[1530] 深夜の恥の記憶

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,500文字)


■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1530    2004/05/28.Fri.14:00発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 18768部
情報提供・投稿・広告の御相談はこちらまで mailto:info@dgcr.com
登録・解除・変更・FAQはこちら http://www.dgcr.com/regist/index.html
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■

     <1999年のCGのエネルギーと方向性を取り戻す>

■映画と夜と音楽と… 213
 深夜の恥の記憶
 十河 進

■デジクリトーク
 アジアグラフィック 喜多見康さんに聞く

■イベント・展覧会案内
 「雑誌をデザインする集団キャップ展」
 夏がくるぞ!「遊方展2004」

■コンテスト案内
 OCNがトップページデザインを賞金総額300万円で公募



■映画と夜と音楽と… 213
深夜の恥の記憶

十河 進
───────────────────────────────────

●書籍広告の名前が目を惹く

先日、朝日新聞に掲載された書籍広告で久しぶりの名前を見た。「いま、この
三人を読まずして、恋愛小説は語れない」というキャッチコピーで三人の作家
の新刊(文庫本)が紹介されていた。

ひとりは大崎善生で「パイロットフィッシュ」が文庫になったらしい。以前に
書いたけれど、最近の作家としては珍しく僕にも読めた人だった。この人もい
わゆる「村上春樹チルドレン」で、そのセンチメンタリズムが受けたのだろう、
すでに20万部を突破しているという。

もうひとりは白石一文で「不自由な心」「一瞬の光」という作品の表紙が載っ
ている。僕は一度も読んだことがなかったが、ある雑誌のインタビューを読ん
で興味を持った。父親は時代小説作家の白石一郎である。ちょっと不思議な物
語を書くようだから、今度、機会があれば読もうかと思っている。

最後のひとりが盛田隆二だった。「夜の果てまで」という本の表紙と「切なく
て、苦しくて、でも懐かしい。いまだからこそ、大切な人と読みたい感動の恋
愛小説」「著者会心の最高傑作! 佐藤正午氏絶賛!!」と書かれてあった。

そういえば佐藤正午は「永遠の1/2」が新人賞をとって単行本になったときに
すぐに買って読んだが、その後はまったく読んでいない。最近、評判になった
「ジャンプ」を読んでみたが、あまり感心しなかった。「永遠の1/2」は時任
三郎と大竹しのぶで映画化されたが、あの映画も見逃したままだなあ、確か、
根岸吉太郎が監督したはずだけど……、と連想はよけいな方に広がる。

いやいや、ひさしぶりに見た名前は盛田隆二である。その名前を見ると、僕は
いつも二十年近く前の深夜の酒場を思い出す。恥の感覚と共に……

そこには僕と盛田さんと盛田さんの同僚が何人かいた。かなり酒がまわり、皆
が好き勝手な話を始めていた頃、どういうわけか小説論議になった。盛田さん
とは誰々の作品はいい、あいつは駄目だ、などと言い合っていたが、そのうち
僕は口を滑らせた。

──実は、何度か「文學界」新人賞の選考に通っているんです。

その瞬間、酔ってすこし朦朧としていた盛田さんの目がキラリと光り、僕をジ
ロリと睨み付けるようにして口を開いた。唇の端に薄笑いが張りついていた。

──僕はいつも最終選考ですよ。「早稲田文学」の新人賞ももらってる。

その瞬間、つまらない自慢をしてしまった自分が急に情けなくなった。上には
上がいるもので、自慢した途端に返り討ちにあったわけである。僕は何も言え
ず、ただ畏れ入るしかなかった。恥の感覚がせり上がってきた。

●口ひげと髪型が印象に残る

盛田さんと最初に会ったのは、二十数年前の情報誌出版社のP編集部だった。
まだ編集部が水道橋駅から歩いて数分の猿楽町にあった頃だ。近くに「男坂」
「女坂」があったと記憶している。

仕事の関係でP編集部に時々顔を出していたある日、僕は盛田さんに紹介され
た。その頃、彼は別冊かムックの副編集長だったと思う。若い会社だからスタ
ッフはみんな若かったが、それでも僕より若く三十前で副編集長というのには
少し驚いた。

盛田さんは変形マッシュルームカットのような髪型で口ひげを生やしていた。
グルーチョ・マルクスのようなデッキブラシ型ではなかったが、印象的にはそ
れに近い。ジーンズに派手めのラフなシャツを着ていた。そういうカッコで仕
事ができる会社なのだと僕は少し羨ましく思った。

その後、自主制作映画を募集する「フィルムフェスティバル」が始まり、月刊
「小型映画」編集部にいた僕はその一次審査の現場によく入れてもらった。一
次審査の担当は映画評論家の松田政男さんだった。そんなとき、僕は廊下など
で盛田さんとすれ違い会釈したりした。

その二、三年後、ある日、僕は「Pで組合を結成したから、その公然化集会で
連帯の挨拶をしてほしい」と出版労連の幹部に言われた。春闘直前のことであ
る。僕は自社の労働組合の委員長をやっていたからだ。「少し縁があるようだ
から」とその幹部は言った。

公然化集会の当日、すでにPは麹町に引っ越していたが、その社前で大勢の人
が集まる中、僕は出版労連の宣伝カーの上に乗りマイクを持って連帯の挨拶を
した。挨拶を終えて車を降りると、顔なじみのフィルムフェスティバル担当者
が近寄ってきて「ソゴーさん、委員長やってたんですね」と言った。彼女も組
合員のようだった。

その数週間後、春闘も終わり、親睦を兼ねた泊まり込み会議があった。そこへ
P労働組合の幹部も参加するということだった。その夜、Pからやってきたのは
委員長、副委員長、書記長の三人で、その書記長と顔を合わせた瞬間、互いに
「あっ」と声を出し相手を指さした。盛田さんだった。

時代の先端をいっている会社だと思っているPの人々と労働組合は水と油だっ
た。有名なPで働く人たちはプライドが高く、出版労連に加盟するときも「大
手総合書」と同じグループに入れてほしいと頼んだという。講談社(その後、
出版労連を脱退)、小学館、岩波書店などが分類されているグループである。

しかし、労働組合ができるくらいだから、大手総合書との労働条件の差は何十
年かかっても埋まらないだろうと予想できた。そこで、僕の会社が属している
出版労連のひとつのグループに配置されたのだが、彼らはそのことによってプ
ライドが傷ついている風に見えた。

何しろ、地図を出している会社、手芸や編み物の専門書出版社、理容や美容の
専門出版社、写真やビデオの専門出版社といった雑多で有名ではない会社ばか
りいたからである。

●「いつかぼくは一冊の本を書く」と彼は言った

そのPの労働組合に一年間、僕は張り付くことになった。委員長を降り、上部
団体のグループの担当委員になったからである。毎週、水曜日のPの執行委員
会に参加し、討議や要求づくりに加わり、春闘が始まれば団交にも参加する。
24時間、会社が稼働しているPだから、執行委員会が始まるのは夜の7時過ぎ、
終わるのは10時過ぎで、それから呑みにつき合うことが多かった。

それでも団交よりはましだった。団交は夕方から始まり、延々と続いて早くて
午前3時、だいたいが午前5時、一度は朝の9時近くまで続き、僕はそのまま9時
半から始まる会社へ出て、完徹で夕方まで仕事をしたことがある。まだ、三十
代前半で若かったからできたことだろう。

僕は「外部の労働組合幹部」と見られていた。もうひとり出版労連の地区協議
会からUさんが入っていたのだが、その人は言動そのものがまさに「労働組合
幹部」であり、執行委員会でも原則的なことを主張し、まだ稚拙な君たちを指
導してあげるのだよ、という雰囲気があったため、Pの人たちから徹底して嫌
われた。

僕は「この人たちに労働組合の原則を言っても理解しないだろう」と諦めてい
たこともあり、執行委員会では要所でしか発言しないようにしたし、Pの現状
に合わせて柔軟な考え方を示した。それに呑みにいったときも映画と本の話し
かしなかった。そんな風だったので若い委員長から「ソゴーさんて、労連の人
じゃないみたいですね」と言われたことがある。

盛田さんと深夜に呑んでいたのは、そんなある日のことだ。初代書記長として
若手の執行委員会が気になっていたのか、時々、盛田さんは執行委員会にも顔
を出していた。たぶん、暮れのボーナス闘争のときのことだ。いつものように
深夜に終わった団交の後、呑みにいくことになり、そこで初めて盛田さんと文
学論争をすることになったのである。

1990年4月に講談社から盛田隆二の処女長篇「ストリート・チルドレン」が出
たとき、僕は新聞広告を見て初めて知った。その年のメーデーでP労働組合の
人に会い僕は「盛田さんに『処女出版おめでとう』と言っておいてよ」と言付
けたが、相手は「盛田さん、会社で小説、書いてましたからね」と笑った。

その小説は中央公論社の編集者である安原顕に評価され、盛田さんは月刊マリ・
クレールに「サウダージ」という長篇の連載を始めた。ボサ・ノヴァ好きには
おなじみだろうが、僕は「サウダージ」という言葉をタイトルにするセンスが
気に入った。「サウダージ」は単行本にまとまり、その年の三島由紀夫賞の候
補作になった。

三作目は「ラスト・ワルツ」だった。僕はそれを雑誌掲載時に読んだが、「ぼ
くは昔、犬の首輪をした女と暮らしていた」という冒頭の文章が印象的だった。
そこには青春の喪失感のようなものが描かれていた。

「ラスト・ワルツ」とは「ザ・バンド」のアルバムタイトルであり、彼らを描
いたマーチン・スコセッシ監督のドキュメンタリー映画のタイトルでもあった。
自作にそんなタイトルをつけることに僕と同時代の青春を送った作家のこだわ
り、のようなものが読み取れた。

盛田さんは「いつかぼくは一冊の本を書く」というエッセイ集を出版したこと
がある。そのエッセイ集のタイトルは、その頃の僕をひどく刺激した。同時に、
あの夜の恥の感覚が甦る。彼は一冊どころか、もう三冊も本を出しているじゃ
ないか、と僕は己に言い聞かせた。僕はまだ三十代で、若い頃からのこだわり
を棄てられなかった。

あれから十数年という時間が過ぎ去り、盛田さんは小説とエッセイを合わせ十
冊の本を残した。僕は何を残してきたのだろうか……

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
部屋の模様替えが趣味。天気がよい休日の午前中には模様替えをしたくなる。
先日、また模様替えをしたが、やはりベッドの位置が決まらない。テレビを見
ながら寝られ、ステレオの音響効果の最もよい位置、CDやVTRやLD、DVDにすぐ
手が届く位置と、充たすべき条件が多すぎるのだ。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■デジクリトーク
アジアグラフィック 喜多見康さんに聞く
「アジアグラフィック2004ヨコハマ」を終えて、今後の展開は?
http://www.loftwork.com/AG/index.html
───────────────────────────────────
──今回の公式展を終えて、いまどんな感慨をお持ちですか。

今回の「アジアグラフィック2004ヨコハマ」は、第2回公式展(第1回は昨年末
北京で開催)であり、国内初の開催ということで、われわれアジアグラフィッ
クにとっては、たいへん重要で今後の活動の試金石としての意味合いが大きい、
特別な展覧会でした。

結果的に企画展示で並んだ作品を見て、私がプロデューサーとして望んでいた
のは、1999年にCG(ここで言うCGとは、作家が個人制作もしくは個人制作の趣
旨を維持しながらスタッフや組織で制作を行う『作品』のことであり、企業が
様々な用途や営利目的で製作するCG画像、映像等は対象にしていません)が手
に入れようとしていたエネルギーと方向性を取り戻すことだったんだと気がつ
きました。

1999年は、日本のCGが文化と呼べる段階に足を踏み入れようとした記念すべき
年でした。CG業界は、優秀な作家を多数輩出し、優れた作品が次々と発表され
ました。そのままCGは日本の新しい文化になり得るはずでした。

しかし、どん底の不況は社会を畏縮させてしまい、景気や経済動向に流される
しかなかった当時のCGは、すっかり勢いを失ってしまいました。それもこれも、
CGが単なる表現技術や、素材としてしか認知されていなかったからです。CG作
品自体が優れた文化として評価を受ける状況が成立していなかったからです。

アジアグラフィックはこうした状況を打開すべく、高い創造性と制作意欲を持
つ優れた作家の活動をサポートし、日本を中心にアジア各国の優れたCGを集め、
新世紀に相応しいアジアの新しいCG文化を確立するために設立しました。

これだけの現代性を備えた、優れた作品が集まる展覧会が、他の美術のジャン
ルで果たして成立し得るのか? それをはっきりさせ、世に問うために今回の
展覧会は重要な意味を持っていたのです。

──お客さんの感想はどんなふうでしたか。

意気込んで、オープン前日にプレスデーを設定しました。開場と同時に読売新
聞の記者さんが待っていたらしく飛び込んで来て、息を弾ませながら「他社は
来ていませんか?」誰ひとり来ていません(笑)
作家も来てないし、展示も完成していないのを見回してがっかりし「少し片付
いた頃もう一度来ます」としょんぼり帰られました。

かっきり2時間後、ますます意欲的な顔で来られていろいろインタビューされ
ました。この記者さんは印象的でした。話の趣旨もよく理解して分かりやすい
記事を書いてくれました。新聞に出たとたん、来場者の客層が変わり、会場の
雰囲気も一変しました。

新聞の切り抜きを握りしめて「CGのすごいのがあるっていうんで見に来た」と
いう人達がどっと来たのです。そういうお客さんは1時間以上かけて会場を回
り、出口でも興奮覚めやらぬらしく、あの作品はこうだった、これが面白かっ
た、としばらく受付の人としゃべってなかなか帰りません。

今まで随分展覧会をやって来ましたが、こんな体験ははじめてでした。そして
高齢の方の中に非常にCGに興味を持っていて体験や鑑賞がしたい! という人
達が少なからずいることを知り、びっくりしました。彼らはCGでも良い作品は
ちゃんと分るのです。新しい発見でした。

─結局2500人くらいですか。有料で、CGのアート展としては成功ですよね。で
も、広報宣伝はやや手薄だったようですね。

確かに有料のCGアート展というものが極めて少ないため、どんな集客数でも実
績としては成功と言えないことはないと思いますが、しかしプロデューサーと
しては今回の集客動員は失敗でした。反省しています。全国紙2紙に記事が出
てからの休日は400名を越える入場者がありましたが、それまでの平日は150名
程度でした。

これだけレベルの高い展示内容で、100名台では申し訳がありません。私とし
ては、プレスデーの取材の結果、初日に新聞に出て遅くとも4連休前にはNHKTV
ローカルニュースでオンエアされるのを想定してました。大誤算でした。新聞
だけでも1日400名超ですから、オンエアで1日600名超はいくはずでした。

その結果、来場者5000人を目標にしていました。予定通り行けば困難な数字で
はありません。しかし、私が直前まで出力と展示準備に忙殺され、肝心の報道
メディアへの裏工作がほとんどできなかったのがひびきました。

──巨大会場をうまくつかっていたと思います。2階の高さのある天井からの
ぶら下げは見栄えはいいのですが、わたしのように眼のよくない者には見えま
せんでした。もったいないというか、そばで見たかったという気がします。

全ての作品を展示サイズにあわせてレンダリングし直すわけにはいきません。
中にはかなり解像度の低いものもあります。大きい作品を距離を持って眺めて
ちょうど良いものもあるのです。展示としては苦肉の策と言う部分もあります。
ただし現代美術のインスタレーションのように、絵は二の次で展示形態の雰囲
気勝負のようなのは、絶対に嫌でした。あくまで作家の「絵」で勝負!ですか
ら、そこは譲らなかったつもりです。

──特別企画の檜山巽さんや倉嶋正彦さんらの作品は別にして、お馴染みの作
品が大きくプリントされただけじゃないかという作家さんもいました。やはり
この規模、このクオリティの展示では新作が見たかった。

冒頭に述べたように1999年以降の日本のCG文化、空白の4年間を埋めるのが今
回の企画でした。そういう意味で特に、今回の企画展示は各作家の歴代の作品
が並びました。全く新しい作品が出て来てるのは次の公式展からになるでしょ
う。私はそう期待しています。

──注目度の高かったのはどの作品でしたか。

やはり企画展示の檜山さんの歴代の作品は見ごたえがありました。また倉島さ
んの大型曼陀羅作品は、その大きさ(4m/4m)から展示会場が限られてしまう
ため、次回どこで展示出来るか目処がたちません。それゆえ一期一会の思いな
のか、長時間立ち尽くして見入っているお客さんが目につきました。

また、ソネハチさんの長年の仕事ぶりをこれだけの量感で目にすることが出来
たのはもちろんはじめてであり、強いインパクトがありました。富岡聡さんの
映像作品を、個室の5Chサラウンドで大量に見続けるとバカになるんじゃない
かと心配でしたが大丈夫のようでした。

人気が抜群だったのは、少年CG作家の須藤健斗君です。ポストカード販売の人
気では居並ぶクリエイター達を抑えてダントツ第一位です。ちょっとショック
でした。その人気を受けて7月17日から8月1日まで、トーキョーワンダーサイ
で初個展を開催します。

ブルームーンスタジオ作品の緻密な美しさや、小笠原たけしさんの音と映像の
シンクロ感なども人気を集めていました。アジアグラフィックの企画展示は、
作家からの企画申請を検討、採用することで決定されます。次回はさらに素晴
らしい展示企画が集まり、一層白熱した展示になることを期待します。

──アジアグラフィックのこれからの活動予定をお知らせ下さい。

今回は日本の深澤研さんと中国のDu xushengさんの2名に仲間入りしてもらい
ました。今後は中国をはじめとして韓国やアジアの国々からも、優秀な作家に
集まってもらいたいと願っています。そのため2004年9月には第2回の中国展を
開催します。場所は中国北京を予定。ヨコハマ展について、関係者から非常に
高い評価をいただき、何件か展示依頼を受けています。

1)2004年9月 第2回アジアグラフィック中国展 開催
2)Yahoo! BB ブロ番ガイド ムービー特番 6月2週目から公開。Yahoo! BB
のブロ番ガイドというサイトのCGムービー特別番組でアジアグラフィックの作
家によるCGムービー特集が組まれ公開されます。
3)国内、中国双方で作品集出版の企画があり準備中。

今回の公式展から「アジアグラフィック・ボランティアスタッフ」の募集を開
始しました。早速数人の若者から「アジアグラフィックの運営を支える、ボラ
ンティアスタッフになりたい!」という、熱い申し出をいただきました。日本
を代表するCG作家や作品と直接ふれあい、お手伝いすることで若いボランティ
アスタッフにとっては大きな刺激となるでしょう。

引き続き「アジアグラフィック・ボランティアスタッフ」を募集します。展覧
会に向けての作品制作作業の手伝い、準備作業、展覧会運営、各地で開催され
るCG教室のサポートなどを可能な範囲で担当していただきます。作家との交流
会、オープニングパーティーへの出席等の特典があります。どうぞメールで参
加登録して下さい。

喜多見康 ykitami@d2.dion.ne.jp

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■イベント案内
「雑誌をデザインする集団キャップ展」トークセッション
<http://www.books-sanseido.co.jp/shop/kanda/kanda_sign.html>
───────────────────────────────────
会期:6月1日(火)~10日(木)10:00~20:00 
会場:三省堂書店 神田本店1階特設会場 TEL.03-3233-3312
内容:エディトリアルデザインの歴史に残る数々の雑誌を生み出してきたデザ
イン集団キャップの、過去から現在に至るまでの軌跡を一堂に展示する。また、
会期中の6月1日、3日、4日の20:30から21:30まで、キャップ代表・藤本やすし
氏とゲストをによるミッドナイトトークセッションを実施する。各回先着50名
に整理券を配布。
第1回ゲスト「CASA BRUTUS」編集長 吉家千絵子氏
第2回ゲスト「BRUTUS」編集長 石渡健文氏
第3回ゲスト「GQ JAPAN」編集長 斎藤和弘氏

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■イベント案内
夏がくるぞ!「遊方展2004」
<http://www5b.biglobe.ne.jp/%7Ejax/image/paper2.jpg>
───────────────────────────────────
遊びの心得。
 遊方展でも遊方会でもよいが そもそも人間が人間たるゆえんの
重要な条件の一つは、「遊び」を心得ており
従ってよく「笑う」ことだ。
 つまり遊んでいるが創造意欲に溢れ 緊張感を失わない。
「遊ぶ必ず方あり」でちゃんと遊びの心得がある。
善い哉、善い哉!  村松寛(美術評論家 故人)

会期:5月31日(月)~6月10日(木)9:00~17:00 土日休・最終日16:30
オープニングパーティー 31日(月)17:30~19:30
会場:平和紙業株式会社 ペーパーボイス(大阪市中央区南船場2丁目3番23号)
<http://www.paper-hsk.co.jp/heiwa/osaka_voice.htm>
作家:石原三加、井上博和、井上翠、井本雄三、上球音、遠藤賢治、大野美智
子、岡安好司、桂雀三郎、川添洋司、川北博子、斉藤卓治、清水千絵、神野修、
高澤圭多、高橋廣道、田辺葉子、田村昭彦、西家智津子、増田敏也、松井公一、
松下龍介、山田嘉男、吉本裕司
後援:塚本学院交友会(大阪芸術大学・大阪芸術大学短期大学部・大阪芸術大
学付属大阪美術専門学校)

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■コンテスト案内
「OCN DESIGN AWARDS 2004」
OCNがトップページデザインを賞金総額300万円で公募
<http://awards.ocn.ne.jp/outline/index.html>
───────────────────────────────────
NTTコミュニケーションズは、同社のインターネット接続サービス「OCN」のト
ップページデザインを、一般から公募するコンテスト「OCN DESIGN AWARDS 20
04」を5月21日に開始した。プロ・アマチュアを問わず、だれでもエントリー
できる。オリジナルデザインに限る(過去に使用されたデザインや、別なWeb
サイトで公開されているデザインは認められない)。1名(組)につき、複数
の応募が可能。さらに、応募作品は募集期間内であれば修正を加えて再応募す
ることも可能ある。応募要項はサイトを参照。応募締切9月15日(水)
審査員:山口康夫、茂出木謙太郎、堀田理佳、田中秀幸
各賞に選出されたデザインには、それぞれ副賞として賞金が授与される。
1)レイアウト部門 グランプリ作品 賞金100万円を授与 1作品
準グランプリ作品 賞金20万円を授与 5作品
上記6作品はOCNトップページにて一定期間起用される。
2)フリーレイアウト部門 グランプリ作品 賞金50万円を授与 1作品
3)フリースタイル部門 グランプリ作品 賞金50万円を授与 1作品

<応募受付中のプレゼント>
『音の本 オリジナル音楽・効果音素材集』
 以上デジクリ#1529号。締切は6月3日(木)14時。
『FLASHトレーニングブック MX/MX2004対応』
 以上デジクリ#1526号。締切は6月1日(火)14時。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集後記(5/28)
・インタビューに応えてくれた喜多見康さんに、「ところで『Virtual Beauty
EXPO』についてはお客さんの反応はいかがでしたか」と聞いてみた。「じつは
来場者の反応をあまり耳にしませんでした。でも、入場リストを確認すると、
『Virtual Beauty EXPO』関連らしい人が大勢来ているのです。どうやら彼ら
は静かに来て、静かに見て、静かに帰る人が多いようです(笑)。作品につい
ては、方向性の多様さとレベルの高さから、素晴らしい企画展示だと思います。
精密機械部品だけではなく『ものづくり日本』の面目躍如たる展示でした」と
評価してくれた。「ものづくり日本」とは新しいアプローチだ。これ、いただ
き。ことの成り行きで「CG美少女」を布教する側に立っているので、理論武装
の参考になる意見はどんどんコレクションしているのだ。ぜひ、中国展にも日
本のCG美少女を連れて行ってもらいたいものだ。         (柴田)
・「Virtual Beauty EXPO」参加者の声をまとめた。ポスターがきれいです。
http://allabout.co.jp/computer/virtualbeauty/closeup/CU20040518A/index.htm

・Yahoo!BBの個人情報漏洩事件による、顧客へのお詫び料は500円。規模が規
模なので少額でも我慢するしかないだろうという気分。金額というより対応を
不服として弁護士らが訴訟したが、当然であろう。別の会社が個人情報漏洩の
お詫びとして500円の商品券を送ると発表していたが、Yahoo!BBのせいで、今
後のお詫び料が500円で統一されてしまうような気がしてきた。うーむ。お詫
びをするだけマシなんだけどね。/ノートパソコンをソーラーで動かせないか
な~。                        (hammer.mule)
http://www.hakugen.co.jp/products/osusume/rina_top.html  携帯なら
http://www.hakugen.co.jp/products/osusume/mezamashi_top.html 試したい

■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
発行   デジタルクリエイターズ <http://www.dgcr.com/>

編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
リニューアル  8月サンタ
アシスト    鴨田麻衣子

情報提供・投稿・プレスリリース・記事・コラムはこちらまで
                        
登録・解除・変更・FAQはこちら <http://www.dgcr.com/regist/index.html>
広告の御相談はこちらまで  

★等幅フォントでご覧ください。
★【日刊デジタルクリエイターズ】は無料です。
お友達にも是非お奨め下さい (^_^)/
★日刊デジクリは、まぐまぐ<http://mag2.com/>、
E-Magazine<http://emaga.com/>、カプライト<http://kapu.biglobe.ne.jp/>、
Macky!<http://macky.nifty.com/>、melma!<http://www.melma.com/>、
めろんぱん<http://www.melonpan.net/>、
MAGBee<http://magbee.ad-j.com/>、posbee<http://www.posbee.com/>、の
システムを利用して配信しています。配信システムの都合上、お届け時刻が
遅くなることがあります。ご了承下さい。

★姉妹誌「写真を楽しむ生活」もよろしく! <http://dgcr.com/photo/>

Copyright(C), 1998-2004 デジタルクリエイターズ
許可なく転載することを禁じます。
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■