[1871] ビートルズがきた夏

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,900文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1871    2005/11/25.Fri.14:00発行
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<ほんまにさいでっしゃろか>

■映画と夜と音楽と…[272]
 ビートルズがきた夏
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![16]
 永吉ナンセンスワールドの極意:「怒りのブドウ球菌」
 GrowHair


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■映画と夜と音楽と…[272]
ビートルズがきた夏

十河 進
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●13本の映画が聴ける南佳孝のアルバム

南佳孝の歌を初めて聴いたのは「モンローウォーク」だった。僕とカミサンはすっかりその曲が気に入り、FM放送で録音したテープを狭いアパートで何度も何度もかけていた。

若く結婚した僕らは貧しくてオーディオ・セットなどあるはずもなく、たった一台のラジカセで繰り返しテープをかけ、「爪先たてて海へ~モンローウォークしてゆく~イカした娘は誰」と鼻歌のように歌った。

あれはもう30年も昔のことだろうか。「モンローウォーク」は数年後、郷ひろみが「セクシー・ユー」とタイトルを変えてカバーし、ヒットした。

その後、南佳孝の声が日本中に流れたことがある。角川映画「スローなブギにしてくれ」の音楽を担当したからだ。片岡義男原作、藤田敏八監督、浅野温子主演の話題作で、連日、テレビスポットが流れた。「ウォンチュー、俺の肩を抱きしめてくれ~」という南佳孝の主題歌は誰知らぬ者のない曲になった。

それから5年後の1986年、南佳孝は「ラスト・ピクチャー・ショー」というアルバムをリリースする。「ラスト・ピクチャー・ショー」とは、日本では「ラスト・ショー」のタイトルで公開された映画の原題である。「最後の上映」と訳すのが正しいかもしれない。

アルバムには全部で13曲入っているのだが、すべて映画のタイトルだった。1曲めはバリー・レビンソン監督の青春群像ドラマ「ダイナー」、2曲めはマーチン・スコセッシ監督の「ミーン・ストリート」、3曲めが「ジョンとメリー」で、4曲めが「ラスト・ピクチャー・ショー」である。

僕は40を過ぎて免許を取ったばかりの頃、毎晩のように車に乗っていたが、その間中、このアルバムをかけた。今でもひとりで、夜、目的もなく車を流すときにはよくかける。

5曲めからは「突然炎のごとく」「大人は判ってくれない」「フラミンゴ・キッド」「理由なき反抗」「水の中のナイフ」「シュガーランド・エキスプレス」「華麗なるギャツビー」「スケアクロウ」「避暑地の出来事」と続く。

この映画のセレクトを見ると、何となく伝わってくるものがある。「避暑地の出来事」が入っているのは、おそらく少年の頃に憧れたアメリカの思い出が浮かぶからじゃないか、「理由なき反抗」はきっとリバイバル上映で高校生の頃に見たに違いないなどと想像する。

それはすべて僕自身に重ねた体験だった。1960年代から1980年代にかけての20年間に公開されたそれらの映画は、名作もあったが一部の人々に強烈な印象を残しただけのカルト・ムービーもあった。その13本の映画のタイトルを追うだけで、僕自身の精神史がたどれるようだった。

「大人は判ってくれない」「突然炎のごとく」や「水の中のナイフ」は、大学生の頃に名画座で見た。「ジョンとメリー」「ラスト・ピクチャー・ショー」「スケアクロウ」は、封切りを待ちかねて見にいった。

「フラミンゴ・キッド」や「ダイナー」の頃は、もう社会人になって何年も経っていたのに、30を過ぎ子供まで生まれていたのに、まだ青春を描いた映画に心を惹かれたものだった。

…そんな想いが次々に湧き起こってくる。

●松本隆の想いが伝わる「ラスト・ピクチャー・ショー」

「ラスト・ピクチャー・ショー」のすべての詞を書いたのは、松本隆である。どの詞からも彼の想いが伝わってくる。松本隆は、僕より若い世代には松田聖子のヒット曲の作詞家というイメージが強いかもしれないが、僕らの世代にとっては伝説のロックバンド「はっぴいえんど」のメンバーである。

田川律の「日本のフォーク&ロック史」(シンコー・ミュージック刊)に、こんな記述があった。

──ぼくがはじめて松本隆と出会った頃、それは68年の秋で、かれはまだグループを作るか作らないかの頃であった。その後、かれはエイプリル・フールというグループを作り、そこには後にフォージョーハーフを作る小坂忠や、ピアノの柳田ヒロがいた。

その後、「はっぴいえんど」が結成され、松本隆、細野晴臣、大滝詠一、鈴木茂というメンバーになる。その後のメンバーそれぞれの活躍を見れば、凄い顔ぶれである。松本隆はドラムス担当だったが、当時から「独特の日本語感の持ち主」(田川律)と見られていた。

アルバム「ラスト・ピクチャー・ショー」のライナーノーツによると、都会の少年だった松本隆は僕よりずっと裕福で洗練された青春時代を送っていたようだが、同じ頃に同じ映画を見ていたという共感がどこからか湧いてくる。

このアルバムがリリースされた1986年は、おそらく松本隆自身が初めての映画を作るための準備をしていた頃だ。松本隆の小説を原作とし、彼自身が監督した「微熱少年」は1987年6月13日に東宝系で封切りになった。

しかし、僕はその映画を見にいかなかった。1960年代半ばへのノスタルジーだけを描いたような映画を当時の僕は拒否したのだ。お約束のように、ビートルズがやってきた夏をクライマックスとする青春物語を僕は映像で見たくはなかった。

二年前の秋に出版された原作を僕は読んでいたし、気に入ってもいた。しかし、映画化され、登場人物たちが実際の少年や少女として具現化されると、僕の描いたイメージとあまりにかけ離れていたのだ。映画雑誌に掲載された「微熱少年」のスチルに写る登場人物たちは、みんな薄っぺらにしか見えなかった。

詞文集「微熱少年」を出していた松本隆は、初めての小説に同じタイトルをつけた。「微熱」という言葉に独特の思い入れを持っているようだった。クールでもなく、熱狂でもない、微熱…。しかし、ビートルズがきた夏、微熱少年もまた熱狂の渦に巻き込まれるのだ。

物語は1965年の夏から始まり、翌年のビートルズがきた夏で終わる。一章では、バンドを組みドラムスを担当する16歳の主人公が海辺のキャンプで年上の女性と出会ってセックスを知る。秋になった二章で、主人公は同年代のハーフの美少女と恋に落ちる。

ビートルズがやってきた翌年の夏、彼は恋人がモデルとしてデビューし、その写真を撮ったカメラマンと付き合っているのを知る。彼は少女の心を取り戻すために、彼女がほしがったビートルズ公演のチケットを手に入れようと危険な賭けに挑む。

そうして、1966年6月30日がやってくる。その夜、ビートルズの歌声が初めて東洋の国で響き渡ったのだ。

●郷愁に充ち感傷にあふれた時間を甦らせる

僕が小説「微熱少年」を気に入った理由は、今にして思えば間違いなくノスタルジーである。郷愁に導かれた感傷だった。当然のことながら、その小説にはミュージシャンと曲名が頻繁に登場する。

  「お話中失礼ですが」と前置きして、ぼくは会話に割り込んだ。
  「あのね、『ミスターベースマン』を歌ったのはジョニー・シンバルっていう人なんです。ジョニー・ティロットソンは『キューティー・パイ』を歌った人でね』

  「あの曲知ってる?」浅井は首を振った。
  「『天使のハンマー』だよ。その前に歌ったのは『トム・ドゥーリー』。
  あの人たち、ブラザース・フォーとかキングストン・トリオをコピーしているんだ、きっと」

こんな会話があちこちに出てくるのである。そして、主人公とガールフレンドがデートしたときに見るのはマリー・ラフォレ主演の「赤と青のブルース」である。その映画を見ながら、主人公はガールフレンドがマリー・ラフォレにそっくりなのに気付くのだ。

そして、何よりあのビートルズ来日の熱狂が甦る。

1966年6月、地方都市の中学三年生だった僕もビートルズのステージが見られないものかと友だちと話していた。スポンサーになったメーカーなのだろう、商品を買うとチケットが当たるというキャンペーンをやっていて、僕らは小遣いをはたいて一年は保ちそうなほどのシャンプーを買った。

しかし、もしチケットが当たったとしても、14歳の少年が親戚も知り合いもいない東京にどうやっていけばいいのか皆目わからなかった。昭和41年に四国で暮らす中学生にとって東京まで旅をするのは、想像外のことだった。現実感はまるでなかった。

結局、6月30日の夜、僕はテレビの前で一時間に充たないビートルズ公演の中継を見ただけだった。それでも、新曲の「バッドボーイ」「ペイパーバック・ライター」が聴けたことを喜んだ。

だが、その喜びも、翌日、学校で教師から「昨日、ビートルズたらいうもん見た奴は手を挙げろ」と言われ、一時間立たされたことで消滅した。まだ純真だった僕は嘘をつけず、正直に手を挙げたのだった。

松本隆の「微熱少年」は、吉本隆明に「作者はいまひとつの青春物語を書き尽くし、じぶんの生涯を鎮魂する課題を、果たし了えたとおもえる」と評された。「じぶんの生涯を鎮魂する…」とは、確かにこの郷愁に充ち感傷にあふれた物語を的確に把握する言葉だ。

僕が「微熱少年」に惹かれた理由は、郷愁に充ち感傷にあふれた時間を再生してくれたからだとは思う。しかし、作者が自らの過去の時間を甦らせ「じぶんの生涯を鎮魂」させんがための試みに深くシンパシーを感じたからではあるまいか。

人は自分の生涯を鎮魂することが必要なのではないか。僕がこんな文章を書き続けている大きな理由はそのためなのかもしれない。しかし、僕はまだ「じぶんの生涯を鎮魂する課題を、果たし了え」てはいない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
相も変わらず二日酔いで目覚めた勤労感謝の日。誰も感謝してくれないので、自分で感謝することにした。要するに、一日、パジャマを脱がないというだけなのですが…。

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■Otaku ワールドへようこそ![16]
永吉ナンセンスワールドの極意:「怒りのブドウ球菌」

GrowHair
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前回、デジクリからの2冊の本のことを書こうとしたが、結局十河さんの本の話に終始して、永吉さんの本にたどり着けなかったので、今回は「怒りのブドウ球菌」について。

●取り扱い注意

さほどの多読家ではないのは恥ずかしい限りであるが、それでも私は一丁前に本をこよなく愛する者である。もちろん漫画も含めて。読んだ本には愛着が湧くため、捨てることができない。しかしながら、どういうわけか、暮らした女はその限りではなかった。世の妻たちよ、ダンナにものを捨てろと言うときは、それなりの覚悟を決めて言うがよい。……って、こっちが捨てられたんだっけ、むにゃむにゃ……。そして本だけが残った。……とまあ、かように本を愛するものである。

特に、永吉さんの「怒りのブドウ球菌」が送られてきたときは、もったいなくて、すぐには読み始められなかった。まだ読んでないコラムが多数収録されているはずであった。というのも、大きな声では言えないが、去年の4月に自分のが掲載されるまでは、デジクリを読んでいなかったのである。

あの当時、おしゃれして原宿へ出掛け、表参道と竹下通りを意味もなく往ったり来たりしていると、柴田編集長に「ヘーイ、そこのお兄さん、デジクリに書いてみない?」と声をかけられたのが書き始めるきっかけであった。……ということはなく、姉妹誌の「写真を楽しむ生活」に時々投稿していたのを、デジクリにも載せてもらったという次第である。

それなので、永吉さんの本はしばらく熟成させるつもりで、しかしその間に誰かに横取りされたりしないよう、穴を掘って埋めておいた。そうしたら芽が出てきて、あれよあれよという間に触手のような紫色のつるが伸び、それがびくんびくんと蠕動すると黄色い粉がぱっぱと舞い散らされ、辺りが怒れるブドウ球菌だらけになってしまった。やがて毒々しい色の大輪の花が開き、それにも増して毒々しい色の蝶たちがどこからともなく飛来し、人間のそれをミニチュアにしたような手足で花弁をがっしとつかむと、懐からマイストローを取り出して、蜜をじゅうじゅうと吸った。やがて花がばさりと散り、本がたわわに実った。それをもいで読んだというわけである。

●永吉ナンセンスワールドの極意

この本、電車の中でなど読むと大変なことになる。時折ぶっと吹いたなんてもんじゃなくて、顔じゅうの穴という穴から体液をびゅうびゅう吹いてしまった。これはまずい。周囲に迷惑である。それを配慮して耳と鼻と口をガムテープで止め、顔を真っ赤にして目から涙を滝のように流しつつ本を読んでいる人を見かけたら、永吉さんの本を読んでいるのだと察して暖かい目で見守ってやって下さい。

さて、読者をしてかように尋常ならぬ爆笑(辞書によるとひとりで爆笑はできないことになっているが、この場合はひとりでも100人分ぐらい笑えるということで許していただきましょう)の渦に陥れてしまう、たぐい稀なる文才をもった永吉氏はいかなる指針をもって人生を送っておられるのか、という疑問を禁じえない。

そのヒントは「苦痛の少ない人生を」という表題の一篇に現れている。冒頭で、氏は剤嵌戊箭凱臀匪(ざいがんぼやがいでんひ、1956- )の言葉を引用している。剤嵌戊箭凱臀匪とは、生きた人間にはとうてい到達すること能わずとされてきた高邁な悟りの境地に達していながら、人目を避けて野に生きる方針を徹底的に貫いているために人々にはその名をあまり知られていない高徳の禅僧である。曰く、「人生の勝利者とは人生を楽しむ術を心得た人間である」。さりげなさの中にも深さを秘めた言葉である。

これはもちろん、「あなたも100日で幸せをつかめる」といったたぐいの人生の指南書に書かれているような成功術を語っているのではない。ネット上の株取引のシステムを利用したいわゆるデイトレーディングでひと儲けした後は、豪華客船に乗って世界一周の旅に出て、カクテルドレスの美女をはべらせ、カクテルグラス片手に「此の世をば我が世とぞ思ふ望月の欠けたる事も無しと思へば」と詠んだりするような話ではないのである。

私は剤嵌戊箭凱臀匪の言葉を読んだとき、ふとカーペンターズの"All You Getfrom Love Is a Love Song" という歌の一節を思い出した。邦題は「ふたりのラヴ・ソング」なんて角のとれた表現になっているが、原題は「恋愛から得られるものなんて、せいぜいラブソングが関の山」という激しい意味である。その理由を次の一節が説明している。"Because the best love songs are written with a broken heart." 「この上なくすばらしいラブソングは傷心のどん底から生み出されるものだから」。

剤嵌戊箭凱臀匪の言葉にも、何だか似たような気配が感じられる。つまり、人を大笑いさせるようなものを書くような人は、実はどれだけ凄惨な人生を過ごしているか、ということが、置き忘れた生ごみのように匂い出てくるのである。とても楽しんではいられないような状況をも俺は楽しんでみせるぞ、という悲壮な決意を、それと感じさせないほどさらりと語ってみせている、そこが深いところである。

●災難を笑って済まそう

では、永吉さんの「苦痛の少ない人生を」の一節を引用してみよう。

「人生の勝利者とは、人生を楽しむ術を心得た人間である」
(剤嵌戊箭凱臀匪)

これは偉人の格言ではない。2003年、プロ野球のオープン戦が始まって一週間ほど経ったころに、私がふと思いついた言葉である。( )は私のペンネームで「ざいがんぼやがいでんひ」と読む。とくに意味はない。

この言葉に目新しい考え方は何ひとつ含まれていないが、これはまことにもって実に左様であると、この頃実感するのである。「人生を楽しむ」とは、快楽を追求するということではなく、どんな逆境にあっても、ただ苦悶しているだけではなく、そこにをかしき何かを見、世界の驚くべき構造の一端に触れ「ふふ、人生って面白いもんだナ…」と、夕陽が遠くの山並に吸込まれてゆくのを眺めながら、ひとつ溜め息をつく。まあ、そんな意味である。(ここまで引用)

人生の「勝利者キングチャンピオン名人」たるには、災難を笑って済ませる能力を身につけることが理想的だとしている。「はは、三千万円の借金の保証人になったら、負債者が夜逃げしよってなあ、ウチの家具から何から差し押さえられてしもて、家出んならんねん、ははっ。三千万円やて、返せるわけないがな、はははー。ともかく息子は高校やめさせてタコ部屋にでも売らなしゃーないな。はーっはははは」。ものすごい境地に到達したものである。借金をするときは、永吉さんに連帯保証人をお願いするとよい。

●基盤が崩れていく快感

(そういうつもりで言うわけではないので)嫌味に聞こえたら大変心苦しいのだが、私は永吉さんとは対極的な世界に住んでいる。大学のときに専攻したのは、芸術ではなく、数学である。まあ数学にもある種の美的感覚が伴うものであり、必ずしも芸術に通じるものがないわけではないが。しかし工業化社会においては実用的な芸でもある。いちおう名の知られた大学で修士課程を出ている(あのオウムの上祐史浩と同じ大学、同じ学部の学科違い。浪人した関係上、学年はこちらがひとつ下だが)。

バブル経済の真っ只中、修士課程の2年間は、いちおう大手の端くれ的位置にある企業から青田買い奨学金をもらっており、そこに就職したことをもって返済義務は解消した。以来、エンジニアとして18年間勤めている。先日、学会発表のために行ったアメリカ出張にはJALのファーストクラスで往復した。(←やっぱ嫌味じゃん!)

趣味方面に力が入っているため、仕事はそんなに威張るほどばりばりこなしている方ではないが、時折めちゃめちゃ立て込むときがあったり、よい成果を求められるプレッシャーを感じたりして、つらいなあ、甘くないなあと思うときはある。

しかし、その一方では、どこかで楽をしている、人生の肝心なところをさぼっている、という感覚につきまとわれている。とにかく最低限まじめに顔を出してさえいれば、給料だけは間違いなく振り込まれる。自分ひとりを食わせていくのにはともかもく不自由しないという、社会人としての自立ラインは今のところいちおう難なくクリアできている。

もちろん、そういう安定した生活基盤を、誰のおかげでもなく、ひとえに自分の素養と努力だけで勝ち取ったというような驕り高ぶった考えに浸っているような人がいたとしたら、そういう人は地獄に堕ちた方がよく、いくらなんでも私はそこまで人非人ではない。謙虚な日本人らしく「おかげさま」の精神は忘れてはいない。

しかしながら、人は往々にして、自分の生活基盤が安定したと思った瞬間から「考えない人」になってしまいがちなものであり、私もまたそこに陥っているのは否めない。常識の上にあぐらをかいて、まわりと同調して生きていけば、「自分とは何か」、「生きていくとはどういうことか」といった根源的な問いに向き合わなくて済む。

それは精神の怠惰である。人の心の機微だとか、人生の本質的な苦とか、そういう方面に目を向けることから逃げている。それは人生の基盤を固めたどころか、人生を見失っていることにほかならない。そこが安定多数派の駄目なところ。

永吉さんの本を読むと、固いと思い込みたがっていた足下について「ほんまにさいでっしゃろか」と疑問を投げかけられる思いがする。もしかすると、深いV字谷の遥か上方に架かる吊り橋の真ん中に立っており、それを支えるロープは今にも切れなんとしているのかもしれない。あるいは徐々に沈みゆく巨大な泥舟にみんなと一緒に乗っているのかもしれない。どんどん不安になっていく。

この、足下ががらがらと崩れ去っていく感じ、実はけっこうな快感である。読み進むにつれて、ぐいぐいと引き込まれ、「それだそれだ、もっと言ってくれー」とますます永吉エキスが欲しくなってくる。それは、凶悪なブドウ球菌に侵食され始めたことを示している。

やがてこの本にはあたりまえのことが普通に書いてあるだけではないかと思えるようになってくる。そうなったらもう、ブドウ球菌に体ごと全部食われてしまっている。立ち直る道は、もうない。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。この前の週末、デジクリにSFファンタジーナンセンスラブロマンスコメディーショートショートを寄稿しておられるくうさんことやましたくにこさんが東下りしてきたので、渋谷にて迎撃飲み会。しげぞさんこと茂田カツノリさん、まつばらあつしさん、ほかクリエイティブな面々。私にとっては全員初対面。いんや~、個性派揃いで面白い~。ただただ聞き入るしかなかった。ヒゲ率、高し。とりあえずヒゲでは負けてなかったからよしとしよう。このごろくうさんの文章が載らないことを言うと、実はすでに原稿を送り込んでいるのだが、レギュラー執筆者が誰も休まないので、出て来れないとのこと。はいはいはいはい、私、休みます。
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■編集後記(11/25)
・コニカミノルタプラザギャラリーで、特別企画展・日本におけるドイツ年記念写真展「動物の肖像~ベルリン動物園の名士たち」を見た。作者のライスヴィッツ氏が、ベルリン動物園の動物たちを題材にし、3年の年月をかけて撮影したという。一辺1.5メートル四方のモノクロ、セピアのプリントはすばらしく美しい。そして、登場する動物名士たちの表情の描写のみごとさ。圧倒的な存在感をもった彼らが、こちらを見つめて何かを語りかけてくる。また、動物の皮膚が細密に描写されていて、その造形は意外に美しい。動物園で撮影したという、まるで大自然の中でとらえたかのような作品は見たことがあるが、動物の完全なる肖像写真は初めてだ。はじめは剥製かと思ったくらい。こんな大規模なスタジオ撮影とはすごいと思ったが、会場内の説明パネルには、その撮影方法も公開されていた。動物園内の名士のいる場所に機材を持って出向き、その場でバックに紙や布でホリゾントをつくりストロボや照明を使って撮ったようだ。カメラはローライのSLX、6×6の中判だ。ベルリン市民にとってメラコンリックなまなざしのサイのムツィーマ、知的なゴリラのサンガ、思慮深いゾウのターニャ等は有名人(?)だそうで、そういわれるとなるほどと思える魅力的なキャラクターだ。30センチ四方くらいのオリジナルプリントが販売されていたが、動物たちの視線はちょっと怖いからわたしは買えない。(柴田)

・打ち合わせでお酒の話になった。この方の周囲は飲めない人が多く、その楽しさを共有できないそうだ。バーへは飲めない人も雰囲気を楽しみに行けばいいんだよと教えてもらう。好みを説明すれば適度なものを出してくれるしと。でも、なんとなくお店の人に悪い気がするんだよね。飲めないのに行くのは。お酒をどう楽しむかという話をいろいろ聞いたが、弱い自分にとっては最後に教えてもらったレシピが気になる。いちじくをスライスしてお皿に並べ、ブルーベリーや好きな果実を散らし、コアントローをかけ(他のお酒も入れると言っていたかもしれない……)、火をつけてアルコールを少し飛ばす。ブルーの火が綺麗だし、いちじくは甘みが増し、果物の甘みの出たコアントローをグラスに移して飲むと美味しいよ~って。/七色シャボン玉誕生。(hammer.mule)
< http://japanese.engadget.com/2005/11/23/zubbles-coloured-bubbles/ >七色

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