映画と夜と音楽と…[302]この大嘘つきめ!!/十河 進

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Ray / レイ●自分を守る嘘と他者を守る嘘

サイモンとガーファンクルが「ライラライ、ラララララライラライ〜」と歌う曲がある。僕はそれを単なるスキャットだと思っていたのだが、英文の歌詞を見ると「lie,lie,lie,lie,lie,lie,lie,lie,lie,lie」となっていて、「嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、嘘」としつこく歌っているのだと知った。

レイ・チャールズの伝記映画「レイ」を見ていたら、母親が「嘘つきは泥棒よ」と子供たちに教えているシーンがあったけれど、「嘘つきは泥棒の始まり」に似た言い回しが英語にもあるのだろうか。もっとも、日本には「嘘も方便」という逆の意味のことわざがある。

「嘘はいけない」という基本的なモラルは世界共通なのかもしれない。しかし、一度も嘘をついたことがないという人はいないだろう。自覚していないものを含めれば、人は日常的に嘘をつく。嘘が「本当のことではない」という意味なら、誇張も嘘になるのかもしれない。


僕はすべての嘘がいけないとは思っていない。実際は五十センチくらいの魚でも「全長一メートルもある大物を釣り上げたよ」と自慢するたわいのない嘘はいいんじゃないか、と思う。話半分と言うしね。もっとも、そういう場合は日本語には「嘘つき」とは異なるニュアンスの「ほら吹き」という言葉がある。

「ほら吹き」には罪のないユーモラスな響きがある。人をなごませるニュアンスがある。しかし、悪意のある嘘は重大な罪だし、自分を守るための嘘は恥ずかしい。醜い。浅ましい。

たとえば、政治家が卑劣に見えるのは、保身のために嘘をついているのが見えてしまうからだ。違法な献金を受けながら「記憶にない。私は知らない」と繰り返す大物政治家の姿は、悲しいことにおなじみになっている。前言を翻したり、失言を「違う意味だ」と言い訳したり、公人たちのあからさまな嘘は珍しくない。

一方、感動的な嘘がある。他者を守るためにつく嘘、愛する人をかばうためにつく嘘だ。思いやりから生まれた嘘である。愛や友情がつかせる嘘が人間の世界には存在する。そんな嘘は多くの映画で描かれてきた。そして、それらの映画は世界中の人を感動させてきた。

さらば友よたとえば「さらば友よ」で、最後まで嘘をつき通すチャールズ・ブロンソンほど崇高な男を僕は知らない。彼はアラン・ドロンを逃がすために自らを囮にして警察につかまり、嘘をつく。男のプライドをかけた警部との賭けに負け真実を話さなければならなくなったとき、自分が不利になる真実だけを告げるのだ。

そう言えば同じような男がいた。天使が消えた街に住む中年の私立探偵だ。彼はギムレットを一緒に呑んだ友人が夜明けに拳銃を片手に現れたとき、彼の陥った状況を想像しながらも逃亡に力を貸し、その結果、警察につかまって刑事たちにこづきまわされ、留置場に何日も拘留されても口を割らない。嘘をつき通す。

冒険者たち「冒険者たち」のラストシーンのように、死にゆく者につく嘘もある。

親友同士のマヌー(アラン・ドロン)とローラン(リノ・ヴァンチュラ)はレティシアという女性にふたりして心惹かれるが、レティシアは死んでしまう。レティシアの面影を抱いてふたりは生きていく。しかし、ふたりが見付けた財宝を狙っていた元傭兵たちに襲われ、マヌーが腹部を撃たれる。

傭兵たちを皆殺しにした後、ローランは死にゆくマヌーを抱き上げ「レティシアはおまえと暮らしたいと言っていたぞ」と言う。それを聞いたマヌーは微笑みながらこう言ってこときれる。

──この大嘘つきめ!!

●幸せを生み出す嘘がある

Dear フランキー コレクターズ・エディション「Dearフランキー」(2004年)というイギリス映画は、少年のナレーションで始まった。母親と祖母の三人で引っ越しばかりしている生活が語られる。何かから逃げているらしい。一家は港町に落ち着く。少年が買い物にいかされるとき、初めて彼が難聴で口がきけないのだとわかる。

やがてフランキー少年の語りは、一度も会ったことがない父親への手紙なのだとわかってくる。フランキーは母親から父は船乗りでずっと船に乗っているのだと聞かされているのだ。フランキーの手紙には父親の返事がくる。その冒頭は、いつも「Dearフランキー」だ。

フランキーの手紙はいつも同じ私書箱へ送っている。その手紙を受け取っているのは母親である。母親が父親として返事を書いていたのだった。祖母は娘に「もう、そろそろ本当のことを知らせるべきじゃないか」と言う。だが、息子を愛する母親は彼を傷つけるのが怖い。

フランキーに父親が乗っている船の名を聞かれた母親は適当に絵はがきに写っていた船の名を言ってしまうのだが、その船が港町に寄港することをフランキーはいじめっ子のクラスメイトに教えられる。そして、そのクラスメイトと父親が会いにくるかどうか賭けをするのだ。

父親の手紙にはいつも珍しい切手が同封されている。それは、母親がロンドンの切手屋で買っているものだが、フランキーにとってはそれらを集めた切手帳は宝物だ。フランキーはその切手帳を賭けるのである。母親はそのことを知り、港街でできた友人に父親役を引き受けてくれる流れ者を紹介してもらう。

やがて船が寄港した日、母親に頼まれた男がフランキーの父親になりすましてやってくる。男は母親から手渡されたフランキーの手紙をすべて読んでいたのだろう、彼が欲しかった熱帯魚の図鑑をお土産に持ってくる。金で雇っただけの男の意外な誠意を母親は感じる。

フランキーは男をサッカーの予選会場につれていき友だちに自慢する。賭に負けた友だちが差し出す選手カードを「堂々と受け取れ。お前は勝ったんだ」と男は言う。本当の父親のようだ。男とフランキーは心を通わせる。一日だけの約束だったが、翌日も一緒に外出する約束をした男を母親はいぶかる。男の真意がわからないのだ。

しかし、無愛想で無口な男の善意が画面からは伝わってくる。彼の善意に充ちた嘘が…、その心根が伝わってくるのだ。それは母親の心を溶かし、フランキーをこのうえなく幸せにする。すべてが嘘をベースに成立しているにもかかわらず…

●母親の愛情がつかせた美しい嘘

ニライカナイからの手紙
嘘を核にした映画をもう一本見た。「ニライカナイからの手紙」(2005年)という。先日、八王子で呑んでいたときに「ニライカナイ」という沖縄料理屋の前を通ったが、沖縄ではよく使われる言葉なのだろうか。「ニライカナイ」を僕は「天国」のような意味で理解していたけれど。

沖縄の竹富島にひとりの少女がいる。カメラマンの父親が死に、やがて母親も少女を残して東京に出ていく。少女は待つ。待ち続ける。だが、母親は帰ってこない。毎年、少女の誕生日に一方的に手紙を送ってくるだけだ。だが、その手紙からは母親の愛情がこぼれ落ちるかのようである。

必ず帰ってくる、と言って出ていった母親を少女は信じ続ける。だが、思春期には母の手紙を棄てたこともある。母親は「二十歳になったらすべてを話す」と手紙に書いてくる。少女は待ちきれず、高校を出ると上京しカメラマンの助手として働き始める。その暇を縫って、手紙の消印を頼りに母親を捜し続ける。

やがて、二十歳の誕生日がやってくる。その日、母親と約束した井の頭公園の橋の上にいくと、待っていたのは彼女を育ててくれた祖父(オジイ)である。「お母さんはどこ?」と彼女は叫ぶ。七歳の時からずっと待ち続けた母親なのに、あんなに愛情にあふれた手紙をくれるのに、なぜ会いにこないのだろう…

やがて、少女は真相を知る。「二十歳の誕生日おめでとう」と始まる母の最後の手紙を祖父から受け取るのだ。竹富島まで戻り、十数年そうしてきたように、大きな木の根本に腰を下ろして彼女は手紙を開く。

その手紙の内容は意外なものだが、それにも増してこの世にはこんなにも人を想う嘘があるのだと身に沁みる。心に響く。天を仰ぐ。改めて、親を想う。少女も母親の絶大な愛情を実感する。一度も会わなくても、ずっと母親の愛情に包まれてきたのだと理解する。そして、育ててくれた祖父の想いと辛さを受け止める。

すべては「嘘」から成り立っていた。しかし、その「嘘」の何と崇高なことだろう。美しい嘘があるとすれば、この母親が娘につき続けた嘘より他にない。その母親の嘘を守り通した祖父の心根がせつない。

人は、ついつい自分のミスを認めたくないばかりに嘘をつく。もうずいぶん以前に退職したが、かつて僕の職場にそんな人がいた。「あの連絡した?」と聞くと「しました」と答える。彼女は僕の隣に座っていて、その連絡をしていないのがわかっているから疑問形で確認したのに、明らかに嘘だとわかる答えをする。そんなことが度重なったとき、僕は彼女を一切信用しなくなった。

もちろん、僕がそんな嘘を一度もついたことがないとは言わない。だが、自己保身のための嘘は見苦しい。いつまでも己を責める。記憶から消えない。「ああ、あのとき嘘をついてしまったなあ」と悔やみ続ける。

だから、嘘をつかざるを得ないなら人のためにつこう。人をかばうために、人を幸せにするために、できることならこのうえなく美しい嘘をつきたい…

──マヌー、レティシアはおまえと暮らしたいと言っていたぞ。
──この大嘘つきめ!!

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
以前ほどではないが、休日にサックスを取り出して少し吹く。「枯葉」と「サマータイム」は完全に暗譜できているが、久しぶりに「黒いオルフェ」を吹こうとすると、時々、運指を間違う。ルグランの「風のささやき」は未だに前半しか吹けない。「シェルブールの雨傘」は難曲すぎて指が動かない。

デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
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Dear フランキー
アンドレア・ギブ ショーナ・オーバック ジェラルド・バトラー
ハピネット・ピクチャーズ 2006-01-27
おすすめ平均 star
star静かな感動の残るドラマでした
starよい映画。
star最後の最後に
starとても良い作品です。
star久々に渋めのいい男

シンデレラマン イン・ハー・シューズ プライドと偏見 ブラザーズ・グリム DTS スタンダード・エディション Mr.&Mrs.スミス プレミアム・エディション



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さらば友よ
セルジュ・シルベルマン フランソワ・ド・ルーベ チャールズ・ブロンソン
ビデオメーカー 2001-12-21
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starメリークリスマス、ミスターバラン
star駄作
starフィルムノワールで2番めに好きな映画
starロマンティックな出会いと別れ
starやっぱイエ~

by G-Tools , 2006/09/01