[2108] ゴーイング・マイ・ウェイやで

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<自分を棚に上げて他人を痛烈に非難する社会>

■映画と夜と音楽と…[315]
 ゴーイング・マイ・ウェイやで
 十河 進

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 エレガントか、宇宙
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 クリエイティブ・クラスター ミーティングVOL.6


■映画と夜と音楽と…[315]
ゴーイング・マイ・ウェイやで

十河 進
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●大正生まれの母の英語

僕の母は大正十四年生まれだから、もうとっくに八十歳を越えている。山奥の田舎に生まれ、学校まで二里(約八キロ)ほどもある山道を歩いて通ったという。子供の頃に母親を亡くし、妹ふたりの子守ばかりさせられたと、数十年も経っているというのに僕が小学生の頃に聞かされた。よほど怨みに思っていたのかもしれない。

母は青春時代が戦争中に重なる世代である。だから英語など話せない。聞きかじりで英語らしきものを使ったりするが、よく間違う。僕は母が「ベテラン」のことをずっと「ペテラン」と言い間違っていたのを憶えている。滅多に英語など使わなかったから、よけいに記憶に残っているのかもしれない。

そんな母が、一度、「ゴーイング・マイ・ウェイやで」と言ったことがある。僕が高校三年になった夏休み前のことだった。その年の五月、僕の友人だったIクンが体育祭で学校を批判する造反演説を行ない、退学に追い込まれた。その後、僕も危険分子と見られていた頃のことだ。

担任の教師はそういったことには無関心な数学一筋の人だったが、校長とか教頭とか(もしかしたら教育委員会とか)から監視を強化しろと言われたのかもしれない。ある日、僕の家に家庭訪問にやってきた。その朝、学校内で反戦ビラがまかれたからだった。

断っておくけれど、その事件に僕は何も関わっていなかった。Iクンに誘われて香川大学生が開いていたマルクスの勉強会には参加したことがあったが、その場の雰囲気になじめず、彼らとは距離を置いていたのだ。今でもそうだけど、僕は決して政治的人間ではない。センチメンタリストを自称するように、情緒的な人間である。

その頃、僕が学校や教師に反抗的な態度をとっていたのだとしたら、それは退学になったIクンへの感傷的な想いからに過ぎなかった。決してイデオロギー的な共感ではなかった。イデオロギーで結ばれていたはずのIクンの友人たちが、彼の処分撤回闘争を行わなかったことへの反発を僕は感じていた。

高校三年生だったが、僕は受験勉強に励む級友たちを許せなかった。Iが退学になったのにおまえたちは何もなかったように受験勉強できるのか、と僕はひとりひとりに詰問したかったのだ。

特にIクンと最も仲が良く、政治的な論争もよくやっていた元新聞部部長が廊下で級友と日本史年表の暗記量を競っている姿を見た途端、僕は金輪際、受験勉強なんかするものか、と決意した。退学になったIクンに、それくらいは殉じたかったのだ。

僕は授業をさぼり、教師に反抗し、ときに論争し、図書館で本ばかり読んでいた。そんな風だったから目をつけられていたのだろう。反戦ビラがまかれていた朝、僕は校長室に呼び出され、詰問された。校長は僕が犯人の一味であると確信していた。

結局、完全黙秘を貫いて校長室を出たのだが、その日の夕方に僕が帰宅したとき、母親が「担任の先生がきたで」と僕に言った。「何かゆうとった?」と僕が聞くと、「ちょうど、お父ちゃんたちが帰ってきてな。みんなも一緒やったから、先生、あわてて帰ってしもうたわ」と母は言った。

その頃、父は職人の親方をやっていて若いモンと一緒に建築現場から帰ってきたのだった。若いモンの中には我が家の塀を乗り越えて庭に飛び降りるようなひょうきん者もいて、先生は腰が落ち着かなくなったらしい。一応の事情をそそくさと説明した後、あわてて引き上げたという。

──それで、何ゆうていったん?
──あんたのことやけど。まあ、ええよ。ゴーイング・マイ・ウェイやで。我が道を往く…、あんたのやりたいようにやりなさい。

Iクンが退学になった後、僕が書いた感傷的なメモを母が読んだ形跡があった。他の母親と同じように彼女も息子の部屋に勝手に入り、息子の日記やノートをチェックする権利があるのだと思い込んでいた。だから、母はIクンに対する僕の気持ちを推察したのだろう。そのときの言葉は、彼女なりの励ましでもあったのだと思う。

●ビング・クロスビーの心を癒す歌声

長い長い時間が過ぎて、「我が道を往く」(1944年)という映画を見たとき、僕はすっかり忘れていた母親の言葉を思い出した。「ゴーイング・マイ・ウェイやで。我が道を往く…」というのは、もしかしたら母親が昔見た映画から思い浮かべた言葉だったのだろうか。

「我が道を往く」はオリジナルタイトルが「ゴーイング・マイ・ウェイ」である。それを訳した邦題は何だかクラシックだし、「往く」という字面はずいぶん古い感じがする。しかし、日本初公開は1946年、昭和二十一年のことだったのだ。当時は「往く」が普通だったのかもしれない。

「我が道を往く」は、ニューヨークの借金まみれの教会にオマリーという若い神父が赴任するところから物語が始まる。先任のフィッツギボン神父はその教会を建て四十五年間ひとりで守ってきたのだが、貧しい者に施すことを優先した結果、教会は借金を返せずに困っている。

敬虔で堅物のフィッツギボン神父は、何事も斬新で型破りなオマリー神父と合わない。逆に、心優しいオマリー神父はフィッツギボン神父の後任としてやってきたのだが、そのことを言い出せない。ある日、オマリーの転任を頼みに司教のところへいったフィッツギボン神父はオマリーが後任であることを知り、自分が引退すべきなのだと悟る。

長年愛した教会をオマリーに譲りフィッツギボン神父はひとり雨の中を出ていくが、泊まるところもなく警官に連れられて帰ってくる。その夜、フィッツギボン神父はオマリーにアイルランドにいる九十歳になる母親のことを語る。貧乏暮らしを続けたフィッツギボン神父は長い間、母親と会えないままだった。

オマリーは不良少年たちを集めて聖歌隊を作ったり、家出した歌手志望の娘の面倒を見たり、何かと忙しい。ある日、教会の窮状を救うために、自分が作った曲を楽譜出版社に売り込もうとする。聖歌隊の少年たちと歌った「星にスイング」が売れたため、教会の借金は返せる目処がつく。

オマリーを演じたのは、「ホワイト・クリスマス」で有名なビング・クロスビーである。この映画の中で彼は何度もピアノを弾きながら歌う。主題歌の「ゴーイング・マイ・ウェイ」も歌うし、ノリのいい「星にスイング」もリズムをとりながら歌う。ビング・クロスビーの声が素晴らしい。クルーナーと呼ばれる甘い歌声が何かを癒してくれる。

フィッツギボン神父を演じたのは、バリー・フィッツジェラルドだった。彼はこの映画でアカデミー助演男優賞を受賞するが、その八年後、ジョン・フォード監督「静かなる男」でアイルランドの酒好きの老人を演じて、若い日の僕に強い印象を残した。

僕は「静かなる男」だけでバリー・フィッツジェラルドという俳優を記憶した。だから、彼が出ずっぱりでお茶目な演技を見せてくれる「我が道を往く」を見たときに、僕はすごく幸せな気分になったのである。

●最高のクリスマスプレゼント

「我が道を往く」には感動的なシーンがある。クリスマスプレゼントとしてオマリーがフィッツギボン神父に送ったのは、アイルランドから母親を招待することだった。九十歳を越えた老婆をフィッツギボン神父は心から抱擁する。背後では聖歌隊の子どもたちがアイルランドの民謡を歌っている。そのハーモニーが心地よい。それを見ながら、オマリーは新しい赴任地に去っていく。

「我が道を往く」が制作されたのは1944年のことであり、まだ戦争は続いていた。映画の中でも家出した歌手志望の娘が結婚する相手の青年は、軍隊に志願し出征する。そのときの別れがつらく見えるのは、彼が戦争へいくことがわかっているからである。永遠の別れになるかもしれなかったのだ。

昭和二十一年、日本で「我が道を往く」が公開されたときも、まだまだ戦争の記憶が生々しかったに違いない。その年の元旦、昭和天皇が「人間宣言」を出した。前年の十月に封切られた「そよかぜ」という映画の挿入歌として歌われた「リンゴの唄」が一月にレコードとして発売され、大ヒットする。

二月にはマッカーサー元帥が憲法の草案作りを指示する。四月には満州からの初めての引揚げ船が博多港に着いた。また、プロ野球の公式戦が開幕になり、五月には六大学野球が再開された。戦争が終わり、ようやく人々が解放感を感じ始めた頃なのかもしれない。

そんな時代に僕の母も生きていた。まだ二十一歳の若さだった。母は何を思っていたのだろう。昭和二十一年の八月に十件に及ぶ女性絞殺容疑で小平義雄という男が逮捕されているが、僕はこの殺人鬼のことを母から聞いた記憶がある。二十一歳の若い娘としてそのニュースに戦慄し、記憶に深く刻まれたのかもしれない。

その頃、母はどんな夢を抱いていたのだろう。どんな男と結婚したいと思っていたのだろう。将来、自分がどんな子を産むのか、想像したことはあっただろうか。八十を過ぎた自分を思い描くことなど、できなかったはずだ。

「我が道を往く」を見ると、何度も歌われる主題歌が耳に残る。「ゴーイング・マイ・ウェイ」という英語を自然に覚えてしまう。母がその映画を見たかどうか、僕にはわからないが、あのとき、英語などまったくわからない母が口にした「ゴーイング・マイ・ウェイやで」という言葉は、戦後、彼女が初めて知った英語だったのではあるまいか。

母が「我が道を往く」を見たとしたら、どう思ったのだろう。ハリウッド映画に描かれた自由な雰囲気にアメリカの凄さを感じたのだろうか。母はその映画を誰と見たのだろうか。心ときめかす相手だろうか。母にも青春時代の忘れがたい思い出があるはずだ。あってほしいと、今の僕は強く願う。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
十二年乗ったプリメーラにさよならをした。さよならを言うのはわずかのあいだ死ぬことだ、というのは感傷的な人間にとっては正しい。カミサンの意見を尊重し、新車は格下のティーダになった。義弟が日産勤めなので日産車しか買ったことがない。ツーシーターのオープンカーがよかったのだけど…

■完全版「映画がなければ生きていけない」12月下旬に書店に並びます。
< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193
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■デジクリ掲載の旧作が毎週金曜日に更新されています
< http://www.118mitakai.com/2iiwa/2sam007.html
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■Otaku ワールドへようこそ![41]
エレガントか、宇宙

GrowHair
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我々の住む宇宙と対をなす、もうひとつの宇宙がどこかにあって、見かけ上はそっくりだけども、実はすべてが反物質でできている。そっちの宇宙にも自分とそっくりなやつが住んでいる。ある日、何もない宇宙空間で、そいつと待ち合わせをする。やあ、と言って握手した瞬間、2人の自分はお互いに打ち消しあい、一瞬にして消滅。それと等価なエネルギーが閃光となって四方八方に飛び去っていき、後には何も残らない。

そんな空想をかきたててくれた、この本。
「エレガントな宇宙 — 超ひも理論がすべてを解明する」。
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4794211090
>

5年も前のベストセラーを、今さら取り上げて大騒ぎするのは間が抜けている感じだが、私がそうであったように、意識下のどこかでこういう衝撃を待ち望んでいながら、たまたま出会わずに素通りしている人がまだまだいっぱいいるような気がしてならない。年末年始の休みを、同じCMを何百回も見て過ごすよりは、たまには普段絶対に手に取ることのないジャンルの本を読み耽って過ごしてみるのはいかがだろうか、と思うのである。

●理科の問題は社会の問題

この本自体は、物理学の最先端の理論を、専門外の人々にも(理解とは言わないまでも)味見くらいはできるようにと噛み砕いて解説した啓蒙書である。しかし、この理科の本は、社会に対して光明をもたらし、時代の転換につながる大きな貢献をしてしかるべき潜在力があるように思えた。

日本社会は裕福層と貧困層の二極化の傾向にあると言われるが、別の観点からも二極化しつつあるように見える。専門家と非専門家である。専門家は、仕事としてシステムの構築や技術の革新に取り組んだり、趣味として個人の技能や審美眼を発揮するマニアックな領域を追求したりする人である。一方、非専門家は、仕事では既存のシステムをマニュアルにしたがって運用・維持し、趣味では対価と引き換えに入手可能な商品としての娯楽を消費する人である。人数構成比は、感覚的に1対9ぐらいか。

現代社会はテクノロジーの社会。パソコンやケータイが年齢や職種などの壁を越えて普及し、コンピュータで管理・制御されるシステムが社会の中で中枢的な役割を果たす。ところで、パソコンやケータイの心臓部である大規模集積回路(LSI)の中の配線は、1mmの約10,000分の1の幅の導線が、それと同じくらいの間隔でびっしりと引きめぐらされている。それらが断線したり隣りと接触したりしないよう、ちゃんと作れる方法を知っている人は、社会全体からみれば、ごくごくわずかである(私のまわりにはうじゃうじゃいるけど)。つまり、ごく少数の専門家が最先端のテクノロジーを駆使して構築したシステムの恩恵を、社会全体が享受するという構造がある。

それは言い換えると、他人任せの社会ということでもある。ケータイの故障ひとつとってみても、自分でできることはあまりなく、お店に持ち込んで文句を言うくらいしかない。高度なテクノロジーのおかげで我々の生活が便利になった一方、日々、中身については専門家任せの、得体の知れないブラックボックスに取り囲まれて暮らしている。心理的には、「自分では何もできない」という無力感を、「お客様は神様」という特権意識で埋め合わせてバランスをとっているというところか。

そのせいか、社会問題全般に対しても、何か不都合が起きたら非専門家が声高に専門家を非難するという構造ができつつある。3年ほど前、鳥インフルエンザが世に恐怖を蔓延させた(ウィルス自体はそれほど蔓延しなかった)とき、浅田農産が感染の疑わしい鶏を黙って出荷していたことが明るみに出て、非難が集中した。「食べる人の身を顧みず、利益を優先するとはなにごとか」と。

そして、経営者の浅田夫妻は自殺した。感染疑惑隠しは確かにまずい判断だったが、根はそれほどの極悪人ではなかったとみえる。これをいじめと呼ばずして、何と呼ぼう。学校のいじめは社会の縮図。そこだけ何とかしようとしても、どうにもならないだろう。他人を非難するのは、自力で問題を解決するよりずっと簡単である。「私が経営を引き継いで正しい養鶏というものを実践してみせる」と名乗りを上げる者はついになく、浅田農産は潰れた。

自分を棚に上げて、他人を痛烈に非難する社会というのは、90年代のアメリカにおいて、特徴的だった。何でもかんでも訴える社会。友達でも先生でも、トラブルがあれば、すぐに裁判所に話を持ち込んじゃう。社会の問題はすべて「敵」のせいにする。私には、(個々の人がというよりは)社会全体が強迫神経症のような精神の病を患っているように見えた。日本人は、欧米人とは精神の構造が根本から異なり、敵対よりも協調が尊ばれ、他人を慮る心をもって美となすような文化が底流にあるので、アメリカのようなことにはならないだろうと予想していたのだが……。

この「すべて他人任せ」、「何かあれば当事者に非難の集中砲火」という社会の病に対する治癒の道は、知識の光を当てることなのではあるまいか。我々が高校までに習う数学や物理は、17世紀には解明されていたことばかりで、それ以降のことは教科書のどこにも触れられていない。あまりに難解な学問で生徒を苦しめてはかわいそうだという教育的配慮もあるのだろうが、みんなで仲良く時代に取り残されて卒業というのもどうかと思う。

「エレガントな宇宙」は、この空白部分を埋めてくれる本である。最先端の科学は厚い壁の向こうにいる専門家たちのものだという疎外感が緩和され、ようやく時代に追いつき、21世紀という時代の住人の仲間に入れてもらえたという感覚がもたらされる。専門家を、分かり合える存在という距離にまで引き寄せてくれ、日夜研究に勤しむ当事者の視点からものが見えてくるのが、この本の社会的効用なのではないかと思う。

●原理とは、発見するものではなく、発想するもの?

物理学というのは、現実の状態や現象をよく観察し、そのすべてを矛盾なく説明する原理を見出すことを目指す学問である。現実に観察されるどんな現象とも齟齬をきたしてはならず、その意味では、何よりも現実に忠実な学問と言える。ところが、そうやって注意深く構築してきた理論の最先端では、現実というものを、とてつもなく現実離れしたものとして捉えている。

最新の理論によれば、我々の住む宇宙を包含する容れ物としての空間は、よく知られている3次元空間プラス時間のほかにあと7つ次元があり、合計11次元の時空間をなしているという。付け加えられた7つの次元は、大きな広がりをもつわけではなく、そっちの方へ進んでいくと、ちょっと行っただけでぐるっと一回りして、元の位置に帰ってきてしまうという。その「ちょっと」は、原子の大きさからも、さらに20桁ばかり下だが。

そして、これ以上分割できない物質の最小単位は、「超ひも」と呼ばれ、11次元空間に巻きついて振動する小さな輪ゴムのようなものだという。巻きかたと振動のしかたにいくつかのパターンがあり、それによって、物質の構成単位であるクォークになったり、光の粒(光子)になったり、重力を伝える粒(グラビトン)になったりするらしい。

11次元空間や超ひもを実際に見てきた人はいない。だが、現実の現象を観察することによって構築されてきた理論の体系を矛盾なく統合しようとすると、こういう構造を考え出さざるを得なかったということのようである。つまり、この理論は、発見されたというより、考え出されたものと言えるのかもしれない。しかし、そうとしか説明のしようがないというのであれば、我々は、現実とはそういうもんだと受け入れるしかない。

科学の発展の途上で、画期的な発見があると、我々は、普段の生活から経験的に得られる「現実」に対する直感的な認識を、劇的に改めなくてはならないという事態に遭遇する。コペルニクスの地動説は典型的な例である。日常生活レベルでは、地平はどこまでも平らで、太陽が東から昇って西に沈むという認識で何ら問題ないが、現実を正しく認識しようという態度で臨むなら、地球が太陽のまわりを回っていなくてはならない。

ニュートンが発見した「万有引力」は、世の中にどのくらい理解されているだろうか。万有というからには例外は許されず、地球とリンゴだけでなく、リンゴとリンゴや、鍋とやかんや、あなたと私もお互いに引っ張りっこしている。試しに力の大きさを計算してみたら、とてつもなく小さかったけど。それでも、ゼロとは本質的に異なる、というのが正しい現実認識である。

●過去三回経験した現実認識革命

さて、この本の内容をざっと追ってみよう。物理学の理論の発展の途上で、劇的な現実認識革命をニュートン以降にあと三度経験しているという。

第一は、アインシュタインの特殊相対性理論のとき。これは、光の進む速さがどこから見ても一定であるという観察結果を組み込んだ理論である。物の寸法や時間の経過は絶対的な尺度ではなく、立場によって変わるという。

仮に、限りなく高精度な時計を右腕と左腕にしていたとする。右手を手前から奥へとすっと動かすと、右腕の時計のほうが、遅く進む。ところで、右腕の時計には蝿が止まっていたとして、その蝿から見ると、逆に、左腕の時計のほうが遅く進む。矛盾するようだが、どちらも正しい。

空間の3次元に時間軸を加えた4次元の時空間で考えたとき、両者の視点が統合され、矛盾が解消する。時空間においては、すべての物が光の速さで移動している。その移動方向が、3次元空間方向にゼロ、つまり静止しているとき、時間は最も速く進む。空間方向に移動しているときは、そっちに移動の成分を取られるので、時間方向に移動する速さは遅くなる。

つまり、時間の経過が遅くなる。空間方向に全速力を使い果たしている光にとっては、時間は経過しない。何億光年もの彼方からやってきた光も、その光自身に言わせれば、生まれたてのほやほやで地球に到達する。先ほどの私と蝿との視点の違いは、座標の軸を回転させたことに相当する。写真家の土門拳氏は「仏像は走っている」と言ったそうだが、これは正しい。

これだけでも眩暈がしそうだが、あとふたつ革命がある。第二は、一般相対性理論である。これは、重力の伝播を組み込んだものである。仮に、今、この瞬間、太陽が消滅したとしよう。そうすると、地球と太陽との間に働く万有引力が解消するので、地球は公転をやめ、直線運動を始める。しかし、それが始まるのは8分後である。「情報」も光の速さを超えて伝達することはできないので、8分間は、地球は「気がつかず」に、存在しない太陽のまわりを回り続ける。これを説明づけるために「時空間は重力によって曲げられる」としたのが、この一般相対性理論である。

第三の革命が超ひも理論である。これは、相対論と量子論を統合して矛盾を解消した理論である。これが、先ほどの11次元の時空間に巻きつくひもの話。詳細は本に任せましょう。

●空想をかきたてられる

この本のことは、イラストレーターの高橋里季さんから、個展に行ったときに教えてもらった。彼女も効能を期待して読んだわけではないのだろうけど、妙に空想をかきたててくれるものがあり、クリエイティブな活動をする人が、インスピレーションの源とするのにも、いいかもしれない。

私はこんなことを考えた。宇宙には、大きく広がった次元がもうひとつぐらいあり、その高次元の空間にも知的な生き物が住んでいるのかもしれない。高次元の世界は想像しづらいので、比喩的に、次元をひとつ落として考えよう。平面上に正方形を描くと、閉じた内側の領域と、広大に広がった外側の領域とに分けられる。内部は完全な密室で、線の一部を破らない限り、出入り不可能である。ところが、その平面を3次元の住人が眺め下ろすとき、正方形の内部も外部もいっぺんに鳥瞰できてしまう。

同様に、4次元世界の住人は、我々の世界のすべてがいっぺんに眺め渡せるのである。例えば、トイレのような密室に閉じこもったとしても、別の次元の方向に移動したとたんに壁も柱もスパッと途切れて、何もかもが丸見えになっているのかもしれない。すべてがお見通しなのだから、宇宙戦艦やらライトセイバーやらで戦ってどうにかなる相手ではない。そして、ここが一番やりきれないところだが、4次元世界でモテないやつらが、しょうがなく3次元に走り、萌え〜とか言ってたりするのかもしれない。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。春先暑い思いをして、秋口寒い思いをすることの多い私は無精者。はて、ジャンパー、どこだっけ? あ、春先脱ぎ散らしたそのままの状態で上にいろいろ堆積してた。まずクリーニングに出さねば。早くしないと冬になっちゃうよ〜。/今年の冬コミは大晦日まで:百八つ煩悩払って残る萌え
< http://www.geocities.jp/layerphotos/
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■イベント案内
クリエイティブ・クラスター ミーティングVOL.6
< http://www.mebic.com/meeting/vol-6.html
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日時:12月19日(火)18:30〜21:30(交流会 20:30〜21:30)
会場:Mebic扇町(大阪市北区南扇町6-28 水道局扇町庁舎2F)
参加費:無料。交流会 1,000円(税込)

内容:クリエイターによる公開座談会の6回目。今回のテーマは、
・あなたは「クリエイター」? それとも「経営者」?
・クリエイターでよかった」と感じる瞬間は?
・本物のサンタクロースからのクリスマスキャンペーンの依頼があったら?
・クリエイターとしてこの街にできること
など。このイベントによって、ビジネスとしての取引、コラボレーションでのプロジェクトを立ち上げ、飲み・遊び仲間などの成果が出ているとのこと。
申し込み・詳細:< http://www.mebic.com/meeting/vol-6.html
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■編集後記(12/15)

・佐藤雅美「信長」上・下(文春文庫)をようやく読み終えた。文庫本の楽しみである解説がないのはどういうことだ。まず解説を読んで、本文に入る前の期待感を高めるのがお約束であるのに。おもしろく誉めあげる書き手がいなかったのか、本文を読みながらそうかもしれないと思う。わたしにとっては、信長前史ともいうべき桶狭間以前の退屈な話が延々と続き、投げ出したくなった。かつて実際に投げ出したのは、津本陽「下天は夢か」であった。史料がやたらナマで出てきてうっとおしく、小説の面白さがまるでなかったからだ。佐藤信長もそれに近い。考証が緻密というのが筆者のスタイルらしい。淡々と歴史的事実(?)が述べられていくだけだ。おなじみの歴史上の人物たちの描き方も淡白でまるで魅力がない。やはり投げだそうかなと思いながら我慢の読書だ。ようやくおもしろくなったのは、残り40ページくらいからだ。光秀が信長に違和感と強い反撥を感じるようになってから、本能寺にいたるまでの逡巡がありありと描かれている。信長の武将達のいま置かれている状況を整理すると、光秀は勝てると思うが迷いに迷う、そのあたりは一転して生々しい描写だ。この本を読んで、なぜ信長・信忠父子がともにわずかな馬廻りと小姓を連れただけで入京したのか(これが光秀に謀叛を決意させた)その理由がよくわかった。最後の最後でカタルシスが……。読書も体力と忍耐力がいるわい。(柴田)

・クイックルワイパーのハンディタイプ。使い捨てタイプとは思えないふわふわ感である。CMがはじまったら、取り替えシートが棚から消えた。売り切れ続出ざます。なのでウェーブにする。シートが改良されたみたいで、こちらも快適である。細いところはウェーブがいい。「お買い得パックいまならケースつき」で収納が楽になった。この掃除道具関連の収納って結構悩むところだよね。そういや市販マツイ棒は見たことがないなぁ。/東京経由やフロント探しで時間をとられたため、慌ててホテルを出る。準備不足がミスを招くのよねと反省しつつ、駅に。観光地のためか、人の動きが鈍くてイライラする。ケータイの乗り換え案内サイトで一番早いルートを検索し、その通りに動く。が、ここが落とし穴であった。私には土地勘がないのだ。台場からお台場海浜公園まで一駅。次に東京テレポート駅へ徒歩で行けと書かれてあるが、どこが東京テレポート駅なのかわからない。陸橋に「東京テレポート駅」とあるが矢印がない。不安に思い、長い陸橋の途中でチラシを配っているお兄さんに聞くと、斜めを指差し「あっちの方向だというのはわかるんですが。」という曖昧な返事。橋を下りた方がいいと言われたので下りるがだだっ広い道路があるだけ。ビル入り口の警備員さんに聞いたら、上って橋を渡る方が良いと言われる。戻ってお兄さんに話すとすまなさそうにしていた。駅に向かいながら再検索。出発時刻を頭に刻んで小走り。プラットフォームに着いたら、ホームにその出発時刻が書かれた電車が、今まさに出発しようとしているので慌てて飛び乗る。ほっとして座席につくと数駅で終点と言われてしまう。乗り越したのかと思ったら反対方面に乗っていたのであった。私の名誉のために言うと(もう名誉も何もないが)、反対側のプラットフォームには検索結果にある出発時刻数分後の掲示分しかなかったからつい。橋と逆方向でタイムロス。待ち合わせ相手に迷惑かけるからと焦れば焦るほどドツボにハマる。カンが働かない。あとでホテルから東京テレポート駅に歩いた方が早かったのにとアドバイスをもらう。お兄さんが方向しかわからない理由がわかった。乗り換え案内では、歩いた方が早いよとは出てこないわな。そしてその乗り換え案内サイトも穴だらけで「駅すぱあと」なら確実な別ルートを推奨していたりするのであった。(hammer.mule)
< http://www.kao.co.jp/kajinavi/product_souji/quickle_wiperhandy.html
>
クイックルワイパー ハンディ
< http://www.unicharm.co.jp/wave/
>  ウェーブ
< http://www.tbs.co.jp/just/toiawase/20041028.html
>  松居棒の作り方
< http://www.np-g.com/news/news06112201.html
>  マツイ棒
< http://transit.yahoo.co.jp/
>  信頼度アップ
< http://niwango.jp/pc/trans/niwango_train.php
>  まいった