映画と夜と音楽と…[328]熱海の熱い夜
── 十河 進 ──

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002●勘違いは最初から始まっていた

まず、受付のときから勘違いは始まっていた。熱海の金城館に着くと「第二十五回日本冒険小説協会全国大会」と大きな看板があり、ロビーに入るとスタッフが受付のテーブルを出していた。そのテーブルの上には参加者の名札が並んでいた。

名札の横に造花がついた赤と白のリボンに名前が書かれたものが何人か分置いてある。僕の名前はそちらにあった。そのリボンは受賞者の印なのだ、と僕は誤解した。そのリボンで参加者は僕が受賞者だとわかるのだと思い込んだ。しかし、受賞を誇っているような気がして、僕はそれを胸にはつけずポケットに入れた。

宴会が始まるまで一時間ほどあった。六階の指定された部屋に入ろうとすると客室係の女性が開けてくれ、リストを取り出して僕の名前を確認した。そのリストには同室者として「大沢在昌」という名と僕の名ともうひとりの人の名と「編集1」「編集2」と書かれていて、五人の相部屋になるようだった。

そのときにも、僕はその部屋は受賞者の部屋なのだと理解した。ということは大賞は大沢さんであり(おそらく「新宿鮫・狼花」だ)、担当編集者が一緒なのだろう。受付で記帳したときに、僕の前に「幻冬舎」と書いている人がいた。やはり文芸書関係の出版社の人がきているのだなと思った。


僕は部屋のソファに腰を降ろし、「日本冒険小説協会」二十五周年記念の分厚い会報を読んだ。多くの作家たちが原稿を寄せている。そのとき、年輩の人が入ってきた。僕が挨拶したら相手の人が名刺を出してくれる。慌てて僕も名刺を出す。

読まずに死ねるか!〈第5狂奏曲〉あたりさわりのない会話をしているうち、その人がかつて週刊プレイボーイや月刊プレイボーイの編集長を歴任した人で、内藤陳さんが月刊プレイボーイに書評コラム「読まずに死ねるか」を連載しているとき、一緒に日本冒険小説協会を立ち上げたのだとわかってきた。二十五年前のことである。

宴会を始めると知らせがあり、僕らは部屋を出た。手洗いに寄ると言うその人と別れて僕はひとりで宴会場に向かった。誰も僕を知らないし、僕の方も知った人はいない。僕の本を出してくれた水曜社の編集担当の北畠さんが奥さんと二歳のお嬢さんと三人できているはずだったが、見あたらなかった。

僕は入り口にいたスタッフらしき人に手に持ったリボンを見せ、「どこか座る場所が決まっているのでしょうか」と聞いた。「作家席に…」と言われ、座布団の上を見ると演壇に近い真ん中の列が作家席になっていた。かなりな数である。僕はいちばん端に腰を降ろした。北畠さんがやってきた。

劫火〈上〉目の前に真っ黒な上下を着たダースベイダーがいた。胸に僕と同じリボンをつけていた。名前は「西村健」となっている。昨年、日本冒険小説協会の大賞を「劫火」で受賞した西村さんだった。周りの人の話から推察すると、昨年、ビンゴで当てたダースベイダーの面と兜をかぶっているのだった。

そのときにも僕は気がつくべきだったのだ。だが、僕は「ああ、昨年の受賞者もリボンをつけているんだな」と思った。作家席を見渡すと、リボンをつけている人が何人かいる。僕は「今年は受賞者が多いんだなあ」と思った。それも勘違いだった。後でわかったことだが、作家の人は全員造花のリボンをつけていたのだ。

●スピーチで「僕もおしっこしてきます」と…

作家席の端に座るとき、座布団の上に会報が置いてあったのを僕は誰かが席をとっているのだと知らずに、その会報をどけて座っていたのだが、そこへひとりの男性が戻ってきた。「すいません。そことっといたのですが…」と言われ、この人も有名な作家なのだろうと僕は慌てた。

すぐに席を立って見渡すと、作家席の真ん中には大沢在昌さんが腰を降ろし、隣の人と話している。有名作家の近くでは気が引けた。列の中の方に腰を降ろすのは居心地が悪い。北畠さんにも「作家席は恥ずかしいんだよねえ」とつぶやく。結局、一般席の端に座った。

式次第を見ると「大賞発表」に続いて「作家挨拶」と書かれているが、その順番を入れ替えることが矢印で訂正されている。「おかしいなあ、先に受賞挨拶をするのかな」と思ったが、ここでも僕は勘違いした。すでに発表は終わっており、そこにいる人たちは今年の受賞者を知っているのだと思い込んだのだ。

川を覆う闇開会は内藤陳会長の挨拶で始まった。やがて「作家挨拶」になる。大沢在昌さんが最初にスピーチする。ダースベイダー姿で登壇した西村健さんは挨拶の最初から「おしっこしたいんだよね」と言って笑わせていた。続いて登壇した怖い小説ばかり書く女性作家の桐生祐狩さんも「私もおしっこしたいのよね」という言葉で挨拶を始めた。どの挨拶も二十五周年を祝う内容だった。

続いて僕の名が呼ばれた。「えっ、もう挨拶するの」と思ったが登壇し、「そうそうたる方ばかりで、凄いところにきてしまったなあ、と足が震えています」と僕は始め、続いて「今度、特別賞をもらったらしいので…」と言った途端、司会の人が慌てた。ジョーク混じりに取り繕う発言をする。

「えっ、みんな知ってるんじゃないの」と思ったが、そのとき初めてリボンが受賞者の印じゃないのだとわかった。「しまった。言っちゃいけなかったんだ」と思った途端、さらに緊張した。陳さんが笑っているのが見えた。「すいません。まずかったみたいですね。僕もおしっこにいってきます」とそのまま降壇した。

数分後、目立たないように宴会会場の後方の襖を開けて席に戻った。やれやれ、と息をついたが、いつものように人前に出た後の胃痛がやってきた。僕は人前で話すと、極度に緊張する。今回は百数十人も参加者がいる。はあ〜、というため息が出た。

●名前を彫り込んだコルト・ガバメントがもらえる

狼花  新宿鮫IX座が賑やかになったところで、ようやく大賞発表が始まった。日本軍大賞は大沢在昌さんの「新宿鮫・狼花」だった。大沢さんは先ほどの挨拶で「佐久間公では受賞しているのに、鮫島ではまだもらっていない。是非ほしい」と言っていた。会長から賞状と記念品の名前を彫り込んだコルト・ガバメントを受け取り、恒例だというシャンパンの一気呑みをする。

再起続いて外国軍大賞が発表になる。ディック・フランシスの「再起」だった。早川書房の人が代理で賞状とコルト・ガバメントを受け取り、シャンパンを呑みスピーチをした。続いて、僕の名が呼ばれた。司会者が「皆さん、うすうす感づいていると思いますが…」と言って笑いをとる。内藤陳会長が長い賞状文を読み上げる。

映画がなければ生きていけない 2003‐2006──第二十五回日本冒険小説協会最優秀映画コラム賞「映画がなければ生きていけない」……あなたは狂おしいまでの映画に対する愛情と該博な知識を全二巻、一千二百頁に注ぎ込んだ本書によって、我等活字と映画の両刀遣い無慮数百名を欣喜雀躍させ、見事、最優秀映画コラム賞を獲得されました。
時には山口瞳のエッセイから「深夜+1」を経由して「酒とバラの日々」に及び、また或る時は某名門球団オーナーの暴言からヒッチコックを経由して「カサブランカ」のボギーに及び、はたまた或る時はゴールデン街の飲み屋から「赤いハンカチ」へ、更にはスペンサーの科白から「あばよダチ公」にまで到る縦横無尽の夢想旅行に我々は笛に導かれるハーメルンの子供たちのようにただ夢中で追い縋るしかありません。
映画を楽しむだけでなく、映画と共に人生を歩む貴方の生き方に感動の念を禁じえません。我々を映画というもう一つの別天地に導いてくれた貴方の栄誉を称えここに賞します。 二〇〇七年三月三十一日

その後、会長は「刻印が間に合わなかったから…」といいながら副賞のコルト・ガバメントの目録を渡してくれた。スタッフがワインクーラーにシャンパンを注ぎ渡してくれる。呑む。拍手が聞こえる。家で書いてきたスピーチも頭からすっとんでいた…

二次会は本部の部屋だった。会長が真ん中に座り、その前に僕の席を作ってくれた。会長がやさしくうなずいてくれる。座って気付いたが、隣で何人かを相手にひっきりなしに話しているのは大沢さんだった。ようやく冷静になった僕は話し相手もなく、しばらく聞いていた。

それでわかったのは、大沢さんが話している人たちはどうも大沢さんの担当編集者らしかった。さっき僕が作家と間違った人もその中のひとりだった。ポツンとさびしげだったのか、徳間書店の女性編集者が「凄い労作ですね」と話しかけてくれた。

大沢さんの話が少し途切れたとき、「ちょっと気後れしていたのですが…」と話しかけ、僕の本を二冊出し「荷物になりますが、よろしければ…」と差し出した。大沢さんは「さっきの会長の読み上げを聞いていて読みたいと思ったんですよ」と喜んでくれたようだった。

新宿鮫そこから、話が弾み始めた。大沢さんは僕よりずっと若いと思っていたのだが、四歳しか違わないという。テレビドラマや映画など、かなりディープな話が妙に合う。「『新宿鮫』は映画版の真田広之さんの方がいいと思うんですが」という僕の不躾な発言も聞き流してくれる。

「さらば友よ」を見て、なみなみ水を注いだコップにコインが何枚はいるか友人たちと賭けをした話、「冒険者たち」「サムライ」の話など映画の話もつきなかった。「僕の本の話はやめましょう」と言う大沢さんだったが、「失礼ですが…」と断って僕は言った。

──佐久間公の次作を待っています。
──あれは…命削って書いているんです。

雪蛍そうだろう、と僕は思った。佐久間公シリーズの中でも「雪蛍」「心では重すぎる」の二作は僕に深い印象を残している。確かに作家が血を流し、命を削って書いていることが伝わってくる。読後感は重いかもしれない。だが、その素晴らしさは読んでみなければわからない。

──十年後でもいいですから、待っています。

そう僕が言うと「ありがとうございます」と大沢さんは頭を下げる。こちらが恐縮する。その夜は、今や「大沢オフィス」として宮部みゆきさんと京極夏彦さんを抱える代表者であり、ベストセラー作家である大沢在昌さんと過ごせた熱い夜になった。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
今回、熱海から帰ってすぐに書いたので、手前みそになっていたらご免なさい。自分が受賞した話ですから、どうやったって手前みそになるのですが、近況報告だと思っていただければ幸いです。皆さんのおかげで、こんな貴重な体験をすることができました。ありがとうございます。

●第1回から305回めまでのコラムをすべてまとめた二巻本
完全版「映画がなければ生きていけない」書店・ネット書店で発売中
出版社< http://www.bookdom.net/suiyosha/suiyo_Newpub.html#prod193
>

・大会に参加されたBUFFさんのブログに動画が掲載されています。
< http://buff.cocolog-nifty.com/buff/2007/04/post_3567.html
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・大会の集合写真などはこちらに
< http://homepage1.nifty.com/buff/2007zen.htm
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
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star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

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西村 健
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star超弩級B級アクション

劫火〈下〉 突破―BREAK 脱出 GETAWAY Op.ローズダスト(上) Op.ローズダスト(下)




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狼花 新宿鮫IX
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star晶との関係が・・・
starやっぱり、このシリーズがいい!
starシリーズ最高傑作!
star人気シリーズの宿命
star是非次回作でも香田理事官の復活を望む!

名もなき毒 Kの日々 邪魅の雫 ブルー・ローズ〈上〉 ブルー・ローズ〈下〉




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再起
ディック フランシス Dick Francis 北野 寿美枝
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star競馬小説のディック・フランシス、「復活」の新作。
star正直、さみしい
star困難を乗り越え、読めるだけで読者はよいのだ
starすみません…
star「自己蔑視」との決別。

スクール・デイズ 勝利 敵手 烈風 大穴





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雪蛍
大沢 在昌
講談社 1999-03
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star沢辺を主人公にした作品求む!
star探偵は職業ではない。生き方だ。
star探偵であることをやめられない
star探偵は職業ではない。生き方だ。
starやっぱこれでしょ。

追跡者の血統 漂泊の街角 心では重すぎる  上 文春文庫 心では重すぎる    下 文春文庫 感傷の街角

by G-Tools , 2007/04/06