[2125] 繰り返すから悪夢なのさ

投稿:  著者:  読了時間:16分(本文:約7,600文字)


<「歩み寄り」というか「思いやり」というか……>

■音喰らう脳髄[20]
 繰り返すから悪夢なのさ
 モモヨ(リザード)

■創作戯れ言[2]
 伝えるということ
 青池良輔

■泰国パパイヤ削り[X7]
 三年分のタクシー。
 白石 昇


■音喰らう脳髄[20]
繰り返すから悪夢なのさ

モモヨ(リザード)
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日本全国において納豆の爆発的消費現象を演出したアノ番組が捏造であったことが発覚したり、不二家の期限切れ原材料使用が世を騒がせたり、死体損傷、遺棄事件が日本各地で頻発したりして、悪夢のような日常が続いているが、そんな中で国際情勢もまたとんでもない状況へと突き進みつつある。

国際的な課題は山積みだが、中でも気になるのは、ここにきて急速に緊縛の度合いを深めているイランとアメリカ、その両国関係だ。緊張関係打開について軍事力の行使もやむをえない、そう考えているアメリカ人が相当数いる。そんなニュース番組を先日たてつづけに見てしまったせいである。

私がそれを目にしたのが偶然なのか、あるいは、実際に問題が抜き差しならぬところに来てしまっているゆえ、繰り返しニュースとしてとりあげられているものか、そこの判断を留保し予兆と考えてすら好ましいものとは言えない。

ニューヨークがテロの犠牲になってから、アフガニスタン、イラクと数年のうちに立て続けに軍事力を行使してきたアメリカである。あるいは他国に対する侵略に対して国民の自覚、さらに罪悪感がひどく鈍感になってしまっているものか、それはわからないが、これにイランが加われば、それこそ西アジア、中東の半分に対して軍事的な打撃を与えることになる。そうなれば、もう後戻りはできなくなる、このことが判らないのだろうか?

テロ団体のメンバーと目した人物を収容する施設にしても、わざわざ自国の法律が届かぬ土地を選んで建設したアメリカ。戦争捕虜に対する人道的扱いをも収容所の虜囚に対しては適応除外にすると宣言したアメリカ。ここ数年来のアメリカは、すでに常軌を逸した観がある。そこでは収容者を戦争捕虜ではなくある種の犯罪者と見なすというのである。ここには、誰しもが基本的人権を持っていると謳い上げるアメリカの姿が微塵もない。

アラブの人々からすれば、アウシュビッツにすら見えてしまってもおかしくない施設がすでに稼動している現状だ。そこに対イランで戦端が開かれればどうなるか、そんなことは東洋の島国に住んでいる私たちにすら明らかに見てとることができる。それが見えていないはずはない。が、現実は暗い。いったいどうなっているのか、皆目、見当もつかない。

いずれにしても、まだ国際的な安定化を模索する道は残されているものの、あと少しで一線を越えてしまう地点に私たちは差し掛かっている。あと一歩進めば、この世界はかつてない程の陰惨な状況へと急速に堕するだけだ。そんな馬鹿げた状況をどう打開するか、私たちにだって何かできることがあるはずだ。ささいなことかもしれないが、あるべきかたちを捜していれば、いつか道も開ける、そう思いたい。

……って、なんでパンクがこんなこと言わなくちゃならないんだ?

世を憂いつつ、ふと我にかえる、そんな悪夢じみたリフレインを繰り返している今日この頃である。

Momoyo The LIZARD
管原保雄
< http://www.babylonic.com/ >

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■創作戯れ言[2]
伝えるということ

青池良輔
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コンテンツ制作を行いながら、常に考えているポイントの一つに『伝える』ということがあります。どれだけ面白いアイデアを思いついても、どれだけ深いストーリーを考えても、観客やユーザーにそれが伝わらなければコンテンツとして成立しません。

物語を相手に伝えるキーは、『感覚の共有』だと思います。そしてその共有を行うためには、二つの大きな流れがあると考えます。一つは『普遍的価値観』、そしてもう一つは『共有記号』です。

普遍的価値観とは、喜怒哀楽のように本能にもとづいた感情であったり、ものすごく基本的な倫理観であったりするでしょう。「勝負に勝ったら嬉しい」とか「傷つきたくない」とか。よっぽどの変態か、ひねくれ者ではない限り理解してもらえるであろう価値観です。多くのストーリーテラーは、技術を尽くして様々な物語をこの普遍的価値観に照らし合わせて観客に伝える努力をしています。

「お互いの実家同士の問題を抱えている恋人が、偽装自殺をしようとして、失敗して死亡」という話を名作とするために、シェークスピアはしつこいほどの普遍的価値観の投入をしています。「突然恋に落ちることってあるよね」「障害が多いと恋愛って燃えるよね」「親友が殺されたら我を失うよね」……と、観客も「あ〜、そうですよねぇ。そういうことってありますよねぇ」と頷いているうちに、若い男女の心中話を飲み込んでしまうのです。そして、翻弄されているうちに理解してしまった新しい価値観のノド越しを楽しんでいます。

しかし、この普遍的価値観も使い方を間違えれば、「わかってるよ、そんなこと」の繰り返しになり、退屈な話になりかねません。上手いお話を読むと、理解しやすい価値観をいくつか提示しながらも、それぞれを並列に提示したときの、矛盾やズレを楽しませるように構築されているような気がします。その驚きが楽しいからこそ、物語はエンターテインメントになっているのでしょう。

もうひとつの要素の『共有記号』とは「多くの観客が、これまでの経験から既に学んでいるであろう事項を用いる」ことです。「砂糖は甘い」「海は広い」というレベルから始まって、「凶暴な宇宙人の餌は人間」とか「セクシーな女性はズルい」という根拠のあいまいな「どっかで学習しちゃったイメージ」まで、これらを説明に用いるのです。

記号の利点としては、それ以上説明が必要なく、場合によっては省いちゃって構わないというところだと思います。ほとんどの人が、右向きの三角を「PLAY」だと認識しています。そのおかげで、多くの家電は余分な説明から解放されています。ただ、記号の普遍的価値観との違いは、一度「学習」しなければいけないことです。

僕達がコンテンツを作る時にこの記号を用いるのであれば、「観客の学習度」を予測する必要があるでしょう。ゲーム好きの人と、ゲーム嫌いの人ではいわゆるゲーム的なインタラクティビティへの理解度はまったく違います。キャラクターの移動と視点の移動を別々にコントロールするなんて、日常生活ではありえないシチュエーションですし、何かに例えて説明するのも難しいものです。

物語を考えるにしろ、コンテンツのユーザビリティを考えるにしろ、よりストレスなく、こちらの意図を伝えるための落としどころを探ります。ただ、説明過剰になれば観客はなめられていると思うでしょうし、説明不足であれば不親切だと思うでしょう。古今東西老若男女すべてが「最高に美味しい」と思える料理が難しいように、コンテンツでも万能なものはなかなか作れないと思っています。

そこで『ターゲット設定』を考えます。自分が考えているコンテンツを一番楽しんでくれるであろう世代、性別に合わせて、より伝わりやすくするために、共有記号の選択範囲を絞っていきます。ターゲットが明確であればあるほど、笑いのツボもやっちゃいけないことも見えてくるはずです。そして絞り込まれた狙いは、その迫力も増すでしょう。ただ、ターゲット設定で注意したいのは、ターゲットを絞れば絞るほど、ターゲット以外の人が増えていく点です。あるラインを超えてしまうと「内輪受け」と言われるでしょうし、もっと突っ込めば「ひとりよがり」です。

考えれば考えるほど、バランスの難しいところですが、基本に立ち返って「伝える」という行為を考えてみると、テクニックやインフォメーションの取捨選択とは別に、「常識の範囲内で、相手に不快感や不信感を抱かせないように、相手の立場を考慮しながら丁寧に説明する」というのが基本のような気がします。「歩み寄り」というか「思いやり」というか……。そういうことを繰り返しながら、感覚や想いを共有していくのが理想なのでしょう。「大人はわかってくれない」と拗ねるより、本当に分かって欲しいのであれば「大人の気持ちも考えながら、青春の憤りを丁寧に説明してみよう」ということでしょうか。まぁ、それが簡単にできればこんなにグダグダと考え込まなくてもいいわけなのですが……。

生意気言いました。

【あおいけ・りょうすけ】your_message@aoike.ca
< http://www.aoike.ca/ >
1972年生まれ。大阪芸術大学映像学科卒。学生時代に自主映画を制作したのち、カナダ・モントリオールで映画製作会社に勤務する。Flashアニメシリーズ「CATMAN」でWebアニメーションデビューする。芸術監督などを経て独立し、現在はフリーランスとして、アニメーション、Webサイト、TVCMなど主にFlashを使い多方面なコンテンツ制作を行う。

・書籍「Create魂」公式サイト
< http://www.ascii.co.jp/pb/flashbooks/create-damashii/ >

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■泰国パパイヤ削り[X7]
三年分のタクシー。

白石 昇
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白石昇です。

ノート=ウドム・テーパーニットの事務所に着くと僕はとりあえず彼女の事を、友だちで新しく販売代理やってくれる会社の人です、と紹介した。

ノート=ウドム・テーパーニットはうれしそうに、僕と彼女をソファに座らせた。彼女は名刺を渡し、持って来た自分の会社紹介用の資料を広げて見せ、自己紹介をはじめる。

僕はあまりロを狭むこともなくそのようすを見ていた。彼女はエロ本の翻訳でひきこもっていた僕よりもはるかにタイ語が上手いのだ。通訳なんてする必要はない。

彼女はひととおり自分の会社の説明を終えると、お願いがあるんですけど、と言って話を切り出す。

ノート=ウドム・テーパーニットは彼女の、記者会見をやりたい、という内容のお願いを黙って聞いていたがやがて、何ひとつ深く考えることもなく、いいよ、と即答した。

そして、ただし、タイのマスコミは呼ばないで下さい。ゴシップとかそういう質問をされると困るから、と付け加えた。

その時すでに全ての話が僕や新しい代理人となる彼女の会社にとって、そして誰よりノート=ウドム・テーパー二ットにとっても元と同じようにシンプルなものに変わってしまっていた。

昨日まではものすごい面倒臭さをまとった感覚が僕の身体いっぱいを埋めつくしていたというのに。僕は今のこの状況が少し信じられなかった。

事務所を後にするとき僕は、ノート=ウドム・テーパーニットに、じゃあ、あさって帰るから、日本で働いてエロ本の借金を全部返してからまた来年タイに来るよ、と言った。

ノート=ウドム・テーパーニットは少し悲しそうな顔をしながら、俺の携帯電話の番号知ってる? と聞く。僕はすかさず自分の手帳を開いて、これでしょ?と指さして見せた。

彼は僕の手帳を覗きこむと、うん、そうこれ、と言って少し考えたあと振り返って、自分の机の上からマジックを取って来ると、その番号に極太の矢印を書き加えた。

そして、タイに戻って来たらすぐにこの番号に連絡しろよな、と言う。僕は彼の言葉に肯いて、来年また一緒に仕事をしよう、と言った。

事務所を出て再びタクシーに乗り込むと、友人女性はすぐに在泰の日本語媒体の編集部に片っぱしから電話をしはじめた。

まだ記者会見の日取りも決まっていない話だったが、隣で電話の会話を聞いているかぎり、どこの編集部もエロ本のことを既に知っているようで、反応はこの上なくよさそうだった。

僕は隣で続いているその会話から意識を外して、車の外を流れてゆくバンコクの景色を見ながら、何で自分はタクシーになんか乗っているのだろう? と思った。

エロ本を作っていた一年四ヶ月の間にタクシーに乗った回数よりも、この三日間で乗った数の方が多いような気がする。そう思いながら僕は、これでたぶん、今回の仕事は終わったな、と思った。おそらくもうこんなに毎日タクシーに乗るようなことは今後ないだろう。

つづく。

【しらいしのぼる】< http://www.mag2.com/m/0000012912.htm >
言語藝人。昭和44年5月1日長崎県西彼杵郡多良見町生まれ。『抜塞』で第12回日大文芸賞を受賞。訳書にノート=ウドム・テーパニット『エロ本』『gu123』。

バックナンバー
< http://ana.vis.ne.jp/ali/antho_past.cgi?action=article&key=20050618000038 >
< http://bn.dgcr.com/archives/18_/ >
エロ本販売サイト↓
< http://hp.vector.co.jp/authors/VA028485/erohonyakaritenpo.html >
報道実績
< http://hp.vector.co.jp/authors/VA028485/erohonyakaritenpomedia.html#erhn-press >
書評リンク集(書評wiki)
< http://mystery.parfait.ne.jp/wiki/pukiwiki.php?%A5%CE%A1%BC%A5%C8%A1%E1%A5%A6%A5%C9%A5%E0%A1%A6%A5%C6%A1%BC%A5%D1%A1%BC%A5%CB%A5%C3%A5%C8 >
mixi —エロ本コミュニティ
< http://mixi.jp/view_community.pl?id=38847 >

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■編集後記(1/23)

・「間宮兄弟」(江國香織、小学館、2004)を読む。最初にこのタイトルを見たとき、極道な兄弟の痛快な暴れっぷりを描く小説に違いないと思ったが、恋愛のカリスマとかいわれている女流がそんなの書くわけない。そのうち映画化されて、佐々木蔵之介と塚地武雅のビジュアルを見てだいたい分かった。極道ではなくお人好しだ。兄・明信は35歳、酒造メーカーに勤務。弟・徹信は32歳、学校職員である。マンションで仲良く二人暮らし。彼らを知る女たちの意見を総合すれば「恰好わるい、気持ちわるい、おたくっぽい、むさくるしい、だいたい兄弟二人で住んでいるのが変、スーパーで夕方の50円引きを待ち構えて買いそう、そもそも範疇外、ありえない、いい人かもしれないけれど、恋愛関係には絶対にならない」といった兄弟なのだ。読書、映画のビデオ鑑賞、テレビでプロ野球ナイター観戦、音楽、模型、ジクゾーパスルなど多趣味で、母親思いの心根のやさしいふたりだが、女にもてないことは兄弟共通の歴史。だから予想通り、この二人の恋が語られるのだが、失敗するに決まっているとハラハラしながら読みすすめた。その不器用ぶりが痛々しい。とくに突進型の弟の一方的な恋はあっけなく、手ひどく、唐突に終わる。ありえなくてもいいから、逆転ホームランの結末を期待したがそうはならない。この二人はマイペースで満ち足りた異空間(としか言えない)に住む。たぶんこのまま老いていくしかない。作者がなぜこういう男の世界を構築したのかわからない。残酷な小説である。映画の配役をイメージしながら読む。二人の男はみごとなはまり役だ。ところで、わたしにも兄がいる。実家に行ったとき、「あんちゃん」と呼ぶことがある。みょうに心地いいものである。女にわかるものかと思う。(柴田)

・「『Google革命』の衝撃〜あなたの人生を『検索』が変える〜」を見た。本日深夜0時から再放送があるよ。視聴率約10%なのに私の周囲視聴率はほぼ100%ナリ。SEO対策でちゃんとお金もらえていいな〜、私が扱った仕事は、顧客が望む言葉で、日本語上位10位以内に入るようにしているけど、あんまり価値を感じてもらえないよな〜。英語圏ならアドセンス広告効果も大きいよな〜。などと負け犬な視点で見始める。Google社内の様子を見、求人広告が解けないよと拗ねる。Google Checkoutはアメリカのクレジットカードじゃないと使えなくて、経由すれば10ドルOFFというショッピングサイトで、どうせ日本のだよと割引が使えないまま購入したのを思い出してしまう。Googleの検索結果に出してもらえない企業の話の辺りから、情報を経由させ一元化し、拡大を続けるGoogleが恐くなってきた。オフィシャルなイメージがあるけど、一企業でしかないわけで、情報操作ができちゃうわけか。コンテンツを作らないからこそ、ロボット収集だからこそ、客観的な立場でやってくれるものだと思い込んでいた。日本ではまだYahoo!が検索頻度トップで使いやすいと思う人は多いし、テレビや雑誌の影響も大きく、検索結果だけで判断はされにくいような気がする。世界的には田舎言語な日本語なので独自の世界も展開されるだろう。アンダーグラウンドな世界も同時に広がる気はするし。いつでも何でも検索している自分にとって、Googleの影響力って大きいんだよなぁ。検索結果も欲しいものが上位に入ってきて便利だし。にしても内部取材までやって、課題まで放送しちゃったNHKは凄いね。/ヒストリーチャンネルでやっていた「Googleを作った二人」も見たよ。/「ファイテンションデパート」。BSでは24日19:30スタートだって。(hammer.mule)
< http://www.historychannel.co.jp/cgi-bin/time_t/epg370_content.cgi?date=20070122&time=080000 >
Googleを作った二人
< http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/fight_tension/ > ファイテンション
< http://www.bs-j.co.jp/info/info/200701241930.html >  放送予定
< http://www.dgcr.com/present/list.html >  プレゼント受付中!