ショート・ストーリーのKUNI[26]話し合い(2)
── やましたくにこ ──

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※[24]話し合い(1/25 2127号)の続きのようです
< https://bn.dgcr.com/archives/20070125140300.html
>

神はとても不機嫌だ。スープ春雨を食べながら韓流ドラマを見ていて感涙にむせんでいた、まさにそのときに携帯が鳴って、出てみると悪魔からだったのだから。



「はい」
「いまいいです?」
「よくないけどいいわよ、もう出ちゃったし。何?」
「先日の話ですよ。初期設定を変えるという」
「初期設定。そんな話してたかしらね」
「いやだなあ。あなたの提案じゃないですか。人間は生まれたときにひとつだけ、過去の人間たちが学習したことの成果を、引き継ぐことができるというやつ」
「いいこと言うじゃない」
「ひとごとみたいに言わないでくださいよ、ったく。それで具体案を出そうということになったのに、あなたが先におおまかなスケジュールを立てようと言った。でしょ?」
「覚えてるわよ、もちろん」

本当はほぼ忘れていた。

「で、そのスケジュールですよ。この間のあの店では結局何も決まらなかったじゃないですか、店の内装がいまいちだとか箸袋の柄が悪いとかどうとか話がずれてしまって。いや、いいんですよ、別に。あなたが言い出したことだし」
「あーごめんなさい。そうだったそうだった。ここんとこ殺人的な忙しさでそれどこじゃなかったのよ。悪い。電話じゃなんだから、いまから会う?」

というわけで、ふたたび神と悪魔はドトールコーヒーで豆乳ラテを飲みながら話し合いをしている。

「でさ、そのスケジュールよね」
「ですね」
「うーん、と。あれからいろいろ考えたのよ、私。で、これは本来はあなたの仕事なんじゃないかな、と」
「はあ?」
「考えてみてよ。人間は生まれたときにひとつだけ、過去の人間たちが学習したことの成果を引き継ぐことができるってことは両刃の剣よ」
「つまり?」
「いい? 私は神なの。ややこしい議論は抜きにして、人間やそのほかの存在すべてに愛を注ぐのが私の仕事なわけ」
「愛、ねえ」
「過去の人間たちが学習したことの成果を引き継ぐことができるのは、その愛に沿った行為かどうか、よね。言ってることわかる?」
「人間にとって必ずしも幸福でないと。そうおっしゃりたいわけですか?」
「知らぬが仏ってこともあるし。神の私が言うのもなんだけど」
「ははーん。そうきましたか」
「そういう言い方はないと思うけど」
「解釈の問題というわけですね。なるほどね」
「誤解しないでほしいんだけど、これは私がやるよりあなたにとってやりがいのあるプロジェクトじゃないかと、そう思って提案してるの。私が逃げてるわけじゃないの。あくまでケース・バイ・ケース」
「あなたは全く関知しないと?」
「そうは言ってないわ。必要に応じて協力するつもり。コラボってやつ?」
「もう死語ですよ、それ」

神は若干むっとしたが顔には出さなかった。なんとなく雰囲気が悪い。

「ちょっと場所変えない?」
「いいですよ」
「考えたら私たち、どこでも行けるのにいつも東京ばかりじゃない。たまには大阪でミーティングとか」
「大阪?!」

ほどなく難波のロケット広場で二人は落ち合う。

「よりによってロケット広場はないでしょ。こんなベタな待ち合わせ場所」
「梅田の紀伊国屋前でもよかったんだけど」
「それもベタ」
「あそこは人が多すぎて。それに前、紀伊国屋のビッグマン前と言ったらいつの間にかビッグマンが二つに増えてて混乱したじゃない。あれ、あなたじゃなかったっけ?」
「他の人と間違えないでほしいなあ。私はあなたと大阪で会うのははじめてですから」
「そうだっけ。とりあえずなんばパークスでも行きましょか。こっちからが近いわ」

ふたりは難波駅の3階中央改札口直行の大階段に向かい、エスカレーターに乗る。とたんに後ろから大声で罵声を浴びせられる。

「おおおおおおっ! 何やっとんねん! 人の前ふさいでからに。立つんやったら右側に立たんかいっ!」

振り返ると、労務者風の中年の男が呼気から猛烈なアルコール臭を放ちながら血相を変えて怒鳴っている。悪魔がエスカレーターの左側に半分はみ出た状態で神と並んでいたからだ。

「すまん、にいさん。こいつわしの連れやねんけど、今日東京の田舎から出てきたばっかりやねん。わしに免じて許したってくれるか」

労務者風の男は急に笑顔になった。

「ああ、そうかいな。東京の田舎からな。ほな…今日はまあええわ。あんたも後輩のしつけ、しっかりしとかな、どんならんで。そやろ、な?! ぐぁはははっ!」

神は無言でへらへらと笑いながらスペースをあけ、男に手をあげて先に行くよう促した。その笑いさえもどこか大阪弁であることに驚愕し、とりあえずこいつは侮れないなと感心した悪魔であった。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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