[2003] 本もなければ生きていけない

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,300文字)


<読まねばならない>            

■映画と夜と音楽と…[296]
 本もなければ生きていけない
 十河 進

■DTPユーザーのためのWeb再入門[2]
 Web標準ってなんじゃらほい?
 鷹野雅弘
 
■デジクリトーク
 2000号おめでとうございます
 まさや゜


■映画と夜と音楽と…[296]
本もなければ生きていけない

十河 進
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●日曜の朝の楽しみ

日曜の朝の楽しみは、ゆっくり新聞の書評欄を読むことだ。十八歳で上京したとき以来、朝日新聞を取り続けてもう三十六年間、書評を読み逃したことはない。いくつか印象的な書評も記憶に残っている。関川夏央さんの連載「本よみの虫干し」(岩波新書でまとまった)など、愛読したコラムも多い。

今朝もゆっくり書評欄に目を通した。今年の四月から始まった「たいせつな本」シリーズはひとりの選者が大切に思う本を数回にわたって紹介する連載コラムで、先週までは確か安藤忠雄さんだった。安藤さんが紹介した建築関連の本をいくつか読みたくなった。

本日からは森村誠一さんである。取り上げていた本が「ジャン・クリストフ」で、僕にも個人的な思い出のある小説だ。十四歳の時に読んだジャン・クリストフの悲しい初恋が甦る。森村さんの思い入れがよく伝わってきて、僕も四十年ぶりに読み返したくなった。

次の面には、星野博美さんの新刊が出ていた。「のりたまと煙突」という本だ。星野さんの本は大きく宣伝されるといったものではない。金曜日に本屋を覗いたばかりだったけど、見かけなかったなあ。書評担当は僕の贔屓の中条省平さんである。

星野さんの本は「転がる香港に苔は生えない」と「銭湯の女神」を読んでいる。どちらもオススメの本である。「転がる香港に苔は生えない」の方は本業の写真もふんだんに掲載されている。カメラ雑誌の編集部にいたとき、僕は星野さんの最初の写真展をみているはずだ。

星野さんは、僕が尊敬する写真家である橋口譲二さんのアシスタントだった。橋口さんには何度かお会いしたが、そのときのアシスタントが星野さんだったかどうかはわからない。僕は「銭湯の女神」を最初に読んで感心し、「転がる香港に苔は生えない」を遡って読んだ。

書評を書いた中条さんは、昔、「マリ・クレール」が読書特集や映画特集をやるときにはメインライターとして活躍したフランス文学の先生で、僕よりいくつか若いのだがその博識とジャンルの広さには畏れ入っている。「スイングジャーナル」では新譜評を書き、映画の評論本を何冊も出している。僕も何冊か持っている。

その中条さんが星野さんの新刊を「スリリングで感動的なショートエッセイ」と評し、「星野博美はつねに物事の隠された一面に目を向ける。そのまなざしの意外さに、読者ははっと胸をつかれる」と書いている。

凄いのは「ここに、現代最良のモラリストがいる」と中条さんが断言していることだ。しかし、星野さんの二冊の本を読んでいる僕は、それを大げさだとは思わない。星野さん自身の若き日々を描いた「転がる香港に苔は生えない」も、東京の日常を見つめる「銭湯の女神」にも僕はそのようなニュアンスを感じていた。

「銭湯の女神」(現在は文春文庫に入っているはずだ)のように星野さんのエッセイのタイトルはうまい。中条さんも書評の最後を「一つ一つのタイトルのうまさにも惚れ惚れする」と締めている。文章を読み、タイトルの意味を理解した後に、筆者のやさしいまなざしを感じることだろう。読まねばならない。

●読みたくなるような書評を

星野さんの新刊書評と同じ面の「著者に会いたい」というシリーズコラムには井伊直行さんが写真入りで紹介されていた。井伊さんは確か「群像」新人賞か長篇賞を獲得して出てきた人だ。もう二十年以上前だと思う。その頃、僕は文芸誌を数冊、毎月買っていた。

井伊さんの新刊「青猫家族輾転録」は五十一歳の男が主人公らしいのだが、それについて著者はこう語っている。

──五十過ぎの人間が自らを僕と称し、一昔前の若者小説みたいな文体で小説を書くのは気味が悪いと苦言を呈する人がいたら、そりゃもっともだと賛成する。賛成はするものの、結局僕はこのスタイルを貫くだろう。

僕もこのコラムをずっと「僕」で書いていて、それにはそれなりの考えがある。一度、「僕とわたしとオイラと俺と…」というタイトルの文章を書き始めたが、途中でやめた。この歳で僕はないだろうと思うけれど、村上春樹さんの「僕」にこだわる姿勢にも共感する。それはおそらく世代的な感覚なのだと思う。

さて、次の面には田中貴子さんという大学の先生が出した「鏡花と怪異」という本を野口武彦さんが書評していた。野口武彦さんの文芸評論や江戸の本は何冊か持っているが、田中貴子という人はまったく知らない。その書評はこう書き始められていた。

──鏡花論を読む楽しみは、聞きなれた楽曲を新しい演奏で聴くことに似ている。どう弾くかと期待に心が躍る。

我が家の廊下に置いた(部屋からはみ出したので)本棚には、岩波版「鏡花選集」が並んでいる。全十二巻、一巻が三千五百円だったから、四万二千円かかったことになる。

「鏡花選集」は、1981年から1982年にかけて配本された。当時、僕は三十になったばかりである。最初の子供が生まれ、小遣いも少なかったのによく買えたものだと思う。当時は、それ以外にもずいぶん本を買っていた。

同じ面に紹介されていた「魚のつぶやき」という本もひどく興味を惹いたが、頁をめくると「クロスゲーム」というあだち充の新作コミックが取り上げられていた。書評を読むと「タッチ」の変奏曲のような物語展開らしいのだが「旧作を超えようという著者の強い意志が感じられる」という。その文章で読みたくなった。

本を(映画や音楽も同じだが)紹介するのなら「読みたくなるような文章を書く」のが僕の考え方だ。もちろんきちんと批判する批評は大切だし、見事な批判なら僕も感心するけれど、どうせ取り上げるなら人に勧めたいものを選びたい。読んでガッカリしたのなら自分の選択が間違ったと諦めるだけである。

●書評で知った一冊の文庫本

先日、読んだデイビット・ベニオフの「99999(ナインズ)」は、朝日新聞の書評を読んで読みたくなった本だ。新潮文庫で出たばかりである。翻訳者の田口俊樹さんはマッド・スカダー・シリーズでおなじみだったので、その信頼感もあった。

「99999(ナインズ)」には八編の短編が掲載されている。僕は通勤時間を中心に読んだのだが、片道で一編読むのが精一杯だった。ひとつひとつの短編の読後感が素晴らしいのだ。ひとつを読み終えてもまだ会社には着かない。しばらく僕は余韻に浸り、もの思いに耽った。

昼休みになると、その本を持って会社を出た。食事を終え、コーヒースタンドへ入り通りを眺められる窓際のストールに腰を降ろし、今朝、読み終えた短編をもう一度読み始める。そうすると、ストーリーを追わずによいので、ゆっくりと文章が頭に入ってくる。

一行一行を吟味しながら読むと、気付かなかったものが見えてくる。感じられる。心に沁みる。好き嫌いはあるだろうが、ほとんどの短編が素晴らしい。僕が気に入ったのは「幸せの裸足の少女」「ノーの庭」「ネヴァーシンク貯水池」である。

表題作の「99999(ナインズ)」はよくできた短編だし、再読すると語り手のキャラクターが違ったものに感じられ深い理解もできるのだけど、全編に漂う暴力的なニュアンス、異常性が強く迫ってきて息苦しくなった。しかし、タイトルの意味を知るだけでもこの短編を読む価値はある。

「幸せの裸足の少女」を読み終わったときは、通勤電車の中でこみ上げてくるものを堪えきれなくなった。涙を溜めた目を車窓から外を見ることで我慢した。大好きなアーウィン・ショーの短編「80ヤード独走」を思い出す。「80ヤード独走」と同じように、これから先、きっと何度も読み返すだろう。

十六歳のときに友人の車で東部からカリフォルニアをめざした主人公は、途中の小さな街で同じ歳くらいの自転車に乗った少女と知り合う。彼女は裸足(アメリカ人にとって裸足は特別な意味があるのだろう)で、ふたりは数時間を一緒に過ごす。淡いふれあいだが、彼女は「わたしのことを忘れないで」というメモを残す。

十四年後、三十歳になった主人公はある想いに駆られて彼女を探し始める。ファースト・ネームしか知らない彼女を探すために、その町にひとつしかない高校を訪ね、図書館で卒業アルバムをめくり続ける。やがて、彼女の写真が見付かる。数年後輩だったという図書館の司書が彼女の消息を知っていた…

──彼女は生きていて、今はラスヴェガスにいる。彼女はヴェガスで一番のブラックジャックのディーラーだ。

その主人公の言葉を読んだ途端、僕の頬を涙が伝った。人が生きていくことの苦さ、理不尽さや悲しみ、悔恨と苦悩、諦めきれない何か…、たった四十数頁の短編で著者は人生を描ききったのだ。そのうえ、ラストでは希望さえ感じさせてくれる。

「ノーの庭」では、有名女優に似ている女優の卵がテレビドラマのレギュラーの仕事が決まった後、レストランで有名女優に間違われサインをねだられる。そのとき、彼女は間違われた有名女優になりきり、サインをねだる少女にメッセージを書く。そのメッセージを読んでしみじみと暖かい気持ちになる。

「ノー」と拒絶されることの辛さが身に沁みている彼女は、自らも「ノー」と人を拒絶することがあるのだと思い知らされる。「ノー」と言われることの辛さ、人に「ノー」と言う辛さ…、彼女がなぜそんなメッセージを書いたかは、それまでのストーリーが教えてくれるのだ。そのことから感動がジワリと湧き起こる。

デイヴィッド・ベニオフの処女長篇「25時」はスパイク・リー監督で映画化され、ベニオフ本人も「トロイ」の脚本を担当しブラッド・ピットと一緒に来日、ハリウッドで莫大な脚本料を取る作家になったという。田口俊樹さんも「あとがき」に書いているが、小説の次作があることを僕も願う。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
ビートルズ来日四十周年なので、ビートルズものの番組が多い。覚えていますよ、1966年6月末の大騒ぎ。「アサヒグラフ」増刊の「ビートルズ来日特集号」を買いました。まだ二十八歳だった浅井慎平さんが撮ったビートルズのコンサート写真が掲載されていました。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
< http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html >

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■DTPユーザーのためのWeb再入門[2]
Web標準ってなんじゃらほい?

鷹野雅弘
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●SEOってご存じですよね?

近年、Web制作の現場では「SEO」という用語にふりまわされっぱなしだ。SEOとはSearch Engine Optimization/検索エンジン最適化、つまり、検索サイトで上位に来るようにHTMLのコードを記述する傾向と対策のこと。

Google、Yahoo!ともにガイドラインは出しているものの、「アルゴリズム」と呼ばれるそのロジックについてはきちんと公開しているわけではなく、また、ロジックそのものも少しずつチューニングされているので、いわゆる仮定と検証によってSEO対策が行われているのが現状だ。

検索エンジンでは、クローラーと呼ばれるプログラムによって、Webページを自動巡回し、各ページにどんな情報が書かれているかを日々、蓄積していく。でも、このクローラー、もちろん、文字の大きさや色、画像などの視覚的要素を、私たちと同じように認識することはできない。そこで「ここは見出しです」「ここが大事なんです」のように意味を示すタグ付けを適切に行なうことが、SEO対策の基本となる。

実はWeb制作においては、長らく、このきちんとしたタグ付けということが行われてこなかった(今も進行中)。HTMLの基礎である、< h1 >(大見出し)、< h2 >(中見出し)、< h3 >(小見出し)、< p >(段落)、< ul >/< ol >(箇条書き)、< address >(連絡先)、< strong >(強調)などを使うことはナンセンスとさえ言われていた時代があり、視覚的に見栄えのよいページを作ることが重要視さ
れてきたのだ。

●アクセシビリティはSEOと共通部分が多い

さらに、近年、「アクセシビリティ」への対策も無視できなくなってきている。「Web JIS」と呼ばれる、アクセシビリティに関するJISが2004年6月にリリースされ、企業責任としてアクセシビリティに取り組む企業/自治体が増えている。

実は、このアクセシビリティ、少し誤解されているところがあり、単に視覚障害や肢体障害のある方向けの対策であるかのように受け止められがちだが、そればかりではない。人は誰でも歳を取る。「老眼」は当然、マウス操作だって、いつまでもサクサク行なえるとは限らない。アクセシビリティは、ある意味、全員が当事者である問題だ。

さて、ここでアクセシビリティ対策を行なっていく上でも、HTMLの記述を適切に行なうことが重要になってくる。音声ブラウザのふるまいは、検索エンジンのクローラーのふるまいと非常に近く、SEO対策とアクセシビリティ対策には共通する部分が多いのだ。

「ここのフォントを大きく」「ここの幅を300ピクセルに」などの視覚的な要素をHTML内に記述するのでなく、これらをHTMLから追い出してCSS(スタイルシート)で記述する。同時に、HTMLでは< h1 >、< h2 >、< p >、< ul >などの意味付けのタグをきちんと記述する。これを総称して「構造と表現の分離」と呼ぶ。

つまり、何重にも重ねたテーブル、セル幅を固定するスペーサーイメージ、文字サイズを指定する< font >タグなどはすべて排除するこを意味する。CSS(スタイルシート)そのものは1996年から存在し、「構造と表現の分離」という概念はあったものの、ブラウザの実装(CSSの再現性)が非常に悪く、“CSSは使えないもの”とされてきた。

アメリカのWaSP< http://www.webstandards.org/ >というデザイナー集団の働きかけもあり、ブラウザの実装も少しずつ改善され、2002年くらいから、「構造と表現の分離」を体現した大手サイトが実際にどんどんリリースされている状
態だ。

●Web標準

このように、SEOやアクセシビリティを実現するために、Web制作の手法が変わりつつあるが、ここでキーワードになるのが「Web標準」。< h1 >、< h2 >、< p >、< ul >などの意味付けのタグが原点回帰しているわけだが、これらを取り決めている規格を尊重し、また、それに準じて制作することが「Web標準」だ。

一般的には、構造を示す言語「XHTML」「XML」、スタイルを指定する言語「CSS」、スクリプト言語「ECMA Script」などを指すが、Flashだって、ある意味、Web制作においてなくてはならない標準のものであり、逆に、規格である画像のPNG形式がなかなか使われず、いつまでもGIFが使われるなど、理想と現実の「ねじれ」は存在している。

●CSS Niteと[Web標準の日]

2005年10月からアップルストア銀座で開催している「CSS Nite」< http://www.cssnite.jp/ >との発展形として、[Web標準の日](The Day of Web Standards)を7月15日に開催する。「Web標準」の実装部分に関してのセミナーを中心に、「Web標準によって、どんなビジネスメリットがあるか」を語るパネルディスカッション等で構成する。

「Web標準」の解釈そのものにもブレがあり、そのブレを楽しみつつ、新しいWebの動向を知るのに/深めるのにどっぷりと浸かる一日のイベント。著作や雑誌の連載等で著名な方々を贅沢に集めた。
< http://web-standards.jp/?page_id=32 >

SEO、アクセシビリティ、CSSレイアウトなど、Web制作の「今」の動向が気になる方には、ぜひ脚を運んでいただきたい。

◇日時:2006年7月15日(土)11:00〜21:00(受付10:30〜)
◇場所:六本木アカデミーヒルズ49 タワーホール
◇受講料:21,000円(1日券)残席わずか
◇定員:500名
< ◇公式サイト:http://web-standards.jp/ >

・大藤 幹の『Web標準の基礎知識』第1回
< http://www.infoaxia.com/practice/experts/ofuji/index.html >

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■デジクリトーク
2000号おめでとうございます

まさや゜
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ボクが、デジクリを始めて読んだのは、2002年3月の1057号でした。そもそも、デジクリを読み始めたきっかけは、確か、ボクが文字好きのコトを分かっている知人から、十河さんの文章を紹介された事が始まりだったと思います。その時は、まだ「映画と夜と音楽と…」ではなく、デジクリトークのようなものだったと思います。

結局、初めて十河さんの文章を目の当りにしてから、今も変わらずに、十河さんの文章を読めている事が非常に嬉しく思えます。自分の人生に、その当時の映画を重ね合わせ、時には酔い、歌い、愚痴って、その時代への怒りを表し、未熟な自分を嫌悪していた思い出などに、「なんだ、ボクと一緒じゃないか」と安堵してみたり、「ボクにゃあ、そこまで、何かに熱中できないよな」と憧れながらも、その時代に嫉妬すら覚えていました。ようやく30を迎えたボクには、時代の違いこそあれ、それでも(僭越ですが)共感を与えて貰っています。

あ、モチロン、本も買わせて貰いました。んで、その後、プレゼントに当選して、もう一冊、十河さんの本が家にあるんです。通し番号が違うので、なかなか人に譲れないんですよねえ。それでは、今後も素敵な文章を拝見させてください。(と、まあ、男に言われてもゾッとするんでしょうけど)

なんだか、ついでのように書いてしまい恐縮ですが、柴田編集長の編集後記を毎回、楽しく読ませていただいてます。毎日、あれだけの文章を書くことは、とても大変だなあと、自分で日記なんかを書き始め、改めて感服しております。なんだか最近、目眩などの体調不良の話もあり、心配ですが、ハニー号共々、お元気で頑張ってください。


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■編集後記(6/30)

・デジクリの新しい世紀が始まります
サイトもリニューアルオープン
< http://bn.dgcr.com/ >

・竹村公太郎「土地の文明」(PHP研究所)を読む。わけのわからんタイトルだ。副題に「地形とデータで日本の都市の謎を解く」とあり、それでなんとなく分かった。鈴木博之「東京の地霊」とか中沢新一「アースダイバー」などを興味深く読んでいて、こういう土地の歴史にまつわる話が好きだ。著者は国土交通省でインフラ整備の仕事に携わった人で、地図や各種資料をパズルのように読み解いて、思いもかけない結論を導き出すという手法で、1ダースほどの都市の謎を解明していて、なかなか興味深い。たとえば東京は、検証・皇居の正門は半蔵門、赤穂浪士の討ち入りはなぜ成功したか、三河・矢作川の水争いの3部構成で、徳川幕府百年の復讐談が語られる。なるほどこういう忠臣蔵の解釈もあるのかと感心した。なぜ源頼朝は鎌倉に居座って京都に出なかったのか、その理由は「京都は劣悪な衛生状態だったから」と明快。インフラの視点から、それを備えた鎌倉と、備えない京都を比較している。使われる資料がまたおもしろい。市町村別人口の増減図と、高速道路の整備と人口の増減図なんて感動的だ。都道府県別ホテル・旅館客室数、都道府県別地籍確定状況の図なんてのも意外な真実だ。過去2回行われた遷都の理由と、現在の首都移転論には現実観がないなどの指摘は非常に説得力がある。著者独自の、地形、気象、インフラの下部構造からアプローチした歴史解釈というスタイルが刺激的な好著だが、あっさり結論を出すのがもったいないという気もした(もっと盛り上がる文章構成があるはず)。しかし、大阪名物「五・十日の渋滞」の理由は、五・十日は「信用を交換する決済日=顔を見に行くから」という納得の答えを見つけているが、そこから「人が会わない情報交換社会、IT社会」へと転じ、ITの平凡な批判が始まるところに違和感をもった。インフラからの視点はどこに行ったのかという感じだ。(柴田)

・Iさんと何年かぶりに会う。Iさんには、八年前に一夜にしてデジクリ発行会社が潰れた時(夜逃げさせられた)、デジクリを継続するかどうか、急に仕事がなくなって不安になったことなどを相談したことがある。他何人かの方にも相談した。仕事がなくなったのにデジクリは継続したんだから、我ながら図太い神経をしていると思う。デジクリ発行のため再就職せず、経験も仕事もないのにフリーを選ぶなんざ、いま思えば十年早いっ! でも一人じゃ到底できなかった。アルバイトという身分だったから不安で、何かあった時のためにと、安い賃金からコツコツ貯金しておいたのも役に立った。営業しなかったのに、デジクリと関係のないところで、細い繋がりから何故か制作仕事が飛び込んできた。道ばたでばったり何年かぶりに先輩に出会い、こんな仕事しているんです〜と話していたら、仕事が欲しいという話はしなかったのに、その先輩から人を紹介してもらえたり。今でもそことは続いている。好きな音楽を通じて知り合った人からも仕事がもらえたり。彼女にも甘えてしまってばかりで、あっ、頑張りますっ、ごめんなさいっ! 水曜日笠居氏にもアルバイト斡旋してもらったり。なんかいつも人に助けてもらってる。やっと一人で服は着替えられるようになりましたよ、周りの皆さん。           (hammer.mule)
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http://sportsnavi.yahoo.co.jp/fight/other/column/200606/at00009716.html
>
< http://akiyamajun.typepad.jp/blog/ >  秋山社長の ↑小橋