映画と夜と音楽と…[321]怒りを込めて振り返れ/十河 進

投稿:  著者:  読了時間:10分(本文:約4,700文字)


ニワトリはハダシだ●老監督が作ったバイタリティあふれる映画

2004年の秋にシアターイメージフォーラムで公開された森崎東監督の「ニワトリはハダシだ」という作品は、キネマ旬報のベストテンにも入ったし評価も高かったが、前作「ラブ・レター」(1998年)から六年もの間、映画が作れなかったんだなあ、と久しぶりに不遇な先輩の消息を聞かされた思いだった。

森崎東は1927年に九州で生まれており、今年、八十歳になる。僕はそんな老人になっているとは思わなかった。「ニワトリはハダシだ」を撮影していた頃は七十代半ばである。それであんなにエネルギッシュな映画を作っているのだから畏れ入ってしまう。枯れる、という言葉は森崎監督とは無縁だ。


浅田次郎の評判になった小説「ラブ・レター」を森崎東監督が映画化し、久しぶりに大きな新聞広告が出たときには、僕は真っ先に見にいこうと思った。その前に印象に残った森崎作品は「夢見通りの人々」(1989年)で、ずいぶん待たされた気がしたがフィルモグラフィを調べると、その間に「釣りバカ日誌スペシャル」(1994年)と「美味しんぼ」(1996年)という作品がある。

「夢見通りの人々」はベストセラー作家・宮本輝の原作で、「釣りバカ日誌スペシャル」と「美味しんぼ」は、それぞれマンガが原作である。それに続くのが「ラブ・レター」の映画化だから人気小説や人気マンガの映画化が続いたのだが、「ニワトリはハダシだ」を見ながら僕は、このテイストは「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」(1985年)だなあ、と感慨深かった。懐かしかった。

「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」を僕は「偉大なる失敗作」と呼んでいる。映画が完成しても、その過激な内容のために公開できるあてがなく、しばらくお蔵になっていたと聞いたが、ようやく公開されて見にいったときには映画の迫力に圧倒された。僕にとっては忘れられない映画になったのだけど、映画そのものは破綻しているように思えた。

喜劇・女は度胸森崎東監督は「喜劇 女は度胸」(1969年)で監督としてデビューし、その後、作り続ける作品も「喜劇 男は愛敬」(1970年)「喜劇 女は男のふるさとヨ」(1971年)「喜劇 女生きてます」(1971)「喜劇 女売出します」(1972年)などであり、喜劇作家として認知されていた。

しかし、森崎監督はかつて自らの作品群を「怒劇」と称したことがある。「怒りの劇」である。それは脚本家時代からの彼の特徴であったし、処女作「喜劇女は愛嬌」でも強烈に感じられるものだった。森崎東の中には弱者を虐げる社会システムや腐敗した権力への怒りが渦巻いているに違いない。

「喜劇 女は度胸」で初主演をした倍賞美津子は、やたらに「くそくらえ節」を歌う。1969年に流行った岡林信康の歌である。それは、この映画の主題歌のように繰り返されるのだ。何度も何度も「くそくらえったら死んじまえ」という部分がリフレインされる。彼女は正体がつかめない何かに対して怒りを表明しているように僕には思えた。僕は十八歳で、怒りと不安と鬱屈を抱いて生きていた。

●知的障害者への社会的偏見とタブーを描く

森崎東監督は、弱者たちの、名もない者たちの、虐げられた者たちの怒りをスクリーンに叩きつけるように作品を作り続けてきた。映画としては破綻しているとは思うけれど、その怒劇の最初の頂点が「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」だった。原田芳雄と倍賞美津子の熱演が忘れられない。「逢いたいよう」とささやく倍賞美津子のしゃがれ声が耳に甦る。

もちろんストーリーの関連はないのだが、「ニワトリはハダシだ」は、そのふたりが結婚し二十年を経た話のように僕には思える。原田芳雄も倍賞美津子も二十年分歳をとった。原田芳雄の髭には白いものが混じり、倍賞美津子の顔にはしわが目立つ。しかし、倍賞美津子は年を重ねてどんどん魅力的になる。白髪が、目尻のしわが、何てステキなのだろうと思わせる。

原田芳雄と倍賞美津子は夫婦だが、今は別れて暮らしている。原田芳雄は十五歳になる知的障害児の息子サムと暮らし、倍賞美津子は幼い娘チャルと実家に戻り母(李麗仙)と住んでいる。サムの十五歳の誕生日の朝から物語は始まるのだが、いろいろあった後、原田と倍賞が海辺で話をする。

二十年前に「一緒になろう」と原田に言われた倍賞が「朝鮮人でもかまわんの」と聞くと、原田が「ニワトリはハダシだ」と答えたという。「ニワトリはハダシだ」という言葉に込めた森崎東監督の想いが伝わるいいシーンである。その抽象的なセリフは見る人によって違う意味にとられるかもしれないが、その核にあるものは明確に伝わるだろう。

舞台は真鶴である。真鶴の戦後の歴史が簡潔に説明される。「岸壁の母」で有名だが、戦後、外地からの引き揚げ者が着いた港である。だが、僕は知らなかった。戦前に労働力として強制的に朝鮮半島から連れられてきた人々が、戦後に解放され母国へ帰るために乗った船が真鶴沖で謎の爆発を起こし、多くの人が死んだことを…

李麗仙演じる倍賞美津子の母はその船に乗っていたが地元の漁師たちに救われ、そのまま真鶴に住み着いたのである。やがて倍賞美津子を生み、彼女は日本人の潜水夫だった原田芳雄と結婚する。ふたりの間には障害児のサムと妹のチャルが生まれ、サムの将来設計で対立したふたりは別居し離婚寸前になっている。

物語は例によって複雑に入り組み簡単には整理しにくいのだが、警察権力・検察権力ひいては国家権力を脅かす汚職スキャンダルの証拠書類が入ったまま検察庁トップのベンツが盗まれ、たまたまクルマ好きで数字に天才的な記憶力を持つサムが、ベンツのナンバーや書類の中に記載された数字を覚えていたことからヤクザと警察に追われる身になるという設定だ。

だが、森崎東監督の怒りは枯れることなく発揮されるため、様々な人物が登場し、話はどんどんややこしくなる。サムの養護学校の先生(肘井美佳)は父親(石橋蓮司)が警察機構のエリートで、彼は義兄に当たる検察庁トップ(岸部一徳)の命を受けてスキャンダルもみ消しのためにサムとチャルを逮捕し、少年院に送り込もうとしている。

●まっとうな怒りを持続する反骨の人

「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」で原発ジプシーというタブーを取り上げた森崎東監督は、「ニワトリはハダシだ」では警察・検察権力に対する怒りを顕わにする。検察権力は内部告発者を犯罪者として逮捕し社会的に葬るし、警察はヤクザと共謀して障害者の少年を捕まえ少年院に隔離しようとする。

劇中、養護学校の先生は、今まで多くの障害者が冤罪で逮捕されてきたと話す。「生きてるうちが花なのよ死んだらそれまでよ党宣言」では原子力発電所で働く原発ジプシーが事故によって死んだため、その死体を秘密裏に処理するシーンが描かれた。そのため一年以上も公開できなかったのだが、「ニワトリはハダシだ」で告発されるタブーもかなりヤバイものである。

「ニワトリはハダシだ」を見て、僕は八十近くまで持続する森崎東監督の怒りの源に興味が湧いた。森崎東は十七歳で敗戦を迎えている。国のために死ねと教えられた世代だ。八月十六日には海軍予備学生特攻隊員だった次兄は割腹自殺したという。国家に対する不信感が芽生えたのは必然だろう。

戦後、京都大学に進むが、日本共産党がそれまでの武装闘争の方針を間違いと改め、革命を夢見ていた若者たちを絶望させた六全協を党員として迎える。卒業後、助監督として入社した松竹京都撮影所が閉鎖になり、大船撮影所の脚本部に移籍する。すでに四十を過ぎていた。様々な挫折があり、組織に対する絶望が募ったに違いない。

京大の後輩だった大島渚が松竹ヌーヴェル・ヴァーグの若きエースとして監督デビューを果たすのは1959年のこと。二十八歳の新監督は映画ジャーナリズムにもてはやされた。その頃、森崎東は三十二歳で京都撮影所にいた。やがて松竹では目立たなかった山田洋次作品の助監督や脚本家となり、様々な注目作を作る。

男はつらいよ 49巻セット+特典ディスク2枚付「なつかしい風来坊」(1966年)「愛の讃歌」(1967年)「吹けば飛ぶよな男だが」(1968年)は、それぞれ山田洋次監督作品であると共に森崎東の脚本作品でもあった。やがて森崎東は「泣いてたまるか」「男はつらいよ」という渥美清主演のテレビシリーズの脚本を手掛け、山田・森崎コンビは「男はつらいよ」(1969年)で金鉱を掘り当てる。

スクリーンでフーテンの寅が甦った同じ年の秋、四十二歳の映画監督がデビューする。僕はずっとフーテンの寅の第一作「男はつらいよ」と森崎東の監督デビュー作「喜劇 女は度胸」は併映だと思っていたが、調べると「男はつらいよ」が八月二十七日封切り、「喜劇 女は度胸」は十一月一日の封切りだった。

そうだ。僕が「喜劇 女は度胸」を見たのは上京した年、1970年の春のことだった。僕は、銀座並木座で「男はつらいよ」と「喜劇 女は度胸」の二本立てを見たのだ。僕はフーテンの寅に笑い転げ、倍賞美津子のバイタリティに圧倒された。フーテンの寅役とは違い「喜劇 女は度胸」のトラック運転手役の渥美清の怖さに驚いた。

あのとき、「喜劇 女は度胸」に僕が感じたのは作り手の怒りだった。それはまだ明確に権力や人を不幸にする社会に対する怒りではなかったが、名もない庶民の哀歓を描きながら彼らを否応なく包み込むシステムの存在に対する視点を感じさせるものだった。

森崎東が主人公に選ぶのは、労働者であったりチンピラだったり、ストリッパーだったり娼婦だったりする。彼らは決して立派な人間ではない。社会的にはくず扱いされるような人々だ。だが、彼らに対する森崎東監督の共感はどの作品からもしみじみと伝わってくる。「ニワトリはハダシだ」でも障害者たちへのシンパシーがある。彼らと同じ視線で監督は社会を見つめるのだ。

森崎東監督作品には忘れられない人々がいる。新宿芸能社というストリッパーを主に紹介する零細芸能プロの社長を演じた森繁久弥、「喜劇 特出しヒモ天国」の聾唖者役の下条アトム、「夢見通りの人々」のオカマを演じた原田芳雄…、僕も彼らのような人々への共感を持ち続けたいと思う。同時に、森崎東のようなまっとうな怒りも…。まだまだ枯れたくもないし、悟りたくもない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
以前にも書きましたが、僕は「怒りんぼ」とか「瞬間湯沸かし器」などと言われます。こんなに穏やかで、優しい人間に対して不当な評判であると常々思っておるのでありますが、会社の人々も家族もどうも僕とは認識に違いがあるようです。人はわかりあえません。誤解だらけです。困ります。

■第1回から305回めまでのコラムをすべてまとめた二巻本
完全版「映画がなければ生きていけない」書店およびネット書店で発売中
出版社< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193 >

photo
映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 都と京 気まぐれコンセプト クロニクル グレート・ギャツビー



photo
ニワトリはハダシだ
肘井美佳 森崎東 浜上竜也
GPミュージアムソフト 2006-03-25
おすすめ平均 star
star素晴らしい人生の映画
starいまひとつ
star映画館でみましたが、最高です。

スクラップ・ヘブン 博士の愛した数式 メゾン・ド・ヒミコ 特別版 (初回限定生産) 不思議の国の有栖川ナミ~スターダストプロモーション アクションムービー・プロジェクト~ リンダリンダリンダ



photo
喜劇・女は度胸
森崎東 清川虹子 倍賞美津子
松竹 2005-10-29

シネマ de 昭和 喜劇 男は愛嬌 喜劇 初詣列車 喜劇 団体列車 喜劇 急行列車 喜劇・爬虫類



photo
男はつらいよ 49巻セット+特典ディスク2枚付
渥美清
松竹 2006-07-29
おすすめ平均 star
star浅野内匠頭じゃないけど腹切ったつもりで買っちゃった!
star安くなった全巻セット
star高価なセットだけど。
曲名リスト

by G-Tools , 2007/02/16