映画と夜と音楽と…[番外]センチメンタリストの自己弁護
── 十河 進 ──

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●完全版「映画がなければ生きていけない」二巻本が出ます

連載のナンバリングで307回を抜いてしまったため、前回が316回になっていたのですが、この「映画と夜と音楽と…」は先週で315回になります。途中、何度か書けないことがあり、既発表の文章を番外編として出したので、おそらくすべてを通すと320回ほどになるでしょう。連載も八年目に入っています。

昨秋、デジクリ八周年記念で「映画がなければ生きていけない」という本をまとめてもらったとき、その中から四十一編を抜粋しました。今年、デジクリ編集部で次の本を作ってくれるというので、今度は「たかが映画じゃないか」というタイトルで出そうと思い、六十編をまとめました。

その本が進行し始めたとき、水曜社という出版社の仙道社長からオファーのメールが入りました。仙道さんは「映画と夜と音楽と…」を読んでくれていたそうです。僕より一歳若いだけのようですから、世代的にも共通するものがあったのかもしれません。


水曜社サイト
< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193
>

その結果、12月25日に書店に完全版「映画がなければ生きていけない」が二冊同時に並ぶことになりました。「映画がなければ生きていけない1999〜2002」は1999年8月から2002年12月までのコラムがすべて、「映画がなければ生きていけない2003〜2006」には2003年1月から今年の9月までのコラムが掲載されています。

A5判の上下二段組み(一頁約1280字)、600頁と572頁で各2,100円(税込)ですから、一文字当たりの単価はかなり安いですね。僕は今、カズオ・イシグロの「NEVER LET ME GO/わたしを離さないで」を読んでいますが、これは税込1,890円で、一頁約900字、349頁です。内容は関係なく、一文字単価の安さでは圧倒的に僕の勝ち(?)ですね。

だからといってお買い得とは言いませんが、アマゾンでは送料のいらない価格です。それに第1回目から305回までのすべてを掲載しました。また、映像作家のかわなかのぶひろさんには、「人生の玉手箱」という素敵な解説(「映画がなければ生きていけない1999〜2002」巻末に掲載)を書いていただきました。その一部を抜粋させていただきます。

───本書のきわだった特長は、映画を中心に小説や音楽や詩やマンガなど多くのジャンルにまたがる蘊蓄を俎上にあげながら、それらが単なる知識としてではなく、必ず「僕」を基点として発語されているところにある。そこが類書にないきわだった魅力だ。
 著者は、過酷な現実原則をやりすごすために、テレビの前でビールを呑んで寝ころび、プロ野球ニュースを観て事足れり、とする小市民的生活に埋没することなく、ともすれば忘れがちな「僕」の夢や「僕」のときめきを文章に託してきた。そんな「僕」の経験に裏打ちされた言葉は、人が人として生きてゆくための矜持にほかならない。だから読む側のこころの深いところに着床する。
 「人生は困難なものだ。だが希望を失うな。諦めるな。そう感じさせてくれる映画を、あくまで僕は支持したい」という「僕」の矜持は、本書のどの頁からも熟成されたウィスキーのような滋味と芳香をともなって漂ってくる。読む側をじんわりと幸せな気分に誘ってくれるのである──

自分のことを書かれるのは少し照れますが、こう書いていただいてとてもうれしく思っています。かわなかさんにはすべてのゲラに目を通して書いていただきました。その結果、僕は「東京流れ者」のプロローグのディテールの記憶が間違っていたことを指摘されたのですが、僕以上の映画への愛と記憶を持つかわなかさんに改めて敬服しました。

さて、以下に「映画がなければ生きていけない2003〜2006」の巻末に掲載した僕の後書き「センチメンタリストの自己弁護」を掲載します。この後書きはデジクリ読者、とりわけ限定版「映画がなければ生きていけない」を買っていただいた読者に読んでほしいと思うからです。

●単行本の後書き「センチメンタリストの自己弁護」

  しっかりしていなければ生きていけないし
  やさしくなれなければ生きていく資格はないけれど
  やっぱり…、映画がなければ生きてこれなかった

去年の秋、メールマガジン「日刊デジタルクリエイターズ」編集部が作ってくれた五百部限定「映画がなければ生きていけない」の巻頭にそんな文章を添えました。レイモンド・チャンドラーが創り出した私立探偵フィリップ・マーロウの言葉を借りたものですが、そのわりにはベタでウェットなタイトルになりました。

そんな文章を巻頭に載せたのは、「日刊デジタルクリエイターズ」編集長の柴田さんに「映画と人生のひと」と揶揄的に名付けられた僕の一種の照れ隠しです。「日刊デジタルクリエイターズ」のコラムのタイトルは紆余曲折を経て、現在は「映画と夜と音楽と…」になっていますが、一時期は「映画と本と音楽と…」でした。映画と本が僕という人間を形作り育てあげ、音楽が潤いを与えてくれるからです。僕にとって大切なのは、「何のために生きるか」ではなく「どのように生きるか」のようです。そのために欠かせなかったのが映画と本と音楽でした。

限定版「映画がなければ生きていけない」はネットで受付け代金は銀行振込という方法だったのですが、二ヶ月ほどで完売したそうです。「日刊デジタルクリエイターズ」には一九九九年の夏からコラムを連載していましたが、そんなに熱心な読者がいてくれたことに驚きました。確かに長く連載しているものですから、今まで累積すると多くの読者からメールをいただきました。その中でも印象的なメールはいくつか、本文中でも引用させていただいています。今年、脚本家の佐々木守さんが亡くなった記事を読んで書いた文章が出た翌週、佐々木守さんのお嬢さんから長文のメールをいただいたときは、さすがに驚きました。彼女は僕のコラムの読者だったそうです。こんなに嬉しいことはありませんでした。

限定版「映画がなければ生きていけない」は、どちらかといえばかなり私的な部分が強い(要するにセンチメンタルでウェットな)文章ばかり四十一編を選んだものでした。その本が出て八ヶ月ほど後のこと、水曜社の仙道社長からメールをいただき、お会いしたときに「まとめるのなら全部」と言われ、「もの凄い量になりますよ」と答えたもののまさかその形で実現するとは思いませんでした。四百字詰原稿用紙に換算すれば三千数百枚になります。足かけ八年とはいえ、まあ、よく書いたものだと呆れます。A5サイズの二巻本。初めての出版にしては、恵まれすぎています。この二巻の「映画がなければ生きていけない」は、現在までのコンプリート・コレクションです。ネットでも掲載していない初期の文章も収録しました。出版に当たっては、水曜社の仙道社長をはじめ担当の北畠夏影さんに大変お世話になりました。感謝しています。

また、メールマガジン「日刊デジタルクリエイターズ」柴田忠男編集長には、私的かつ趣味的な文章の発表の場を与えていただき、ここまで書き続けてこられたことを感謝しています。文中、しきりに登場する呑み友だちのIさんこと「ゆほびか」編集長の稲川武司さんには、ずいぶんいろいろな情報や示唆、教示をいただきました。改めて感謝します。また、登場していただいた方々、勝手なことを書きました。ご容赦ください。何だかアカデミー賞の受賞スピーチみたいですが、父、母、兄、そしてカミサンと子どもたちに感謝します。僕がこの歳まで何とかやってくることができたのは多くの人のおかげです。勤め先の方々、仕事で出会った多くの方々、友人たち、先輩、すべての人にお礼を言います。

突然のお願いにもかかわらず、新作の制作で多忙であるにもかかわらず、膨大なゲラに目を通し、とても素敵な解説を書いていただいたかわなかのぶひろさんには、お礼の申し上げようもありません。お願いにうかがったときにイメージフォーラムで拝見した映像作品「私小説」に遠い記憶を掻き立てられ、過ぎ去った昔を甦らせました。若き日の僕がゴールデン街の路地を酔っ払ってフラフラと歩いている姿を、かわなかさんはしっかり八ミリカメラで撮っていたのですね。感服します。

最後になりましたが、僕が書く駄文を楽しみにしていただいた方々、限定版「映画がなければ生きていけない」を購入していただいた方々、あなた方の支持がなければ、この本は生まれませんでした。もとより書き続けることも覚束なかったでしょう。パソコンモニタで読むのではなく本の形で読めること、書店に本が並ぶことを最も喜んでいるのは僕自身です。本当に、ありがとうございました。

二〇〇六年晩秋

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
今回は、何も言うことはありません。皆さん、メリー・クリスマス、そして、よいお年を。たぶん来年も書き続けると思います。

●完全版「映画がなければ生きていけない」はアマゾンでも買えます。
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