[2142] 怒りを込めて振り返れ

投稿:  著者:  読了時間:22分(本文:約10,700文字)


<MANGA文法至上主義でなくてもいいかな>

■映画と夜と音楽と…[321]
 怒りを込めて振り返れ
 十河 進

■ローマでMANGA[1]
 イタリアから、マンガ留学生が東京に行ったよ
 midori

■マガジンガイド
 「コマーシャル・フォト」2007年3月号
 「コマーシャル・フォト データベース年鑑2007」


■映画と夜と音楽と…[321]
怒りを込めて振り返れ

十河 進
───────────────────────────────────

●老監督が作ったバイタリティあふれる映画

2004年の秋にシアターイメージフォーラムで公開された森崎東監督の「ニワトリはハダシだ」という作品は、キネマ旬報のベストテンにも入ったし評価も高かったが、前作「ラブ・レター」(1998年)から六年もの間、映画が作れなかったんだなあ、と久しぶりに不遇な先輩の消息を聞かされた思いだった。

森崎東は1927年に九州で生まれており、今年、八十歳になる。僕はそんな老人になっているとは思わなかった。「ニワトリはハダシだ」を撮影していた頃は七十代半ばである。それであんなにエネルギッシュな映画を作っているのだから畏れ入ってしまう。枯れる、という言葉は森崎監督とは無縁だ。

浅田次郎の評判になった小説「ラブ・レター」を森崎東監督が映画化し、久しぶりに大きな新聞広告が出たときには、僕は真っ先に見にいこうと思った。その前に印象に残った森崎作品は「夢見通りの人々」(1989年)で、ずいぶん待たされた気がしたがフィルモグラフィを調べると、その間に「釣りバカ日誌スペシャル」(1994年)と「美味しんぼ」(1996年)という作品がある。

「夢見通りの人々」はベストセラー作家・宮本輝の原作で、「釣りバカ日誌スペシャル」と「美味しんぼ」は、それぞれマンガが原作である。それに続くのが「ラブ・レター」の映画化だから人気小説や人気マンガの映画化が続いたのだが、「ニワトリはハダシだ」を見ながら僕は、このテイストは「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」(1985年)だなあ、と感慨深かった。懐かしかった。

「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」を僕は「偉大なる失敗作」と呼んでいる。映画が完成しても、その過激な内容のために公開できるあてがなく、しばらくお蔵になっていたと聞いたが、ようやく公開されて見にいったときには映画の迫力に圧倒された。僕にとっては忘れられない映画になったのだけど、映画そのものは破綻しているように思えた。

森崎東監督は「喜劇 女は度胸」(1969年)で監督としてデビューし、その後、作り続ける作品も「喜劇 男は愛敬」(1970年)「喜劇 女は男のふるさとヨ」(1971年)「喜劇 女生きてます」(1971)「喜劇 女売出します」(1972年)などであり、喜劇作家として認知されていた。

しかし、森崎監督はかつて自らの作品群を「怒劇」と称したことがある。「怒りの劇」である。それは脚本家時代からの彼の特徴であったし、処女作「喜劇女は愛嬌」でも強烈に感じられるものだった。森崎東の中には弱者を虐げる社会システムや腐敗した権力への怒りが渦巻いているに違いない。

「喜劇 女は度胸」で初主演をした倍賞美津子は、やたらに「くそくらえ節」を歌う。1969年に流行った岡林信康の歌である。それは、この映画の主題歌のように繰り返されるのだ。何度も何度も「くそくらえったら死んじまえ」という部分がリフレインされる。彼女は正体がつかめない何かに対して怒りを表明しているように僕には思えた。僕は十八歳で、怒りと不安と鬱屈を抱いて生きていた。

●知的障害者への社会的偏見とタブーを描く

森崎東監督は、弱者たちの、名もない者たちの、虐げられた者たちの怒りをスクリーンに叩きつけるように作品を作り続けてきた。映画としては破綻しているとは思うけれど、その怒劇の最初の頂点が「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」だった。原田芳雄と倍賞美津子の熱演が忘れられない。「逢いたいよう」とささやく倍賞美津子のしゃがれ声が耳に甦る。

もちろんストーリーの関連はないのだが、「ニワトリはハダシだ」は、そのふたりが結婚し二十年を経た話のように僕には思える。原田芳雄も倍賞美津子も二十年分歳をとった。原田芳雄の髭には白いものが混じり、倍賞美津子の顔にはしわが目立つ。しかし、倍賞美津子は年を重ねてどんどん魅力的になる。白髪が、目尻のしわが、何てステキなのだろうと思わせる。

原田芳雄と倍賞美津子は夫婦だが、今は別れて暮らしている。原田芳雄は十五歳になる知的障害児の息子サムと暮らし、倍賞美津子は幼い娘チャルと実家に戻り母(李麗仙)と住んでいる。サムの十五歳の誕生日の朝から物語は始まるのだが、いろいろあった後、原田と倍賞が海辺で話をする。

二十年前に「一緒になろう」と原田に言われた倍賞が「朝鮮人でもかまわんの」と聞くと、原田が「ニワトリはハダシだ」と答えたという。「ニワトリはハダシだ」という言葉に込めた森崎東監督の想いが伝わるいいシーンである。その抽象的なセリフは見る人によって違う意味にとられるかもしれないが、その核にあるものは明確に伝わるだろう。

舞台は真鶴である。真鶴の戦後の歴史が簡潔に説明される。「岸壁の母」で有名だが、戦後、外地からの引き揚げ者が着いた港である。だが、僕は知らなかった。戦前に労働力として強制的に朝鮮半島から連れられてきた人々が、戦後に解放され母国へ帰るために乗った船が真鶴沖で謎の爆発を起こし、多くの人が死んだことを…

李麗仙演じる倍賞美津子の母はその船に乗っていたが地元の漁師たちに救われ、そのまま真鶴に住み着いたのである。やがて倍賞美津子を生み、彼女は日本人の潜水夫だった原田芳雄と結婚する。ふたりの間には障害児のサムと妹のチャルが生まれ、サムの将来設計で対立したふたりは別居し離婚寸前になっている。

物語は例によって複雑に入り組み簡単には整理しにくいのだが、警察権力・検察権力ひいては国家権力を脅かす汚職スキャンダルの証拠書類が入ったまま検察庁トップのベンツが盗まれ、たまたまクルマ好きで数字に天才的な記憶力を持つサムが、ベンツのナンバーや書類の中に記載された数字を覚えていたことからヤクザと警察に追われる身になるという設定だ。

だが、森崎東監督の怒りは枯れることなく発揮されるため、様々な人物が登場し、話はどんどんややこしくなる。サムの養護学校の先生(肘井美佳)は父親(石橋蓮司)が警察機構のエリートで、彼は義兄に当たる検察庁トップ(岸部一徳)の命を受けてスキャンダルもみ消しのためにサムとチャルを逮捕し、少年院に送り込もうとしている。

●まっとうな怒りを持続する反骨の人

「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」で原発ジプシーというタブーを取り上げた森崎東監督は、「ニワトリはハダシだ」では警察・検察権力に対する怒りを顕わにする。検察権力は内部告発者を犯罪者として逮捕し社会的に葬るし、警察はヤクザと共謀して障害者の少年を捕まえ少年院に隔離しようとする。

劇中、養護学校の先生は、今まで多くの障害者が冤罪で逮捕されてきたと話す。「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」では原子力発電所で働く原発ジプシーが事故によって死んだため、その死体を秘密裏に処理するシーンが描かれた。そのため一年以上も公開できなかったのだが、「ニワトリはハダシだ」で告発されるタブーもかなりヤバイものである。

「ニワトリはハダシだ」を見て、僕は八十近くまで持続する森崎東監督の怒りの源に興味が湧いた。森崎東は十七歳で敗戦を迎えている。国のために死ねと教えられた世代だ。八月十六日には海軍予備学生特攻隊員だった次兄は割腹自殺したという。国家に対する不信感が芽生えたのは必然だろう。

戦後、京都大学に進むが、日本共産党がそれまでの武装闘争の方針を間違いと改め、革命を夢見ていた若者たちを絶望させた六全協を党員として迎える。卒業後、助監督として入社した松竹京都撮影所が閉鎖になり、大船撮影所の脚本部に移籍する。すでに四十を過ぎていた。様々な挫折があり、組織に対する絶望が募ったに違いない。

京大の後輩だった大島渚が松竹ヌーヴェル・ヴァーグの若きエースとして監督デビューを果たすのは1959年のこと。二十八歳の新監督は映画ジャーナリズムにもてはやされた。その頃、森崎東は三十二歳で京都撮影所にいた。やがて松竹では目立たなかった山田洋次作品の助監督や脚本家となり、様々な注目作を作る。

「なつかしい風来坊」(1966年)「愛の讃歌」(1967年)「吹けば飛ぶよな男だが」(1968年)は、それぞれ山田洋次監督作品であると共に森崎東の脚本作品でもあった。やがて森崎東は「泣いてたまるか」「男はつらいよ」という渥美清主演のテレビシリーズの脚本を手掛け、山田・森崎コンビは「男はつらいよ」(1969年)で金鉱を掘り当てる。

スクリーンでフーテンの寅が甦った同じ年の秋、四十二歳の映画監督がデビューする。僕はずっとフーテンの寅の第一作「男はつらいよ」と森崎東の監督デビュー作「喜劇 女は度胸」は併映だと思っていたが、調べると「男はつらいよ」が八月二十七日封切り、「喜劇 女は度胸」は十一月一日の封切りだった。

そうだ。僕が「喜劇 女は度胸」を見たのは上京した年、1970年の春のことだった。僕は、銀座並木座で「男はつらいよ」と「喜劇 女は度胸」の二本立てを見たのだ。僕はフーテンの寅に笑い転げ、倍賞美津子のバイタリティに圧倒された。フーテンの寅役とは違い「喜劇 女は度胸」のトラック運転手役の渥美清の怖さに驚いた。

あのとき、「喜劇 女は度胸」に僕が感じたのは作り手の怒りだった。それはまだ明確に権力や人を不幸にする社会に対する怒りではなかったが、名もない庶民の哀歓を描きながら彼らを否応なく包み込むシステムの存在に対する視点を感じさせるものだった。

森崎東が主人公に選ぶのは、労働者であったりチンピラだったり、ストリッパーだったり娼婦だったりする。彼らは決して立派な人間ではない。社会的にはくず扱いされるような人々だ。だが、彼らに対する森崎東監督の共感はどの作品からもしみじみと伝わってくる。「ニワトリはハダシだ」でも障害者たちへのシンパシーがある。彼らと同じ視線で監督は社会を見つめるのだ。

森崎東監督作品には忘れられない人々がいる。新宿芸能社というストリッパーを主に紹介する零細芸能プロの社長を演じた森繁久弥、「喜劇 特出しヒモ天国」の聾唖者役の下条アトム、「夢見通りの人々」のオカマを演じた原田芳雄…、僕も彼らのような人々への共感を持ち続けたいと思う。同時に、森崎東のようなまっとうな怒りも…。まだまだ枯れたくもないし、悟りたくもない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
以前にも書きましたが、僕は「怒りんぼ」とか「瞬間湯沸かし器」などと言われます。こんなに穏やかで、優しい人間に対して不当な評判であると常々思っておるのでありますが、会社の人々も家族もどうも僕とは認識に違いがあるようです。人はわかりあえません。誤解だらけです。困ります。

■第1回から305回めまでのコラムをすべてまとめた二巻本
完全版「映画がなければ生きていけない」書店およびネット書店で発売中
出版社< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193 >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ローマでMANGA[1]
イタリアから、マンガ留学生が東京に行ったよ

midori
───────────────────────────────────
初めまして、の方も、お久しぶり、の方もこんにちは!!
ローマのみどりです。

ローマに住んで早27年。フルコースの料理も、大判ピザも平らげることができてしまう半ばイタリア人と化した私ですが、昔から変わらないのはマンガ好き。一時はローマの生活を描いたエッセイマンガを商業誌に掲載したこともありました。。。今は、ローマのマンガ学校で週に一回MANGAの講師をしています。その辺の話をぼちぼちしていこうと思います。今回のお題は「イタリアから、マンガ留学生が東京に行ったよ」

●去年の話

来年の話をすると鬼が笑うと言います。去年の話をすると誰が笑うんでしょう?誰が笑っても無視して去年の話をします。

私が講師をするScuola Internazionale di Comics(スクオラ・インテルナツィオナーレ・ディ・コミックスと読みます)では、三年間最高得点の30点を取った生徒に奨学金を贈与してキューバのアニメ学校へ二週間留学させてます。昨年からこれに日本が加わりました。

日本のマンガ学校と姉妹校提携をして、交換留学をしたい…という学校の意を受けて、候補になる学校を探しました。水道橋にある東京アニメーター学院とするすると話が進んで、二週間の留学生受け入れがあれよあれよと決まって、昨年11月に実施しました。

東京アニメーター学院については、知り合いがいたわけでもなく、サイトであちこち見て回って、好印象を受けてメールを送ってみたのでした。これが大正解。真摯に学生の事を考え、親切丁寧迅速まじめな対応で実に有意義な二週間をウチの学生に提供することができました。

日本行きの奨学金を得たのはティーナという小柄なナポリ出身の26歳。
この出来事でティーナと日本へ同行したのが
1)学校の若き教務課長ジョルジャ。イラストレーター、グラフィックデザイナー、ローマ大学の学生でもあります。
2)学校のグラフィック科の1年生であり、書店さんでもあるバレリオ。留学うんぬんには全く関係なく、日本に興味があるけど一人じゃヤだからの便乗旅行。
3)学校の講師にして通訳の私メ。
の計4人でありました。

●NIPPONでNIPPONNを再確認

1970年に初めて日本のアニメ「グレンダイザー」が放映されて以来、イタリアでは日本のアニメ、そしてその後上陸した日本のマンガを見て育つのが当たり前になっています。そんな子達が日本に来ると、アニメで見知った世界がそのまま現実のものとして目の前に現れて、テーマパークの中にいるような、違うな、テーマパークは作り物でこれは現実だもの、なんと言うか夢の世界が現実になったような感じ…を受けるのだそうです。

制服で通学する小中学生、バスや電車の風景、箸を使う食事、コンビニ…どれもこれも「あ、知ってる、知ってる!」と、発見ではなく再認識なんだそうです。

ジョルジャもティーナもバレリオも「あ、知ってる、知ってる!」の口です。UDON、TONKATSU、RAMEN… 食べ物も困らず、箸も躊躇なく、「教えてあげよう!」と気がまえていた通訳・東京案内人の力がふにゃふにゃと抜けてしまったほどです。アニメが日本の文化、風習を世界に伝えている効果は計り知れませんですよ。

学院が用意してくれた授業は一日3時間。ティーナが特に喜んだのはシルクスクリーンの授業でした。イタリアにはもはやシルクスクリーンがないんです。その昔は製図用に売ってましたが、コンピュータ普及と共に消えてしまいました。売ってたときも、一度紙の上に乗せるとくっついてしまうので、使いにくいことこの上ありませんでした。「ウハハ!こうやって雲を作るのか!」と大喜びのティーナ。

ティーナはさすがに優秀生徒。しっかりと絵の基礎ができているので、初めての技術も難なくこなしていきます。いちいち通訳を通すというハンデを超えて、もうずっと学院に通っていたように授業をこなしていきました。

これは先生方が相手がガイジンだから…という差別をせずに、一般生徒と同じように扱ってくれたからでもあります。特にプロ漫画家養成科の中村先生は、ちょうど留学期間に締め切りがあった作品集にティーナの作品も載せるから何か描いてみたら? と言ってくださいました。

ティーナは授業の後に学校に残って、他の生徒と実習室で作品を仕上げ、ちょっとプロの気分を味わって喜んでいました。しかも、その時に通訳なしで身振り手振り絵を交えて生徒達とコミュニケーションをとって大きな思い出を作りました。

そうそう、学院はすべての道具を負担してくれ、動物園でのスケッチ大会には私やジョルジャにもお弁当を用意してくれ、おまけのバレリオもついでに招待してくれて歓送迎会、それにたっぷりのスクリーントーンのお土産を用意してくれて、至れり尽くせりでした。ティーナは歓送迎会で「帰りたくない〜」「来年も自費で来ます!」と騒いでいました。

●MANGAとイタリアコミックスの融合を夢見ていいかな?

イタリアをはじめヨーロッパのコミックスは、シチュエーションを描いていきます。絵で引っ張っていくので、背景まできっちり描いたイラストのような技術を要求されます。読者が主人公に感情移入をして、ストーリーを生きるMANGAと文法が違います。

昔、講談社の「週刊モーニング」で海外作家にMANGA文法で作品を描いてもらうというプロジェクトがありました。その時、ローマで海外支局を担当する幸運を得まして、MANGAとイタリアコミックスを制作側のそばで見ました。

このプロジェクトが中止になってからも、イタリアにMANGA文法を根付けて新しいマンガを誕生させる手助けをする…と夢見てました。MANGA文法こそが絵とセリフで話をすすめるこの表現法には最高のものだと思っていました。

今回、ティーナが自分の作品を生徒や先生方に見せてその反応を見ているうちに、MANGA文法至上主義でなくてもいいかな、と思い始めました。しっかりと遠近法や美術解剖を勉強した上で描く絵は力があって、まじまじと見てしまいます。

日本にイタリア、ヨーロッパのコミックスが入ってこないのは、知らないから。この絵の強さで物語を進めていく読み方に慣れていないから。

日本に絵の強さを紹介する。イタリアにMANGA文法をもっとわかってもらう。これを一人でがんばらないで、組織立てて行ったら、新しいマンガ構築という夢がかなうかな…と思い始めました。

学校に日本の新人賞に応募するコース、というのを提案してみました。これについては次回………

【みどり】midorigo@mac.com
昨年は留学先との話し合い、授業通訳で二回も里帰りができました。その機会にデジクリ縁で、ミクシでオトモダチになっていただいた永吉さん、茂田さん、やましたさん、その他初めて会うマイミクさんと宴会しました。家族が増えたようで嬉しい。

有料マガジン「b/n」日本語とイタリア語で読む超ショートを出しています。
あなたの脳みそをつねります!
< http://premium.mag2.com/mmf/P0/00/54/P0005451.html >

イタリア語の単語を覚えられます!と言うメルマガだしてます。
こちらは無料。
< http://midoroma.hp.infoseek.co.jp/mm/menu.htm >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■マガジンガイド
「コマーシャル・フォト」2007年3月号
< http://www.genkosha.co.jp/cp/index.html >
───────────────────────────────────
玄光社 2月15日(木)発売
別冊付録2点つき/特別定価1,600円(税込)

別冊付録-1「CM・映像キャメラマンファイル」
第一線で活躍するCM・映像キャメラマンおよび照明技師、計212人のプロフィールと最近の仕事をカタログ形式で紹介したデータブック。巻末には、特殊造型・美術/特殊メイクなど、作品づくりを支えるプロの個人別仕事ファイル「WORK FILE」も収録。

別冊付録-2「富士フイルム FinePix S5 Pro HANDBOOK」
話題の新型デジタル一眼レフ「FinePix S5 Pro」で作品を制作した3人のフォトグラファー(宮原康弘、中村成一、北田理純)によるインプレッションをメイキング風景も含めて紹介。また、S3 Proユーザーである早川廣行氏の撮影&評価記事も掲載。さらに充実した「フィルムシミュレーションモード」や、ダイナミックレンジのテストをはじめ、新開発「スーパーCCDハニカムSR Pro」の実力を検証。

特集=写真でつながるシリーズ広告
ロングランの展開、年に一度の掲出を続けている広告など、継続していくことで作り手と消費者の距離を近づけているシリーズ広告。中でも特に写真を使い続けている広告をピックアップ。 三和酒類 iichiko SUPER(雑誌広告)/NTT DoCoMo イエ・ラブ・ゾク(雑誌広告)/JRグループ 京の冬の旅(交通広告)/YKK AP 企業(雑誌広告)/キユーピー キユーピーマヨネーズ(雑誌広告)

特集=広告クリエイターが選ぶ2006年CMベスト10
「YouTube」を中心とするWeb上のビデオ共有サイトの人気、ワンセグ放送開始、HDDレコーダーの普及など、テレビCMの視聴環境が激変する中、広告クリエイターが選んだベストCMは何だったのか? また、最前線で活躍中の若手クリエイター3人による座談会も掲載。本誌独自の視点で、2006年のCM界を俯瞰する。CMベスト10結果発表/カンヌCMフェスティバル審査員・澤本嘉光氏(電通)が選んだ「私のCMベスト5」/クリエイター座談会:伊藤直樹(GT INC.)×志伯健太郎(電通)×横澤宏一郎(博報堂)
フォトグラファー特集=福島典昭

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■ブックガイド
COMMERCIAL PHOTO SERIES「コマーシャル・フォト データベース年鑑2007」
< http://www.genkosha.co.jp/np/detail.do?goods_id=648 >
───────────────────────────────────
「コマーシャル・フォト」2006年1月号(2005年12月15日発売)〜12月号に掲載したグラフィック関連作品約250点、CM関連作品約1,000点を、スタッフデータも含めて再録。プランニングやキャスティングの資料としてお使いいただけるように、クライアント&商品名、フォトグラファーやキャメラマン名、ディレクター名から掲載作品を検索できるようになっています。今回からCMデータベースがカラーになり、さらに充実しました。この1冊で、2006年の広告界が一望できるとともに、今、旬のクリエイターは誰かが分かります。
玄光社 B5判・378頁 定価2,993円(税込)ISBN978-4-7683-0239-2

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集後記(2/16)

・ここのところ珍しく忙しい日々であったから、嵐山光三郎「よろしく」(集英社、2006)はようやく読み終えたのだった。イントロを読んで、ぼくと妻・月子と学校の同級生とご町内の知り合いと老人ホームの老人達がおりなす、介護と殺人と色模様のストーリーだろう、と想像していたとおりだ。この中の何割かは実話なんだろう。ぼくは父親をノブちゃん、母親をトシ子さんと呼ぶ。ノブちゃんがだんだんこわれていくさまが、ユーモラスだがリアルに語られる。わたしの義父もこんな感じだったなあ、二世帯住宅に住んでいたのだから、義母が逝った後でもっとしっかり面倒をみてあげたかったと、いまさら取りかえしのつかないことを思うと気分が沈む。コロコロと人が死ぬ。凶悪な人殺しもある。極道の同級生にかかわる人間関係も次第に解明されていく。ぼくが同級生(といっても60歳以上)に口説かれて危機一髪の場面もある。波乱のあるストーリーなのに、きわめて淡々と語るのがうまい。とうとうノブちゃんが死ぬ。紙に鉛筆で「よ ろ し く」と書いて逝く。見習いたい最期である(できることならなあ、切実)。死ぬ数日前の親兄弟の行動や交わされる会話が味わい深い。「葬儀をとり仕切るのははじめての経験だ。〜目立たないように、しかも安くすまそうと思っているのに、お金の話ばかりになるとは思ってもみなかった」とあるように(わかるわかる)、あの不良中年も葬儀社相手ではいいなりになっているようだ。出てくる数字を足すと500万円は超えている。このへんのリアルな話はおもしろい。嵐山さんはかつて「昭和軽薄体」を駆使し、とくにABC文体が有名でR。この本ではK立市、S潮社、H谷川さんといった仮名方式で表される淡々とした文体が新機軸なのかも。(S田)

・バレエ教室の生徒は四人になった。大人組二人と子供が二人。一番下は五歳だ。とうとう五歳と同級生になってしまった。そして私はまだ年長だ。新しく入った人は、一度もダンスを習った経験はなく、学生時代はバスケに剣道。なんとなく自分に近くて親近感。私はバドミントンに空手なので。初日からレオタード着用の強者で、物覚えも早い。毎日ストレッチをしようと言っていたから、抜かされるのも時間の問題だな。バレエの何がいいのか考えていたのだけれど、難しくてすぐに身につかないところ、気にしなければならないところが多すぎて、他人と比べる暇がないところ、肩こり筋肉痛があってもレッスンが終ったらすっきりしちゃうところがある。簡単なら飽きちゃうかもしれない。今はただ先生に近づこうとしているが、同じ人間でからだひとつなのに、ちょっとした動きの差で印象がずいぶん違ってくる。ジム通いをしながら機械的にマシンで鍛えるよりは私には合ってる。悪いところは、週一回のレッスンのくせに、食欲だけは増えたこと。週一だと先週やったことを忘れてしまう、体に劇的な変化はない、なのに食欲だけはあるので、バレエをしない日でも食べる量が増え、体脂肪率は減らないのに体重は増える……。自主トレする時間をとらねばと思いつつ、徹夜仕事で難しい。せめて毎日ストレッチしないとな〜。/大人からバレエと同じく、大人から空手ってできるよ。大人からピアノも。子供らだけの楽しみにしておくのはもったいないよ。空手だと壮年部試合ってあるし、それには全日本クラスの人たちは出場しないから、大人から空手でも優勝できたりするよ。レッツトライ!(hammer.mule)