[1931] 魔界都市でROCKしよう

投稿:  著者:  読了時間:20分(本文:約9,700文字)


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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1931    2006/03/07.Tue.14:00発行
http://www.dgcr.com/    1998/04/13創刊   前号の発行部数 17877部
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<ネットに支えられてここまで来た>         

■デジタルサウンズ研究室 
 魔界都市でROCKしよう
 モモヨ(リザード)

■電網悠語:Ridual内面・展開編[106]
 ドキ・ドキ
 三井英樹

■Powerbook Publishing Project 
 同床異夢の先にあるものは
 8月サンタ


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■デジタルサウンズ研究室 
魔界都市でROCKしよう

モモヨ(リザード)
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三月九日、新宿ロフトでギグを敢行する。

といっても、ある意味、便乗ライブ。バンドAUTO-MODの歴史をなぞるギグへの客演だ。映画でいうなら主演はAUTO-MOD。助演は私のほかにツネマツ画伯。そしてPERSONZ、BUCK-TICK等の、かつてバンドに関わったメンバーによるセッションだ。まったくバラバラに思える面子だが、視える人には一本の道筋が見えるはずだ。骨子にAUTO-MODを置いた企画である。それは言うまでもないが、企画した本人の自覚とは裏腹に、一つの新しい試み、その端緒となる可能性をこの試みは秘めている。

例えば、美術館、博物館の企画展だ。そのような場における展示法として、単に年代順に作品を陳列するもの、そしてテーマ別に大別する方法など、さまざまなアプローチが試みられている。いずれの場合も、企画者は、入館者、客がプロムナードを歩く速度を念頭に作品配置を決定する。私が展覧会の混雑した回廊の行列に息をひそめて並ぶのは、過去に幾度か目をくらませられた、そんな体験が忘れられないからである。体験した者にしか解らないだろうが、一度優れた展覧会に出会い感動を覚えた人なら、私の言うことは実感として理解できるだろう。

木曜のギグも企画者の思惑通りに実を結ぶかどうか、それはわからない。それでも、まったく異なるはずのもの、時系列のあちこちに散らばっていたピースが集い、一つの意味を明らかになるかもしれない。それぞれが孤立した座標にとどまり、空間に隔てられていた星達が、観測者の網膜に美しい銀河を描き曼荼羅を描くように、一つの空間に集い再統合されることは約束されている。

こういう試みがなされうるということは、私達が平和な時代に生をうけ、音楽の中にどうにか拙い歴史を刻み込んでこれた、その恩恵であろう。戦争放棄をうたった憲法を持つ国に生まれたからに違いない。妙なつながりであるけれど、ふと自分の歩いてきた音楽の小道を思うに連れて、いま世間で喧しく言われている憲法改正論議のことが思われてならぬ。

私自身は、かならずしも憲法改正を否定する者ではないが、例の永田メールに始まった空騒ぎで、ろくすっぽ議論も重ねずに予算案が通ってしまった今期の衆議院を見るにつけ、不安が増すばかりだ。悪い兆候があちこちに見えている。

与野党があら探しにふけったり、互いに貶しあうのではなく、立法に関わる真摯な論議を試みるべきである。スキャンダルを暴くことは議会の領分ではない。もちろん不正があれば正されるべきだが、立法府であるべき本来の姿を忘れてはならない。

こんなことを、ロッカーである私が思い表明すること自体が異常である。緊急事態と言っていい。過去において、私は、それぞれの時節、時の政府に対して批判めいた言辞を吐いてきた。正直言って、政治家にはいい印象をもっていない。が、それでも、これまで平和が保たれてきた事実が一方にある。困ったことに、今の国会を眺めていると、かつての政治家達が、やけに有能に見えてくるから不思議だ。

ということで、私も本分にもどり、三月九日木曜日、新宿ロフトのステージから、アンプリファイアー経由で我が願いを世界に放射しようと思う。私にできるのは、そのくらいだから……。

モモヨ(リザード)管原保雄
< http://www.babylonic.com >

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■電網悠語:Ridual内面・展開編[106]
ドキ・ドキ

三井英樹
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小さなときからひとりで居るのが好きだった。紙を前にして、時間を忘れて絵を描いていた。教科書もノートも落書きだらけ。人と話すよりもモノを見つめている方が気が楽だった。ひとりで居ることが全然苦にならない。

教室の席も、自由がきく限り隅っこ。人に囲まれるのが苦手。食堂でも端っこを選ぶ。飲み会もそう。トイレも端っこのがマイ便器。会社に入っても、でき得る限り上司から離れた席で、端っこで、できれば窓際をお願いした。

それがいつからか変わってきた。色々な仕事を任され、考えさせられた。自分なりの意見を持つことを教育され、それを自然とできるようになってきた。そして、持ちえた考えを他人と共有する場面が増えていく。意見交換の楽しさを知る。

●「会う」ことの意味が変わった

最初の舞台は、日本DEC社内だった。でも人じゃない。社内ネットワークにぶら下がる、最大時は14万人程のコミュニティが相手。インターネットが社会に広がる前に、既に存在していた巨大なネットワーク。

もちろん全員と話したわけではないが、仕事以外の様々な話題が、まさに今のBlogのように偏在していて、日本語のものが中心だったけれど、時には辞書を片手に読み歩いた。海外出張の時には、どこのレストランが安いとか、そんな実用的な情報を漁る。新しい技術が出れば解説を探し、議論の場では熱くタイプした。今と何も変わらない。

初めて「発言」したのは、子育てか映画の会議室。何を書いたかも覚えていないけれど、そこにコメントがつくのをドキドキしながら待ったのは忘れない。最初にコメントをくれたのは、そこの議長みたいな役の人。ついに会う事はなかったけれど、優しいコメントを頂いた。

会うこともない人とのコミュニケーションの土台はそこで築かれた。決して会わなくて良くなったわけではない。「会う」ことの意味が変わった。会うことや、電話で話すことにすら、特別な理由が必要だと思うようになった。会うからには、こんなことを話したい、あのことについて議論したい。ありきたりでは失礼とさえ思うようになった。それ以外は、ネット越しの文字通信で充分だとも。

依然として、腰が重いという性格は変わらないのだけれど、だから逆に誰かと会うというのは、結構本腰を入れて出向く。ただの挨拶とかは未だに苦手。上司のそばに意味もなくハベるのも嫌い。嫌なものは嫌だし、愛想笑いもできない。要件があるなら文字でmailのやりとりをすれば良いと信じて疑わない。

●遠足前の眠れぬ子

「会う」ことの意味づけを考え始めた矢先に、Ridualの開発に着手した。アイデアもまだ煮詰まっていない状態で、開発を打診しなければならない。今までのWebサイト開発の経験上必要だと思うルーチンワーク(いつもする仕事)をツール化して、いつも同じ品質で仕事をしたかった。鍵として見えていたのはXMLと情報の視覚化のみ。

その辺りから、腰の重さが少しだけ取れた。Ridualの話をするという大義名分ができたから。やりたいこと、やれると思うことを説明する。技術的な困難さや、話している内容を理解してもらえないとか、色々なことがあったけれど、誰と話しても熱意だけは分かってくれた。そして沢山の人に支えられた。

いつも変わらず熱ッぽく語る、と良く言われるけれど、実のところ話し方が分かっていないのだと思う。正直いって毎回どこで話してもドキドキしている。どのように話せば自分の想いが伝わるのかずっと手探りしている。

Ridualの形ができると、営業にも出かけた。私は、一生「営業」という業種には無関係で生きていくと思っていたので、自分でも驚いたし、回りからも驚かれた。けれど、苦でないと言えば嘘だが、楽しめるようにも工夫した。

Ridualは結果的にWebの玄人しか使えないツールに仕上がった。だから、営業の対象は既にプロの人たちだ。つまりメディアに載っているような憧れの人たちに会う口実にできた。mailアドレスをそれなりに調べ、脈ありそうな方々に連絡を取る。会社の住所はWebサイトを見れば確実に入手できた。

メディアでしか触れえぬ人たちと、Ridualを通じて接点を持つ。不思議な感覚だけれど、天井人の何人かと直接意見交換をすることができた。心臓はバクバク鳴りっぱなしだったけれど、会えることが楽しみで、約束の前日から、遠足前の眠れぬ子のように興奮した。

●スイッチの切替え

そして次には、大勢の前で話すことになる。Ridualのことも話したし、Flashについても話す機会に恵まれた。聴衆の数が増えるほど、緊張は高まるし、ドキドキも止まらない。でも何回かこなせば、人数ではないことも知る。

聴いてくれる人達の反応は、結構伝わってくる。話すときのノリに影響する。自分が実感するというより、なんとなく体が呼応するような感じで話しやすくなる。そんな一体感みたいな感覚が何より楽しい。

でも、壁もある。Ridualはエンジニアもデザイナも対象ユーザと想定している。私がFlashの話をするときも、その両方の人達がいる。そして反応があまりに違う。その差はかなり深く、スイッチの切替えには今でも毎回困っている。

エンジニア系の場で話すと、あたかも笑うことは罪であるかのような雰囲気になる。反応は壁に向かって話すような感じが多い。仕事を楽しむ等は不謹慎と教わってきたのだろう。でも、展示会などで客寄せできないプレゼンの価値が再考されて行き、徐々に雰囲気は変わってきている。「つまらない」プレゼンでも聴かなくてはならない、という「呪縛」が少し解けて来ているのが分かる。

デザイナ系の場で話すと、ツッコミが激しい。共感や反感の表現も強い。何故か、関西系の勢力も強くて、「それちゃうやろ」とか「そうや」とか、次に何話そうとしているかを忘れるほどのリアクションももらえる。内心ハラハラ。

壇上に立っている者と、そうでない者とは、物理的な位置の違いでしかない空間に変わったりもする。壇上の人の話を聴く場ではなく、それをネタに突っ込みを入れる場に変わることもある。スリリングで一期一会でドキドキ。

スーツに身を包み、会社という情報伝達組織の中で生きている「エンジニア」よりも、ラフで一見唯我独尊的な「デザイナ」の方が、広い会場で活き活きと議論を交わせたりすると、逆説的で小気味いい。

●外向きのドキドキ

ひとりの方が快適に思っていた自分から、約十年。引きこもりがちな自分が居なくなったわけではない。でも、自分が話さなくちゃいけない場面だと思えば、そんな自分を抑えて動き出せる。ネットがあったからここまで来られた。

そして気が付けば、異なる会社の人たちと、ネットや自分達の未来について、本気の意見交換をしていたりする。親方日の丸的な会社中心の社会では、そんな意見は社内でしか口にしてはいけなかった。でもそこで交わされた議論の結果を、会社や次の仕事に活かせてる。会社を裏切ってなど全然ない。

昔憧れた話に、シリコンバレーでは競合する会社の社員同士が、カフェで熱く議論したりするというのがある。日本では絶対に無理だと思っていたのに、気が付けば同じことができている。ここでも「呪縛」が一つ外れかかっている。

ひとりでは成立しようのない「ネットワーク」という世界に魅せられた因果だろうか、以前は自分が恥をかかないかとか、内向きにドキドキしていたのに、今はこれから自分や社会はどうなって行くんだろうというという外向きのドキドキに変化もしてる。

そして、Web屋としての自分をとらえて離さない本質は、こうした部分も含めた「コミュニケーション」なのだろうと、改めて思う。Webは少なくとも、技術のプロ、画像映像のプロ、そして、コミュニケーションのプロの、三者を必要としている。Web屋の専売特許とすべき領域が漸く絞られてきた感がする。

ネットに後押しされ、ネットに追いすがり、ネットに支えられてここまで来た。更に様々なドキドキを内包しつつ、より滑らかなコミュニケーションの場を目指し続けたい。

注意)
エンジニアとデザイナの関係は、かなり主観的に見ています。数的な根拠もなく、エンジニアの方が大きな組織に属している場合が多いとし、大きな会社に属しているデザイナは敢えて考えないようにしています。その方が一般的かと思っているので。

【みつい・ひでき】 mit_dgcr@yahoo.co.jp / ridual@nri.co.jp
タイトル少し変えました。あと、もちろん、このデジクリコラムも大きいです。
返事書いてませんが、いただいたお便りは何度も何度も読んでます。
・Ridual(XMLベースのWebサイト構築ツール)公式サイト
< http://www.ridual.jp/ >
・超個人的育児サイト(書籍は絶版中)
< http://homepage3.nifty.com/mitmix/MilkAge/ >

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■Powerbook Publishing Project 
同床異夢の先にあるものは

8月サンタ
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●「情報の共有が進むと、夢が共有出来なくなる」

国民全体が同じ夢を見てる国の、情報共有度を見れば一目瞭然。例えば北朝鮮は国民全部がひとつの夢を分かち合うが、国民同士は完全分断。全体主義国家体制と、国民の情報共有度は反比例する。一方、今や日本はお買い物や仕事の情報から、国家を揺るがす機密情報に至るまで、余裕で共有する国になってしまった。

情報共有が進んで爆発的に増えたもの、それは「選択肢」である。焦らなくても、飛びつかなくても、自分が欲しいものさえ分かっていれば、自分のスピードで、自分に合ったものを必ず手にすることが出来る。情報が共有されているのだから。

一部で私有されていた情報が一般の人々に解放されると、自我を満たす方向性だってバラエティ豊かに広がった。夢の、価値観の完全大衆化である。

結果、もっとも近いところにいる家族ですら、同じ夢を見て、一つの喜びを分かち合うことが、とても難しい国になった。親子兄弟、それぞれが同じ場所に生活しつつ、バラバラの夢を見て、バラバラの望みを叶える。一億三千万人の同床異夢。それがいいことか悪いことかどうかは、私には判断がつかない。寂しくて、人と同じ夢を見たい人のために、自分が何者で、何が欲しいかわからない人のために、宗教があるのかも知れないと思うことはある。

とりあえず、この事態が一番深刻な影響をもたらしているのは広告業界である。「流行らせて、買わせる」という手法が通用しなくなってきた。「自分は自分、他人は他人」という態度が定着し、世間の流れを見て、自分も遅れまい、と買いに走るという現象が、急速に収縮した。

格差社会とは、自分たちの生活レベルに格差が存在することを、はっきり正面から認める社会、ということでもある。今まで90%が中流だと思っていたことの方が幻想かもしれない。だから、誰もが格差を認めることで起こることは、「自分の生活レベルに見合った夢を見る」態度だろう。かつての英国がそうだった。(今はどうだろう)

「個人それぞれのあり方・スタイルがある」「個性的に人生を送ろう」などというスローガンは、いかにも広告代理店が煽りそうだが、実際皆が個々のスタイルを見いだしつつある今、なんとも、煽動しにくい世の中が来てしまった。

●恐怖のロングテール

実は昨年IT業界で登場した言葉の中で、もっとも重要な言葉が「ロングテール」だと思っている。もっと徹底的に、こんな言葉が一人歩きすることの深刻さが議論されるべきだと思う。私の考えは基本的にデジクリ1785号で書いたことの延長線上にあって、ロングテールどころか「流れていれば、腐らない」、一度リリースされた商品が永遠の命を保ってしまう、死にそうで死なない長期に渡るマイクロ需要が、わらわらと誕生したという感覚である。

・デジクリ1785号
< http://bn.dgcr.com/archives/20050707000000.html >

インターネットが普及し始めて約10年、ロングテールの本格的な恐ろしさは、これから来る(テールの長さについては言及されていないのがポイント)。ぱっと頭に思い浮かぶだけでも、OS・ソフトウェアを更新せず使い続けるユーザーの増殖、長期に渡るアフターケア需要の負担増、供給する側と享受する側でそのもたらす意味は、まったく異なる(例えばMacOS9とクォークエクスプレス3.3、OCFフォントの旧型DTPは、ロングテール的にどこまでもどこまでも生き延びてしまうだろう)。

ここで野口悠紀雄教授のいつもの台詞を思い出したい。シャーロック・ホームズに倣って、「『あってしかるべき』はずなのに、見えないものに着目せよ」。今回の場合、ロングテールという言葉には、あってしかるべき存在・状況を隠す効果があるのではないか。

つまり、ロングテールの反対には当然「ショート・ボディ」が存在する。流行りもの、独占商品、爆発的需要、メガヒット、言い方はいろいろあるが、誰もが飛びつき高利益率で業界全体が潤う商品・商機の波(ボディ)のピークが、高く、短くなってしまったのだ。

結局"Winner takes all"、勝者一人勝ちの構図が更に際だち、細分化された長期需要を、圧倒的な数の敗者で分かち合うという、一部の人にしか有り難くない、ラット・レース参戦のシナリオそのものである。これを単純にチャンスと言いくるめるには、かなりの無理をしなくてはならないだろう。

※この場合の「敗者」とは、「価格決定権を持たない者」を意味する。例えば音楽配信では、「1曲 = 99セント」と自分で値段を付けて10億曲を売ったスティーブ・ジョブズが勝者。たった一人の業界外から現れた男(ジョブズ)に、長年販売してきた音楽商品の価格決定権をむざむざ奪われた既存の音楽業界が敗者、である。自分で自分の値段を付けられる者は、常に勝者である。

もちろん長期的なマイクロビジネス自体を敗者と決めつけたいわけではない。問題は、ロングテール&ショートボディの状況を前にして、振り返って自己をどの立場に最適化出来るか、というシフトの切り方である。ITからの脱却も含めて、いろんな方向がありそうだが、次回それをちょっと考えてみる。

【8月サンタ】santa8@mac.com
LondonとLyallとLeCarreを愛する37歳元書店員。某超大手取次社員の経験アリ。
血尿と激痛で二週間を過ごす。現在リハビリ中。提案がサイトに出す前に採用になったりして、なかなか難しいもの。
< http://www.210297.com >

<応募受付中のプレゼント>
Web Designing 2006年3月号 本誌1926号(3/8締切)


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■編集後記(3/7)
・海外で携帯電話を盗まれて、日本国内専用機だからと利用停止連絡を怠ったら、300万円の請求書が来て驚愕というケースが週刊読売に出ていた(このマイナーな週刊誌は買ったことがない、ときどきメールポストに新聞と一緒にサービスで入っている)。原因は携帯電話に装着されたICカードが抜き取られ、不正利用されたのだという。ICカード規格は世界標準だから、ICカードを他の端末に差し替えれば使えてしまう。課金はそのICカードにされる仕組みなのだ。そのICカード対応機の利用者は急速に増えているのだが、そんな重要なものが自分の携帯電話に装着されているのを知らない人は多い。さらに、ICカードには不正利用を防ぐセキュリティ機能は備わっているのに、出荷時にオフに設定されているんだって。オンにすると、電源を入れるたびに暗証番号の入力が必要で、使い勝手が悪いという理由だそうだ。しかし、いまやさまざまな個人情報がつまった貴重な物体と化した携帯電話なんだから、セキュリティがしっかりしていないと相当危険である。そんな物を持ち歩く神経がおかしいとさえ思う。紛失と盗難がこわい。そのうち、携帯電話を狙った強盗が多くなるような気がする。だから、わたしの携帯電話には必要最小限、家族関係のわずか7件の電話番号しか入っていない。まあ、各種設定がめんどうだからやらない、という言い訳でもあるが。(柴田)

・TVで上戸彩が、レイザーラモンHGの素顔を見たいと言っていた。ちょいブレイクの頃に、弟に同じことを話していたら、「なんで? 普通に吉本新喜劇に出てるやん。」と言われたのを思い出した。「え?」「だから、『住谷』って名前の……。」「えー、あの地味な人?」「そうそう。」話はそれるが、吉本若手美声トップスリーだと。/確定申告の用意もせにゃならん。あーもう。(hammer.mule)

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リニューアル  8月サンタ < mailto:santa8@mac.com >
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