映画と夜と音楽と…[307]現実を忘れさせてくれるもの/十河 進

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●派手な衣装の桃太郎侍への違和感

連休にテレビを見ていたらすっかり貫禄がついた高橋英樹がバラエティ番組に出ていた。最近、バラエティ番組によく出ているのは知っていたが、その中でかなり昔の出演作として「桃太郎侍」が紹介されていたので、高橋英樹はいったいいくつになったのだろうと疑問が湧いた。

けんかえれじい鈴木清順監督の「けんかえれじい」で旧制中学生の主人公を演じたときすでに、いくら旧制でも中学生には見えないぞと思ったが、あれは1966年の映画だから四十年前のことになる。「男の紋章」シリーズで大島竜次を演じたのはいつだったか、調べてみたら1963から1966年までに十作が作られていた。

若親分の役ではあったけれど、「男の紋章」のときにはすでに大人の男の雰囲気を漂わせていた(やはり「けんかえれじい」の設定が無理だったのだ)。高橋英樹は60年代末から70年代初頭にかけての日活ニューアクションにはほとんど出演作がなく、時代劇役者として主な舞台をテレビに移し始めていた。

高橋英樹の「桃太郎侍」は1976から1981年にかけて全258話が放映されたテレビシリーズである。最後に能面をつけて派手な衣装で登場し、悪人たちをバッタバッタと切り倒した。それにしても高橋英樹版「桃太郎侍」の放映が、もう四半世紀も前だったのには改めて驚いた。


当時、僕はあの「桃太郎侍」がキライで、本当の「桃太郎侍」はまったく違う話なんだと人に言いたくなったものである。しかし、今の人は高橋英樹版「桃太郎侍」がスタンダードになっているから、「桃太郎侍」と聞くと派手な衣装で見得を切って大立ち回りをするシーンを思い出すのだろうなあ。

僕が山手樹一郎の「桃太郎侍」を読んだのは十代半ばだった。河出書房から毎月一冊配本になる「国民の文学」を買っていた頃である。「国民の文学」で僕は司馬遼太郎も読んだし五味康祐も読んだ。井上靖の「風林火山」「戦国無頼」もそのシリーズで読んだ。

僕が原作を読んだ頃、「桃太郎侍」がテレビシリーズになった。1967年の秋の頃である。主演は尾上菊之介(数年後、藤純子と結婚し、寺島しのぶが生まれる)だった。このシリーズは原作に忠実な展開で連続時代劇にしていた。このシリーズから高橋英樹版まで十年もないのに、今ではすっかり高橋英樹版が定着している。

尾上菊之介版でヒロイン百合を演じたのは、長谷川一夫の娘である長谷川稀世だった。今でも商業演劇の広告を見ていると舞台には出ているが、当時は純情可憐な娘役が多かった。NHKの「文五捕物絵図」や夏目漱石の「虞美人草」のドラマ化作品にも出ていた女優である。「虞美人草」ではわがままなヒロイン藤尾を演じた。

尾上菊之介版「桃太郎侍」は原作に忠実に脚色しており、最後は「次週へ続く」という終わり方だった。たとえば、桃太郎が東海道の宇都ノ谷峠で敵方に襲われ、崖下に落ちたところで「次回を待て」という感じで終わるのである。昔の時代劇らしくて、なかなかよかったなあ。

●半世紀近くに亘って映像化され続けた

山手樹一郎が読み物雑誌の編集者からフルタイムの作家になったのは、1939年(昭和十四年)である。その翌年、「桃太郎侍」を新聞に連載し大人気を博す。太平洋戦争が始まる直前だった。山手樹一郎が流行作家になるのは戦後だが、戦前にも何本も映画化されるほどの人気作家ではあった。

代表作「桃太郎侍」の映画化で、最も有名なのは名匠・衣笠貞之助が監督した「修羅城秘聞 双竜の巻」と「続修羅城秘聞 飛竜の巻」である。昔の映画は平気で前後編に分けて上映した。前編が三月二十日に公開され、後編は五月八日に公開された。1952年、僕が一歳にもならない頃のことだ。

この映画で桃太郎と若殿・新之助を演じたのは天下の二枚目・長谷川一夫だった。宿敵・伊賀半九郎の役は大河内伝次郎である。スリで踊りの師匠をやっている姉御肌の小鈴役は轟夕起子(「男の紋章」シリーズでは大島竜次の母親で女親分をやっていました)だった。ヒロイン百合は沢村晶子。

その五年後、若手の二枚目として登場した市川雷蔵が「桃太郎侍」というタイトルでリメイクする。監督は映像の切れ味が鋭かった三隅研次である。三隅研次と雷蔵のコンビ作品ならすべて見たいと思っている僕だが、残念なことにこの作品は未見である。

1960年になると第二東映が「桃太郎侍 江戸の修羅王」「桃太郎侍 南海の鬼」を続けて公開する。里見浩太郎の主演で、キャストを見ると小鈴を演じたのは、おそらく千原しのぶだろう。姉御タイプの役が似合ったキツネ目の女優である。小学生の頃の僕のアイドルだった。

さらに1963年には、本郷功次郎主演の「桃太郎侍」が公開されている。大映での映画化は三度目になる。こちらのキャストから推測すると、小鈴は久保菜穂子、百合は高田美和だと思う。橋幸夫や舟木一夫などを相手に、高田美和が純愛もの歌謡映画のヒロインをやっていた頃の作品である。

その後、前述のように1967年に尾上菊之介主演でテレビ時代劇になり、1976年から高橋英樹版のテレビシリーズが始まる。その終了が1981年だから、原作が書かれてから四十年、様々な形で映像化されてきたことになる。その間、多くの人が「桃太郎侍」を読んだことだろう。山手樹一郎自身は1978年に七十九歳で亡くなったが、幸福な作品である。

僕より年輩のある人が「何度読み返しても山手樹一郎の小説は泣けるし、気が塞ぐときに読めば『明日もがんばろう』という気持ちになる」と言っていたことがある。その気分はとてもよくわかった。明朗時代劇と言われる山手樹一郎の作風は、読後感の爽やかさにある。

十代半ばで「桃太郎侍」を読んだ僕は、「朝晴れ鷹」「江戸へ百七十里」「又四郎行状記」「夢介千両みやげ」など、一時期に集中して読んだ。どの作品も主人公は一点の曇りもない明朗な正義漢であり、物語は勧善懲悪に貫かれ、読後感は爽快だった。

しかし、やはり「桃太郎侍」を超える作品はなかった。今でも僕は、浮き世の憂さを忘れたいときには「桃太郎侍」が読みたくなる。山手樹一郎ワールドは、一時期、現実を忘れさせてくれるのである。

●時代劇のパターンを作りだした

「桃太郎侍」は、時代劇のパターンを作った小説ではないとか思う。まず、主人公の桃太郎は四国のある藩主の御落胤である。貴種流離譚は古来からの日本の伝統であり、まずその部分をベースにしている。主人公は浪人ではあっても、高貴な生まれでなけれぱならない。

物語はお家騒動であり、側女の生んだ子を世継ぎにしたいため陰謀を巡らす一派は嫡男の毒殺を図る。その嫡男が桃太郎の双子の兄であり、桃太郎とそっくりなのである。たまたま、そのお家騒動に巻き込まれた桃太郎は兄の身代わりとなって国元に乗り込むことになる。道中、様々な形で敵が襲ってくる。

大衆文芸のお約束のように、お姫様タイプの娘(家老の娘である百合)と姉御タイプのバクレン女(スリで踊りの師匠の小鈴)が登場して色模様が展開する。このふたりの間で恋のさや当てがあり、嫉妬が原因で敵方につけこまれたり、ややこしい状況になったりする。

新聞小説だったこともあるのだろう、頻繁にヤマ場があり、主人公たちの危機が訪れる。桃太郎侍はもちろん、ヒロイン百合、桃太郎の家来になる元盗賊の伊之助、小鈴などが敵方の陰謀で窮地に陥る。桃太郎が敵に襲われ足を踏み外し、宇都ノ谷峠の崖下に真っ逆様に落ちたりする。

…と、ここまで書いて気付いたのだが、意匠は新しくなっていても、最近売れている冒険ファンタジー小説やロールプレーイング・ゲームとよく似ているなあと思う。敵方がいて、仲間がいて、A地点からB地点へ様々な困難を克服しながらクライマックスへ向かっていくのだ。

そうか、もしかしたら「明朗・爽快・勧善懲悪」という要素は、ゲームやアニメや冒険ファンタジーの世界に継承されているのだろうか。正義感あふれる熱血漢の主人公、美しく優しいヒロイン、主人公のためなら死をも怖れぬ忠実な従者…どれも「桃太郎侍」と共通するファクターである。

そうだとすれば、捨てたものでもないなという気がする。かつて大衆小説と呼ばれたジャンルの作品は、一時でも日常を忘れさせてくれるものだった。しかし、今は、読者のニーズなのかもしれないが、どんどんリアリズムを強調する傾向で、現実に近いものを題材にするようになっている。

最近の小説を読むと、こんなことまで書かなくてもいいのにというものが増えた気がする。たとえば、推理小説も現実の事件を反映して、ますます残虐な設定が増えている。絵空事、あるいは現実を離れた別世界で心をのびのびと楽しませるのは大切なことなのだと思う。

僕の十六歳の頃の日記を読み返してみると、当時、僕がどれだけ「桃太郎侍」に思い入れていたかがわかる。原作を読んだ後、尾上菊之助版「桃太郎侍」の放映を心待ちにしている。1967年の十一月七日火曜日は僕の十六回目の誕生日だったのだが、その日の日記にこんなことを書いていた。

──「桃太郎侍」たいへん面白かった。長谷川稀世と尾上菊之介の息も合っている。長谷川稀世の小姓姿も似合っていた。男になりすましていたのに、桃太郎の前で急に女に戻る。肩を怒らせていたのを急に落とし微笑む。来週は少し気がかりな場面があった。しかし、また助け出されるだろう。

これを読むと、僕は百合にずいぶん肩入れしている。このシーンは前半のヤマ場だ。変装した桃太郎と小姓姿で男に化けた百合が江戸屋敷に潜り込むが、百合が女とばれて窮地に陥ることになる。しかし、次週予告を見て気がかりになりながら「また助け出されるだろう」と妙に冷めているのがおかしい。

それなりにフィクションの世界だと割り切って楽しんでいたのかもしれない。四十年後の僕は、そんな自分を懐かしく思う。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
単行本の編集作業の話ばかりで恐縮ですが、一巻分(1999〜2002年)の校正が届き、連休を利用してセッセと赤入れをしています。しかし、我が原稿ながら読めども読めども終わりません。これがもう一巻(2003〜2006年)あるのかと思うと……

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桃太郎侍〈1〉
山手 樹一郎
嶋中書店 2005-09

桃太郎侍〈2〉 又四郎行状記〈2〉 又四郎行状記〈3〉 又四郎行状記〈1〉

by G-Tools , 2006/10/16