Otaku ワールドへようこそ![19]秋葉原の路上で足が震えた:テレビ収録/GrowHair

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コスプレがテーマの番組にカメコを引っ張り出すなんて、猫の番組に蚤を出すようなものではないか。そう言って最初はお断りしていたのだが、ならチョイ役でもぜひ、と押し切られる形で、私も出演することになった。

「ロンリープラネット・シックスディグリーズ」という番組である。旅行ガイドブックのテレビ版として、世界のあちこちの都市にスポットを当て、あまり知られていない文化を発掘する。オーストラリアで制作され、世界50か国で放送される。「それなら50人ぐらいは見るんですかね?」ととぼけたら、視聴者数は1億8千万人とのことである。軽くのけぞる。そんなすごい番組があるのか。DVDになることも決まっているそうで。


●「青信号」と書いて「イケイケ」と読む

番組の企画を請負う会社の横川芙美枝氏(仮名)から最初にメールをもらったのが10月12日である。デジクリを読んで、情報源として頼れそうだと思われたようである。逆に私の方からは、テレビの裏側で制作がどういうふうに進んでいくのか大いに興味があり、喜んで引き受けた。もちろん、オタク文化についてはできるだけ深く理解するよう努めていただくことと、一般人の立場からオタクを見下して笑いものにする趣向へ偏らないことは、よくよく念を押した。

今回は東京をテーマに、60分番組を6つのセクションに割って、新旧硬軟織り混ぜて題材を取り上げるのが任務で、その中のひとつとしてコスプレをテーマにしたいとのことである。また、背景的に、秋葉原に代表されるようなオタク文化も取り上げたく、まずは情報収集したいということなので、見ておくべきポイントをいくつかと、コスプレのイベントについて教えてあげた。翌日にはさっそく歩き回ってみたそうで、その取材熱心なところを心強く思い、こちらも積極的に協力したいと思うようになった。

もうひとつ、英語の話せるコスプレイヤーを見つけるという課題があった。10月28日のこのコラムで呼びかけてみたところ、その日のうちにさっそくメールをもらった。風之宮そのえさんからである。「アニマムンディ」というゲームを制作している「花梨エンターテイメント」という会社のプロデューサーだそうである。そのゲーム、知ってる! イベントでそのキャラに扮するレイヤーさんを撮ったことがある。ゴシックで、ホラーで、「やおい」な(男性同士の恋愛を扱った)、乙女向けのゲームである。

イベントの企業ブースなどでゲームのプロモーションをしている、オフィシャルレイヤーさんを紹介して下さるとのことである。いわば、プロのコスプレイヤー。しかも英語が話せるとは、まさに渡りに船である。紹介してもらったのは、主人公ゲオリク役のMABOさんと、子爵ミハエル役の上条トモコさん。特にMABOさんにはコスプレセクション全体の案内役を務めていただくことになった。

収録開始に先立って、ディレクターのトニーが日本に来て、11月23日(水・祝)に秋葉原で打合せとロケ地の下見をした。そのときに、オタク文化やイベントでの撮影マナーについて説明したら、私も出演してそれを話さないか、と話を向けられた。えーっと、2月以来髪もヒゲもぼうぼうに伸び放題のむさいおっさんの姿なんて、見苦しくはないのでしょうか? まあしかし、それを考えるのはディレクターの役目なので、私は言われればやりますけど?

取材対象は、私の提案がほぼ全面的に通る形で、具体的な場所は横川氏があちこち交渉にあたって、決めてくれた。
- メイド喫茶:秋葉原「@ほぉ~むカフェ」
- スーパードルフィーのお店:原宿「天使のすみか」お迎えセレモニー
- コスチュームのお店:渋谷「コスパ」
- コスプレイベント:晴海「コスプレヘブン」
- コスチューム制作と原画の描画風景:花梨エンターテイメント
同人誌を扱う書店だけは、諸事情により無理だったが、それは仕方がない。私にはメイド喫茶とコスプレイベントで出番が与えられた。

●ついついやってしまった「萌え~」

12月7日、秋葉原のメイド喫茶で収録。MABOさんがプレゼンター(総合司会)のトビーを連れてきて、メイドさんとゲームをしている私と引き合わせるという設定。恐ろしいことに、台本というものがまったくなくて、どんなことを聞かれるかすら、事前に知らされない。トビーとは本当に初対面。メイドさんも撮影開始直前にぱっと選ばれた。名前は、るきさん。

私は芸能人インタビュー番組などを見たことがあったのでさほど面食らうことはなかったが、わざと最も無理解で意地悪な視聴者の立場に立って、ぶしつけな質問をずけずけと浴びせてきたりする。あんまりムキになって反論すると、視聴者からは狭量な人と見えてしまうようで、心得た芸能人などはさらっと流して、自分のペースで言いたいことを言っている。

どうも、西洋文化圏の人は誤解されそうになると、全力で自己弁護する癖がついているようで、この種の質問は相手にしゃべらせる作戦なのかもしれない。日本人だと「あきれてものも言えない」とばかりに黙ってしまいそうだが。

さて、いよいよ収録開始。私はるきさんと、プラスチック製のワニで遊ぶ。歯をひとつずつ交代交代で押し込むのだが、ひとつだけはずれがあって、それに当たると、ばくっと噛み付かれるのである。四十路の坂を越えたおっさんとしてどうかという問題はこの際棚上げして、遊び興じる。

トビーとMABOさんが入ってくる。私はそっちを見る。後ろをついてきたテレビカメラにビビって、驚愕の表情でちらちらっと見てしまった。あ、まずいっ。と、今度は「あ、まずいっ」の表情が顕わになったかも。ますますまずいっ。今度は「ますますまずいっ」の表情が。ますますますますまずいっ。……。滑り出しぼろぼろ。演技ができないのだ。撮り直しはせず、そのまま進行。

最初に飛んできた質問は、ド真ん中直球。待ち構えていたところ。
トビー:メイド喫茶っていったいどういうところ?
私:えー、これは2.5次元空間と言いまして。
ト:はい?
私:だから、2.5次元空間。
ト:どういうこと?
私:3次元の実世界は現実的な問題がいろいろあってストレスがたまりやすく、一方、2次元の架空世界では実体がないので決して手が届かないという限界があり、その中間ぐらいが心地よいわけです。

いきなり小難しい解説をしてしまったが、実は、オタク社会評論家、本田透氏の著書「萌える男」からの受け売りである。本田氏は「オタク社会を評論する人」と「みずからオタクである社会評論家」の二重の意味でオタク社会評論家である。3月に上梓された「電波男」は「恋愛資本主義」に支配されすぎた現代社会を舌鋒鋭く批判して面白く、感動的だった。が、オタク専門用語と注釈の嵐なのと、「~だYO!」の語尾や「なんだってーーーー!!!」のような誇大表現の多用がちょっとうっとおしかった。

近著「萌える男」は、オタクっぽい表現を排して本格的な社会評論である。一般人に対比して、オタクの側の姿勢の方が正しいと力説し、「萌える」ことによって負の感情を昇華させ、自我を安定させる効用を説く。共感するところ大なるものがあり、私もその線で話をした。

トビーは、るきさんにも質問してきた。
ト:ここでメイドさんをやっていることの意味は?
るき:疲れた人たちを癒してさしあげることです。
(あー、できたメイドさんだー。萌え~)
ト:一体何に疲れてるんだろ? ゲームのやりすぎじゃないだろうな?
(こいつ~!)
る:全部だと思います。仕事だとか、人混みだとか。
(うまくかわしていいこと言った!)

メイド喫茶は「普通の」喫茶店とどこが違うのかという話になった。これは「萌え」の概念を抜きにしては語れない。平板に「萌え」と言ったのではその感情を十全に表現しきれない。両手を前に向けてグーにして、手首をくっと曲げ、顔の両脇に持っていき、首をちょっと傾げて、「萌え~」とやるのが正しい。はい、ご一緒にどうぞ。「萌え~♪」。

「萌えとは結局エロではないのか?」と聞いてきた。よくそういうことを臆面もなく聞くね。しかし、これは本質的な問題で、議論の的になるところである。一般的な定義としては「コンテンツ上のキャラクター(漫画、アニメ、ゲームなどの登場人物やアイドルなど)への抽象的愛情表現」が妥当なところだが、それ以外にも種々の解釈がなされている。

堀田純司氏の著書「萌え萌えジャパン」では、アニメーション監督、鶴巻和哉氏の定義「特定のキャラクターに関する不十分な情報を個人的に補う行為」を引用しているし、大塚英志氏の近著「『ジャパニメーション』はなぜ敗れるか」では萌えとはエロだと言い切っているし。

話を面白くしようとの目論見もあり、私は危険な賭けに出た。「萌えとは、その言葉によってしか表現しえない新しい感情で、高度に進化した人類にだけ付与された特別の賜物なのです」。やべ、言っちゃったよ。こういうのは、西洋人にはウケない。典型的な西洋人は "superiority complex" と呼ばれる精神的な固着に縛られている。日本語で「コンプレックス」というと「劣等感」の意味で使われるが、心理学用語としては「固定概念」を意味し、「劣等感」はその一種で "inferiority complex" という。その逆の「優越感」もあり、それが "superiority complex" である。自信を持って生きてるんだから問題なさそうにも見えるが、現実世界との齟齬をきたすという点において、やはり健全ではない。日本人が彼らに対してちょっとでも優越性をほのめかすような発言をすると、まるでアブナい人を見るような目で見返してくる。

やはり、ぐちゃぐちゃの議論が展開した。ここにはもうひとつ、文化的背景の相違があった。典型的な日本人の論法は外堀を埋めてから本丸に駒を進めるアプローチをとるが、西洋人は結論をまず先に言ってから理由を述べる。こっちの流儀で「こうも言われているし、ああも言われているけれども、私はこう考える」のような筋道に沿って話そうとすると、前半部分でさえぎって「だけどさー」と切り込んでくる。だからー、最後まで言わせてくれよー! 埒の明かない議論をスパッと切って、メイドさんに助け舟を求めた。

私:ねえねえ、「萌え」って「エロ」とは違うよね?
る:全然違います!
(さすが~! 予想通りとはいえ、よく言ってくれた!)
私:(トビーに)ほらね!

るきさんとの波長の合いっぷり、まるで旧知の仲のようだ。休憩のときに名刺を差し出すと、なんと、もらい覚えがあるという。え? それでお互いに思い出した。コスプレイヤーとカメコとして会ってるじゃんよ。約2年前のコミケだ。柚河晴輝(ゆずかわはるき)の名前で、アンナミラーズのウェイトレスのコスだった。奇遇だー。

るきさんと一緒にプリクラ撮って、メイド喫茶の収録終了。あの議論はテレビスタッフからは評判がよかった。白熱しながらも全然かみ合ってないところが大ウケだったようで。そろそろ昼ぐらいかと思って時計を見ると、2時だった。

すぐ後で、私の立ち姿の収録。この番組のお決まりなんだそうで、じっと立っているところをカメラが前、左、後ろ、右、とぐるぐる回って写す。私は秋葉原の路上で。それ自体は何の苦もないことだが、黙って立っていると急に緊張してきた。カメラの向こう側から(時間差はあるが)1億8千万人に見られているのだと思うと足が震えた。実はけっこう小心者だったりするのが、丸見えじゃー。後にスタッフのお笑い草になってたようで。う゛ー。

それから原宿へ移動。次回に続く。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。元旦はキャンディミルキィさんと明治神宮へ初詣。キャンディさんは女装界にこの人あり、というすごいお方。「ひまわり」という女装雑誌(残念ながら廃刊)の編集長であらせられた。その日ももちろんいつものキャンディキャンディのコスチュームで。ものものしい警備もこういう仮装ゲリラにはまったく動かず。
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