[1919] 遠い日の花火

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,300文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1919    2006/02/17.Fri.14:00発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 18144部
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<オタクをここまで甘やかして、いいのか?!>

■映画と夜と音楽と…[281]
 遠い日の花火
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![22]
 アレ喫茶コレ喫茶:メイド喫茶の派生系
 GrowHair


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■映画と夜と音楽と…[281]
遠い日の花火

十河 進
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●ときめきたい…

もう10年以上前のことになるだろうか。広告写真の専門誌編集部にいた時に、ちょうどサントリーニューオールドの「恋は遠い日の花火ではない」というCMを紹介することになった。長塚京三が課長を演じて、部下のOLに「課長の背中、見ていていいですか」などと言われるCMである。

女性バージョンは田中裕子が演じていた。弁当屋でパートで働く主婦が、毎日、弁当ばかり買いにくる研究生かインターンらしき白衣を着た若い男に「毎日、お弁当ばかりじゃ飽きるでしょ」と話しかけると「弁当…だけじゃないから」と言われるCMである。

このふたりが自宅へ帰ると夫婦だったりすると面白いな、と思ったりしたのだけれど、「中年クライシス」と呼ばれる時期のある種の心理を描いていて、当時の僕にはとても印象的だった。僕も四十代の半ばを迎えようという時期で、その課長の複雑な心理が理解できたのだ。

その当時、僕はよくつぶやいたものだ。「そうなんだよ、遠い日の花火なんだよ、もう恋なんかできないんだよ」と…

同じ頃だったと思うけれど、「マディソン郡の橋」という小説がアメリカでも日本でもベストセラーになった。50代の農家の主婦が旅のカメラマンに恋をする物語だった。クリント・イーストウッドが映画化し、60代とは思えぬスリムな躯でメリル・ストリープが恋するカメラマンを演じた。

僕も小説を読んだし映画も見たけれど、おそらく読者の多くは主人公たちと同年代だったのではないかと思う。50代でも、こんな情熱的な恋をしていいのだと、彼ら彼女らは言い聞かせながら読んでいたのではないかと思う。もっとも、僕は小説にはまったく感情移入できず「いい気なモンだ小説」と名付けた。

ときめきたい…、と思うのは何も若い女性ばかりではない。誰もがそう思っているのだ。ありきたりの日常を生きる普通の人々にとって、ときめくことなどほとんどない。家庭を持ち、中年と言われる年を過ぎた人間にとっては、まったくないと言ってもいい。あるいは、ときめくことを抑制して生きている。

それでも、きっと人はいつでもときめきたいと思っている。ときめくことは、生きている実感を感じられるからだ。恋、夢、ギャンブル、スポーツ…ときめきの対象は、人によって違うかもしれない。しかし、それは変化のない日常の中に生まれた非日常であり、ただ過ぎてゆくだけの長い人生の時間の中に生まれた充実の瞬間である。

いくつになっても、人はそんな瞬間を待っている。「遠い日の花火」だと言い聞かせながら、自らをあきらめさせようとしながらあきらめきれず、儚く願う。願いながら死に向かって生きていく。

●長い人生を生きたふたりの女優

「八月の鯨」は人生の黄昏を迎えた姉妹の物語である。「黄昏」というヘンリー・フォンダ主演の映画も確かメイン州の湖畔の別荘が舞台だったが、「八月の鯨」も水と森が美しいメイン州の別荘を舞台に物語が展開する。ただし、年老いた姉妹の別荘は海が望める場所に建っている。入り江があり、岬から美しく穏やかな海が見渡せる。

「八月の鯨」は、1969年に「ifもしも…」でカンヌ国際映画祭パルムドールを受賞したリンゼイ・アンダーソン監督が1987年に制作した作品である。姉妹を演じたのは撮影当時79歳だったベティ・デイビスと93歳だったリリアン・ギッシュだ。面白いことに実年齢とは逆に姉をベティ・デイビスが、妹をリリアン・ギッシュが演じた。

リリアン・ギッシュは1912年に18歳でデビューする。映画の父と呼ばれるD・W・グリフィス監督に見出され、1919年のサイレント映画「散り行く花」で可憐な薄幸の少女を演じてスターになる。デビューの年から「八月の鯨」までは、75年の時間が流れている。それだけ長く女優を続けているのは驚異的だと言うしかない。

一方、ベティ・デイビスは1930~1940年代に代表作を持った女優である。しかし、そのフィルモグラフィを見ると好んで厭な女を演じているとしか思えない。1930年代に評価された「痴人の愛」はサマセット・モーム原作で、文学史上最悪のヒロインと言われるミルドレッドを演じた。

1940年代の代表作「偽りの花園」の役も計算高い厭な女だったし、1950年代の代表作「イヴの総て」も若い後輩にスターの座を奪われる中年の傲慢な舞台女優を演じた。もっとも、そんな強烈な役ばかり演じた結果、何度もアカデミー主演女優賞候補になり2度獲得し演技派としての名声を確立する。

だが、1960年代に入り老いが目立ち始めると、その醜悪さを逆手にとってホラー映画じみた「何がジェーンに起こったか」「ふるえて眠れ」などの作品に出演する。いくら老いたといっても美しく撮ってもらいたいだろうに、彼女は毒々しいメーキャップを施し狂ったような老女を演じる。

1962年の「何がジェーンに起こったか」は往年のライバルだったジョーン・クロフォードと共演し、姉の世話をする妹の役を演じた。同じ家に暮らすふたりは次第に対立し、嫌がらせが高じる。食事に鼠の死骸を出し、姉の悲鳴を聞きながら高笑いするベティ・デイビスの表情は化け物だった。

「八月の鯨」では、目が不自由で我が儘な姉リピーをベティ・デイビスが演じた。清純派だったリリアン・ギッシュはその世話をする妹セーラである。彼女たちはそれぞれの人生を生き、今はふたりだけで身を寄せ合うように暮らしている。少女の頃、彼女たちは毎年、夏にはその別荘で過ごしていたのだ。

そんな老女たちの元にも訪れる客がある。元ロシア貴族を名乗る老人もそのひとりだ。彼は花を抱えて訪ねてくる。亡き夫を想いながらもセーラはほのかにときめく。93歳のリリアン・ギッシュが老嬢ながら少女のような恥じらいを見せる。

人は、いくつになってもときめきたいのだ。

●八月の鯨は遠い日の花火なのか

目が不自由なためか、リピーは妹セーラに辛く当たる。言葉に刺を含ませる。訪問客にも偏屈さを顕わにして、毒のある言葉を吐く。ベティ・デイビスが演じてきたキャラクターを思い出させる設定だ。だが、その言動から彼女の人生がうかがえる。見えてくる。

そんな姉と仲違いをし、もう一緒に暮らせないとセーラは思う。だが、ふたりだけの姉妹である。少女の頃からの思い出が甦る。毎年、八月になると現れる鯨をふたりで入り江の岬から見たことを…

「八月の鯨」とは、人生の夢や希望に他ならない。人生に対しロマンチックな夢を抱いていた少女時代、漠然とはしていたが確固とした希望に充ちた未来が彼女たちの前には広がっていた。無限の可能性があった。

だが、長い長い時を経て現実の人生を生きたからといって、今の彼女たちが夢や希望をなくしているわけではない。今だって素敵な紳士の来訪に胸をときめかせる。岬に立ち、「八月の鯨」を待ち望む。

ラストシーン、リピーとセーラは少女の頃、夏に見た鯨の姿を求めて、もう一度海を見つめる。「鯨はいってしまったわ」「わかるもんですか。そんなことわからない…」と会話しながら…

足元もあやしい老嬢ふたりは、「鯨はいってしまった」と自らに言い聞かせようとする。あきらめさせるためだ。だが、「そんなことはわからない」と、一方の声がする。まだ希望を棄てない。死ぬときまでは、何かが起こる可能性はある…

いくつになってもそうなのだ、夢や希望やときめきへの期待がなければ、人は前に進めない、生きていくことはできない、と僕は老女たちの気持ちに感情移入しながら思った。夢を喪失し、絶望し、ときめくことはもうないと期待さえなくしたとき、人は生きていく意味を失う。ただ、日々をすりつぶすように生きていくだけだ。

「八月の鯨」を見たとき、僕は37歳を迎えようとしていた。僕はもう人生にときめきは訪れないだろうと思っていたし、自分の未来も見えていた。夢は「遠い日の花火」になっていた。それは記憶の中で美しさを増すだけだった。手の届くものではなかった。

しかし、ときめいた瞬間の記憶、夢を抱いていた頃の記憶が僕を慰める。子供の頃の輝くような記憶が僕を癒す。それは黄金色に輝くもやのような中にあって何ひとつ具体的なものは見えないが、幸福感だけを甦らせてくれる。それはどんな人にもある子供時代の宝だ。

リピーとセーラにとっては、それが「八月の鯨」だったのだ。誰もが「遠い日の花火」だと言い聞かせながら、「八月の鯨」を待ち望んでいる。いくつになっても…、死が訪れるその日まで…

「八月の鯨」が神保町の岩波ホールで公開された翌年の1989年10月6日、ベティ・デイビスはこの世を去った。81年の人生を生き、60年間を女優として過ごした。93歳だったリリアン・ギッシュは、それからさらに数年間を生き1993年に死んだ。99歳だった。

彼女たちにとって、自分の人生はどんなものだったのだろうか。ときめきに充ちた、いつまでも夢と希望を失わない人生だったのだろうか。彼女たちも実人生で「八月の鯨はいってしまった」と感じることはあったのだろうか。「恋は遠い日の花火だ」と言い聞かせることはなかったのだろうか。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
日本でワールドカップがあったとき、一試合も見なかった私だが、さすがにオリンピックだけは少し見る。開会式もトータルで15分くらいは見た。たまたま日本選手団の入場シーンだった。イタリア語ではジャパンはJではなくGで始まるのですね。それにしても、聖火の点火シーンは凝ってましたね。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
< http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![22]
アレ喫茶コレ喫茶:メイド喫茶の派生系

GrowHair
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メイド喫茶の派生系とでも言うべきお店が、あれやこれやと出現している。上を残して「メイドなんちゃら」は以前からだが、下を残して「なんちゃら喫茶」が活気づいてきている。特に池袋が面白く、最近立て続けに3軒ほど行ってきた。

●乙女喫茶で愛の旋律

秋葉原がオタクの街ならば、池袋は乙女の街として発展を遂げつつある。ここでいう「乙女」とは、「女性オタク」の婉曲表現みたいなもんで、少女漫画などを愛好し、授業中、ノートの余白にぱっちりお目目の少女を描くのに余念がないような娘たちを指す。特に、BL(ボーイズラブ、男の子と男の子の恋愛もの)にハマると、「腐女子(ふじょし)」と呼ばれる。

池袋にも、秋葉原にあるような漫画・アニメ関連のお店の系列店が立ち並ぶ通りがあるが、客層は圧倒的に女性が多く、通称「乙女ロード」と呼ばれ、男性にとってはちょっといたたまれない空間が形成されている。その近くに、今年になって、乙女カフェ "B:Lily-rose" がオープンした。メイド喫茶の女性向け版とでも言うべきお店である。コンセプトは、ずばりBL。男装の麗人が給仕してくれるという。
< http://lilyrose.bufsiz.jp/ >

好奇心と羞恥心が激しく葛藤したが、「メイド喫茶で女性客を見かけるのは普通のことだから、乙女カフェにおっさんが行ったって悪いはずがなかろう」と言いくるめた好奇心が勝ち、行ってみた。2月4日(土)、夜の時間帯は男性だけでは入れてもらえないので、いつも撮らせてもらっているコスプレイヤーさんに一緒に行ってもらった。いい感じに腐ってる乙女である。

60階通りを東急ハンズのところで左に曲がり、しばらく歩いた左手、大通り沿いの一階にそれはあった。道側はガラス張り。カーテンやスノースプレーによる装飾の隙間ごしに中の様子をうかがうと、黒スーツにびしっと身を固めたウェイターが颯爽と立ち働くのが見える。お客さんは、ゴシック系に美しく着飾った淑女たち。(行ったことないけど)ホストクラブってこんな感じかな?

自己の内部でワイングラスが床に落ちて砕け散るような人格破壊感を覚えつつ、禁断の扉を開ける。「ようこそ!」の声に迎えられる。低音の、芝居がかった口調。

5~6人分のカウンター席と、10数人がけの大テーブルと、4人分ほどの小テーブル。椅子は赤と黒のが交互に置かれている。大テーブルの末席に着く。壁は打ちっぱなしのコンクリート。大きなガラス窓には分厚いビロード生地の赤と黒のカーテンがかかり、赤い薔薇や白い薔薇が挿してある。目くるめくBL空間。

ギャルソンは5人ほどいて、ジャケットだったりベストだったり、シャツの色は黒だったり白だったり、ネクタイの色は赤だったりグレーだったり。スーツは、肩幅などを合わせるため、オーダーで作ったそうで、後ろ姿など、どことなく線がなまめかしい。「攻め」と「受け」の役割が服装で区別できるらしい。妖しさ満点。

10人ほどいる他のお客さんたちは、すでにすごいハイテンションで盛り上がっている。嬉しくてたまらない風情でずっとしゃべっていて、時おり、わっと笑い声が起きたり、きゃーと奇声を発したりしている。

メニューがまた妖しくて。カクテルの名前が「愛の旋律」「悪魔のささやき」「禁断の果実」など、ケーキが「薔薇の園」「麗しき休日」「百合の誓い」など。カクテルを頼むと、ギャルソンがシェーカーを客席まで持ってきて、目の前でシャカシャカしてくれる。

「愛の旋律」は、もちろん少年と少年の奏でる愛の旋律。軽めの炭酸がちょっとだけぴりぴりっと。せつなく、甘美。さらに、「禁断の果実」や「真紅のドレス」をいただき、ほどよく酔いが回りかけたところで、そろそろ、と思い、店を後にした。「またお会いしましょう!」と送り出される。

現実のホモセクシュアルに興味があるわけではないのだが、乙女の空想上のそういう世界って、なんとなくいいなぁ、とは思える。

●声優カフェで童心に返る

これまた池袋。声優カフェ「もえっ娘」は声優志望の女の子が給仕してくれるところに特徴がある。60階通り沿いの右側にある。昨年8月にオープン。
< http://www.moekko-cafe.com/ >

行く前に想像していたのは、秋葉原にあるメイド喫茶の老舗 "cure maidcafe"のようなところだった。というのも、そこでは土曜の夜にメイドさんが、ハープとフルートとバイオリンの見事な演奏を聞かせてくれるので、ここもきっとその派生系で、楽器演奏の代わりに声で芸を見せてくれるのかな、と思ったのである。

最近、声優の人気の高まりはすさまじいものがある。表芸からすれば無駄に容姿端麗だったりするが、大規模なコンサートでは声のお芝居を見せてくれるだけでなく、歌手顔負けの歌いっぷりを披露してくれたり、トークで笑わせてくれたりと、総合エンターテイナーの性格を呈している。だから、声優の卵としては、メイド喫茶のようなお店で芸を披露することで、修養の場とするのだろう、きっと。

想像するに、店内の造りはヴィクトリア朝時代の大邸宅を模して、上品なくつろぎ空間を演出し、メイドさんはくるぶし丈の黒のエプロンドレスをエレガントに着こなし、よくしつけられ、身のこなしも洗練されている。上演の時間には、声のお芝居で楽しませてくれる。知性と教養の空間、かな?

全然、違った。

2月9日(金)の夜、乙女喫茶のときとは別のコスプレイヤーさんと行ってみる。8階でエレベーターを降り、中の見えない重い扉を恐る恐る開けると...。

「ラブやん」という漫画をご存知の方は、そこに出てくる「めがね喫茶『委員長』」と言えば「げ、それかよ」と思っていただけるだろう。小学校の教室。小さな机が整列し、座っているのは、机のサイズとの不均衡著しい、大きな生徒たち。前に立つ先生の姿は、「ラブやん」と違って、アニメキャラのコスプレ。

すでに十数人ほど生徒がいて、一番後ろの空いた席に座り、ほぼ満員になった。机にはマジックで落書きしてある。アニメキャラ的な絵ばかり。前方にはホワイトボードとカラオケマシンが置いてある。

コンセプトは「小学校の教室で、先生も生徒も一緒にカラオケを楽しみましょう、もちろんアニソン(アニメの主題歌)中心で」ということらしい。童心に返れるところ。いや、もともと童心の大人が本領発揮するところか。

猫耳カチューシャが渡される。自分につけてみる。似合うと言われ、ちょっとうれしい。希望すれば、店の用意した衣装を着ることもできる。私の前の列の女性3人組のうち2人は、メイドさんとロリータになった。

3人の声優さんたちが、代わる代わるアニソンを歌ってくれる。ゲーム「サクラ大戦」の主題歌「檄・帝国歌劇団」のサビのところでは、「みなさんご一緒に」ということで、大合唱になる。音楽の授業みたい。

声のお芝居も見せてくれた。たわいもないほのぼの系コメディー。友人の家に遊びにいった2人が名古屋料理を振舞われるのだが、何でもかんでも味噌づくしで、本当にあるのか疑わしいのまで次から次へと出されて、辟易してくるという話。声だけでリアリティを演出する芸当、学芸会よりはずっとレベルが高い。

以前、(株)コーエー主催のイベントでベテランの声優さんたちの寸劇を見たことがあるが、一言「寒いなぁ」だけの台詞にさえリアリティを超えたリアリティが感じられてすばらしかった。我々の現実の会話の方が棒読みに聞こえてきそうなほど。そこまで芸を磨くのは、きっととてつもなく大変なんだろうな。もえっ娘の娘たちも、がんばってほしいなー。

選曲パネルが客席にも回ってくる。前に立って歌う人もいて、みんななかなか上手い。もう、誰が客だか店員だか。はしゃぐ子供たち。大騒ぎ。ここは退行の解放区。心ゆくまで小学生になりきって楽しめる。いやはや、こんな店まで出現したとは! オタクをここまで甘やかして、いいのか?!

●魔法学院カフェはコスチュームに萌え~

もういっちょ池袋で、「王立アフィリア魔法学院」。ホームページによると、「コスチュームテーマカフェ」なのだそうで。昨年10月にオープン。
< http://www.afilia.jp/ >

背後にファンタジー系のストーリーがあって、それに基づいて作られたテーマパークのようなところ。コンセプトはディズニーランドっぽいが、制服のデザインがどこかロリっぽかったりして、オタク好みに趣向が寄っている。ああ、絶対領域の目にまぶしいことよ。あ、「絶対領域」とは、短いスカートの裾とニーソ(オーバーニーソックス)のトップとの間に存在する、太ももの露出部分のことです。絶対的な効力があるかららしい。

地中海にあったとされる、古代魔法文明、アフィリア。現代の科学では解明できない多くの謎を秘めた高度な文明で、上下水道をはじめ、飛行技術(箒で?)まであったと言われる。が、ある日、忽然と姿を消してしまった。

そして、なぜか現代の池袋に突如として出現したのが、「王立アフィリア魔法学院」。もともと王国の東部に位置する魔法学校であった。学院内のカフェテリアで働くのは中等部の2年生、つまり見習いの魔法使い。

この王国の厳しい規律としてある「誰かのための自分」というご奉仕精神を実践する。カフェを訪れる学内の先輩にまごころいっぱい、一生懸命尽くすけど、まだ魔法らしい魔法も使えない未熟者たちなので、ときどきドジったりもする。……ということらしい。

これを見たら、矢も盾もたまらず、今回はひとりで行ってみる。2月12日(日)60階通りから右へ入った路地の右側、音ゲーで有名なゲーセンの4階。入ると「いらっしゃいませ、先輩」の声に迎えられる。

初回は「先輩」たる資格を得るための学院証の発行に300円かかる。料金は1時間フリードリンク制でノンアルコールが1,900円、アルコールが2,900円と、ちょっと高め。

内装はハリポタのホグワーツ魔法学校のような重厚さ。ろうそく型の照明で室内は暗め、分厚い蔵書がぎっしりと並ぶ書棚は壁に描かれた絵。大きなスクリーンには、ヨーロッパの古城と宮殿の映像が流れる。広くて余裕のある空間。「他国ではコーラとも呼ばれている炭酸飲料」がここでは「ザ・ブラックマジシャンソーダ」だったりして、慣れが必要。

制服は期待通り、めっちゃかわいい。「後輩」に放課後の過ごし方を聞いてみると、予想にたがわず、ゲーマーでコスプレイヤーなんだそうで。実は住んでる世界が、近かったり。やっぱオタクにとってはこの親近感が一番うれしい。

●おまけ

乙女に朗報。3月24日(金)には執事喫茶がオープンするそうで。やはり池袋に。店名は "Swallowtail"。意味は「燕尾服」ね。
< http://butlers-cafe.jp/ >

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。新大久保のメイドバー「エデン」は昨年末をもって中野店に一本化され閉店。最終日は名残を惜しむ常連客で賑わった。が、2月18日(土)、跡地に再びメイドバーがオープン予定。わーい! 店名は "Especially Kiss"。
< http://www.e-kiss.jp/ >
店長の朔にゃんさんは、ついこの前まで、アフィリア魔法学院の「後輩」だったそうで。
< http://www.geocities.jp/layerphotos/ >

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■編集後記(2/17)
・せっかくのオリンピックであるが、そんなに熱中していない。時差のおかげで、リアルタイムで見ないから緊張感もない。放送されているんだから、見ようと思えば見られるのだが、見ようと思わない。就寝も起床もいつもと全く同じだ。日本の活躍を期待しているかといわれれば当然イエスなのだが、期待がはずれてもあんまり落胆しないのは、そもそも過大な期待をしていないからで、これは精神衛生上にもよい。あるいは、ずるい。メダル確実と騒がれている競技は、ラッキーだったらねというくらいの期待である。あまり期待されていない競技で、日本が健闘していると非常にいい気分である。たんなるへそ曲がり。NHKの朝のニュース時に、まずそれまでの結果を聞くのだが、トリノにいる押しの強そうな顔した、明るくうるさいキャスター(男)が困りものだ。芸能慣れしたかんじで、現地スタジオに呼んだ選手のインタビューもうまいのだが、スポーツの報道としてはどうかなと思う。もっとクールにやってほしいものだ。ちゃらちゃらしたタレントをキャスターとして派遣した民放は、はなから見ないけど。ところで、先日、加藤が金メダルをとれなかったのは策謀かと、半分ジョークで書いたが、リアルに危険な話になってきた。加藤の直前のレースでなぜか転倒した外国選手と、加藤が落ちたためメダルをとれた外国選手は同じ国なのだ。さらに、練習レーンで加藤と接触して刃に傷をつけた外国コーチも同じあの国のようだ。ああ、いやだいやだ。(柴田)

・昨日の「ありえない」は、TVドラマで表現するには厳しいという意味。相当作り込まないと納得できない設定や展開なんだもの。小説やお芝居なら想像力で補える。/弟が全国ネットのTV番組を見て、神戸空港の問題点を知り憤っていた。どうして他の番組ではオープン報道ばかりで、問題点を報道しないのかと。神戸空港は恐ろしくて使えないと。関西のTV局や新聞では前々から指摘していたり、反対運動を報道していて、それでも強引に決行されてしまったという印象が私にはあるんだけどさ。他府県に住んでいた弟に、今にはじまったことじゃないよと伝える。オープン前日にもそういう報道があったし。それより神戸空港の問題点指摘をオープン当日にやっても意味ないと思うんだけど。建造を阻止するために報道するならわかるが、もうオープンしちゃったのにどうすんのよと。解決策を用意するか、安全に運用させたり伊丹か神戸のどちらかに統一させるために、これからも継続して報道してくれることを祈る。神戸空港側も検討に検討を重ねた結果だろうから、指摘されている問題点をクリアしてくれると思いたい。個人的には伊丹が一番アクセスが楽だし便利なので、神戸は使わないだろうし、関空の利用も控え気味。(hammer.mule)
< https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%A5%9E%E6%88%B8%E7%A9%BA%E6%B8%AF >  空港反対運動

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