ショート・ストーリーのKUNI[24]話し合い/やましたくにこ

投稿:  著者:  読了時間:5分(本文:約2,200文字)


人間に生まれたことを死ぬときに恨まない人間はいない。短すぎる。繰り返せない。したがって学習の末獲得した深遠な哲学(と本人が思っていること)を生かせない。だからといって誰を恨んでいいかわからないわけだが、さしあたってはやはり神ということになるようで、うわさでは神には日夜膨大な数の苦情が寄せられる。微妙に的がずれて悪魔に苦情を申し立てるものもけっこういるらしく、それはたとえばGoogleで検索する際に「イナバウアー」のつもりで「イバナウアー」で検索をかけてもそこそこヒットするようなもの、また、どちらかからでも反応があればしめたものと、手当たり次第送りつけてくるスパムメールのようなものであろう。ともかくそういうわけで、いま神と悪魔はスタバの店内で話し合いをしている。


「どうしたものかしらね」と、時折女みたいな口調でしゃべるのは神だ。
「苦情というのもある程度の数になると無視できないっていうか」
「学習したことを少しは生かせるようにするってどう?」
「それって、つまり初期設定を変えるってこと、なわけ?」
「まあそういうこと」
「たいへんですよ、それ。わかって言ってるんでしょうね」
「もちろんよ」
「評価しますよ、私は。前向きということはいいことですからね。あなたにもまだそういう一面が残っていたことを喜ぶべきでしょうね」
「ありがと」
「そこからですね、問題は」
「そう、そこから」

言ってはみたものの、神は次第に機嫌が悪くなってくる。それというのも、スタバのコーヒーが好みに合わないのをこれで十数回目に発見しただけでなく、椅子が高くて脚がぶらぶらと落ち着かなかったからだ。ほかの席に行きたいが、あきがない。

「じゃあこうしましょ。人間は生まれたときにひとつだけ、過去の人間たちが学習したことの成果を引き継ぐことができるって」
「いーですね。これは英断ですよ。やりましょやりましょ。で、具体的に、どういうことを?」

そのとき、神の携帯が鳴った。
「失礼。もどらなきゃ。続きはまたこの次ってことでいいかしら」
「携帯変えたんだ」
「うん、ワンセグ。じゃ」

三日後、神と悪魔は話し合いの続きをしている。場所は吉野家の店内。
「なんでしたっけ。えっと、ひとつだけ引き継げるってとこまででしたね」
「そうです、さっさと決めましょう。私も忙しいんで」
「忙しいのはこっちも同じですよ。じゃあ具体的にやりましょう」
「そうですとも、具体的にね。具体的じゃなきゃ意味ないですからね」
「ところで、思い切った変更もいいんだけど、これまでの人間はどうなるの。何か補償ってあるわけ」
「そんなものあるわけないでしょ。死んでるんだから」
「割り切るわけですね。死に損」
「もちろん割り切るのよ。そんなことでいちいち頭使ってたら変革なんてできないじゃない」

店内は混雑していた。悪魔の携帯が鳴り、悪魔はその場でメールを開いた。
見るなりそのままかちゃりと閉じて、神に向き直り
「具体的にね、はい」
「だから提案を出してちょうだい、提案」
「んっと。人生に期待しすぎてはいけない」
「重すぎるでしょー。そんな記憶持って生まれてどうすんの。いきなりの戦意喪失?」
「じゃあ。女の言葉の七割はうそ」
「それも重いわ」
「そんなことないでしょ。あのね、これに関しては時間的にも空間的にも広いスパンで考えなきゃいけないわけですよ。汎用性っていうか。細かなディテールを持ってきてもしようがない」
「つゆだくも時と場合による、とか」
「ひどいなあ。まじめに考えましょうよ、まじめに」

話し合いの続きは一週間後に松屋銀座店のレストラン街で行われた。どちらも忙しい忙しいというのでなかなか日程の調整がつかないのだ。あれこれ迷い、創作料理の店に行ってみたが、すでに何人もが店の外に並べられた椅子に座って待っている。

「どこも同じね。待ちながら話し合いましょ」
「オーケー」
「どうしてこんなに人が多いのかしらね」
「お昼時って、こんなもんでしょ」
「んーと、どこまで進んだんだっけ?」
「具体案」
「ああそう。具体案」
「具体案です」
「私、思うんだけど」
「ええ?」
「具体案は後にして、先におおまかなスケジュール立てましょう。一方でコストもだいたいの線出して」
「具体的にどうするかもわからないのに?」
「あのね、私たちだけでできるとは限らないじゃない。ほかにもメンバーが必要だとすると、早めに押さえておかないといけないでしょ。私も具体案がないわけじゃないの。むしろ、いくつかあるんだけど、それを実行に移すとなると、あれとこれと、あれで、どうしても外部スタッフが要るな、と。そこまで考えて言ってるの。わかる? 悪魔ちゃん」
「はいはい。わかりました、じゃあそうしましょ。スケジュールね。なんだか私としては違うと思うんですけどね」

そのとき、糊の効いた白いうわっぱりを着た店員がやってきて言った。
「神田さま、どうぞお入りください」
 神がさっと立ち上がった。
「入りましょ」
「われわれのこと? あんた、神田さん?」
「さっき、名前を書くとき、そう書いといたの。『神』じゃ変でしょ。いつもこういうときは神田に決めてるのよ」

何も知らない店員は「神田さまとお連れおひとりさま」を4人がけのテーブルに案内して、話し合いはそこで続行された。だが、おそらくこの日もまとまることはないだろう。われわれ人間としても、いまさら別にまとまってほしくない気もするのだ。

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