[1978] ほんとの空・ちがった空

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1978   2006/05/26.Fri.14:00.発行
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<見事に秋葉系だ>             

■映画と夜と音楽と…[292]
 ほんとの空・ちがった空
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![28]
 オタクのイタリア見聞録
 GrowHair


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■映画と夜と音楽と…[292]
ほんとの空・ちがった空

十河 進
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●日本で最も有名な智恵子は百二十年前に生まれた

朝日新聞で「智恵子抄」が特集されていた。土曜日の朝刊に付くbeの「愛の旅人」シリーズだった。確かに「智恵子抄」は「愛の詩集」と呼ばれているが、とりあげられたキッカケは5月20日が長沼智恵子の生誕百二十年だからである。

記事には阿武隈川にかかる智恵子大橋から安達太良山を撮影したカラー写真が大きく掲載されていた。安達太良山と聞くだけで、僕と同世代の人たちは頭の中に「東京の空?灰色の空、ほんとの空が見たいという」という歌詞が浮かび、メロディが聞こえてくるかもしれない。

それは二代目コロンビア・ローズ(漫才コンビではありません。あちらはコロンビア・トップライト。念のため)が歌った「智恵子抄」という歌謡曲である。昭和三十九年(1964年)、青山和子が「愛と死をみつめて」という曲でレコード大賞をとった年にヒットした。

歌謡曲にとりあげられるくらいだから、その頃は「智恵子抄」ブームだったのかもしれない。僕は少し懐かしくなって、本棚で「高村光太郎詩集」と「智恵子抄」を探した。僕が持っている現代教養文庫の「紙絵と詩 智恵子抄」は、昭和四十年(1965年)に発行されたものだ。

河出書房が出した「日本の詩人」シリーズの一冊「高村光太郎詩集」の方は、昭和四十三年(1968年)二月発行の初版本で、僕はどうやら「智恵子抄」を先に買っていたらしい。中学生だった。その文庫はカラー版で詩と共に智恵子の紙絵作品が掲載されている。

編者のひとりに「高村規」の名があった。高村規さんは高村光太郎・智恵子夫妻の甥に当たる写真家である。後に広告写真家協会の会長などを歴任する高村さんとは、僕が写真雑誌の編集をやっているときに何度かお会いした。日芸写真学科出身のグループ「六の会」の会員であり、その写真展も拝見した。

そんな感慨もあって「紙絵と詩 智恵子抄」という文庫本を手にして、懐かしさが湧いてくると同時に「長い長い時間が過ぎたのだなあ」と思い知らされた。四十年前に買った本である。十四歳の僕がどの詩を愛読していたか、ページをめくると甦ってくる。

  いやなんです
  あなたのいってしまふのが──

その本の最初に置かれた「人に」という詩はそのように始まっている。それは明治四十五年(1912年)七月二十五日に書かれた光太郎が初めて智恵子に与えた詩である。それは智恵子の結婚話に対して光太郎が拒否の意志を明らかにしたものだった。智恵子二十七歳、光太郎三十歳。知り合って一年ほどが経っていた…

  小鳥のように臆病で
  大風のようにわがままな
  あなたがお嫁にゆくなんて

三十歳の彫刻家で詩人だった男が、そんな少女趣味のようなフレーズを書いた五日後、明治天皇が崩御し、ひとつの時代が終わったのだった。

●岩下志麻の智恵子が僕のイメージを固めた

若き岩下志麻が智恵子を演じた「智恵子抄」は昭和四十二年(1967年)六月五日に松竹映画として封切られた。その頃まで、「智恵子抄」ブームが続いていたのかもしれない。僕は高校一年生になっていた。

そのちょうど十年前の六月にも「智恵子抄」という東宝映画が封切られた。詩集「智恵子抄」が物語として脚色され、初めて映画化されたのだった。智恵子を演じたのは原節子である。昭和三十二年(1957年)だから、同じ年、原節子は小津安二郎の「東京暮色」に出演している。

小津作品ということで「東京暮色」は映画史に残ったが、原節子が高村智恵子を演じたという事実はいつの間にか忘れ去られた。しかし、その「智恵子抄」の公開は高村光太郎の死(昭和三十一年四月二日)から一年たったばかりのことであり、話題を集めたという。

僕は、岩下志麻版「智恵子抄」をよく覚えている。ポスターの絵柄は、砂浜を歩く智恵子を少し離れて見守る高村光太郎だった。それは精神を病んだ智恵子を九十九里浜の療養先に見舞ったときのシーンだ。自転車通学をする途中、いろいろなところに貼られた、そのポスターを僕は見た。

その映画で高村光太郎を演じたのは、後に霊界案内人を自称することになる丹波哲郎だった。当時、東映でヤクザ映画に多く出ていた丹波哲郎だが、明治生まれの日本人にしては大柄で「並はずれて大きな手と大きな足を持っていた」と言われる高村光太郎のイメージには合っていた。

監督は中村登という文芸ものを得意とした人だった。昭和十六年(1941年)に監督デビューしたが、昭和二十八年(1953年)に監督した松竹カラー作品の第二弾「夏子の冒険」(三島由紀夫・原作)あたりから評価され始めた。

その作品歴を見ると、当時話題になった文芸作品をほとんど映画化しているようである。舟橋聖一「白い魔魚」、井伏鱒二「集金旅行」、丹羽文雄「日々の背信」、梅崎春生「ボロ家の春秋」と続き、僕が映画を見始めた頃には「古都」(川端康成原作で岩下志麻が主演)や紀ノ川(有吉佐和子原作で司葉子の代表作になった)などが評判だった。

今から見ると評価の定まった文芸作品ばかりのようだが、当時の新刊本ばかりであり、出たばかりの小説を中村登は映画化していたのである。しかし、あの頃は一種のベストセラー作家だった舟橋聖一や丹羽文雄の小説が書店店頭から姿を消して長い時間がたってしまったものだ。

そんな作品歴の流れを受けて「智恵子抄」は作られた。文芸ものの大家である中村登作品というブランドイメージにその題材はよく合っていたし、その頃は人気絶頂だった岩下志麻の主演という要素でヒットしたのである。

もちろん、その詩集を本当に読んだ人は少なかったかもしれないが、多くの日本人が「智恵子抄」を愛の物語として知っていた。情報を歌謡曲などから得ていたにしろ、当時はどんな人でもイメージできる基礎教養だったのである。

●四十年間をかけて完成した詩集「智恵子抄」

  僕の前に道はない
  僕の後ろに道は出来る

これは、高村光太郎の最も有名な詩のフレーズである。「道程」というタイトルだ。それは教科書に載っていたのかもしれない。早熟で口の悪い級友は同じ音を持つ別の漢字を当てはめ「この遠いドーテイのため この遠いドーテイのため」などと嘆いていたが、その意味さえわからなかったその頃の僕は「道程」をよく暗唱した。

  ああ自然よ
  父よ
  僕を一人立ちにさせた広大な父よ
  僕から目を離さないで守る事をせよ
  常に父の気迫を僕に充たせよ

「道程」はたった十行の短詞である。このフレーズの後に「この遠い道程のため この遠い道程のため」とリフレインして終わる。口語文ながらキリリとした潔さがあり、意味がわからないなりにも口ずさむには適した詩だった。

さて、当時の僕は、そこに書かれた「父」を抽象的な存在だと理解していたが、今読み返してみると、高村光太郎にとっては現実の父である高村光雲のことだったのだと思う。だとすれば、この詩はファーザー・コンプレックスの詩かもしれない。

いやいや、そんなことを考えるようになったのは、歳をとったからだ。十代半ばの僕は素直に、その詩に表現された「これから人生に立ち向かおうとする青年の決意」を愛していた。また、僕は今「キリリとした」という形容詞を使ったが、この語感の使い方も高村光太郎の詩の影響だろう。

  そんなにもあなたはレモンを待っていた
  かなしく白くあかるい死の床で
  わたしの手からとつた一つのレモンを
  あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ
  トパアズいろの香気が立つ

中学生のとき、僕はこのフレーズを愛していた。「あなたのきれいな歯ががりりと噛んだ」という「がりりと…」の部分に惹かれたのだ。「香気」を色で表現する感覚も新鮮だった。それは好きな少女を想う夜に胸をせつなくさせ、幼いロマンチシズムを刺激する詩句だった。

この「レモン哀歌」と題された詩は昭和十四年(1939年)二月に書かれたものだ。智恵子が死んで四カ月が過ぎていた。智恵子が死んだのは、昭和十三年(1938年)十月五日の午後九時二十分である。臨終に立ち合ったのは光太郎ひとりだったという。

智恵子は若くして死んだイメージがあるが、彼女は五十三歳まで生きた。二十八歳で光太郎と婚約し、二十九歳で結婚。四十七歳の時に自殺未遂を起こし、その後、精神を病んでいく。

高村光太郎が智恵子を題材に詩を書き始めたのは明治四十五年であり、昭和二十六年(1951年)の「智恵子と遊ぶ」まで続いた。智恵子が死んで十四年が経っていた。だから「智恵子抄」からは四十年間ひとりの女性を愛し続けた男の魂の遍歴が読み取れるのだ。

もしかしたら、四十年前の少年は直感的にそんなことを読み取っていたのだろうか。「智恵子抄」を読んだ少年の、言葉では表現できない何か…がようやく甦ってきた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
田村高廣さんの死亡記事が出ました。代表作として「泥の河」と「兵隊やくざ」が紹介されていました。確かに「兵隊やくざ」のインテリ上等兵の役はよかったですね。増村保造監督の名作です。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
< http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![28]
オタクのイタリア見聞録

GrowHair
http://bn.dgcr.com/archives/20060526140100.html
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もし、イタリアに詳しい方が読まれたら片腹痛いと思われそうだし、自分でも数年後に読み返したらあまりの無知っぷりにのたうち回りそうな予感がしなくもないが、それも一興、初めてのイタリアの印象を記しておこう。

●壮大と卑小

行く前から、どうしても解せないことがあった。古代ローマ時代からの伝統美をたたえた荘厳な建築物の立ち並ぶイタリアの街に、何故スリだの置引きだのというセコい犯罪がはびこるのだろう。

実際、大理石造りの巨大な建造物は至るところに見られ、ミラノ中央駅もそのひとつだった。地下鉄を降りて地上に出ると、国家の威信をかけて建てたかのような駅が眼前に現れる。コリント式の装飾を施した円柱と高い天井が畏敬の念を起こさせる。広々としたコンコースと切符売場があり、その奥から幅の広い大理石の階段が天国にでも通じようかという荘厳さをたたえて延びている。

上がると天国ではなく、プラットフォームだ。二十数本の線路が手前に向かって行き止まりになっており、蒲鉾を並べたような天井が全体を覆い、巨大な空間を形成している。心がおおらかになる。

一方、イタリアのスリや置引きのセコさはつとに有名である。子供をダシに使って油断させたり、服にジュースなどをこぼしておいて親切に教えてあげるふりをしたりといった手口がガイドブックにいやというほど書いてある。観光客の中には、わざわざ小額を入れた財布をポケットに入れて地下鉄に乗り、お手並みを拝見してくる人までいるようだが、私は展示用の写真が入っている旅行かばんをを丸ごとやられたら一巻の終わり、そんな余裕かましてはいられない。

とは言え、発車まで1時間ほどあるので、駅前広場に出てみる。桐の並木が薄紫の花をつけている。ベンチに腰掛けて缶入りのレモンソーダを飲んでいると、みすぼらしいなりの若者が近づいてきた。物乞いだ。こっちだって昨年末に床屋に行って以来、髪もヒゲもぼうぼう、なりのみすぼらしさは引けをとらないのに、よく声かけてくるよな。愛想よく話しかけてくるが、言葉がまったく通じない。どんな事情なのか、職探しが大変なのか、この国をどう思っているか、など、聞きたいことは多々あり、歯がゆい思いだ。

飲みかけの飲料を欲しがるそぶりをするが、まさかそんなものまで欲しがるはずもないから、それほど困っているというジェスチャーだろう。小銭を渡したら、満面の笑顔で握手して、去っていった。目で追っていると、別の人にも声をかけ、交渉の末、飲みかけの飲料を獲得していた。

●ヴェロナでも子供にせびられる

メーデーにはYuzuとElisaが観光案内してくれた。ヴェロナ駅で電車を降り、近くにあった小さなオープンカフェで朝食をとっていると、小学校高学年ぐらいの女の子が2人、近づいてきた。Yuzuが、しばらく話した後、店でサンドイッチを買ってやり、さらに小銭を渡した。それにつぶつぶ苺ポッキーを一箱。あ、それって好物だからと、日本人のコスプレ仲間から送ってもらったものではないか。気前いいなぁ。私からも小銭を少々。

ルーマニアからの移民の子だという。腹を空かしていたので、食べ物を恵んだのだという。お金で渡しちゃうと、本人はろくに食べず、親の酒代になりかねないので。親は働かず、子供に物乞いをさせているのだという。収穫なく家に帰ると親に殴られるのだとか。どんな教育だ。

「知らない人と話をしてはいけません」と言われて育つのと「知らない人から金品をせびり取ってきなさい」と言われて育つのでは、ものの見方、考え方がおのずと違ってくることだろう。

前者のように箱入りで育ったのでは、似たような価値観をもった少数の人としか交流がなく、世間が狭くなるに違いない。世の中はよく分からないけど、きっと悪人ばかりがのさばるのだろう、という漠然たる疑心暗鬼の世界観が形成されるかもしれない。

娯楽映画やテレビドラマの「文法」を鵜呑みにして、心の美しい人は見かけも美しい、悪人は見かけも醜い、というのを実世界にもあてはめて信じ込んでしまうかもしれない。まあ、人生の目的は世の中をあるがままに理解することではないので、いいっちゃいいんだけど。

一方、後者はどうだろう。日々、侮蔑の眼差しを受け、みじめな思いを重ねるうちに、人の心の裏側をいやというほど見てしまうのではなかろうか。苦労知らずの人間は他人の心の痛みが分からないから、悪気はなくとも突き刺すような言葉を浴びせてしまうことがあるだろう。親切心を装っていても、その裏にある得意満面の優越感が見え隠れする人もいるだろう。

彼らは心の機微には人一倍敏感なのに、気づかぬふりをして快活に振舞う、大人びた強さを身に着けていくことだろう。逆に、同じようなつらさを経験しているがゆえに、人の心も察することのできる、真に優しい人もいて、つかの間の心の安らぎを得るときだってあるかもしれない。心を見抜く慧眼に加えて、表現力を獲得すれば、すぐれた芸術家になるに違いない。

こうしてみると、いいことづくめの教育方針みたいだが、何か間違っているような気もしないでもない。

●オタク文化はどうか

もうひとつ疑問があった。古代ローマ時代からの伝統美をたたえた荘厳な建築物の立ち並ぶイタリアの街に、オタク文化が根付く土壌があるのか。

もちろん、日本の漫画やアニメはすでにイタリアにもよく浸透している。ヨーロッパの国々の中では一番ではなかろうかと思われる。昨年8月に愛知万博会場で7か国の代表が集まって開催された「世界コスプレサミット」ではイタリアが優勝している。イタリア社会でも少子高齢化が進んでいるなど、どこかメンタリティに共通するものが感じられたりする。

しかし、それでもなおかつ、日本発のオタク文化は、イタリアの伝統文化の中に放り込まれたとき、不協和音を発するような気がしてならなかった。

日本は湿っぽくて狭いところに人がごちゃっと住んでいるせいか、創造性の発揮のしどころが壮麗壮大な方向へと向かいづらく、細部指向、バーチャル指向に入り込みやすい。漫画やアニメの絵やフィギュアなどは、細部にどれだけ凝るかが勝負といったところがある。「神は細部に宿る」("God is in the details.")の思想に裏打ちされている。

もっともこの言葉は、古くからユダヤ教にあったものを、ドイツの建築家ミース・ファン・デル・ローエ(Mies van der Rohe, 1886-1969)が好んで使ったことで広まったようである。原義では「神は日常の些事から遠く切り離された高邁な地に存在するのではない。信仰は日々の現世的な生活から遊離したものであってはならない」という教えのようであるが、日本の思想はむしろ「仏は細部に宿る」で、「細部の細部にまで神経を行き届かせて拵えた作品にはおのずから魂が宿り、神々しいまでの美しさを放つ」ということのようである。たとえそれが「萌え」の魂だったとしても。

もちろんキリスト教の建築や芸術が細部をおろそかにしているということではないが、全体としては壮大さ、荘厳さが際立つ。そういう文化の中に萌えキャラが放り込まれると、何だか貧相な感じがしないだろうか。

展示初日の午後、Yuzu、Elisa、Francesco、Mariと5人で抜け出して、ブレーシアを観光した。ガイドブックでは小さな扱いだが、山頂に城が聳え立ち、麓には1世紀からの神殿の半壊状態の遺跡があり、実は見所が多い。一番の見所は、ローマカトリックの各教区の中心的な教会「ドゥオーモ」である。ドーム内壁には天井画が施され、壁には大きな絵が何枚も掲げられ、息を呑むような美しさである。入りしな、Yuzuは片膝を着いて素早く十字を切った。そのモーションは実に優雅であった。

外へ出てから、余計なことかと思いつつ、日本の教会における結婚式事情を話してあげた。教会式の方がカッコいいからという理由で、そのときだけ俄かクリスチャンになって式を挙げるカップルが多く、ひとつのビジネスになっていることとか。その牧師だって偽者で、実は英会話学校の講師だったりして、採用基準は見かけがカッコいいことだとか。「それってタブーじゃない!」とぶりぶり怒っていた。ひー、ごめんなさいー。

教会と城跡とを結ぶ石畳の道は歴史の重みを感じさせる、落ち着いたたたずまい。こんなところに漫画やアニメの店があってはならない、というところにそれはあった。しかしさすがにアニメイトのようではなく、個人経営の小さな古本屋といった店構えである。景観に配慮してか、外から萌えキャラが見えたりはしない。中に入ると、日本の漫画のイタリア語翻訳版やアニメDVDの字幕版、キャラクターグッズなどが所狭しと置かれている。

向かい合わせに十数人掛けられるテーブルがあり、二十歳前後に見える男の子たちが4!)5人ずつのグループになって、何やらテーブルゲームに興じている。服装がわざとのように安っぽく、脇にはパンパンに膨らんだリュックサックが置かれているあたり、見事に秋葉系だ。真似しているのか、見かけを気にせず機能性だけを追求すると自然にこうなるのか。

ただし、みんな大きな声でのべつ幕なしにしゃべっていて、明るく賑やかだ。沈黙禁止法でもあるんかいね、と思えるほど、電車の中でもレストランでも、みんな大声でよく話すが、オタクたちも、そこはイタリア人だった。

●政治と国際情勢

月曜の夜はYuzu、妹のMeki、Yuzuママとディナー。あ、ポルチーニ茸だ。酒井順子氏の「負け犬の遠吠え」によれば、負け犬(三十代独身女性)とオタクはくっつけようにも、話題に接点がないのでくっつきようがないそうで、その例として、オタクはイタリア料理の高級食材であるポルチーニ茸の話題について来れないとある。負け犬に負けてたまるかとたんまりいただき、これでいつエルメス嬢が現れても大丈夫である。

政治や国際情勢の話になった。日本とイタリアは共通点が多い。第二次大戦の敗戦国で、おかげで今でもアメリカの言いなりで、手出ししたくもないイラクに派兵させられ、挙句の果てはテロに怯える日々である。イタリアでは未遂で捕まった事件があったそうである。日本がやられないのは、防備がしっかりしてるからだとYuzuは言うが、どうだろう。やろうと思えば隙だらけだけど、日本は国際社会の中ではまだまだ子供、いじめちゃ後味悪いので大目に見てもらっているのではあるまいか。

また、欧米と中東との対立は、宗教戦争だという。キリスト教には人を殺せという教えはないが、イスラム教では異教徒は敵だから殺せと指導している、だから紛争が起きるのだ、と。おいおい。歴史的にみて、キリスト教者が神の名の下に異教徒を殺したことって全然なかったっけ? 自分は絶対的な善人だから、世の中に何か問題が起きるのは、自分とは全く異質な「悪人」の仕業に違いない、そういう奴らは懲らしめてやれば、世の中がよくなるのだ、って考え方、なんかすごーく違和感あるぞ。相手も同様に考えていたら、平行線ではないか。

自由主義経済の体制下で、もし世界が平和だったら、地下からお金の湧いてくる中東の一人勝ちで、世界の覇権を掌握するようになる。それを阻止したい欧米が宗教紛争にかこつけてひっ掻き回し、武器を購入・消費させ、バランスを取っているのではあるまいか。アメリカは汚れ役を背負い、おかげでアジアもヨーロッパも中東に隷属せずに済むのでは?

まあ、もっとも私はここ何年も投票にすら行ってないから、大きなことを言う資格はない。反論せず、適当に相槌。ディナーは平和裏に幕を閉じた。

紙面が尽きたので、一言だけ。ストリートファッションは、ミラノよりも、パリよりも、ニューヨークよりも、東京が一番面白い。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
国際親善カメコ。同じ頃、Maboたち5人のコスプレイヤーは中国に飛んでいた。去年、テレビ出演で知り合った仲間である。抗州でのイベント「世界レジャー博覧会」でゲストとして舞台に立った。8月に愛知で開かれる「世界コスプレサミット」の予選も兼ねたイベント。Maboによる写真とレポートは下記サイトでどうぞ。/森永卓郎氏は「萌え経済学」でイタリアと中国の萌え事情をよく分析されている。特に中国人の発言「日本人も日本の作品も好きだけど、外交政策に文句を言いたいだけ」が印象的。
< http://yaplog.jp/mabo_le-chic/ >

<応募受付中のプレゼント>
Web Designing 2006年6月号 本誌1972号(5/27締切)


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■編集後記(5/26)

・「井の頭公園の写真家です」というメールをいただいた。風間健介さん、昨年札幌の寿郎社から出版した写真集「夕張」で、本年度の日本写真協会新人賞と写真の会賞を受賞した写真家だ。「私は作品だけでまだ、食うことが出来ません。不器用な者なので、カメラマンの仕事も、定職もなく、晴れた日に井の頭公園の路上で写真を売っています。モノクロ六つ切り1枚千円です。(2枚以上だと値切り可能)『イイ年こいて、公園かよ』と呆れられる事も多いのですが、結構、楽しくやっております」という。さっそくサイトを見たら、昨日は風邪で井の頭公園出勤はお休みだった。このサイトの「公園のマジに売れない写真家奮闘記」がものすごく面白い。「私の性格は開けっぴろげであり、たとえ恥でも、曝け出す事に快感を覚えるタイプでもあるので、この日記にはズバズバ書いていく」というのだから、風間さんがいまどういう生活をしているのかほとんど分かってしまった。病弱で貧乏な45歳のしがらみが少ない作家は言う。「しかし、私が写真で食いたいと志した頃と何も変わっていない現実があり、それに対する憤りもある。メダルを取れなかったトリノではないのだが、裾野を広げないと、カメラマンの仕事に追われて、誰しも作家としての制作が出来なくなり、要領の良いものしか作品を作れなくなると思う。必然質は下がる。このことは写真の世界だけに限らず、日本にとって大きなマイナスだと思う」。まさしくその通りだと思う。しかし、風間さん、公園に座っていては作品がつくれない。なんとか応援したいものである。サイトを見て興味を持った人は、井の頭公園に行って、シリアスなモノクロ写真を買おう。2,000円でポートレートを撮ってもらおう。受賞発表展の、プレイスMと富士フォトサロンに行きましょう。(柴田)
< http://www2.ocn.ne.jp/%7Ekazama/ >  風間健介さんのサイト

・外出したがネタは見つけられなかった。本屋さんで「献立教室」という本を見つけてゲット。毎日料理をしているが、主菜は魚、豚肉、鶏肉、牛肉のローテーション。味は醤油、ソース、クリーム、トマト、味噌などのバリエーション。ただし副菜がなかなか決まらない。野菜を多くとりたいし、主食と違う味のものにしたいしと悩む。最初の頃は冷蔵庫のあまりをネットで検索して決めていたが、今は新たに買い物もしているので自由度が上がった分、悩むのであった。この本は初心者向けの本で、献立の考え方がわかりやすく書いてあって役立つ。冷蔵庫一掃レシピまであった。早速、二品作って幸せ気分。太りそうである。(hammer.mule)
< http://kobayashi-masami.no-blog.jp/ >  著者のブログ
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