[1601] 言行に恥ずるなかりしか

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1601    2004/09/17.Fri.14:00発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 18348部
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      <1円も支払われないでチャラにされた顛末>

■映画と夜と音楽と…(227)
 言行に恥ずるなかりしか
 十河 進

■Workforce of a Freelance(1)
 破産廃止
 新居雅行
 
■展覧会案内
 甲斐彰「フービズム(風美主義)・2004」展



■映画と夜と音楽と…(227)
言行に恥ずるなかりしか

十河 進
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●ストイックでありたい

「ストイック」という言葉を知ったのは、大江健三郎の小説だったろうか。ギ
リシャ哲学のストア派を語源として「禁欲主義」を表すのだと後から調べてわ
かった。対する派は悦楽主義(人生、楽しまなソンや派)で、エピキュリアン
(悦楽主義者)などという呼び名も覚えた。

忍耐、我慢、禁欲、努力、修行、誠実──などという言葉が好きだったのと、
日本浪漫派の流れを汲む剣豪小説や忍ぶ恋や堪える恋ばかり描いた恋愛小説を
好んで読んでいた少年は、ストイックという言葉に何かを触発され、「ストイ
ックでありたい」ということを人生の指標にしてしまったのである。

思春期と呼ばれる年頃だった。その頃は、ベトナムでは人々の目の前でベトコ
ンが頭を撃ち抜かれていた。米軍に抗議して僧たちが焼身自殺を遂げていた。
貧しい日本では、新聞配達員の6割が16歳未満の少年たちだった。東北地方を
中心に出稼ぎ労働者が100万人を越えていた。

多感な少年は、世の中の不条理が修正できるものだと思っていた。戦後の民主
主義教育は、みんなで力を合わせて社会に抗議していけば世の中は改善される
のだという幻想を与えたのだ。だが、社会に怒りを感じてはいたが、集団行動
は何の意味もないように僕には思えた。

右翼が唱える単独行動主義の方が僕を魅了した。だが、右翼が主張するヒロイ
ズムに浸りきった思想に嫌悪を感じた。思想は左翼、心情右翼といったところ
を僕は気取った。しかし、今から考えれば、ストイックに自らを律し己の信じ
る行動をとる、という美学に僕も自己陶酔していたのだった。

三島由紀夫という奇矯な行動で話題になる作家がいた。「楯の会」という集団
を組織し、揃いの軍服を着て悲愴な顔をした若者たちを身辺に侍らせていた。
彼の「ごっこ」のような行動は好きではなかったが、市川雷蔵が彼の短編「剣」
を映画化していることから、その原作だけを読んでみた。

市川雷蔵には「剣」三部作と呼ばれる作品群がある。「剣」「剣鬼」「斬る」
の三本である。「剣鬼」と「斬る」はどちらも柴田錬三郎の原作で、日本浪漫
派の残滓を感じさせるヒロイズムの物語だった。「剣」は唯一、現代劇で大学
の剣道部で主将をつとめる若者が主人公だった。

三隅研次監督によって映画化された「剣」で、主演の市川雷蔵は大学の剣道部
の主将を演じるには少し歳がいっていたけれど、他の役者は考えられないほど
のはまり役だった。「剣」の主人公は、禁欲の塊のような人間だった。ストイ
ックそのものだった。

彼の禁欲は、学生仲間たちのからかいの的にさえなった。好意を寄せる女子学
生を拒否し、ただ剣道に邁進する。求道者の悲壮感をたたえて、その姿は仲間
たちからは理解されない。目標を高く置き、視線を上げ、まっすぐに生きる生
き方は、愚劣な人間たちには時代遅れで滑稽にさえ見えるのだろう。

しかし、僕は「剣」の主人公のように剣に己を託して禁欲的に自己を律して生
きたいと願った。だが、剣道部に入るほどの度胸はなく、まして、右翼団体に
入るほどの熱狂もなかった。結局、僕は高校の授業で剣道を選択し、自分への
言い訳のように毎年の寒稽古に参加した。

●寒稽古の自虐的な陶酔

寒稽古は二月の中旬に三日間だけ行われた。朝五時に体育館に集合し、裸足で
校庭を十周し、体育館に戻って素振りから撃ち合い稽古まで休みなく続く。厳
しいと言えば厳しいが、一年のうちのたった三日間だ。稽古は二時間ほどで終
了し、水で躯を清めた後、熱いお汁粉が配られた。

Yクンは、中学からの知り合いだった。知り合いというだけで、特に親しく話
したこともなかった。僕も中学生の時は運動部にいたので、放課後の体育館で
顔を合わし、いつの間にか挨拶をするような間柄になった。Yクンは剣道部に
所属し、いつも剣道着に赤胴に近い茶色の胴着を身に付けていた。

赤胴鈴之助がヒットしたのは、僕らの子供の頃だった。僕は小学生の低学年の
頃に映画を見にいった記憶はあるが、マンガを同時代に読んではいなかった。
吉永小百合が出ていたというラジオドラマも記憶にない。僕らの世代は赤胴鈴
之助にも月光仮面にも少し遅れた世代なのである。

しかし、Yクンの赤胴はけっこう目立っていた。それが赤胴鈴之助に対する思
い入れなのか、先輩たちに対するレジスタンスなのか、単なる目立ち屋だった
のか、僕にはわからなかった。ただ、Yクンのその後の生き方から想像すると、
彼の自己主張だったのではないかと僕には思われる。

「赤胴のY」という通り名が、県下の中学の剣道部の世界でけっこう有名らし
いと聞いたのは、中学卒業の間際だった。いつもきちんと詰め襟を喉元まで締
め背筋を伸ばして歩いていたYクンは、卒業式の証書を受け取るときも折り目
正しい礼をした。

高校に入って毎年参加した剣道の寒稽古でいつも僕の相手をしてくれたのはY
クンだった。もちろん二時間ずっと相手をしてくれたわけではない。剣道部の
Yクンは多くの生徒を指導する立場だった。ただ、いつも最初に僕の所にきて
「脇が甘い」とか、「頭を下げずに正面から面を受けろ、でないと脳天に竹刀
が落ちるぞ」とか、「籠手を防ぐ工夫をしろ」などと叱咤した。

叱咤はしたが、激励はしなかった。Yクンはそんなに甘くはなかった。高校に
入り、剣道部で精進するうちにどんどんストイックになっていったのだろう。
人に対しても厳しい態度をとった。僕は寒稽古の最初にYクンに滅多打ちにさ
れ、めげそうになった。Yクンと「剣」の主人公が重なった。

●己を叱咤する言葉たち

高校生の頃、特攻隊員たちの手記を元にしたテレビドラマがヒットした。「同
期の桜」の歌が流行り、みんな「貴様と俺とは同期の桜」と歌った。「ああ、
同期の桜」という東映映画が作られ、学校は割引鑑賞券を生徒に配った。1967
年のことだった。

僕もテレビドラマは欠かさずに見ていた。一話完結のシリーズだったが、毎回、
結末はわかっていた。主人公が死ぬのである。僕は、学校からもらった鑑賞券
をもって東映の映画館に入った。歌が流れ出すと「同じ航空隊の庭に咲く~」
と一緒になって歌った。

「雲ながるる果てに」という特攻隊員たちを描いた映画の存在を知ったのもそ
の頃のことだった。戦後8年目に作られた映画の中で、鶴田浩二は自己の想い
を徹底的に心の底に押し込め、一瞬の未練な振る舞いをさえ許さず、己を叱咤
する言葉を血を吐くように口にする。

  至誠にもとるなかりしか
  言行に恥ずるなかりしか
  気力に欠くるなかりしか
  努力にうらみなかりしか

まるで呪文のようだったが、僕はその文語体の響きと己を律するストイックな
内容に心惹かれた。その言葉は不意に口をついて出る。自室に籠もっている時
に突然、天井を見上げて「努力にうらみなかりしか~」と叫び出す。階下の両
親は、またおかしなことを始めたと思っただろうが、本人はひどく真面目だっ
たのだ。

高校二年の寒稽古が終わって数週間した頃だったろうか。僕の稽古の相手をし
てくれたY君が自殺したことを知った。学校は秘密にしたかったのだろうが、
翌日には学校中の生徒が知っていた。だが、誰も自殺の理由については知らな
かった。

教師にはとめられていたが、僕は彼の告別式に出かけた。出席を許されたのは
彼と同じクラスの生徒たちだけだった。会場では母親が絶え間なくすすり泣き、
それを父親がたしなめていた。その父親も、何かのキッカケで今にも崩れ落ち
そうに見えた。

僕はYクンがにこやかに笑っている遺影の前に立った。焼香をする手が震えた。
思わず下を向く。もう一度見上げた時、僕は彼が現実の世界から逃げたのだと
確信した。「気力に欠くるなかりしか!」と、僕は彼に問いかけた。口には出
さなかったが、言葉にすれば厳しい響きだったに違いない。

「剣」の主人公は、合宿での部員の不始末の責任をとり自殺する。僕は彼がな
ぜ死を選んだのかが理解できなかった。死ぬことが美しく感じられなかった。
思えば、僕と三島美学の乖離がここから始まったのかもしれないが、僕には彼
の死が責任放棄のように思えたのだった。

Yクンが死んだ理由は、まったくわからなかった。何かが彼の自殺へのスイッ
チを押したのだ。それは、厳しすぎるほど禁欲的だった彼の資質が引き起こし
たことかもしれなかったが、僕には彼がこの先を生きていくのを怖れたのだと
思えた。

死ぬことで責任放棄をしたと感じたYクンの死から三十数年が過ぎた。僕は今、
生き残り、その長い長い時間を生き抜いてきた者として己自身に問う。三十数
年間の自分を振り返りながら、僕は「言行に恥ずるなかりしか」と問いかける。

ストイックでありたいと願った少年はどこへいったのだと…

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
三年前に家を出て暮らしている息子と羽田で落ち合って親子三人で帰郷した。
四日間の里帰りだが、久しぶりに息子と話をする。大学へ行きながら週に五日
間、アルバイトをしているという。仕送りだけでは暮らせないのを承知で家を
出たのだから仕方がないが、少し不憫に思ってしまう。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html

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■Workforce of a Freelance(新連載・第1回) 
破産廃止

新居雅行
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東京メトロの霞ヶ関駅、A1出口の目前にそびえるのは裁判所合同庁舎だ。強烈
に暑い8月初旬の割には、比較的気温が低いと感じたその日に足を踏み入れた。
幸か不幸か、裁判所に用事があって行くのは初めてだ。ドキドキするのが普通
かもしれないが、結果が概ね知れているので、軽くわくわくする程度の気軽な
自分に気づく。

この日にあったのは出版社の広文社の債権者集会だ。そこで受けた報告は「破
産廃止」、つまり、筆者をはじめとする債権者には1円も支払われないでチャ
ラにされたということだ。無表情で報告を聞きながら貸借対照表に目を落とす
10人あまりの債権者たちは、皆こうなることは予測していたに違いない。

●ちょっとぬれ手に粟な気になったが…

一部の方には思い出していただけると思うが、筆者は以前、MDOnlineというオ
ンラインメディアを発行していた。有償のニュースレターで、Macについての
開発やシステムといったテクニカルな情報を提供するものである。メール中心
だが、過去記事はWebで参照できるようにしていた。

2001年暮れだったと記憶するが、広文社の編集者より、MDOnlineの“紙版”を
出さないかと持ちかけてきた。もちろん、うれしい話ではあるが、売れる訳が
ない。MDOnlineは有償購読者、会員購読者を入れても500ほどの読者数である。
紙にする書籍はせめて数千のオーダーで売れないといけないわけで、MDOnline
規模の市場で売れるわけがない。購読者が買う保証はないし、ましてや購読者
でない人はまず買わないだろう……などと、ばか正直にも私は正しい情報を伝
えた。

でも、編集者はやる気があるとはっきり言っていたのだ。ただ、このお仕事を
進めて紙にしてしまうと、正直言ってきっと広文社には打撃だろうと思ってい
たのでせっつきもしなかった。

ところが……2002年2月、筆者はいきなり勤めていた会社を経営不振で解雇さ
れる。MDOnlineは実は完全に一人でやっていたのだが、媒体をどうするという
相談もなしに「明日解雇です」だった。しかも全員。この辺りの話はいずれま
たの機会にお話するとして、3月いっぱいを持ってMDOnlineは廃刊することに
した。

解雇時にMDOnlineそのものを個人で引き受ける契約をきちんとしている。それ
でも、広文社の編集者は、ともかく廃刊前の1年程の期間に書かれた原稿を書
籍にしようと持ちかけてきたのである。そして発行されたのが「MDOnline縮刷
版」の全3巻だ。

実は、この3冊で廃刊までの1年を網羅しているかといえばそうではない。きわ
めて中途半端に終わった。書籍を作るのに、とりあえず過去の記事のテキスト
をダンプしたら、4MBくらいあったように記憶する。Vol.1を作ったときに推測
すると、5~6巻必要である事が分かった。電話帳みたいに1冊にまとめた方が
いいんじゃないの? と思ったが、編集者の裁量で、それじゃあ6巻出しまし
ょうよ~なんてことになり、じわじわと発行されるプランとなった。ともかく、
出版点数が欲しかったのだろう。

個人的には、MDOnlineに外部ライターとして寄稿していただいた何人かの方に、
少しでも還元したいということもあった。MDOnlineでは非常に安い原稿料だっ
たし、後から入るお金ってのは、実は金額に関係なく小躍りしたいくらいにう
れしいものだったりするから。などといいつつも、やっぱり、「ラッキー!」
と思ったのは正直なところである。

すでに書いたように、広文社の債権者集会は終わっている。つまり、現存しな
い会社となったのだが、2001年当時、いっしょに仕事をしながらも、なんか危
なっかしい感じがしていた。2002年7月にVol.1、そして矢継ぎ早に8月にVol.2
が出た。そして、その後ちょっと間をおいてVol.3が10月に出る。

その頃に、もっと前に発行したWebObjectsの本の印税支払いに遅れが生じ、や
きもきしていた。広文社は確か、発行後3ヶ月後くらいの支払いだったので、
それでも払えないというのは相当資金繰りが悪い。ここで、まずはあきらめた。
「全額は出ないだろう」

ただ、どうしても、MDOnlineの外部ライターの皆さんには払う理由があるもの
は払いたいので、10月の時点で、すでに出版されたVol.1~3に対応する原稿料
をすべて支払った。払わないと、私に対する債権になる。とりあえず、持ち出
しをしたのであるが、幸いに12月になって、Vol.1の原稿料が振り込まれた。
支払い分を差し引いて少しおつりが残ったのがけっこううれしかったのである。

●筆者から債権者へ

年が明けて2003年になるが、Vol.2、3の原稿料はいっこうに振り込まれない。
そして、4巻以降は全く進行してもいない。2003年4月頃、編集者は退社してし
まう。その後に、広文社に電話しても「なるべく早く振り込みます」としか言
わない。まだ、電話が通じるからマシなのだが、2003年中頃には「危ない」と
いう噂が飛び交った。

そうなると、たいがい、書店は優先的に本を返品するのが一般的だそうで、出
版社にとっての返品ほど怖いものはない。書店に流れないと、本は売れない。
本は売れないと出版社の行く末は明らかだ。

その後、どこかが支援するとか、買収されるとか言った話はなく、連絡はさら
に途絶える。2003年末あたりは電話が通じなくなった……。仲間内では青色申
告で“特別損金”ってどうなの? とかいった話題で盛り上がる。「払われな
いのは仕方ないとして、会社が存続していたら損金にすらできないぞ……」

ところが、2004年になって展開があった。さる弁護士からの謎の辞任通知だ。
債務処理で弁護士が入っていたのすら知らされていない。手紙によれば、2003
年5月から債務整理をしているが、債権不能(と手紙にあるが「再建」だよね
?)になったので辞任するというのである。

さらに、その直後、破産手続きのための公的な管財人からの連絡があり、債権
額の提出、そして冒頭の債権者集会となる。「破産廃止」なんて初めて聞く言
葉だが、つまりは破産とはまだ、破る(分割する)べき財産があるということ
だろうけど、それすらないと理解した。

集会で配られた資料によると、ちょっとは資産はあるけども、管財人への支払
いで全てチャラ、つまり債権者には1円の支払いもできませんということなの
であった。そのとき、弁護士が途中で変わった件についての質問が出る事は出
たが、連絡がつかなくなったというような理由を述べていた。それ以上は追求
はしようがない。つまり、最後の弁護士の段階では何の資産もないとしても、
その前の弁護士が手がけた段階での財務状況は、ついぞ見る事はできなかった
のである。

ちなみに債権者集会って個室でやるかと思ったら、大会議室みたいなところに
とりあえず集められ、部屋の中のあちらこちらのコーナーで集まってきた人数
に応じて、机の周りに輪になって行う。個人なら数人程度がやっているが、会
社の債権者集会となると少し人数が多いという感じだ。思わず、耳をそばだて
てしまいそうだが(笑)、お隣で話されている内容は聞き取れない。

かくして、筆者は、120万円余りの債権を回収できなかった。会社だったら、
数字は言わないかもしれないが、個人なので、まあいいでしょう。ただ、個人
的に幸いだったのは、そのために書き下ろした本ではないということである。
校正などで時間は使ったものの、すでに書いた原稿の再利用だったので、逆に
言えば紙になって残っただけでも良しとしなさいということもあるかもしれな
い。ただ、仲間内には書き下ろした書籍で印税が払われていない人もいるので、
やはり口惜しいものである。

筆者が2年前まで勤めていた会社は現在再建をしているところで、つぶれはし
なかったが、寸前まで行った。その直前のビー・エヌ・エヌが傾いてMacLife
が廃刊になったことも、身近な事件でもあった。再建すると言ってもけっこう
大変な事でもある一方、こういう形での破産、さらにそれの廃止ということも
あるのだなと身につまされた。

広文社の事情がどうかは分からないのでさておき、思わず「こういう方法もあ
りうるな!」と思わずうなずいてもしまう(あえてこれ以上は解説しない)。
手に入らなかった印税だが、経験値を増やした授業料と思えば、今後の糧にな
ってくれるだろう。

【にい・まさゆき】msyk@msyk.net
トレーナー、コンサルタント、デベロッパー、そしてライターと、あれこれこ
なすフリーランス。今回から、原稿を書かせてもらいます。いきなり暗い話題
で申し訳ないです。メールソフトのOMEや、仕事がらみのネットワーク系の話
から、さらにはあれこれと話題を絡めて行きたいと考えております。
題して「Workforce of a Freelance」、一人のフリーランスの労働力という意
味で、あまり正しい英語ではないですが、フリーランスでも否が応でも働かな
いといけない(force to work)なんてことにもかけたつもりです。ネタバラ
しておきますが、Star Trek: Voyagerのある回のタイトルからいただきました。
自分のサイト:http://msyk.net/
OME:http://mac-ome.jp/

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■展覧会案内
甲斐彰「フービズム(風美主義)・2004」展
<http://www.bunkamura.co.jp/gallery/event/kai-akira.html>
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会期:9月16日(木)~9月27日(月)10:00~19:30 
会場:Bunkamura Gallery(東京都渋谷区道玄坂2-24-1 TEL.03-3477-9174)
内容:「フービズム(風美主義)」とは、写真家の甲斐彰自身が名づけた、新
たな写真表現のジャンル。一見すると絵画―細密画のようにも見える作品は、
すべて写真のみ(一部3DCGを使用)で構成されている。最先端のデジタル技法
を使用したデジタルフォトグラフィでありながら、デジタルを感じさせない緻
密なビジュアルで、これまでの写真作品の常識をはるかに超えるものとなって
いる。桜や富士、そして丹頂鶴などのモチーフを扱った作品、約40点を展示す
る。レンズの呪縛から解放され、新しい写真表現の可能性を感じさせる甲斐彰
の世界。入場無料。

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■編集後記(9/17)
・新居雅行さんの新連載がスタートしました。新居さんはご近所さんなので、
そのうち襲撃したいと思います。甘いのがいいかな? お酒がいいかな?
・「本とコンピュータ」13号を読んでいる最中。あきれるほどすごい人が出て
いた。作家・山之口洋さんは、資料本はすべて裁断機で紙束にしてしまう。両
面自動スキャナでデータ化しPDFファイルにまとめる。8,000冊中2,000冊をデ
ジタル化したという。それをディスプレイで縦書き表示、なんと20インチ液晶
を2枚縦置きでくっつけて、巨大な見開き状態にして読む。さらに、半畳ほど
のスペースでライティングブースを作り、後ろ壁によりかかって、立って執筆
するという。ここもデュアルモニタで、マシンの駆動音を下げるために、コン
ピュータは天井裏に置く。キーボードは自作の50音配列。音声入力もやってい
る。「読む生活や書く生活に対してITが最も貢献することは、トレードオフを
変えられることだ」と言う。金と時間と空間の、自分にとっての優先順位や比
率の組み替えができることを指す。「夢のデジタル書斎、かく実現せり」とい
う記事。絶対まねはできないが、夢のある話だ。いまのわたしが、あと10歳若
かったらなあ、面白いことができたハズと切実に思うのであった。(柴田)

・ネクシィーズの社長さんがTVに出ていらした。「運が良くなる方法を教えて
あげようか?」「はい」「ウソウソってつけるだけ」「ウソウソ?」腹が立っ
た時にウソウソとつけるだけでいいらしい。やってみた「翌朝までになんてで
きるわけないやん。ウソウソ」「いつまで訂正来るねん。やってられへんわ。
ウソウソ」ほぅ。深刻になりすぎないから、いいかも。  (hammer.mule)

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編集長     柴田忠男 
デスク     濱村和恵 
アソシエーツ  神田敏晶 
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アシスト    鴨田麻衣子

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