KNNエンパワーメントコラム 東京拘置所獄中記(5)
── 神田敏晶 ──

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KNN神田です。

すいません、先週は原稿を落としてしまいました…。実は今週もヤバい入稿の仕方になってしまいました…。

たった3日間の出来事でしたが、一ヶ月以上に引っ張れるほど、中身の濃い体験でした。「週刊アスキー」でも、恥ずかしいイラスト入りで4週のはずが6週目の連載となっています。


●お役所仕事とは……


さてさて、封筒はりの仕事がまわってきたボクですが…。

「200番さんの仕事は『封筒はり』です」と言われた。本当にこんな仕事なんだと納得しながら、初めてアルバイトをした時のような、妙な緊張感を感じることができた。しかし、何よりも、「封筒はり」でも暇とサヨナラできたことがうれしかった。

先輩の受刑者さんから、丁寧に封筒はりの方法を伝授される。先生という名の看守さんは、後ろでボクたちを冷ややかに見守っているようだ。しかしこれがなかなか難しいのだ。

たぶん、角2型封筒の原型を作っているのだが、おそらく紙厚は200kgはありそうで、こんな分厚い封筒はみたことがないほどだ。どこで使う封筒なんだろうと、またまた疑問が沸いてくる。

紙は硬いし、折っていくポイントがなかなかわからない。しばらく先輩に見てもらい、OKをいただくようになってからはスムーズに封筒が折れるようになった。しかし、ボクの段階は封筒を折っているだけで、とても封筒には見えなかった。そこには、オリガミのカブトの途中の段階が、積み重なっていくだけだ。

ざっと封筒は300通あった。先輩に教えてもらったとおり、しばらくやっていたが、単調なので、30分ほどで(正確な時間は時計がないのでわからない)さらなる業務フローの改善とイノベーションによる「神田方式」で両手で一度に3枚重ねでやってみたら、品質は変わらず、スピードは一気に3倍となった。

途中で進捗状況を確認にきた、先生と先輩は、ボクの仕事の速さに驚きを隠せず、「おお、早いですね!」とホメてくれた。はじめてのおつかいで褒められた子供のように、心の底から嬉しかった。異業種での業務で褒められたからでもある。しかしだ。調子に乗って、早く仕事が終わると他の業務に昇格するかと思えば、さらに300枚同じ封筒を持ってこられてしまった。

そのタバを見たときに、「ヤバイ!」と感じたが、もう遅い…。早く仕事をやってしまったおかげで単純作業が2倍になっただけだ。こうなるとモチベーションは1/4に下がり、調子に乗った自分を呪った。

途中に休憩がはいって、ラジオ体操などができるが、そんなラジオ体操など、やる気分ではない。紙が手の脂を吸い込んで指先はだんだんガビガビになってきた。ニベアもなければアトリックスもここにはない。こうなると、もう辛いだけの仕事だ。ペースを落とせば時間は稼げるが、仕事はつまらない。ペースを上げれば仕事量を増やされる。

この瞬間に神の啓示があった。これがきっと公務員の「お役所仕事」の起因ではないだろうか? と。お役所仕事とは、怠けたいからではなく、システムがモチベーションを継続できないので、自分が飽きずにそれ以上無駄なことがないところの損益分岐点とのトレードオフで発生しているような気がした。

16時で終業のブザーがなった。一日の仕事が16時で終わってしまった。仕事中は、お茶が配られたり、アイスもあり、バナナもあり、事務所で原稿と取り組んでいる民間人よりも、拘置所の方がいい暮らしだと今も思い出すほどだ。拘置所の独房にネットとPCがあれば、外出もできず、仕事にどれだけ専念できるかと思うほどだ。

16時30分。夕食の時間だ。もう慣れたもので、洗いたてのアルマイトの弁当箱に、味噌汁用のボウル、おかず用のボウルを並べ、正座して配膳を待つ。この瞬間だけは、自分が「忠犬ハチ公」のような気分になる(笑)。

どっさりとテンコ盛りされた玄米に、じゃがいもとさやインゲンと豆腐の味噌汁。鶏肉のケチャップソテーが配膳された。鶏肉のケチャップ味がちょっと薄いのと、味噌汁にあともう少し、イリコ出汁が効いていれば、「大戸屋」メニューに出せるところだ。

●バーチャル田中さん


17時、食事のあとかたづけで終わり。ラジオの時間で、ニュースを聞く。アテネオリンピックの話題で満載だった。本来であれば、現地に取材に行っていたはずなのに、俺はどうしてこんなところで不自由にラジオを聴いているのだ!?と怒りと疑問を哲学的に分析しながら、古きアテネの哲人たちの想いをはせる。

しばらくして、先生が来て、心情の調査をかねて話をする。面会者リストを作るので、面会に来る人の連絡先を書きなさいという。しかし、こちらには、歯ブラシとタオルしかない。面会に来てほしい人のアドレスはすべて携帯電話の中にある。

それで、事務所の元スタッフにお願いをしておいた名前を適当に書いて提出してみた。彼女の名は「田中敏子」である。もちろん、実在はしない。しかし経理担当用のメールアドレスで使用している。

便利なのは、田中あてに電話がかかってくるのはすべて経理関係のことだと瞬時にわかる。KNN.comの社内では昔から「バーチャル田中さん」として通っている。何かと便利だ。つまらない銀行からの電話も田中さんが留守として間接的に直接フォローができる。

原稿のバックアップもCCでつけているので、よく田中さんってどんな人と聞かれるが、この世に存在はしていない。他にもいろんなバーチャルメールアドレス社員がいるが、サービスのクレームなどをする時にはさらに約立つ。

knn.comのドメイン名を持つ社員のCCをたくさんぶらさげて、クレームのメールを入れるのだ。するとクレーム先の担当の対応が早いのだ。特に某ISPの態度は急変した。たくさんの人の前で、自社のサービスにクレームが付いているという心理的なプレッシャーを相手に与えることができるからだ。これは、クレーム以外にも使えるビジネステクニックとして実用新案にしたいほどだ。

●天下の公僕と「や」の世界


話を戻そう…。

要するに、面会は、記憶にとどめておける人くらいしか来れないようにしているのだ。こちらはこんな時もあろうかと思って、作戦どおり、家族でない、まったく他人のライターさんに面会に来ていただき、第一項をたった5分の面会時間で口答で伝えて、blogに掲載することができた。

KNN神田さん、東京拘置所実況レポート(1)
http://knn.typepad.com/knn/2004/08/knn.html


KNN神田さん、東京拘置所実況レポート(2)
http://knn.typepad.com/knn/2004/08/knn2.html


拘置所のセキュリティレベルってこの程度のものなんだ。とハッキングした気分で少し嬉しかった!

しかし、夜の18時から21時は魔の3時間である。独房では、本当に何もすることがない。雑居坊であれば、いろんな諸先輩方の人生をどれだけインタビューできたことか!

また、一度こういう場所で世話になると、社会に復帰しても仕事がないので、組関係のリクルーティングの場になっているとも聞いた。罪を償いにきたのに、社会復帰できずに、組関係に流れていくというのでは、拘置所に税金を注ぐというということは、悪事のために税金を使っているようなものではないか? 

天下の公僕と「や」の世界を、マイケル・ムーアばりに暴くドキュメンタリーは、日本でもきっと受けるかもしれない。コンクリートで東京湾に埋められる前に一本くらいはチャレンジしてみたいと思った。どうせ、いつかは死ぬのだから…ビクビクとリストラや年金問題などの将来に不安を覚えながら、小さく生きるよりも、自分が主演している映画の主人公としてふさわしい生き方の方をボクは選択したい。

地球の歴史は46億年前。人類はたったの15万年前年前。地球から見ると、45億9985万年になってちょっと登場しただけの生物です。
http://chigaku.ed.gifu-u.ac.jp/chigakuhp/rika-b/htmls/age_of_earth/


また、地球の寿命は太陽とともにあと50億年ほど。地球も人間でいうと、ようやく40歳になったところというところです。これから老けていく地球に対して、ボクたちが恐竜と同じ道をたどらないように、慎重にケアしていく行き方も大事でしょう。

ましては人が人を裁くというのであれば、検察も裁判も、刑務所や拘置所では一日いるとどんな気持ちになるか、拘置されて経験を体験して求刑すべきかと思う。それを前例では2年だったとかの人のモノサシで測るのではなく、自分の体感時間でその長さを測っていてもいいのではと感じている。

7時30分になって、15分だけのお風呂タイムを知らせてもらった。お風呂よりも独房から出られるのが嬉しい! しかし、お風呂もなんと、独房風呂であった。しかし、キレイなお風呂だ。シースルーの大きなアルミサッシの窓があって着替えるスペースも看守の見守る廊下から丸見えだ。

まるで昔のラブホテル状態だった。そこから独房風呂にはいると、かなり熱めでいい湯に入れた。シャンプーとボディソープがあり、シャワーで早めに洗い流して、湯船に時間をかける。15分間しかお風呂に入れないなんて、とても慌しい。まるでソー○ランドのようだ。…のように、ピピピとタイマー時間を教えてくれるのかと思ったが、やはり看守が「15分~!15分~!」と、野太い声でお知らせたもうたのであった。

タオルで拭いて、サンダルでもどるとボクがシャツをズボンの上に出していたら、ズボンの中に入れるようにと注意された。裸の大将の山下画伯のようないでたちなので、とてもいやだったが、ここではおとなしく山下画伯の姿になった。また、サンダルもかかとをペタペタいわさず、緊張させて歩くようにとの事だった…。ふぅ…。

お風呂が熱かったせいか、凍ったジョッキの生ビールを一気に!と思ったが、当然そんなものはない。テレビもないパソコンもない。音楽もラジオの時間が1時間だけだった。

「サラリーマン金太郎」の第1巻が回覧されてきた。ボクは活字と漫画をむさぼり読んだ。あまりにも時間があるので、読み返した。まだ時間があるのでさらに読み返した。読むたびに本宮ひろし氏のロマンを感じる。「俺の空」でなかったことを感謝したい。

ようやく待望の21時の変化がおきた。しかし、消灯である。とても眠れる状態ではない。体も頭も疲れていないからだ。何よりも拘置所でつらいのは電気を消されてしまうことだ。他の牢からは、豪快なイビキが聞こえてきた。そのイビキはまた、別のイビキをいざなうように繰り返していく。

その日の夜は、イビキでねむることができない自分の夢を見ていたようだ。三度も読んだ「サラリーマン金太郎」の友達役で、なぜかボクも出演していた。感化されやすいヤツだ。

つづく(あと1回)



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