[1998] 命棄ててもいいほどの清純さ

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【日刊デジタルクリエイターズ】 No.1998 2006/06/23.Fri.14:00.発行
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<彼女の笑顔にはいつも影があった>

■映画と夜と音楽と…[295]
命棄ててもいいほどの清純さ
十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![30]
日本の舵は誰がとるのか
GrowHair


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■映画と夜と音楽と…[295]
命棄ててもいいほどの清純さ

十河 進
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●初恋の人に再会した気分

まるで初恋の人に再会したようだった。そのさみしそうな笑顔に胸をしめつけられた。意志的な喋り方は彼女の知性を感じさせ、つつましく微笑む姿に育ちの良さがうかがえる。その映画を見た当時のせつない気持ちが甦る。

数カ月前、NHK衛星放送で放映された「めぐりあい」は昭和四十三年(1968年)三月二十七日に封切りになった酒井和歌子の初主演映画である。二本立ての一本は新進作家・五木寛之のデビュー作を加山雄三主演で映画化した「さらばモスクワ愚連隊」だった。

ちなみに、翌日の昭和四十三年三月二十八日からは東大全共闘が安田講堂を占拠した(翌年の一月十九日に機動隊によって学生たちは排除される)。三日後の三月三十日からは日本テレビでアニメ「巨人の星」の放映が始まった。

封切りの何日後かは忘れたが「さらばモスクワ愚連隊」と「めぐりあい」の二本立てを僕は高松東宝という映画館で見た。高校一年生の春休みのことで、もうすぐ二年生になる予定だった。

その当時の僕は五木寛之の短編集を立て続けに読んでいた。「さらばモスクワ愚連隊」「海を見ていたジョニー」など、ジャズを題材にした新鮮な小説に胸躍らせ、初の映画化作品を見ようと思ったのだ。

もちろん、僕は風邪薬のテレビ・コマーシャルで見ていた酒井和歌子が好きだったが、まだファンではなかったと思う。しかし、「めぐりあい」を見た途端、僕は彼女に恋をしてしまったのだ。

「めぐりあい」は川崎の自動車工場の工員である黒沢年男が、部品の卸問屋に勤める酒井和歌子と出会う典型的なボーイ・ミーツ・ガール・ストーリーだ。ふたりは好意を持ちつきあうが、少女は鬱屈した青年の荒れた精神を癒すことができない。時代の閉塞感を反映させた青春映画であり、純愛映画だった。

さて、「めぐりあい」の酒井和歌子に恋をした僕は、月刊「ボーイズライフ」に掲載されていたスケート靴を持った酒井和歌子のピンナップを机の前の壁に貼り、それを眺めてはため息をつくような日々を送ることになった。

しかし、単純なアイドル映画を嫌っていた僕は、その後、公開された彼女の映画をそれほど熱心には見ていない。また、酒井和歌子自身も同時期に絶大な人気を誇った内藤洋子の陰に隠れ脇にまわることが多かった。

「めぐりあい」の次に僕が見たのは「日本の青春」という小林正樹監督作品だ。原作は遠藤周作の「どっこいショ」という小説で、コメディアンだった藤田まことが初めて戦中派の疲れた中年サラリーマンというシリアスな役を演じた作品である。

藤田まことの浪人生の息子を黒沢年男が演じ、酒井和歌子はその恋人役だった。あまり出番はなかったけれど、巨匠・小林正樹の演出で酒井和歌子はアイドルではなく女優としての演技力を見せていた。

その年、酒井和歌子は「兄貴の恋人」「ドリフターズですよ 盗って盗って盗りまくれ」「燃えろ! 青春」「連合艦隊司令官・山本五十六」などに出ているが、主演という扱いではなかった。

「兄貴の恋人」も主役は加山雄三の妹を演じた内藤洋子で、酒井和歌子はやくざの兄を持つ不幸な境遇の娘を演じている。その映画を見たときに僕は酒井和歌子の笑顔がいつもさみしそうなことに気付いた。

翌年、彼女は「社会人になった若大将」シリーズで星由里子を継いで二代目ヒロインになる。だが、僕が未だに見逃したことを悔やんでいるのは、同じ年に公開になった「俺たちの荒野」である。

集団就職で夢を抱えて上京したふたりの青年とひとりの少女の物語だ。死んでしまったひとりの青年の遺骨をまく酒井和歌子のシーンで終わるという不幸な青春物語を僕は見てみたい。酒井和歌子の悲しみに充ちたさみしそうな表情が目に浮かぶ。

●まったく逆に記憶していたシーン

もう十年近く前になるが、僕は当時、放映されていたサントリー角瓶のテレビ・コマーシャルに酒井和歌子が出ているのを見て「酒井和歌子派と内藤洋子派の対立は本当にあったのか」という駄文を書いたことがある。

僕の結論は「内藤洋子はアイドルとしての使命を達成し二十歳で結婚引退という伝説を作り上げ、酒井和歌子は最初から女優としての途を歩み四十歳を過ぎた今もデビュー当時のイメージを保ち清潔感を漂わせる希有の存在である。したがって両派の対立などなかった」というものだった。

今回、僕は「めぐりあい」を再見して、その思いを強くした。当時、十八歳の主演女優は見事に恩地日出夫監督の期待に応えている。恩地日出夫監督は団令子を主演にして新しいヒロイン像を創り続けていたが、内藤洋子の「あこがれ」「伊豆の踊り子」と青春路線に移り、到達したのが「めぐりあい」である。

恩地監督が最初に評価されたのは「肉体の門」を原作にした「女体」で、その中で団令子が初めてオルガスムスを知るシーンが印象的に描かれる。おそらく「女の性」を描くことに興味があったのだろうが、今回、「めぐりあい」を見て同じテーマを忍ばせているのに気付いて僕は驚いた。記憶がまったく違っていたのだ。

以前に僕はこう書いている。

──印象的なシーンがある。少女を海へデートに誘い出すことに成功した青年は車を借りられず、結局、手配できたダンプカーに乗って海へ行く。その後、白い水着姿を酒井和歌子は披露してくれるのだが、カメラが青年の視点になって磯に寝そべる彼女の肢体をじっくりと映し出す。衝動に駆られた青年が、身を重ねようとするのを彼女は拒否する。次のショット。土砂降りの雨の中を走るダンプカーの荷台に酒井和歌子が乗っているのだ。

運転席と荷台で言い争うふたり。青年はダンプカーを止めて、荷台を斜めに上げてしまう。ずり落ちそうになる和歌子。怒鳴りあいながら、やがてふたりは土砂降りの雨の中、荷台で抱き合い初めて唇を重ねる。今も脳裏に焼き付いて離れないシーンである。

あれから、二十八年。今でも酒井和歌子を見て胸が騒ぐのは、あのダンプカーのラブシーンが甦るからだ。「めぐりあい」は封切りで一回、その後、テレビのカット版で一回見ただけなのに、鮮明に残っている──

しかし、実際は逆だった。岩場に寝そべる黒沢年男のたくましい肉体がアップになり、逆光で撮影された酒井和歌子の困惑した顔が写る。それは若い男の躯に性欲を刺激されたことに戸惑う少女の表情だった。間違いなく監督はそう描いている。

記憶というのは美化されるものだと思う。十六歳の僕は清純な酒井和歌子が男の肉体に魅せられるはずなどないと思いたくて、記憶をそのように修正した。酒井和歌子ほど「セックス」のイメージから遠い女優はいない。彼女ほど清く美しいという印象が変わらない女優も珍しい。

●いのちぼうにふるほどの聖性を持つ清純さ

聖なる存在に無頼漢たちが命をかける、という物語がある。戦前、天才監督と言われた山中貞雄の「河内山宗俊」では、女郎に売られる少女を救うために男たちは次々に命を落とす。聖なるヒロインは、まだ十代の原節子だった。

小林正樹監督の「いのちぼうにふろう」も同じ構造を持つ物語だ。深川安楽亭という一膳飯屋に巣くう無頼漢たちのひとりが、女郎屋で半殺しにあっていた堅気の手代を助けて連れてくる。

無頼漢たちが手代の話を聞いてみると、幼なじみで「末は夫婦に」と約束していた娘が病身の母親の薬代が払えずに売られてしまったことを知り、矢も楯もたまらず店の金に手をつけて身請けのために女郎屋を探し歩いていたところだったという。

手代は命を棄てても娘のところへいこうとする。「死ぬ気か」と問われ「いのちぼうにふってやれば、お喜和もよろこぶでしょう。私も気が済む」と言う手代の言葉を聞いて無頼漢たちは命をかけて娘を救おうとする。

手代にそこまで想われ、人殺しさえ厭わない無頼漢たちの心を揺さぶる存在であることを観客に納得させられる女優はそういない。この映画で出番が多いのは安楽亭の娘を演じた栗原小巻だが、ほんの数シーンしか登場しないお喜和の存在感が重要な作品だった。

もちろん、お喜和を演じたのは酒井和歌子である。アイドル的人気があった酒井和歌子だが、彼女の笑顔にはいつも影があった。笑顔がさびしそうな女優なのである。そんな酒井和歌子のお喜和を見れば、誰でも「この娘を苦界に落とすわけにはいかねぇ」と思うことだろう。

無頼漢たちは次々に死んでいく。近藤洋介、岸田森、佐藤慶、草野大悟、そして仲代達矢、彼らは恋人たちを救うためにデスペレートな想いを抱え御用提灯に向かって斬り込んでゆく。手代だけは娘の元にいかせるために、その恋を成就させるために、いのちぼうにふるために…

男たちが命を棄ててまで守ろうとした汚れのない何か、聖なる何か、それを体現するのが酒井和歌子という女優が演じたお喜和なのだ。「いのちぼうにふろう」は、死んでいった無頼漢たちが巣くっていた深川安楽亭に向かって手を合わすお喜和の姿で終わる。

酒井和歌子は昭和二十四年四月十五日生まれ。子供時代から劇団に在籍し子役やモデルとして活躍する。中学三年生の時に東宝にスカウトされて入社。「いのちぼうにふろう」に出演したときはすでに二十二歳になっていたが、デビュー当時から変わらぬ清純さを保っていた。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
一年ぶりに帰郷してきました。雨がまったく降らず、また、夏の水不足が懸念される雨量が日本一少ない地域です。帰郷しているときにちょうど弘法大師が作ったという日本一の溜池のゆる抜きがありました。実家の近くにも溜池がふたつあります。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
< http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html >

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■Otaku ワールドへようこそ![30]
日本の舵は誰がとるのか

GrowHair
http://bn.dgcr.com/archives/20060623140100.html
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さすがにネタが尽きてきたので、たまにはオタクのテーマから離れ、がらっと趣向を変えて書いてみよう。どうせなら、一番苦手な分野で。

●魅力的な新聞「Japan Times」

中学・高校時代、社会科はどうしようもない苦手科目で、日本史も世界史も地理も政経も倫社も赤点大行進だった。その影響は今も尾を引き、一般常識の方面では"人後に落ちる"こと遥かなるものがある。実は2年前のオリンピックで気がついて仰天したのだが、ギリシアという国は古代のうちに消滅して、今はイタリアになっているものだと思い込んでいた。

そんな私だが、6月4日付け「Japan Times」紙で読んだコラムがちょっと面白かったので、この話題を取り上げようと思ったのである。1972年当時、米大統領補佐官だったキッシンジャー氏の「ジャップは裏切り者」発言について、Roger Pulvers氏が解説したものである。

その話に入る前に、「Japan Times」というのはなかなか魅力的な新聞である。日本のメジャー紙が右寄りだとか左寄りだとか、よく取り沙汰されるが、私から見るに、中心がほんの少しだけどちらかに寄っていて、散らばりの範囲が非常に狭い。それに対して、「Japan Times」は、あっちの極端からこっちの極端まで広範囲に意見を載せるので、どこに中心があるのか、よく見えない。特に親米・反米の意見をよくカバーしている。ジャーナリズムの精神、かくあるべし。もっとも、日本の新聞が真似たら、あらゆる方面から不評を買いそうだが。

新聞というものは、公共性が高く、公平・公正を要求されるとは言いながら、売って対価を得る商品であることには変わりがなく、売上げを伸ばすためには、読者を批判するのは得策ではないという限界がある。その点、英字新聞は日本人に読まれる心配がないので、対日批判などもずけずけと書ける。日本の新聞が、どういうクサいものにフタをしているかが、よく見えてくる。

言い換えると、日本語でしかものを読んでいないと、非常に狭い範囲の情報にしか触れることができない。国際ニュース解説のメルマガを発行する田中宇(さかい)氏も、情報源の9割方は英語だそうである。

●キッシンジャー補佐官の「ジャップは裏切り者」発言

これ自体は日本の新聞でも報道されているが、1972年の日本と中国の国交正常化をめぐり、当時ニクソン米大統領の補佐官だったキッシンジャー氏が、「あらゆる裏切り者の中でもジャップ(日本人の蔑称)は最悪」と発言していたことが5月26日、米民間シンクタンクが情報公開法に基づき入手したホワイトハウスの極秘文書で明らかになった。さらに「品性に欠く性急な国交正常化だけでなく、訪中日として国慶節を選びよって」とも。

Pulvers氏の解説によれば、背景には次のような事情があった。1971年7月に、キッシンジャー氏自身が極秘裏に中国に渡り、米中国交正常化への道をつけた。翌年2月にニクソン大統領が北京に渡り、毛沢東と握手をした。日本には何の事前告知もなかった。そりゃそうだ。アメリカの外交方針を、なぜいちいち日本に知らせる必要があろうか。

出し抜かれた田中角栄首相は、波に乗り遅れまいと、極秘裏に中国と交渉を進めて1972年7月に訪中し、日中国交を完全正常化すると宣言した。これが今度はアメリカを出し抜く結果となり、同年8月、ハワイ・オアフ島のホテルで行われた会合の席上、前述のキッシンジャー発言につながった。

この発言から伺える本音は、世界の国々の友好・敵対関係を変えるシナリオを書いていいのはアメリカだけであって、たとえ和平交渉といえども、他国が勝手に進めるのは許されない、ということである。

●ロッキード事件で角栄氏有罪

Pulvers氏の解説はここまでで、実際、日中関係との関連性は藪の中だが、1976年2月にロッキード事件が明るみに出た。全日空はダグラス社の旅客機を正式発注する直前の状態だったが、土壇場で覆され、ロ社のものを発注した。工作費用としてロ社から30億円が日本に渡り、うち5億円が田中首相の懐に入ったとされる。1983年に田中氏に収賄の有罪判決が下った。

田中角栄氏といえば、小学校しか出ていない身でありながら努力一筋で首相の座まで登りつめ、「日本列島改造論」の構想を打ち立てて日本を明るい未来へ導こうと志す、国民的英雄だった。子供に角栄と名づける親も多くいた。ところが、ロッキード疑獄により、一挙に金権体質の極悪人へと評判は転落。全国のリトル角栄君たちにはお気の毒さまである。

「我々庶民は額に汗して働いてなお貧しいのに、権力の影で汚い手を使って私腹を肥やしているやつがいる」という暴露話に世論は抗しがたいようで、昨日まで英雄だった者の評判が一瞬にして地に堕ちるという構図は定番である。

憶測の域を出ないが、もし田中氏の失脚が、日中国交回復のしっぺ返しとして仕組まれたものだとしたら、第2次大戦の敗戦国である日本がアメリカに首根っこを押さえられ続けていることをよく象徴していないか。アメリカ原作のシナリオを外して動いた役者にはスキャンダルが降りかかり、世論もなぜか同調する。日本には独立独歩の道はないのか? この状態で国連の常任理事国入りしても、意味がないだろ。

●もしかして北朝鮮の件も?

そうなると勘ぐりたくなるのが、北朝鮮の件である。2002年9月17日、小泉首相は弁当持参で北朝鮮の平壌を訪れ、金正日総書記との日朝首脳会談に臨んだ。日本は過去のことを謝罪し、北朝鮮は拉致を認めて謝罪し、両首脳は「日朝平壌宣言」に署名した。拉致被害者の5人生存、8人死亡という情報には青ざめたが、言いづらいことを正直に言ったという点においては誠実さが感じられる。松茸を土産にもらい、日朝間の和平が一挙に進展しそうな風向きであった。

同年10月15日、5人の拉致被害者を乗せたチャーター機が羽田空港に到着した。ここへ漕ぎ着けるまでに最も功労があったのは、当時の外務省外務審議官、田中均氏である。拉致問題の解決と日朝国交正常化に向けて、約1年間にわたって北朝鮮と水面下で交渉を続け、交渉相手に足る一定の役割と権限を握る人物(通称「ミスターX」)を見つけ出し、外交交渉に必要な信頼関係を築き上げた。

このあたりのことは、田中均氏自身が、外務省退官後に、「月刊現代」2005年11月号に10ページにわたって書き綴っている。タラップを降りてくる5人の姿が画面に映し出された瞬間、一種の達成感と、5人が無事に帰国できたことへの安堵感で、執務室の中でひとり涙を流したという。

米国のブッシュ大統領は「これもアメリカが辛抱強く北朝鮮と対話路線を進めてきたことが背景にあってのことだ」とコメントしたが、何となく出し抜かれて狼狽した観がなくもなかった。

その翌年、北朝鮮に核開発疑惑が持ち上がり、日朝関係は一気に悪化した。以降の交渉は、米国、韓国、ロシア、中国を加えた6ヶ国協議へと枠組みを移したが、北朝鮮への態度は強硬姿勢に転じ、拉致問題は進展しなくなった。あっち側から見れば、5人を帰したとたんに、日本は態度をころっと豹変させ、太陽政策から北風政策に切り替えたのである。怒って当然。おかげでこっちは今、いつテポドンが降ってくるかと、頭がすーすーする。

やはり、シナリオはアメリカが書くのだと言わんばかりである。小泉首相が失脚を免れたのは、田中均氏を切り捨てて、ブッシュ大統領にすり寄ったからであろう。日本の世論も、田中氏を悪者のように言った。が、前述の手記によれば、首相や外務大臣ともよく相談をしながら交渉を進めたとあり、「秘密主義の田中均氏が独断で交渉した」という批判はあたらない。むしろ長年の膠着をほぐし、5人を帰国させた功労はノーベル平和賞に値しないか。

●大東亜共栄圏の再来を恐れるアメリカ?

米国は「大東亜共栄圏」の再来を阻止したいように見える。大東亜共栄圏とは、1940年代、東南アジアの国々が欧米列強に次々と植民地化されていく流れの中で、対抗策として、日本を盟主としてアジアの国々が結束を固めようという構想である。構想自体は立派だが、実践のしかたが狂気じみていて、アジアの国々をかえって苦しめた。

現在、アメリカの横暴ぶりが世界中から危険視されている中で、アジアもヨーロッパ共同体(EU)にならって結束を固めたほうがよいのだが、大東亜共栄圏の悪夢があるので、なかなかすんなりとは運ばない。これではアメリカの思う壷で、本来、日本は中国や韓国を敵視している場合ではないのだが、どうしてもシナリオ通りにしか進んでいかない模様である。

田中、田中と来たら、もうひとつ、2002年1月に田中真紀子氏がスカートの裾を引っ張られて外務大臣の椅子から引きずりおろされた件についても勘ぐりたくなる。スカートの裏には何かあったのではなかろうか。

●指させて指す

将棋には「指させて指す」とか「相手の手に乗って指す」という戦略がある。部分的には相手に譲った形をしているが、それだけでは負けてしまうので、相手が気を抜いている、どこか別のところでポイントを稼ぐ高等戦術である。

相手が位を取りたい(序盤で自陣と敵陣の中間である5段目まで歩兵を進めることにより、自陣を広く確保し、敵陣を圧迫すること)なら取らせてやり、駒を交換したいならさせてやり、駒を成り込みたいなら成らせてやる。相手のシナリオに乗っかりながら、しかし、大局的には形勢を損ねていない。こういうのは、実力が相当高いレベルにないとできない芸当ではあるが。

日本の外交も、アジアとアメリカの板挟みで、舵取りが非常に難しい。行政レベルではアメリカのご機嫌を損ねないように尻尾を振りつつも、草の根レベルではアジアの国々と対話を重ね、協定や条約を結ぶといった格式ばった動きをせずとも、がっちりと友好関係が築かれていくのがよい。

日本海の両岸でお互いにズボンを下ろしてケツを向け合いながら(mooningと言い、相手を侮辱するジェスチャー)、その実、パソコン画面では親密にチャットしているような構図が麗しい。

嵐の只中にあっては、不可視作戦というのも面白いかも。国際社会の中で、日本は毒にも薬にもならない、善良で無能なでくのぼうというイメージを演出し、存在感を消すのである。宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の人物像。世界からナメられても意に介さず。しかし、イメージでは沈没しても、実利と安全では沈没しないよう、したたかに舵を取る。バカの鎧。

それと、万が一、日本がテロにあっても過剰な反応をせず、冷静に対処できれば。反イスラムの世論が一気に高まったのでは、西側の思う壷だ。そういう柔軟な動きのできる人に時期総理になってほしいものである。



何しろ常識欠乏症の私のことなので、ひとつ、肝心なところが分からない。上記のことは、たいていの日本人なら思っていることで、「今さら何をか言う」のレベルなのか、それとも、勝手に繰り広げたとんでもない妄想、ギリシアの件と同レベルの勘違いなのか。まあしょせんはネタに詰まったオタクのたわごと、忘れて下さい。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。これが配信される頃には、出張で台湾にいるはず。台湾は海外で初めてメイド喫茶ができた国、あ、いやいや地域。ネタ探しが楽しみ。
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■編集後記(6/23)
・戸田市に引っ越してきて1か月後の2004年元旦に初日の出を見るため荒川堤防に上がったとき、太陽の出る方角の川口市の景観はというと、日本一高いマンションのほかビルが数本がチラホラ見えていた程度だった。いまや毎日犬といっしょに上がる堤防から見る川口市は、高層ビルがたくさん建ち並び、建設中のビルも多い。昨日は、文教堂が駅前のビル内に広い店舗を出していると聞いたので見に行った。それまでよく行っていた書泉ドームが、さいきんは面積が減り本の配置も変わってしまったのでちょっとなーと思っていたところだ。文教堂は食品スーパーや無印良品の上階で、ワンフロアの手頃な広さだ。捜している書名を告げると、端末ですぐに棚を特定してくれた。ここは使えそうだ。さらに、上階にはコンピュータ制御の最新式図書館システムの導入された(といっていながら、じつはよくわからないが)市立図書館が7月にオープンする。蔵書数も膨大で、とにかくすごいらしい。自宅から川口駅に行く新ルートを開発したので(もちろん自転車)、今後はちょくちょく川口通いだ。そのルート沿いには、巨大円筒形の高層マンションをはじめ多くの新しい物件がニョキニョキ建設中で、古い古い低層の住宅がその回りを囲む形で、コントラストがおもしろい。ぜひ撮影しておきたいところだが、35ミリ換算で38ミリのカールツァイスでは収まりきれない。ニッコール24ミリを装着したニコマートが久々に登場か、と思って取り出したらミラーはほこりでよごれ、スポンジがぼろぼろ、えらいことになっている。他の一眼レフやレンズは見るのがこわい。デジタルカメラばかりかまって、銀塩くんを放っておいてすまなんだ。(柴田)

・トリビアがかかっていた。「ホスト、ホステスが思うデリカシーのない人ベストテン」という内容。順位については、その職業ゆえの厳しい内容があってあまり興味はない。ホスト、ホステスさんの年齢や年収が表示された上で彼らの個々の意見が発表されるのだが、接客業であるのに顔を出してお客さんのことを話していていいのかしら、と。こんな人はイヤ、こんなことされたら腹が立つなどとズケズケ言う人(こちらが顔をしかめたくなるような言い方の人)までいる。その中で一人だけが、TPOに合わせて声の大きさを変えられる人はいいですよね、というようなことを言った(ちゃんと見ていなかったので、うろ覚えですみません)。彼が言いたかったことは、ところかまわず大声を出す人はデリカシーに欠ける、ということ。でも否定の言葉を使わずに言いたいことを言っちゃった。言いたいことを我慢したわけではないのでストレスも少なかろう。年収も飛び抜けて高かった。さすが接客やサービス業をわかってはるわ。勉強になりました、ありがとう。/また4年後! ブラジルとの戦いが見られて良かった。次は勝てる試合に勝つ!(hammer.mule)

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