[2166] 今を生きるために…

投稿:  著者:  読了時間:24分(本文:約11,700文字)


<番犬のようなものでありたい>

■映画と夜と音楽と…[326]
 今を生きるために…
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![47]
 上祐史浩、ミクシィに現る!
 GrowHair


■映画と夜と音楽と…[326]
今を生きるために…

十河 進
───────────────────────────────────

●「007は二度死ぬ」のシナリオライター

シリーズ五作目の「007は二度死ぬ」(1967年)が公開された頃の話だから、もう四十年も前のことになるだろうか。僕は高校に入学したばかりだった。「007は二度死ぬ」は日本を舞台にした話なので、ロケ中から映画雑誌には様々な記事が掲載されていた。何しろ人気絶頂のショーン・コネリーが日本にやってきたのである。

そんな映画雑誌の記事のひとつに「シナリオを書いているのはロアルド・ダールという作家で、あのパトリシア・ニールのご主人である。パトリシア・ニールは最近の人には『ティファニーで朝食を』のジョージ・ペパードのパトロン役でおなじみだろう」という文章があった。

えっ、と僕は驚いた。ロアルド・ダールがシナリオを書いていることを知らなかったのと、奥さんが女優であることを知らなかったからである。中学生の頃から「エラリィ・クィーンズ・ミステリマガジン」を愛読していた僕は、時々、掲載されるロアルド・ダールの短編はすべて読んでいた。

それに、田村隆一が訳したポケットミステリ版「あなたに似た人」は好きな一冊だった。「SOMEONE LIKE YOU」という「あなたに似た人」の原題がひどく気に入っていたのだ。それに、開高健が訳した異色作家短編集シリーズの「キス・キス」も古本屋で手に入れていた。

容易に素顔を見せない怪優ジョニー・デップが出た「チャーリーとチョコレート工場」(2005年)が有名になり、最近は原作者のロアルド・ダールは児童文学者のような紹介をされることもあるけれど、元来、彼はブラックでシニカルで残酷な短編を書く作家だった。江戸川乱歩は「奇妙な味の小説」と名付けたものである。

アルフレッド・ヒッチコック監督がテレビ・シリーズとしてプロデュースした「ヒッチコック劇場」の伝説の名作のいくつかは、ロアルド・ダールの短編を原作としている。「おとなしい凶器」「南から来た男」などだ。それら有名になった短編ばかりが「あなたに似た人」には入っている。

だから、僕はロアルド・ダールについてはよく知っていたのだが、パトリシア・ニールという女優についてはまったく知識がなかった。「ティファニーで朝食を」(1961年)の主人公の作家志望の青年に金を貢ぐ有閑マダムは覚えていたけれど、あの映画の中ではイヤな役だし、印象に残る女優でもなかった。

そのときの映画雑誌の記事だったかどうかは覚えていないのだが、パトリシア・ニールが若い頃「摩天楼」(1949年)で大スターだったゲーリー・クーパーと共演し、運命的な恋に落ち、当時のハリウッドを賑わしたスキャンダルの主だったということを僕は知った。

その後、僕はいくつか彼女の出演作を見たが、一番若い頃の姿を見たのは「地球の静止する日」(1951年)である。彼女は子持ちの未亡人を演じていた。後に名匠と呼ばれるロバート・ワイズ監督作品であり、今ではSF映画の古典として名高いが、低予算であることが一目瞭然のB級プログラムピクチャーだった。

●「ゲーリー・クーパーとの恋に破れた女優」の自伝

僕がパトリシア・ニールという女優を意識したのは、1990年の春に「真実」という彼女の自伝の翻訳が新潮社から出たからである。その自伝は評判がよく、様々な書評で取り上げられた。決まって「ゲーリー・クーパーとの恋に破れた女優」という紹介だったが、それは仕方のないことだったかもしれない。

本の帯には「私は情熱的な恋愛をしました。しかし人生はそれ以上のものであるはず…」とキャッチコピーが大きく入り、「ゲーリー・クーパーとの恋、ロアルド・ダールとの結婚が残した『真実』」と小さく書かれている。パトリシア・ニールという名前は多くの人が知っているわけではない。ゲーリー・クーパーの恋の相手として版元は売りたかったのだろう。

その前書きで、パトリシア・ニールは自伝を書くきっかけになったある女性との出逢いを語っている。その女性はゲーリー・クーパーの娘、マリア・クーパーである。パトリシア・ニールは臆面もなくこう語る。

──わたしたちふたりを結びつけている絆は、わたしの心の中にも彼女の心の中にも生きている、ひとりの人だった。その最愛の人の名前は、ゲーリー・クーパー。彼との出会いは、わたしの人生の、この上なく素晴らしい出来事のひとつだった。わたしは今でも彼を愛している。

自伝の原書が発行されたのが1988年。三十年連れ添ったロアルド・ダールと離婚した五年後であり、ゲーリー・クーパーが死んでから二十七年が過ぎている。彼女が彼を恋してからだと四十年近い月日が流れていた。それでもパトリシア・ニールはそう書くのだ。長い年月がゲーリー・クーパーとの苦しい恋を美しい想い出に変えたのかもしれない。

妻子があり、すでに大スターだったゲーリー・クーパーは、ブロードウェイからやってきた娘ほども歳の違う新人女優に恋をする。ふたりは人目を忍んで逢瀬を重ねる。やがて彼女が妊娠し、ふたりは中絶という途を選ぶ。しかし、ふたりの関係はゲーリー・クーパーの妻の知るところとなり、ハリウッド中に広まってしまう。

パトリシア・ニールは、その頃、まだ二十代の前半だった。そんな時期に辛く、そして運命的な恋をすると、人は生涯をかけてそのことの意味を問い続けるのかもしれない。だが、そんなこだわりが彼女の人生における本来の意味以上のものにそれを変質させていったのではあるまいか。

二十歳でハリウッドに招かれたシンデレラ・ガールは、六年間に多数の映画に出演し、傷心からかハリウッドを後にして再びブロードウェイに戻る。ロアルド・ダールと出逢い、結婚する。結婚は三十年続くことになるのだが、やがて破局を迎える。

●人生の苦汁をなめた女の言葉

ロアルド・ダール三十六歳、パトリシア・ニール二十七歳。ふたりが結婚した歳である。二年後、長女が生まれ、続けて次女が生まれる。その数年後、長男が生まれる。長男を出産した後、あの「ティファニーで朝食を」に出演する。だが、彼女の不幸はここから始まる。

まず、生後四カ月の長男が乳母車と共に自動車にはねられる。長男は頭部に損傷を負い、三十カ月の間に八回も手術をすることになる。その二年後、長女が七歳で病死する。幼い子を亡くした母親ほど不幸な存在はこの世にはない。深い悲しみが彼女を襲う。

だが、長女の死と引き替えのように、ハリウッドから離れていた彼女にひとつのオファーがくる。ニューヨークのアクターズ・スタジオ時代から知っていたマーティン・リット監督からの依頼である。

──また映画の仕事ができるのかと思うと、わたしのエンジンは作動を始めたが、マーティーの仕事なら、きっとなにかいいことがあると確信した。台本のタイトルは「ハッド・バノン」となっていた。

その映画は「ハッド」(1963年)として公開される。パトリシア・ニールが演じた牧場のメイドのアルマは出番は少ないが、印象的な役だった。それに「ハッド」には女優は彼女しか出ない。翌年、パトリシア・ニールはニューヨーク映画批評家協会賞の主演女優賞に続き、アカデミー主演女優賞を受賞する。

それは長女の死の悲しみから抜け出せないパトリシア・ニールに与えられた、神の慰めだったのかもしれない。妊娠していた彼女は授賞式には出られなかったが、その夜は女優パトリシア・ニールにとって人生最大のハイライトになった。イギリスの自宅で受賞の連絡を受けた彼女は、ロンドンでの記者会見に着ていく洋服をクローゼットの中で探す。

──わたしの手は懐かしいコートに止まった。取り出して、袖を通した。今見ても素晴らしいもので、お腹の大きいわたしの体を優雅に覆ってくれた。十二年前、ゲーリーが玄関に置いて帰ったミンクのコートだった。

それは女優として最高の栄誉を手にしたことを確認する記者会見というハレの場に、ゲーリー・クーパーと共に出たいという彼女の願望の現れだったのだろうか。だが、自分の妻がそういう想いを抱き続けていることを知った夫の感情は波立つ。彼女の夫は、残酷なほどの人間観察の名手であるロアルド・ダールなのだ。

その年の五月、四人目の子を彼女は出産する。長女の死も遠い過去のことになりつつあった。オットー・プレミンジャー監督作品に続いて巨匠ジョン・フォード監督の「荒野の女たち」のオファーがくる。だが、そのとき、彼女は五人目の子を身ごもっていた。

不幸が再び彼女を襲う。脳卒中で倒れるのだ。ある新聞は彼女の死亡記事まで載せる有様だった。七時間の手術の後、彼女は生還する。しかし「荒野の女たち」の役はアン・バンクロフトに代わり、ジョン・フォード映画への出演はついに実現しない。「荒野の女たち」はフォード最後の作品になってしまったからである。

歓喜の記憶であれ、悲惨な記憶であれ、何か強い想いにとらわれて生きることは人を幸せにしないのではないか。「真実」という自伝を読んだ僕はそう思う。悲恋に終わったために、彼女は生涯ゲーリー・クーパーの呪縛から逃れられなかった。人は、忘れ、諦め、今を懸命に生きる他ないのだ。

「ハッド」で彼女が演じたアルマは人生の苦汁をなめ、いつも瞳にシニカルな光を宿している。生きることに幻滅し、何の夢も持っていない。人生を諦めているわけではないが、何かを投げているように見える。ある夜、ハッドの甥のロンはアルマに「人生とは一体何なのか」と聞く。

──それはね…、ほかの人に聞くんだね。

その言葉の中に、アルマの過ごしてきた人生が込められていた。人に語れるような人生ではなかった。振り返りたくもない。だから、青年の問いかけに答えないことが、彼女の優しさなのだった。しかし、彼女自身は今を懸命に生きようとしている…。そんなアルマの存在感をパトリシア・ニールは感じさせてくれたのだった。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
ある人が柴田編集長経由で鴨志田穣さんの訃報を知らせてくれた。去年、朝日新聞の書評欄で初めての小説が紹介されたばかりだった。その後、彼自身の写真入りで記事も出た。西原理恵子さんや子どもたちともう一度やり直すような話も聞いた矢先だった。四十二歳だったという。ご冥福を祈ります。

■第1回から305回めまでのコラムをすべてまとめた二巻本
完全版「映画がなければ生きていけない」書店・ネット書店で発売中
出版社< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193 >

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■Otaku ワールドへようこそ![47]
上祐史浩、ミクシィに現る!

GrowHair
───────────────────────────────────
上祐史浩氏がミクシィに入会したのは、アーレフ(旧称:オウム真理教)を脱会して新団体を設立すると記者会見で発表する二日前、3月7日(水)のことである。私は3月11日(日)になって、さる友人の日記からそれを知った。

ニセモノなんじゃないの? 仮に本人だとして、ミクシィで信者集めではあるまいな? 日記、何が書いてあるんだろ? とは言え、まんまと術中に嵌って洗脳されても困るしなー。複雑な思いで、恐る恐る読みに行ってみた。二日後の3月13日(火)彼とマイミク(ミクシィ上の友人関係)になっていた。

●そんな目で見ないで、まず話を聞いてください

もちろん、たったの二日ですっかり洗脳されてしまったということではなく、公開範囲を限定してしまった日記を読むための手段としてである。

まずもって、私は上祐氏とはこれまで一面識もなく、今後も距離を詰めるつもりはまったくない。ただ、キャラ設定として、近い部分はある。彼は私よりも15日だけ年下で、かつて同じ大学の同じ学部に在籍していた。学科は電子通信学科と数学科と異なるが、ともに同じ大学院で修士課程まで修了している。すれ違ったりはしていたかもしれない。

さて、その上祐氏がミクシィに入会したことを3月11日(日)に知り、恐る恐る日記を読みにいってみると、「新団体は開かれた場にしたい、ミクシィを通じて一般の方々と真剣に意見交換したい」とあり、布教のような動きはまったくみられなかった。マスコミのフィルタを通さずに、本人から直接発信された相当量の情報を丸ごと受けることができ、しかも公開された場で質疑応答ができる、有意義な場になっていると思った。

ところが、3月12日(月)に「おもいッきりテレビ」などで上祐氏のミクシィ入会が伝えられると、一気に書き込み数が増え、あっという間にコメント数の上限200件に達してしまった。内容も「人殺し!」、「大嘘つき!」のような短い感情の吐露や、「文章が長すぎる」、「難しすぎる」などの苦情が多く、議論の場としては、機能しなくなってしまった。

そこで、上祐氏は「上祐史浩・新団体、意見交換の場」というコミュニティを立ち上げて議論の場を移し、日記の公開範囲をマイミク限定に変更してしまった。しかし、これはいくらなんでもまずい。マイミクを上祐シンパや勧誘ターゲットで固めておいてから、場を閉鎖し、公の目の届かないところで勧誘なり洗脳なり活動できてしまうではないか。

そこで私は、ミクシィのメッセージ機能(個人宛てのメール)を用いて、上祐氏に抗議し、日記を再公開するよう要請した。すると、返信代わりにマイミク申請が届き、本文には「よろしくお願いします」とだけあった。全体公開は無理だけど、あなたには見えるようにしてあげます、ということらしい。で、私がそれを承認する形でマイミク関係が結ばれた。

日記を見てみると、特に怪しい動きはなく、どうやら単に書き込み数を制限したかっただけのようである。また、数では劣勢のようだが、中立からアンチ寄りの人もけっこういて、いちおうの健全性が保たれている。

というわけで、決して私が上祐氏の洗脳に絡め取られて「あっち側」の人間になってしまったわけではないことをご理解いただけますれば。私は、シンパでもアンチでもない中立の立場から、普段はおとなしく静観し、何かよからぬ動きの兆候を察知したときには世の中に向かってニャーニャー大騒ぎする、番犬のようなものでありたいと思っている。

上祐氏のウェブサイト: < http://www.joyus.jp/ >
上祐氏のミクシィホーム: < http://mixi.jp/show_friend.pl?id=10236634 >

●宗教団体存続のジレンマ

上祐氏の法的な罪状は、オウムの起こした犯罪のことを知りながら、無実だと主張したことによる偽証罪である。懲役三年の判決を食らい、すでに刑期を終えているので、法的な償いは済んだと言える。しかしながら、道義的には、オウムの幹部であったことから、大量殺人の片棒を担いだとも言える。上祐氏自身、その罪を背負って生きていくと述べている。

アーレフを脱会して新団体を設立することについては、月刊「創」4月号のインタビュー記事にもある通りだが、アーレフはすでに事実上、麻原派と上祐派に分裂状態だったので、そうするしかなくなってのことだという。解散させずに宗教団体として存続させるのは、まだ何かよからぬことを企んでいるのではないかと、社会に対して不安を与え続けるが、これは賠償を継続していくためにはやむを得ない選択で、破産管財人や遺族の方々や裁判所と話し合って取り決めたことであるという。

一説によると、賠償総額は約40億円にも上り、今までのところ30%程度しか支払いが済んでいないらしい。しかも、ここ数年は、年間1,000万円程度支払うのが精一杯らしい。これの完済を最優先に考えないと、新団体の加入者は「救われた」けど、被害者が置き去りにされた、では話にならない。賠償責任は上祐氏が引き継いでいる。新団体を解散させては布施を集めることもできなくなり、いよいよ賠償が滞る。

街角に立って、寄付金を集めるという手は考えられる。しかし、信者がそれをやったのでは、「人様の懐をあてにするより、まず自分が働いて、稼いだお金を賠償にあてろ」という反発が起きるだけかもしれない。第三者が組織的に行えばよいかもしれない。集まった寄付金は管財人の管理の下、一旦新団体に寄付した形をとり、賠償にあてれば、それが済んだことをもって、新団体の存続理由が大きく後退するので一石二鳥だ。

上祐氏自身が額に汗して働いて、精一杯返せる分だけ返す、というのは、人の道としては正道だけど、現実問題、それで稼げる金額なんて、賠償額に遠く及ばないのは目に見えている。氏の知名度をもってすれば、もっと効率よく稼ぐ方法があるはずだろうとは思うが、私の乏しい知恵では、本を出版するぐらいしか思い浮かばない。信者に売れたのでは意味がなく、一般に売れてベストセラーになるような内容でないと。だけど、それで人気作家になっては、被害者の気持ちを逆撫ですることになりゃせんか。矛盾か。

●暖かく励ます上祐シンパたちの謎

上祐氏は以前は毎日1〜3本の日記をあげていて、内容も「新団体を創ろうと思った理由」についてなど、重かったが、最近は一日ほぼ1本ずつで、その日の予定や、サイトに近日掲載予定の文章の予告など、やや軽めの内容になってきている。日記本文はコミュにも転載している。

日記に対するコメントのつき方にはパターンができてきている。本文を上げた直後から、「がんばってください」、「お忙しそうですが、無理をなさらないよう」と、暖かい励ましの言葉がどどっと続く。そのあと、中立からアンチ寄りの人が出てきて、核心を衝いた議論が展開される。上祐氏に対する批判的な意見が出たり、提案がなされたりする。通常の読解力では理解不可能な(←婉曲表現)コメントも混ざる。

そのあと、上祐氏が最もポイントを押さえていると判断したであろう1〜2件に対して長めのレスをつけ、それを種にまた議論が続く。悪くすると議論が紛糾し、本人および本題をそっちのけで、汚い罵り合いが延々と続く。

最初のほうだけ見ると、やはりマイミクはシンパで固めたか、と思わせられる。紹介文を見ると自称「上祐ギャル」な人がぞろぞろいるし。ミクシィでは仲のいい友達でマイミクを構成するのは当たり前だし、日記に暖かい励ましのコメントがつくのも普通の光景なのだが、ここで同じものを見ると、なんかすげ〜違和感ある。

上祐ギャルたちは、社会の趨勢に流されずに、自分個人の価値観に忠実であろうとする態度においては主体性があるとも言える。しかし、なぜ社会から警戒されている「過去あり」の宗教団体にわざわざ入ってきたのか、特段の主張があってのことか、というと、どうにも謎である。

●誠意ある謝罪を望む

3月18日(日)、二日前の日記のコメント欄で、真正面から批判をぶつけてみたところ、同日、真正面から回答があった。

まず、私のコメント(要約):

被害者遺族への償いは、「金銭的補償」と「誠意をもった、心からの謝罪」の両面が必要だと思います。後者については、遺族に会いに行って、面と向かって謝罪するとのことですが、心からの反省と誠意ある謝罪であることを理解してもらえるにはどうしたらよいとお考えでしょうか?

被害者遺族は「怨恨」という苦しみを背負っています。これは、麻原氏が処刑されたからといって、解決する問題ではなく、最終的には「赦す」というステージに到達しないことには、この苦しみから解放されることはないでしょう。それは、遺族の方々にとって、簡単なことではなく、もしかすると一生その苦しみから逃れられないかもしれません。

上祐氏は、実行犯ではなく、それでも殺人集団の幹部としての道義的責任を引き受けるとのことですが、しょせん麻原の代理謝罪ではスポークスマンの域を出ず、誠意のこもりようがないのではないでしょうか。加害者の側(ましてやその代理)から被害者の心を救うことが可能でしょうか?

上祐氏からの回答(要約):

被害者遺族の心の苦しみを和らげることは非常に難しいことだと思います。今までは本当の意味で謝罪するための準備をしており、本当の謝罪はこれからである、というのが現状だと思います。

今は、その本当の謝罪の前に、その土台として、なすべきことを出来るだけ早くやらなければならない、と思います。それは、十分にオウムの過去を総括して、麻原氏と旧教団の実体や自己の責任を明らかにして、二度とあのような事件が起きないように努力することです。その上で、遺族の方々に謝罪することと賠償していくことだと思います。

この清算を前提条件とした上でお答えするならば、私は今までの様々な経験からしても、あなたがおっしゃるとおり、「最終的には『赦す』というステージに到達しないことには、この『怨恨』という苦しみから解放されることはない」ということは真実だと思います。

かといって、私という、加害者側とされる立場の者が、すなわち、恨みの対象の一部である者が何をすれば、被害者の方が恨みの感情から自己を解放するお手伝いができるか、というと、それは非常に難しいことだと思います。

その中で、私たちができることは、おっしゃるとおり、本来は、松本死刑囚が刑事責任や賠償の民事責任を負っているところ、それを引き受けたという経緯に対して、自分たちが作った教祖、自分たちが作った教団、そして、事件であった、という認識を深めて、できるだけ謝罪と賠償の責任を自分のこととして果たすように努めることが重要だ、と思います。

---
前半のは、どちらかというと社会に対する償い。これもちゃんとやってほしい。過去のことすべてを振り返って精査し、そこから拾い上げられる教訓を社会に還元することが、悪行の埋め合わせのしかたのひとつになる。

善良な市民というクリーンな立場から、悪人を見下して罵詈雑言を浴びせることは、正義という大義名分もあり、甘い誘いである。だけど、もし自分が同じ立場だったらと仮定して、道義的責任を進んで負うことができるかと自問すると、甚だ自信がない。ここに、上祐氏の宗教家としての高いモラルをみる。親鸞の言う悪人正機とはこれであったか、と。

その意味で、私からはもう、こうすべきだ、などと言う資格はない。ただ、加害者だからこそできることというのもきっとあるはずで、そこはもっとじっくり考え、何か道を見出してくれればという願いは残る。今後の動きをじっくりとウォッチしていきたい、あくまでも中立の立場を崩さず。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
そもそもなんでこの議論に食いついたかというと、3月10日(土)の日記のコメントで上祐氏が「国家陰謀論に傾倒しやすいという社会心理現象が(オウムの内外に共通して)あり、その原因に、アニメやSFへの没入がある」との旨を述べているのが引っかかったからだった。うわ、宮崎勤でいい加減イヤな思いをしてきたのに、今度は「オウムとオタク」かいっ、と。ここに突っ込む質問を投げてあり、回答待ち。回答あったらまた書きます。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■編集後記(3/23)

・今日の7時のNHKニュースを見ながら、「それはないだろう」と怒声を発する(いつものことだが)。妻も「なんでこれなの」とあきれかえる。スポーツニュースで脳天気オオクラアナがトップに持ってきたのは、なんとマイナーの桑田がオープン戦で三振をとったとかいう、あってもなくてもいいような物件だ。今日のトップは高橋大輔の銀メダルだろうが! どっちが価値あるニュースか5歳児だってわかるぞ。NHKは重要なスポーツイベントの結果を報道せず、ろくでもないお茶にごしを常にやっている。NHKが中継放送をしなかったイベントは、報道される機会がきわめて少ないと感じる。意図してやっているのはもちろんだ。いやいや高橋大輔を二番目に編成したのだろう。公共放送だとか、支払い義務化だとか、ちゃんちゃらおかしい。それにしても、どうしてメダリストってメダルをかじるのかね。/先日、都知事選は200人に迫る立候補者になるらしいと書いたが、一桁違っていた。春の大ボケということで。結局14人が立ったが、不動産鑑定士(常連の泡沫さん)、路上演奏家、タレント、タクシー運転手、元警察官、易学者、風水研究家、作家、建築家、発明家、元知事などバラエティ豊かだが、まじめに報道されるのは限られた数名しかいない。スポーツ報知によれば(読売はときどきサービスで入れてくれる。高橋大輔がトップだ、当然)、ドクター・中松氏は、都政を発明するほか、お金を使わずにオリンピック開催、北朝鮮のミサイルをUターンさせるなど、数々の発明を発表したとある。都知事には200%なれそうにないが、こういう発明はぜひとも日本のために役立てていただきたいものだ。桜金造氏は先日テレビで「福祉を広辞苑で引いたら幸福とある、わたしは幸福を目指します」とかいう立候補のコメントをしていたが、ただただ脱力である。いったいなんのため供託金没収覚悟で選挙に出るのだろう。ほかの泡沫さんもそうだけど。わからん。/10時前にセンバツの開会式をたまたま見てしまったら、またもや怒りがむくむくと。誰だか知らんが挨拶の長いこと長いこと、内容が超つまらないこと、テレビ見ていても「いいかげんにしろ!」と思うのだから、開会式に臨んだ全員がイライラしたはず。ああいう迷惑な年寄りにはならんぞと思うのであった。(柴田)

・mixi参加の話はニュースになっていたので気になってはいた。そのために完全休業中のmixiにログインしてみようかと思ったぐらい。GrowHairさんのは、そういう意味で実態がわかり興味深い。ジャーナリズムとお考えください。でね、先々週の「たかじんのそこまで言って委員会」では、そのネタだったのよ。全国ネット(関東のぞく)なので見た人も多いんじゃないかな。私はながら見をしていたのでちゃんと覚えてはいないのだけれど、「宗教とは?」という質問に対し、パネラーの回答に「人に答えを出してもらいたがる人がはまるもの」みたいなのがあった。言葉は違うかもしれないけれど、そんな感じの内容。事件後に入信する人たちがいることについても突っ込んでいて、社会(メディアや周囲)が、オウムのことをひどく言うが、実際にオウムの人に会ってみると「意外と」いい人、話の筋が通っている、まとも、いいことを言う、と良い印象を持ってしまうらしい。元悪い人がちょっといいことをしたら評価があがって、いつもいいことをしている人が同じことをしても何の評価にもならないのと同じ、というと語弊はあるんだけど近いかも。個人個人はいい人でも、団体って恐ろしいしね。団体が存在することによって監視もしやすいという話もいつだったか、あったような。どこにだっていい人がいるのは当たり前で、でも目の前に転がってきた宗教にはまるんじゃなくて、一度子供向けの仏教基礎本でも読んでみた方がいい。だいたい仏教の流れをくんでいるのなら、現世で精一杯生きることができない状態(ポア)を他人にすすめるのはおかしい。今世で逃げたツケを来世で背負わないといけないから。来世を信じているかというと、ちょっと現実的になってしまうけど、一般的な仏教の教えは美しく生きるためのもの、生きる為の知恵だと思っている。基本的には曖昧なところがあって、大らかなイメージ。だから他人を排除していいなんて考え方は、宗教ではないと思っている。ま、いまの日本に生まれることができたから、こんな悠長なことが言えるんだが。一番楽に見えて、結局は自分を傷つけてしまい苦しみを背負うことになる。宗教はそうしたいと思う煩悩を昇華させるためのもの。人間にはミスがあって当たり前で、だから生きている人の判断をすべて正しいだなんて思い込むことなんてできないよね。それに、道場で修行するより〜とか、仏教とは〜書いていたのだが、長文すぎて没りました。ってかデジクリって守備範囲広すぎ?(hammer.mule)
< http://www.takajin.tv/ >  たかじんのそこまで言って委員会
< http://blog.livedoor.jp/shhiro/ >  島田裕巳オフィシャル
< http://www.apple.com/jp/appletv/ >  Apple TV販売開始