ある学習参考書-1
── GrowHair ──

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むむっ、これはもしかすると「勉強」の概念を根本から覆してしまうほどの画期的な参考書なのかもしれない。これが引き金になって、学習のあり方に新たなトレンドが広まり、ひいては日本の学校教育の屋台骨が揺さぶられることになるかもしれない。それほどの斬新な印象を受けた。しかし、惜しむらくは内容がお粗末すぎる。

ある学習参考書に目を通しての感想である。


●社会的背景

戦後の日本は急成長を遂げた。敗戦によってそれまでの慢心を反省し、科学技術の分野で欧米に遥か遠く引き離されていることをしかと認識し、「追いつけ、追い越せ」を合言葉にがんばってきた。土地や資源に乏しい日本は、原料を輸入して、それを加工して、製品として輸出する工業国として活路を見出した。始めのうちは粗悪の代名詞のようであった日本製品も、次第に評判を高めて海外市場を獲得していった。

それに伴って、社会規範も変化した。伝統的な農耕社会では協調性が重視されてきたが、工業社会では資本主義の競争原理が前面に押し出される。安くてよい製品を提供した者が市場のシェアを勝ち取り、それができない者は淘汰される。勝者と敗者に分かれてしまうのは、原理上、仕方のないこと。アリとキリギリス。

競争力のある製品を開発するには技術力がものを言う。そのためには有能な人材が原動力となる。就職する時点で獲得している知識内容そのものが重要なのではなく、それまでしっかり勉学に勤しんだことによってそれだけ豊富な知識を獲得したということをもって、これからも新しい知識をどんどん吸収して製品開発に応用できる潜在力を持っているはずだと期待してもよかろう、というところがポイントである。学歴はそれを示す品質保証マークのようなものだ。

高度成長期において、勉強とは、ばら色の将来を獲得するために、今を我慢しておくことであった。まあ将来学者になるようなのは別格で、「私、勉強してるときが一番幸せ~」みたいな変態なので放っておくことにして、大多数の凡人にとっては勉強は苦痛である。遊びに行きたいのを我慢して学習塾へ通い、テレビを見たいのをほどほどにして宿題をやる。

一生懸命勉強して、いい大学に入って、4年間は遊んで、大きな会社に就職して、ほどほどの出世コースに乗れば、一生安泰。億万長者にはなれないけど、そこそこ困らない安定した生活がほぼ保証される。世間体も大変よろしい。何よりも、自分はまっとうな人生を歩んでいるのだというささやかな矜持を心の支えにして暮らすことができる。

学生時代を勉強勉強で明け暮れるのはちょっと大変だけど、一生を通じてみれば、一番楽なコース。しかも特段の才能を必要とせず、ちょっとがんばるだけでよいので、誰でも乗っかれる。将来のことはあまり心配せず、黙って勉強しておけば、あとは社会の仕組みというものによって、誰かがあなたをいい所へ引っ張り上げてくれる。単純明快な学歴社会。だった。

そういう価値観に基づいた学習参考書は、ストイシズムの象徴みたいなものである。大学に受かるために知っておくべきことが分かりやすく書いてあればそれでよろしい。色気も何もない。そういう気を逸らすようなものはない方がよろしい。

この単純明快な価値観が、いつの頃からか、あっちゃこっちゃで綻びが目立ってくる。あるいは最初から我々日本人の心情にそぐわず、定着しようがなかったのかもしれない。

安保闘争のことはよく知らない。'80年代頃には学校が荒れた。校内暴力、いじめ、自殺。'90年代には景気が後退して就職難となり、いい大学を出ても必ずしもいい職にありつけなくなってきた。待ってれば景気が上向くのかと思いきや、バブル経済が崩壊。いい会社に勤めていてもリストラされたり、会社が丸ごと潰れたりして、安泰とはほど遠い状況になってきた。仕事がきついところでは過労死もある。万難を排して会社のトップまで昇りつめても、あるとき不祥事が明るみになったりすれば、記者会見で世間の怒りの矢面に立たされ、深々と頭を下げるはめに会う。ああなりたいかぁ?

成功へのモデルコースというものがはっきりしなくなってきた。みんな、何のためにがんばってるの?

教育現場も学級崩壊など、ますますひどい状況に陥った。子供の時分から競争に駆り立てられてばっかりでは可哀想すぎる、心も荒むというものだ、というわけで政府は「ゆとり教育」を打ち出した。当然の帰結として、学力が低下した。まあ学級が崩壊しているよりは大分ましな状態とも言えるが、しかし、日本は工業国としてしか発展の道はないというのに、他の国々に比べて学力で引けをとるようでは、将来が危うい。

景気が後退したとは言え、日本は工業国であるという基本路線は変わっていない。社会は資本主義に基づいた、競争原理で動いている。スポーツや芸能の世界で非凡な才能を持った人は別として、今の社会を平凡に乗り切るにはやっぱり学歴がものを言う。

この不況下では、努力したところで必ずしも報われるとは限らない。ならばストイックながんばりを放棄して遊び呆けた方が得策かと言えば、それはそれでやっぱり先々苦しくなる。ごはんの上に梅干と梅干の種の中身を乗せて「親子丼」と称して食う生活。それもできれば避けたい。

そういう難しい状況で新たな価値観が台頭してきたとしても不思議はない。今を楽しむけれど、同時に将来にも備える。こういうライフスタイルは「アリギリス」と呼ばれる。アリとキリギリスのいいとこ取りである。

そうだ、勉強を娯楽化してしまおう。

●その本は「萌える英単語、もえたん」

「萌える英単語、もえたん」。いちおう大学受験用の参考書である。頻出英単語1,000語について、それを使った例文が載っている。この本のコンセプトは、「2次元美少女による学習支援」である。17歳の主人公、虹原いんくの萌え萌えなイラストが満載である。彼女が「変身」するとぱすてるインク先生になる。変身と言ったって、髪の色変えてスクール水着にひらひらを付けたような衣装に着替えただけではないか? いいぞ~っ。萌え~っ、萌え~っ。

つまりは、学習に「萌え」の要素を取り入れたのが、この本の画期的なところである。この「萌え」というのは、「可愛らしいあるいは清純そうな対象に性的興奮を覚える」というのを婉曲に表現しただけという気もするが、そうではなく、この言葉によってしか表せない独特の感情があるのだと主張する向きもある。「同人用語の基礎知識」によると、
http://human-dust.kdn.gr.jp/doujin/


  「○○(大抵はキャラクター名)萌え~」と使い、対象に非常にハマっている(燃えている)状態または感情を表す

とある。さらに、こうある。

  この「萌え」という状態(感情)は、実際に萌えている人以外には説明するのが非常に難しいもの。例えば一般的な「恋愛」であるような、性的欲求が高ぶっている(抱きたい抱かれたいキスしたい×××…)ように「萌え」ている人もいれば、「見ているだけで幸せ~」「君の幸せな顔を見られればそれで満足」という「萌え」もある

この本、例文も特徴的である。辞書に載っている例文のように、当り障りはないけれど、実際に使われる場面が想像できない、といった死んだ文ではなく、今日もどこかでこういうことを言っているやつがいるんだろうな~とありありと想像できる文が集められている。ただし、いわゆるオタクの間で、というところがミソ。例えば

─そのこんにゃくを食べると通訳ができるようになる。
 (これは言わずと知れた「ドラえもん」の「翻訳こんにゃく」。)
─オタクは服装にわりと無頓着だ。
 (それが何か?)
─彼のとりとめないアニメ談義には辟易する。
 (でも列に並んでいるときなどはいい退屈しのぎ。)
─秋葉原を訪れる若者は、みな似たような行動をとる。
 (オマエもナー。)
─妹が12人もいるなんて、ありえない。
 (ゲーム「シスタープリンセス」(通称「シスプリ」)を示唆している。)
─ゴミ捨て場で拾った美少女型パソコンには、すごいところにスイッチがあった。
 (CLAMP のコミック「ちょびっツ」を示唆している。)
─カートを引きずっている人々について行けばイベント会場にたどり着ける。
 (はい、実践してます。)
─テレビ放送局は、オタクを取り上げると必ず偏見に満ちた報道をする。
 (言えてる。)
─フリータという職業は、暗に無職を示唆している。
 (ほっとけ。)
─地震が起き、僕らの学校は未来に飛ばされた。
 (楳図かずおのコミック「漂流教室」。)
─全校生徒憧れのお姉さまと姉妹の契りを交すことになった。
 (もちろん「マリアさまが見てる」、通称「まり見て」。)
こんな感じ。いいところを衝いている。

●きっかけ

この本は2003年に出版されている。本屋でチェックしていたが、ちゃんと読んではいなかった。ところが夏コミ(夏のコミックマーケット)で、ぱすてるインクのコスプレをしているコを見かけ、これを題材にする発想に一本取られた思いであった。これはいけない、勉強不足だったと反省し、本屋へ走って入手した次第である。

ところが、この本のコンセプトはよかったのに、中身がな~。ざっと見ただけでも20か所ほど誤訳が見つかる。例えば……。(つづく)

・GrowHair
 世代を踏みはずしたサラリーマン、41歳。
 < http://www.geocities.jp/layerphotos/
>