[1968] 魂の発露を見るために

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1968    2006/05/12.Fri.14:00発行
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<突然、理解できた>

■映画と夜と音楽と…[290] 
 魂の発露を見るために
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![27]
 コスプレ写真で日伊文化交流
 GrowHair

■展覧会案内
 粟津潔デザイン曼荼羅


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■映画と夜と音楽と…[290] 
魂の発露を見るために

十河 進
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●僕はジャクソン・ポロックじゃない

少し前に話題になった「僕はジャクソン・ポロックじゃない」(白水社)という短編集を読んでみたが、ジャクソン・ポロックは比喩的に使われているだけで、彼が登場するとか彼について何か書かれているということではなかった。しかし、ジャクソン・ポロックのアメリカでの知名度を僕は再認識した。

アートのメッカはずっとパリだった。しかし、今はニューヨークである。そのアメリカン・アートの地位向上(?)に貢献したのがジャクソン・ポロックである。その後、1960年代にはアンディ・ウォーホルが活躍し、1970~80年代になるとバスキアなども登場し、ニューヨークはアートシーンの中心になる。

若いときから髪が薄いにもかかわらずエド・ハリスはなかなかかっこよくて、「アビス」のようなアクションSF大作の主人公を演じたりしてきたが、元来は演技派の俳優だと思う。そのエド・ハリスが監督・主演したのが「ポロック」(2004年)だ。妻の役を演じたマーシャ・ゲイ・ハーデンがアカデミー助演女優賞を受賞した作品である。

僕は美術関係にはあまり詳しくないし、絵を見てわかるかと言われれば「よくわからない」と答えるしかないのだが、「ポロック」を見て初めて抽象画を描く意味がわかった気がした。元々、ジョアン・ミロやパウル・クレー、シャガール、ムンク、キリコなどが好きだったのだが、彼らがなぜあのような絵を描いたかが「ポロック」という映画を見ていて、突然、理解できたのだ。

そんなとき、ちょうど八重洲のブリヂストン美術館で「雪舟からポロックまで」という美術展が開かれていて、連休中、久しぶりにカミサンと出かけた。僕はどうしてもポロックの作品を実際に見てみたかったのだ。開館の直前に美術館に着くと、すでに二十人くらいの人が待っていた。

しかし、その展覧会にはポロックの作品は一点しか展示されていなかった。それも最盛期のものではなく、死の五年前、1951年の作品だった。ポロックは晩年の二年間はまったく絵を描かなかったというから、その作品は彼の作品歴の中では後期のものになる。

その展覧会を見にいく前に僕はポロックの画集をかなり熱心に見た。初期の抽象画からアクション・ペインティングと呼ばれる速乾性の絵具をキャンバスに垂らす手法(ドリッピング)で制作した作品群、その後の黒の時代の作品など年代を追って詳細に検証してみた。僕は絵画や美術作品は直感的に見る方だったが、ひとつひとつの作品の解説を読みながら見たのは珍しい。

それは、映画「ポロック」を見たからだと思う。エド・ハリスが演じたポロックは実際の画家によく似ていたし、その制作シーンも実にリアルだった。ムービーフィルムに残っているポロックの制作風景、ライフ誌などに掲載された写真などをエド・ハリスは忠実に再現する。

●精神の痛みや苦しみが伝わってくる

バイオグラフィは伝記と訳されるが、日本で言う「伝記」には偉人伝といったニュアンスがつきまとう。アメリカはバイオグラフィの発行が盛んらしく、自伝や伝記の類が多く出ている。ハリウッド・スターはほとんどが自伝を出しているか、ライターが伝記を書いている。中には、訴訟問題になっている場合もあるけれど…。

「ポロック」も原作はポロックの生涯を綴ったノンフィクションであるようだ。したがって、当たり前だが現実のポロックの人生をなぞることになる。だが、その人物の人生のどこから語り始めるのか、それはとても重要なことだろう。

映画「ポロック」は、開巻からニューヨークのグリニッジ・ビレッジで兄夫婦と同居するポロックを描く。酔っ払ったポロックを深夜に兄が連れて帰るシーンだ。階段の途中でポロックが大声をあげ、兄が口を押さえる。それを兄嫁が部屋の前からうんざりした顔で見つめている。

──ピカソの野郎、全部やりやがった。

ポロックが叫ぶのはそんな内容だ。二十世紀の前半、すでにピカソが大きな影響を与えていたのだとわかる。

1941年、太平洋戦争が始まる直前の頃である。すでにヨーロッパではシュールレアリズム運動が盛んになっている。1924年に「シュールレアリスト宣言」を発表したアンドレ・ブルトンが「シュールレアリズムと絵画」を発表したのが1928年だった。

1941年、ジャクソン・ポロックは29歳。後に結婚するリー・クラズナーと知り合う。もっとも、ふたりはかつてあるパーティで出逢っていたのだが、ポロックが泥酔してよく憶えていなかったようだ。

スクリーンに登場した段階でポロックはすでにアルコール依存症であり、精神的に不安定な人物として描かれるが、それらの説明は省略されている。もしかしたらジャクソン・ポロックについては多くのアメリカ人が基礎的な知識を持っているのだろうか。日本人の多くが太宰治の生涯についてあるイメージを共有しているように。

結局、ポロックは生涯にわたってアルコール依存症に苦しめられ、精神的な治療を受け続けることになる。そのことが、最後の悲劇を引き起こしたのかもしれない。映画を見終わるとそんな印象が残る。ポロックが残した作品を見れば見るほど、彼の精神の痛みや苦しみのようなものが伝わってくるのだ。

ゴッホも精神を病んで入院し、自殺に到る前の二年間に素晴らしい作品を残した。だが、その時期の作品には明らかに精神の異常さが見て取れる。燃えるような麦畑、黒く塗り込められた昏い空、不気味に飛び交う鴉たち、筆の跡は渦を描いてめまいを誘い、色彩の鮮やかさに絵画の世界に吸い込まれそうな怖ささえ感じる。ゴッホの精神に共振れする。

ムンクもそうだった。絵を描くことで解放されるべき精神は、創作を続けることでさらに混迷し、おどろおどろしいほどの世界を描き出す。有名な「叫び」の絵ではないが、まるで精神が悲鳴を上げているような作品ばかりである。そんな状態に耐えかねたのか、四十半ばでムンクも精神病院に入院する。

●ジャクソン・ポロックの魂に共鳴する

ところで、先ほど僕は「ポロック」は1941年のグリニッジ・ビレッジから始まると書いたが、実際は別のプロローグがある。幻想的な描き方のファーストシーンだ。

ライフ誌の表紙がアップになり、女性らしき手がページを開く。その雑誌を持ってポロックに近づいていく。ギャラリーのオープニングパーティーのようだ。ポロックがペンを出しサインをする。そんなシーンが最初に短く描かれ、「9年前。グリニッジ・ビレッジ、1941年」とスーパーがスクリーンの下に出て物語が始まるのだ。

プロローグの意味は映画の後半になって判明する。1950年、ポロックの最も成功した時期の展覧会シーンである。ライフ誌で大きく特集され、アクションペインティングの斬新さが評価され、美術界だけでなくセンセーショナルな話題になった頃のポロックなのである。栄光の絶頂を極めた時だ。

映画はその絶頂期にたどり着く前の9年間を描き、その絶頂から下降し、ついにはスキャンダラスな死に至るまでを描いた。結局、44年間の人生の中で彼が得意の絶頂にあったのは、数年間にすぎない。1947年にドリッピンクで絵を描き始め、1950年、制作風景を撮影させている時に二年間やめていた酒を再び呑み始めるまでが、彼の絶頂期だった。

1951年頃からポロックは黒の絵具だけで真っ白いキャンバスに具象的なイメージにあふれた絵を描いた。自動車用塗料のエナメルなどを使用した。その二年間ほどの黒の時代を経て、再び色彩感覚にあふれた作品を制作し始める。画集でそれをたどると、ポロックの精神の振れに共鳴する。

頂点を極め、高い評価を得、誰でも知っている有名人になり、金銭的にも恵まれ…、しかし、彼自身は自己模倣の悪夢にうなされていたのではないだろうか。頂点を極めれば、そこから落ちる怖さを想像するだろう。同じような作品ばかりを作っている自分を否定する気分も湧き起こってくるに違いない。

そんな苛立ちやプレッシャーで彼は絵が描けなくなる。映画はそんなポロックを描く。妻は「絵を描かないポロックなんて意味がない」と責める。自らが画家であり、最初にポロックの作品の価値を発見した妻のリーは最大の理解者であるが、同時にポロックを精神的に追いつめる存在でもあったのだろう。

リーがヨーロッパ旅行へ出かけた留守にポロックは愛人とその友人を連れてパーティに出席し、ひどく酔ったまま車を運転する。1956年8月11日午後10時15分、ポロックは女性ふたりを乗せたまま樹に激突する。44年間の人生だった。それが彼にとって短すぎたのか、あるいは長すぎたのかはわからない。

 「絵というのは魂の表現なんですの?」と彼女が訊いた。
 「そうですよ。」 「抽象画でも?」 「抽象なら一層そうでしょう。」
これは福永武彦の長編小説「海市」の一節だ。主人公は抽象画の画家である。この小説を数十年前に読んでいながら、「ポロック」を見たことで僕はようやくこの意味がわかった。頭で理解したのではない。かっこよく言うなら、魂に触れたのだ。

「ポロック」を見て以来、僕は「海市」を再読し、同じ福永武彦の美術エッセイ「藝術の慰め」を読み返し、自宅にある現代美術全集をひっくり返している。画家たちの魂の発露を見るために…

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
連休明け、雨の出勤。バスは積み残し、電車は混雑。なかなか社会復帰できません。しかし、夜になると、また飲み屋へ。連休中は控えていたのに、そちらの復帰は問題なし。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
< http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![27]
コスプレ写真で日伊文化交流

GrowHair
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3年前に原宿でイタリア人コスプレイヤーに声をかけて撮らせてもらったのが発端で、日伊文化交流団体のイベントでコスプレ写真を展示してもらえることになり、開催に合わせてイタリアに行ってきた。その経緯は[25]3/31に書いたが、今回はそのご報告。……の多分前編。

準備の土壇場で薄氷を踏む思いをしたものの、無事に15点の写真を展示することができた。出展者や来場者の方々とたくさん話ができ、単なる観光旅行とは一味違った形で、初めてのイタリアを堪能した。

●写真が届かない!

4月29日(土)、30日(日)の開催に向けて、多少は余裕を持たせたつもりの日程で展示用の写真の準備を進めていた。

まずはポジフィルムをフィルムスキャナで読み込み、その画像をL判に紙焼きし、それをトリミング見本および明るさ見本として添えて、元のポジフィルムから展示サイズに紙焼き注文した。ワイド四つ切が14点とキャビネサイズ4枚組が1点。これが仕上がったのが4月13日(木)。

外出仕事の合間に時間を盗んで新宿のヨドバシカメラに立ち寄って写真を受け取り、新宿郵便局からEMS(国際スピード郵便)でYuzuの自宅宛に発送した。4日ぐらいで届くので、フレームをつける作業に週末1回をあてられるという段取りである。その作業はYuzuにお願いしてある。

ところが、待てど暮らせど届かない。ネットで追跡できるので見てみると、翌14日(金)のフライトに乗せられ、19日(水)にマルペンサ国際空港に到着した記録がある。5日間も飛んでるかね? そして、その後出てくるはずの通関記録がいっこうに出て来ない。その間には、Yuzuが日本へ注文したローゼンメイデンの同人誌が追い越して、3日間で届いている。

それでも今に届くだろうとのんびり構えすぎた。さすがにもうひとセット用意しておかないとまずいぞ、と焦り始めたのが、開催3日前の26日(水)。同じ方法では3日間かかるので、もう間に合わない。残された手段は、自分でフィルムスキャナにかけて、画像データから紙焼きする方式。これなら1時間ほどで仕上がる。ただし、それには4347×3036画素の画像が必要。今ある見本用の1286×888画素の画像ではボケボケの絵になってしまう。徹夜作業して、なんとか読み込み終えた。

1時間ばかり寝てから、27日(木)の午前中、ヨドバシカメラでプリント。色がきれいで、細部の再現性もよく、品質的に展示水準に達している。特に色に関しては、スキャンする際にRGBそれぞれのトーンカーブを心ゆくまでいじっているので、フィルムからのプリントよりもいいかも。受け取ってから出社したら、14:30ぐらいになってしまった。13:00からの会議に大遅刻。危うし、俺の社会生活。

翌28日(金)は仕事を休み、13:00成田発のフライトでミラノに向かう。展示用の写真を手に持って。もしたどり着けなかったり、手荷物を紛失したりすれば展示に穴が開く。この気分をたとえると、山登りしてて、山頂近くまで来たかと思ったら、最後は、鎖に頼っての切り立った崖登りだった、みたいな感じ。手を離せば奈落の底じゃ~。スタミナドリンクの宣伝の掛け声が頭をよぎる。

●初めてのイタリア、冒険気分

同日の18:00ごろ、マルペンサ空港に到着。ここからミラノを経由してブレーシア(Brescia)へと向かう。成田空港で買った「地球の歩き方」を機内で読んで調べた経路にしたがい、列車、地下鉄、列車と乗り継ぐ。

イタリア語についても、その本からの付け焼刃の知識。意外に何とかなりそう。例えば「中央駅」は英語だと「セントラル・ステーション」だけど、イタリア語だと「チェントラレ・スタツィオーネ」だ。それ風に読み替えるだけじゃん。

中央駅で列車の切符を購入したところで、Yuzuに電話。留守電だったが21:05発の列車で向かう旨を残しておいたら、21:55にブレーシアに着いたところで、出迎えてくれた。Yuzuママの運転で、友達のエリザ(Elisa)と一緒に。どちらも初めまして、だ。

Yuzuは金髪碧眼、ぽっちゃりして可愛らしいが、Elisaは黒髪に茶色い目で、彫りの深い、芸術的な鋭さをたたえた顔立ち。2人ともデザイン専攻の大学生で、日本のアニメやゲームが大好きなオタクで、コスプレイヤーという共通点がある。

ブレーシアはけっこう大きな町で、都会的な景色だ。4人でイタリア料理のお店へ。ハムとモツァレラチーズのピッツァを注文。これが閉じてあって、巨大な餃子みたい。カルツォーネというそうだ。なかなか美味。だけど、よく日本で出されるイタリア料理は日本人の口に合わせて味を変えてある、と言われる意味がよく分かった。こってりと濃厚な味なのだ。ひと口ふた口はよいのだが、沢山は無理。

聞きたいことがいっぱいあって、会話がはずんだ。イタリア人の働きぶりについては、南の方ではぐうたらが多く、昼休みを何時間も取ったりしてるけど、ミラノやブレーシアではみんなまじめに働いているのだそう。他にも言語や天候や地理のことなど、話題は尽きない。真夜中ごろ、お開きに。写真をYuzuに渡した。あとの作業はやってくれるという。

●ぎりぎりの作業で設営完了

翌29日(土)がイベントの開催当日。10:00の開場までに設営を終えなくてはならない。タクシーで20分ほど行った、ボッティチーニ(Botticini)という田舎町にある劇場。山並みが近くまで迫り、大理石を切り出した跡が垂直の崖になっている。周辺は野原だったり、牧歌的な家並みだったりして、会場の近代的な建物がちょっと不釣合いなほど。

9:00ごろ到着してみると、外にYuzu、Elisaほか十数人のスタッフが所在なげに立っている。鍵を持ってる人がまだ到着しないんだとか。おいおい! ほどなく来たけど、1時間しかないやんけ~! 入ると、観客席200席ほどの劇場。左右と後ろの3方の2階、3階、4階が画廊として利用でき、我々は4階左側一画をもらっている。

ElisaはYuzu宅に泊まり、2人して朝4時までかけて、写真に縁をつける作業をしてくれたんだとか。15点すべてが黒い厚紙で縁取りされていた。絵が締まる感じで、重厚感が出ている。これを両面テープで壁に直接ぺたぺたと貼っていく。タイトルをつけて、完了。間に合った。やれやれ。

他には日本の寺社などの風景写真、書道、折り紙、着物、盆栽などの展示があった。午前中、会場にいたが、来場者はぱらぱらぐらい。

●来場者から昼食に招かれる

2日目の昼近く、隣で写真を展示しているフランチェスコ(Francesco)が、ちょっと来てくれ、という。彼とは前日に親しくなり、午後には彼女のマリー(Mari)とYuzu、Elisaとともに5人でブレーシアを観光している。

行ってみると、60代ぐらいの夫婦が熱心に質問している。展示写真の中に鎌倉の長谷寺で撮ったのがあり、高さ30cmぐらいの小さな仏像が何百体と縦横に整列している。水子の霊を祀るものだと昨日教えてあげたら、それをこのお客さんに伝えたようで、もっと聞かせてほしいと突っ込まれ、私に助け舟を求めてきたというわけである。

事情があって中絶せざるを得なかったけど、その後、罪の意識にさいなまれたり、赤ん坊の泣き声が聞こえるなど霊に取り憑かれたようになったりして悩んでいる人々に対して、霊をなぐさめて成仏させてやるお寺なんだと説明した。また、日本では年間30万件もの中絶が行われているが、あまり問題視されていないことなども。

そんな話をしていると、「拙宅で昼食などいかがですか」と誘ってくれた。フランチェスコとマリーと私の3人で。えーっ、いいんですかぁ? 車2台に分乗してブレーシアの町を通り抜け、さらに、小高い丘をずんずん登っていく。大富豪の住む地域で、映画のセットかいね、と思えるような大邸宅が次から次へと。相当登ったところに老夫婦の家はあった。

両開きの大きな鉄扉が厳かに開き、進入。入ってすぐのところはバラ園になっていて、まだほとんどが蕾だが、ぽつぽつと赤いのが咲いている。たとえるならば、鎖場を登り切ったら山頂は楽園だったという気分。

車を停めると、まず、庭を案内してくれた。三色すみれなど、春の花が咲き誇る。日本の草木をたくさん植えたのだという。入口近くには桜の木もある。家の向こう側の下り傾斜にも庭が続いており、大きなプールがある。日本の風景さながらに、桃の木、柿の木、りんごの木、いちじくの木が植わっていたり、あやめが大きな紫の花をつけていたり、ガクアジサイや花アジサイがそろそろだったり。他にも、アーモンド、オリジナルのローズ、パッション、マンダリン、仏手柑、ジャスミン、バジリコなど。

歩きながら、ご主人が咲いてる花を摘んではどんどん手渡してくれるので、しまいには大きな花束のようになってきた。その向こうはレタス、トマト、ズッキーニなどの家庭菜園とブドウ園。昼食用にレタスを2つ、もいでくれた。

家に上がると、応接間の大きな窓からは、ブレーシアの町が一望の下に見渡せる。窓辺には蘭の花がいっぱいに咲き、ゴムの木なども置かれている。部屋中央には大きなシャンデリアが下がり、その下にテーブルが用意されている。摘んできた花はガラスの花瓶に生けられ、テーブル中央に置かれた。

老夫婦の息子さん2人も加わり、7人で昼食。息子さんたちは20代後半ぐらいに見える。奥様は小児科・産婦人科のお医者さんなのだとか。あ、それでさっきの質問だったわけだ。手作りパスタ、サラダ、小さい蛸の煮付け、白身魚などを白ワイン、赤ワインとともにいただく。

会話はほとんどイタリア語かわされ、私は小さくなってた。しかし、黙ってメシだけごちそうになって帰ったのでは日本人の名折れだ。思い切って、旦那様に、どういうきっかけで日本が好きになっていったのか英語で聞いてみたところ、仕事で札幌や室蘭に行って、日本の自然に魅了されたのだという。奥様には、日本のどんなところが好きかと聞いてみたところ、日本人が自然を愛する心を持っているところだという。予想外の高尚な答えに面食らったが、私からは、日本人は自然との調和という考えを大事にしており、お寺の石灯籠は苔むしてこそいっそう美しくなるんだ、と説明。

弟さんが、何やら化学の実験装置のようなものを持ち出してきた。水煙草を吸う装置なのだという。どういう原理なのか聞くと、ベランダに出て実践してくれた。煙草は真っ赤っ赤で福神漬けのようだ。パッケージにはヘブライ文字がのたくる。装置の下部は水を入れるフラスコになっていて、吸い口が2本突き出している。真ん中から煙突のように金属パイプが立っていて、上部に皿がある。その皿の中にタバコを入れ、アルミ箔で蓋をして、ぷつぷつと穴を開ける。その上に炭を乗せて、火を点ける。

吸い口から吸うと、炭が赤くなり、煙がアルミの穴から吸い込まれ、タバコを通り抜けて煙突を下り、ぶくぶくぶくと水をくぐり、吸い口に至る。さほど煙たくはなく、トロピカルフルーツの香りがする。それでもふーっと吐き出してみると、普通の煙草のような煙である。特に効果も感じられず、調子に乗ってぶくぶくぶくぶくやっていたら、立ち上がろうとしたときに、ふらっときた。平衡感覚がまるでおかしくなっている。一歩一歩気をつけて歩かないと転びそう。食後の一服としては、ちょっと重かったかな?

ごちそうさまでした、ということで、再び車で会場まで送り届けてもらった。ご主人様がどんなお仕事をしていらっしゃるのか、恐くて聞けなかったが、水煙草の息子さんとは連絡先を交換した。ラストネームはフェラーリ(Ferrari)さんだった。あの車の? まさかね。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
国際親善カメコ。4/29(土)に福岡県芦屋町で開かれた「あしや人形感謝祭」にも行きたかったのだが。ポスターにはローゼンメイデンのキャラが起用され、「真紅」バスによるツアーも行われた。Kotoiっちはスーパードルフィー2体を連れていって、ポスターを実写再現していた。詳しくは仲間の弓月水晶氏がブログに書いているので、どうぞ。
< http://crystalcroissant.blog20.fc2.com/blog-date-200605.html >

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■展覧会案内
粟津潔デザイン曼荼羅
< http://www.printing-museum.org/jp/exhibition/pp/060429/index.html >
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会期:4月29日(土)~6月4日(日)10:00~18:00 月休
会場:印刷博物館(東京都文京区水道1-3-3 トッパン小石川ビル)
入場料:無料(印刷博物館本展示場に入場の際は入場料が必要)
内容:あらゆるメディアを表現の場としておよそ50年にわたり活躍しているグラフィックデザイナー、粟津潔氏の作品約300点を展示する。


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■編集後記(5/12)
・大阪出張往復の新幹線車中+αで「ダ・ヴィンチコード」を読み終えた。+αというのは、大阪の超安ホテルのタバコくさい部屋のベッドで午前2時まで。これは久しぶりに出会った面白いミステリーだった。基本的に翻訳物はめんどうくさいから敬遠しているのだが、こいつは違った。登場人物が少ないのがいい。わずか数日間の話であるところがいい。主人公のふたりがフランス司法警察に追われて逃げる。逆転また逆転、なんという巧みなストーリーなんだ。ふたりは度重なる絶体絶命の危機をどう乗り越えるか、そして暗号にかくされた謎解きと宝探し、さらにこの事件の黒幕・導師の正体は誰か、続きが気になって仕方ない、いわゆる「徹夜本」だった。「この小説における芸術作品、建築物、文書、秘密儀式に関する記述は、すべて事実に基づいている」と冒頭にある。だからといって、真実の物語ではない。トンデモ系の疑似科学を巧妙につぎはぎして、都合よくつくりあげた虚構の世界だ。上手な娯楽小説である。キリスト教のうんちくが満載の教養小説、歴史小説だと思ったらとんでもないぞ。インディ・ジョーンズみたいなもんだ(と思う)。それにしても、出てくるネタは興味津々、陰謀史観や疑似科学が大好きなわたしにとって、至福の数時間であった。「ダ・ヴィンチは、その微笑みに、何を仕組んだのか。」というのが映画の惹句になっているが、それでいいのかなあ。モナ・リザの謎解きは本書の中にあり、けっこうたわいないというか想定内というか……。(柴田)

・みんな大好き塊魂のベストが出るぞ。/近所にPlayStationスポットが出来たので、体験版ダウンロードにトライ。販売しているお店で自分のPSPを取り出すのって、違和感があってとっても恥ずかしい。説明書を見てこなかったので「店内で体験版ダウンロードができるよ」云々のPOP近くに行き、もたもた。きっとこれなんだけど~なメニューを選ぶが反応なし。いったん店の外に出て、ケータイとPHSからPSP公式サイトを見に行くが、ダウンロードの詳細ページは表示せず。諦めて店員さんに聞いた。店員さんは「あっ。何をダウンロードしたいですか?」などと話しつつ、POP近くに展示されているPSPのケースを外す。そしてソフトを起動しようとしたが、そのPSPは最新版にアップデートされていなかったようで、アップデータをダウンロードし、再起動し~と一苦労。受信側でダウンロードしたいゲームを選べないみたいなことを言っていた。GW前頃からスタートしたそのお店でのダウンロード第一号かもしれない……。/スポットに行かなくてもダウンロードできるロコロコ体験版にはまってしまう。面白い。赤い実あと1つ、ムイムイ2人まではゲットできたんだが。平和的なゲームは好きだなぁ。(hammer.mule)
< http://www.locoroco.jp/home/ >  体験版で十分遊べる
< http://www.jp.playstation.com/psp/pss/ >  スポット

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