマになった
のは、僕が高校二年生か三年生の頃である。主人公には伊吹吾郎という新人が
抜擢された。彼は後に「水戸黄門」のカクさんだかスケさんだかを演じて全国
的に有名になるが、当時は新人だったのである。

「無用ノ介」の第一回目を僕は感激しながら見た。殺陣の迫力が凄くて手に汗
を握った。劇画のトーンをうまく映像化していた。翌日、学校で会った新聞部
の部長は僕にいきなりこう言った。「見たか『無用ノ介』。凄かったな。やっ
ぱり内田吐夢が監督しただけあったな」

「ウチダトム? 何ですか、それ」という言葉を僕は呑み込んだ。当時は僕も
若く「知りません」という言葉を口にするのは沽券に関わると思っていたので
ある。知ってるぜ、ウチダトムくらいという顔をして僕はうなずいた。しかし、
ウチダトム、ウチダトム……と僕は心に刻み込んでいた。トムという名前が日
本人だとは思えなかったし、字面もわからなかった。

当時はもちろんインターネットなどない。物事を調べる最も手っ取り早い方法
は、図書館へいき平凡社の百科事典などを紐解くことであった。そこで、僕は
図書館へいった。ウチダトムを引く。内田吐夢、という名前が現れた。「映画
監督」と書かれていた。戦前にプロレタリア映画の作り手として有名になった
が、満映(満州映画協会)にいき、そのまま戦後も留まる。帰国後、精力的に
作品を発表する、などという説明が書かれていた。

内田吐夢監督の戦後の代表作としてあげられていたのは「宮本武蔵」五部作と
「飢餓海峡」だった。それに片岡千恵蔵版「大菩薩峠」もあった。僕は「大菩
薩峠」も「宮本武蔵」も見ていたけれど、それを見たのは小学生から中学生の
頃だったから監督の名前などでは見ていない。片岡千恵蔵の映画として、中村
錦之介の映画として見た。

●武蔵の成長を見続けた五年間

第一部「宮本武蔵」1961年5月27日公開 
第二部「宮本武蔵 般若坂の決斗」1962年11月17日公開
第三部「宮本武蔵 二刀流開眼」1963年8月14日公開
第四部「宮本武蔵 一乗寺の決斗」1964年1月1日公開
第五部「宮本武蔵 巌流島の決斗」1965年9月4日公開

内田吐夢監督・中村錦之介主演の「宮本武蔵」第一作目が封切られた時、僕は
9歳で父親に連れられて見にいった。関ヶ原の戦いで落ち武者になった武蔵が
お甲(木暮実千代)と朱実(丘さとみ)の母娘に救われるあたりから、何とな
く胸のときめきを感じたことを鮮明に覚えているが、まだ、この時点では僕は
映像の迫力に圧倒されたにすぎない。

故郷に帰った武蔵は落ち武者として追われる。入江若葉(大林宣彦監督作品に
時々出てきます)演じるお通と、三國連太郎演じる沢庵が武蔵を捕らえて一本
杉に吊す。その宙吊りシーンの迫力は今も忘れられない。

錦之介が実際に吊り下げられた千年杉の巨木は八間(14.4メートル)あったと
いう。高所恐怖症である錦之介はそれを怖れ吹き替えを申し出たが、内田吐夢
に拒否された。錦之介がギャアギャアわめく野獣のような若き武蔵を真に迫っ
て演じられたのは、この内田吐夢の非情な演出のおかげだったようである。

翌年、二作目が封切られた時には、僕は11歳になったばかりだった。僕は父に
せがんで映画館に連れていってもらった。三作目の公開の時には、僕は小学生
最後の夏休みを過ごしていた。最も印象に残った「一乗寺の決斗」は1964年の
正月映画として公開され、小学校卒業を目の前にした僕はやはり父と見にいき、
深く深く考えさせられたものだった。

「一乗寺の決斗」は、最後に吉岡一門との壮烈な決闘場面で終わる。武蔵は名
目人である吉岡一門の十三歳の当主を一撃で倒し、その後、門弟数十人を相手
に死闘を繰り広げる。ラストシーンは、原野を駆ける武蔵のストップモーショ
ンだったと思う。

僕は、主人公が子供を斬殺することに衝撃を受けた。映画の主人公は正義であ
り高潔であり明朗であるというイメージを僕に植え付けた東映時代劇自らが、
そんな主人公を描いたのだ。勧善懲悪という枠でしか世界を理解していなかっ
た少年に「一乗寺の決斗」は何かを考えさせたのだった。

武蔵もまた考えていた。幼い当主を殺したことが正しかったのか、と。1965年
9月4日に公開になった「宮本武蔵 巌流島の決斗」は、苦悩する武蔵から始ま
る。その苦悩の中から彼は一種の成長を遂げている。第五部を象徴する言葉と
して「所詮、剣は武器か」があげられる。ラストシーン、武蔵は懐疑的にこの
言葉を口にするのだ。もちろん、原作にはない。

小学生の時から見始めた「宮本武蔵」だったが、完結編を僕は中学二年生とし
て見た。いくぶん社会の複雑さがわかりかけた頃だった。五部作を見続ける中
で、僕は主人公の人間的成長に立ち会い続けた気がした。それは僕自身がいろ
いろなことを吸収し、育った時期と重なっていた。

戦前に書かれた吉川英治の原作と違い、若い頃に左翼運動に関係し、戦後は長
く中国に留まった内田吐夢は努力と道徳の見本のような武蔵を描いたわけでは
ない。そこには生身の人間的魅力にあふれた武蔵がいた。五部作の最後では、
高倉健が演じた佐々木小次郎を倒した後、己のめざした道が間違っていたのか、
という無常観さえ漂わせていた。

そうした人間的な武蔵が「剣によって己を高める」ために、ストイックに何か
を究めようとしている姿が、僕に影響を与えたのは間違いない。「己を高める
こと」──少なくとも今より少しはマシな人間になろうと努力することが、人
生を生きる意味なのだと僕は思ったものである。

●「仇より生きている赤子の命」が持つ意味

「宮本武蔵 一乗寺の決斗」から「宮本武蔵 巌流島の決斗」の公開まで一年
半以上の間隔があいたのは、間に「飢餓海峡」が入っているからだ。「飢餓海
峡」は1965年1月15日に正月映画の第二弾として封切られた。単なるコメディ
アンと思われていたバンジュンこと伴淳三郎がシリアスな演技を見せた名作で
ある。

「飢餓海峡」は水上勉の推理小説で、洞爺丸事件を題材にしている。今では知
らない人が多いだろうが、昭和29年(1954年)9月26日に出航した青函連絡船
の洞爺丸が台風15号のために転覆し、1155人の死者・行方不明者を出した日本
で最大の、世界ではタイタニック号に次ぐ海難事故である。

その海難事故の死者の中に撲殺されたふたりの男の死体があったことから二人
の刑事が調査を始める。伴淳三郎が演じたのは退職間際の老刑事。若い刑事を
高倉健が演じた。彼らは船が沈んだ夜に起こった質屋の強盗殺人事件にたどり
つく。

三人の犯人は質屋の家族を殺して放火し、船で青森に渡ろうとして仲間割れを
する。ひとりの男が大金を手にして逃げ延びる。男は青森の娼家で親切にして
もらった娼婦に大金を渡す。その娼婦のところまで犯人の足取りを追ってやっ
てきた刑事に、娼婦は嘘をついて男をかばう。

十年後、東京に出ていた娼婦は新聞記事であの時の客の写真を見て、今は地方
都市の有力者になっている男を訪ねる。彼女は単に礼を言うためだったのだが、
男は自分の過去が明かされるのを怖れて女を殺す。

「飢餓海峡」は推理小説を原作にしてはいたが、犯人探しではなく人間の業を
描いた悲劇だった。まるでギリシャ悲劇のように運命はもつれ、主人公は誤解
から残虐な殺人を冒してしまう。

内田吐夢の骨太でストレートな力強い映画作りが評価された。16ミリフィルム
で撮影し35ミリにブローアップする方法で粒子を荒らした画面によって、ドキ
ュメンタリーのようなリアリティを獲得した映画だった。

内田吐夢は1970年8月7日に死んだ。翌日、僕の下宿にやってきた元新聞部の部
長(もう高校は卒業していた)は「内田吐夢が死んじまった」と嘆いた。宮本
武蔵と宍戸梅軒との闘いを映画化した「真剣勝負」が遺作になった。その撮影
中に倒れ、病床から復帰して完成させたのだった。

1971年2月20日、「真剣勝負」は東宝映画として公開された。僕は波が打ち寄
せる岩場に出てくる三角マーク(恥かく・義理欠く・人情欠く、と山城新伍は
言っている)の東映クレジットではなく、東宝のクレジットタイトルから始ま
る宮本武蔵の映画に違和感を感じていた。

夢の工場と言われた映画の黄金時代に夢を吐き続けた巨匠は、遺作の中で状況
が不利になるとなりふりかまわず梅軒夫婦の赤ん坊を人質にして逃げる人間的
な武蔵を描いた。梅軒の女房は武蔵を仇として戦おうとする梅軒に「仇より、
生きている赤子の命」と叫ぶ。

72歳になっていた内田吐夢は、その言葉に「夢より、現実の生活が大事」とい
う意味を込めたのではないだろうか。彼は死んだ時に、二千三百四十円しか所
持していなかった。家族とは離れて暮らしていた。妻は彼の病室に入るのを嫌
った。日本映画の巨匠としては死ねたが、幸せな家庭人としては死ねなかった。

彼は生涯、吐夢という名前を変えなかった。もしかしたら、ある時期から彼は
その名前を悔やんだのではないかと、僕は皮肉に想像する。仇より、生きてい
る赤子の命──という心境に至った時、彼は何を思っていたのだろう。あくま
で夢を追い続けた己の人生への悔いだろうか。

僕は歳をとり「夢を吐く」という名前には、気負いを感じるようになった。そ
れでも、死ぬまで「吐夢」という名前を棄てなかった生き方に共感するのでは
あるけれど……

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
雑誌編集者。彼岸が過ぎれば春。もうすぐ桜も咲くそうだ。桜が咲き始めると
僕も心が浮き立つ。やはり日本人なのだろう。そう言えば、去年は花見ができ
なかった。

旧作が毎週金曜日に更新されています
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■金曜ノラネコ便
肩がピクピクしています

須貝 弦
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やってしまった、という感じだった。
まさかふつうに歩いていてこんなケガをするとは、自分でも予想しなかった。
どんなケガかというと、右肩の腱板損傷である。

歩いていて、足下がすべって、近くにあったものにつかまった。
つかまったまま転んでしまったから、肩で全部支える状態になってしまった。
次の日、病院に行くと包帯と三角巾で右腕を固定されてしまった。
それから水曜日までの3週間以上、利き腕が不自由のまま仕事をするハメに。

利き腕なので、キーボードからの入力すらままならない。Mac OS Xの「ユニバ
ーサルアクセス」というオプションで、キーボードショートカットは片手入力
でもできるようにしたり、肘から先は動くので、なんとか角度を変えて両手で
入力してみたり。それでも、2時間も机に向かっていると肩が痛くて耐えられ
なくなってしまう。

三角巾から解放された今でも、やはり2~3時間くらい机に向かって作業してい
ると、肩がピクピクっとなってやや痛い。また、3週間にわたって固定してい
たこともあって上腕や肘も妙に痛く、固定が取れたといっても自由にはほど遠
い状態だ。

いちばんショックだったのは、自転車やバイクに乗れないことだった。今は自
転車は、背中に荷物を背負って乗るのはまだ厳しいらしい。背中で背負ってい
るつもりでも、肩への負担が大きいようだ。実は最近、自転車関係の雑誌でも
仕事をするようになったのだが、「乗れないライター」では使いようがないだ
ろう。

とはいえ、念願かなって(?)自転車媒体での仕事なので、張り切っている。
張り切って仕事をするというのは、ナニゲに久しぶりかもしれない(いいのか、
そんなことで)。2003年の密かなテーマが「脱・コンピュータ」だったので、
少しでもそれが叶うのはやはりうれしい。

更に、ついにというかようやくというか、自宅とは離れた場所(とはいえ同じ
市内だが)に作業用の部屋を借りることになった。これが仕事部屋ではなくて
自転車部屋になる可能性がないとは言えないが、この部屋を維持していくため
にも頑張って働かなくてはいけないと思っている。

【すがい・げん】sugai@macforest.com
これを書いている今も、肩がピクピク。全治はいつの話になるのやら。

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■ブックガイド&プレゼント
『デジタル・イラストレーション』
http://www.genkosha.co.jp/
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定価:1,880円+税
体裁:B5判 140ページ
発売:2003年3月25日 玄光社刊
雑誌コード:63376-56
ISBN4-7683-0164-9

<編集部より>
デザイン・印刷のデジタル化への対応、作品表現のツールとして、イラストレ
ーションを取り巻く環境のデジタル化はさまざまな形で進んでいます。本書は
『イラストレーション』の別冊ムックとして、デジタルツールを使った作品表
現や、WEBをはじめとするデジタルメディアの仕事、デジタルプリントのさま
ざまな活用法など、あらゆる角度からデジタル時代を迎えたイラストレーショ
ンの“今”を考えていきます。

どちらかと言えば、ハード・ソフトに関するテクニカルなことよりも、どんな
思想・目的で、どのようにデジタルツールを活用するかに重点を置いた内容に
なっています。また、取材の対象も、厳密な意味でのイラストレーションにと
らわれることなく、デジタルを用いたビジュアル全般から“イラスト的”なも
のに幅広くスポットを当てました。

主な内容
・伊藤桂司、宮本幸男、谷田一郎、鈴木英人ほか、デジタル作家8名の作品と
 Tipsを紹介
・“端末の時代”に再編成されたデジタルコンテンツの今
 立花ハジメ、タナカカツキ、松浦季里
・デジタル出力徹底研究
 三鷹の森ジブリ美術館、中谷日出のデジタル立体作品、鈴木英人のデジタル
 版画表現ほか、デジタル出力のさまざまな応用例を紹介
・NHK BS1「デジタル・スタジアム」の舞台裏を直撃
・対談・空山基×寺田克也
・誌上デジタル作品コンペ「ザ・チョイス-デジタル」
 審査員:伊藤桂司、ヒロ杉山、檜山巽

●玄光社から、デジクリ読者5名さまに本誌をプレゼント。応募フォームをつ
かってください。発送をもって発表にかえます。締切4月11日14時。
http://www.dgcr.com/present/p_dgil.html

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■編集後記(3/28)
・プロ野球が今日から始まる。夕食時には巨人戦を見る、いつものシーズンが
始まったわけだ。昨日は、長島やボブ・サップも出ていたバラエティをやって
いたが、あきれたことに開幕前夜に原監督らが出演してヘラヘラしていた。一
応プロスポーツなんだから、そんなばかやってる場合じゃないだろうとは思っ
たが、巨人を筆頭にプロ野球選手の芸能人化が進んでいるから仕方がないのか。
まあどうでもいいけど。唯一の効能は、巨人がボロボロに負けているとき、ビ
ールがうまいんだなあ。もっとも、勝っているときはご機嫌だが、負け始める
と怒ってチャンネルを変える根性ない巨人ファン(=妻)もいるけど。(柴田)

・どちらの報道も信じがたい。ねつ造はいくらでもできる。けれど、アメリカ
側の報道で、アメリカが劣化ウラン弾の使用を認めたという記事があった。ほ
んとにイラク国民を助ける気はあるのか? 戦争しか方法はないのか? でも
アメリカだって充分世界的には脅威だよ。国連無視できちゃうし。簡易ガスマ
スクと言って、タオルで口の周りを覆う。そんなイラクの姿は、私が教わった
昔の日本と重なる。民間人にも被害が及ぶ。まず停戦を。  (hammer.mule)
http://tarjim.ajeeb.com/ajeeb/default.asp?lang=1  アラビア語←→英語
http://www.galax-lay.co.jp/iraq.html  ASIANEWSイラクリポート
http://m17n.cool.ne.jp/kubota/home-ja  久保田弘信氏の日記
http://headlines.yahoo.co.jp/specialfeature/2003/iraq/news/  特集

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