[2183] 葉桜の下で歌を思う

投稿:  著者:  読了時間:12分(本文:約5,600文字)


<メモリが256MBしかないのです>

■音喰らう脳髄[27]
 葉桜の下で歌を思う。
 モモヨ

■ショート・ストーリーのKUNI[27]
 悩み
 やましたくにこ


■音喰らう脳髄[27]
葉桜の下で歌を思う。

モモヨ
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週末、紀伊半島の根元で震度5以上の地震があった。先日の能登の直後ということもあり、天候も荒れ気味なので、なんとも言えない嫌な気分である。その上、本日の東京はこぬか雨が一日降っている。うつうつである。

昨日は暖かかったのに今日は少し肌寒い。このところの天候不順はかなりきつい。寒暖というのも仏説によれば分別がその種子だという。つまり、名づけることによって不二であったはずの存在が二に分かれる。それを繰り返した果てに、私たちの世界に寒暖という言葉が起こるというのである。前回に続いて言うなら、まさに名は呪術という淵源がここにあろう。

話の元は『おふくろさん』騒動に関する思いであった。私はいま過去の作品の集大成、個人全集を編集中だが、それもあって、詩の本然については繰り返し立ち戻る日が続いている。当然、私の中で『おふくろさん』騒動は生成発展を続けて、桜散り葉桜が雨に打たれる今日になって冒頭に書いた仏説に近いあたりをうろうろしているのである。そして、少年期の私をさぐる旅の過程で、歌詞カードの端に書かれたこんな言葉を発見した。

「音楽においては、なぜ演奏者と作曲家、盗人と盗まれた人とを、おしなべて芸術家と呼ぶのだろう」

というエピグラムである。いや、十代の私がこんな不遜な言葉を吐いていたわけではない。これはルネ・ギィ・カドゥというフランスのマイナーポエットの言葉だ。1951年に31歳で死亡している。十代の私は、この詩人が遺した試論やノートの類をよく手にしていた。どういう理由で書きとったものかは定かではないが、数十年前の私は、このエピグラムにそうとうショックを受けたようである。

いまの私は、この言葉を『おふくろさん』騒動のもとで眺めている。当然、言葉の意味するところは本来のものより具体的であり、直接的に現実を弾劾しているとさえ思えもする。といって、そこまで深刻に『おふくろさん』関係の軋轢を眺めることもなかろう、そう言われるかもしれないが、私は最近思うところがあるのである。

作詞者が原曲をどう考えて作ったものかは、私の想像の域をでない。しかし、かの人物のここ数年を眺めれば、彼がどのような思いで人生を生き、詩や物語を書いてきたものか、判然と見えてくる。その老齢の期に及んで彼は自己の作品を白鳥の歌とすべく世の中の享受のされかたに異議を唱えた。

その果てが今回の騒動であれば、本人、どうにもやりきれぬのではないか、そう思うのだ。かの人物は全ての作品を法=仏のもとに帰納したかったのではないか、そう思うのだ。

四月、桜が散るのも無常であるが、新緑が芽吹くのもまた無常である。その葉桜の元で歌の本然を繰り返し思う私である。

Momoyo The LIZARD
管原保雄
< http://www.babylonic.com/ >

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■ショート・ストーリーのKUNI[27]
悩み

やましたくにこ
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僕が昼休みに公園のベンチでうなだれていると課長がやってきた。

「どうしたんだい、水田君。何か悩んでるのかね」
「はい、課長。とても落ち込んでます」
「なにがあったんだ」
「驚かないでください。実は…僕はロボットだったんです」
「君がロボット?」
「はい。昨日まで知りませんでした。ものすごいショックです。出生の秘密というやつです。いえ、製造の秘密というべきでしょうか」
「それはショックだろうね」
「はい。いままで自分は人間だと思ってたのです、僕は。なんという愚かな人間、じゃないロボットでしょう。もう何も信じられません、何もする気がしません」
「水田君」
「慰めようとお思いにならないでください。所詮そんなことはできないのです。誰も僕の気持ちをわかってくれるはずがないんです」
「それがわかるのだ。水田君、驚かないでほしい。実は私もロボットなのだ」
「冗談はやめてください」
「冗談ではない」
「いいえ、冗談です! ひとごとだと思ってふざけないでください。僕はまじめに言ってるんですよ。僕はロボット。でも、ロボットでも、せめてその当時の最高級のロボットならまだよかった」
「そうではないというのか」
「はい。ゆうべ母、あ、母ではないのですが、ゆうべまで母と思っていました。その女性が言うには『うちは貧乏で本当はロボットは高嶺の花だった。でも、そのころようやくお手ごろ価格のモデルが出たので思い切って買うことにした。少し前ならプロユースで通っていたスペックよ。それがコンシューマー向けのモデルとしてリリースされて。モデルは三つあったけど、そのうちの一番安いのにしたの。もっと上のを買いたかったけど、うちにはせいいっぱいで』。そうです、だから…僕はメモリが256MBしかないのです」
「256MB! よくそれで社会生活が営めるな」
「前からおかしいと思っていました。たとえば1,993円の買い物をしたときに2,003円出して10円のおつりをもらうといったスマートな計算ができないのです。メモリが足らないのです」
「そんな所帯じみた計算ができなくてもいいじゃないか」
「課長にはわからないんです」
「それなら言うが、私はロボットの中でも旧型だ。私にはフロッピーディスクドライブがついている。5.25インチの」
「いまどきですか!」
「そうだ。ズボンをはいてるから隠れて見えないが、ここ、このへんにある。見るか」
「ああ、思わず信用しそうになりましたよ。いや、見せてくれなくていいです」
「水田君、悩んでいるのは君だけではないんだ。営業部の沢村君。いつも朗らかにふるまってはいるが、実はUSBポートがない。SCSIとADBポートしかないのだ」

 僕は持っていた雑誌を取り落とした。

「まさか」
「みんなから森じいと呼ばれている守衛の森本さんはもとは営業の第一線で活躍していたが、だんだんつらくなり、いったん退職した後に再就職された。ハードディスクが850MBではどうしようもなかっただろう。あの身体で、よくがんばったと思う」
「知りませんでした」
「庶務の浅川くんの話はもっと哀れだ。ある日、街で自分とそっくりのひと、いや、ロボットを見たそうだ。あわてて物陰に隠れ、帰宅してから母親を問いつめた。その結果わかったことは、母親は近所の家電量販店の特売品として浅川君を買った。しかも、『お一人様一体限り』とあるのを無視して強引に買った。だが、それが問題になり、やむなく一体を手放し」
「いいかげんな話をしないでください。僕は真剣なんですから」
「水田君、どうしてわかってくれないんだ、私は、私は、あ、う、ううう!」

急に課長が胸をかきむしって苦しみだした。僕がどうしていいかわからずおろおろしていると、どこからか一人の男が飛んできた。そして、課長をみるやいなやこれはだめだと判断したらしく、課長の体のあちこちを点検し始めた。

「残念だが、手遅れだったようですね」
「なんてことだ、では、課長は!」

男はうなずいた。

「寿命です。あきらめるしかないでしょう。ところで、あなた」
「はい?」
「失礼ながらさっきからのお話は全部聞いていました。メモリが足りないとか」
「あ、はい」
「では、これを使えばどうでしょう。いま、課長さんの中から取り出したものです。最近増設したもののようです。1GB。バルク品ではないから、安心していい」
「ああ、本当だ! こ、これさえあれば…でも、いいんだろうか、そんなことをして」
「だいじょうぶですよ。ほっといてもメモリが無駄になるだけだ。なんでしたら私がつけてあげましょう」

男が手際良く作業を済ませると、僕の視界はにわかに輝度を増したかのようだった。内から力がみなぎってくるのがわかる。急に仕事がしたくなってきた。それもレベルの高い、これまでは手の出せなかった仕事が。

「ああ、何から何まですみません! いったいどこのどなたなんですか。せめてお名前を」
「それはできません。私は名乗れない、いえ、名前がないようなものなんです。私の基幹を成すソフトは不正にダウンロードされたもので固有のシリアル番号がない。アクティベーションできないのです。私は、一生日陰の身なのです。私と会ったことは秘密にしておいてください。失礼」

男はさっと身を翻すとどこへともなく走り去り、僕はその憂いを含んだ背中を見送るしかなかった。

そんなわけで、僕はいまは元気に毎日を過ごしている。これを読んでいる君も、もし悩んでいるならメモリ増設してみてはいかがだろう。いや、君が万一、人間だというなら話は別だが。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
< http://www1.odn.ne.jp/%7Ecay94120/ >

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■編集後記(4/17)

・昨日、一部の発行スタンドから送り出した2182号のタイトルが「刊デジクリ」となっていました。春風にうかれた度重なるミスでお恥ずかしい。

小説家・勝目梓「小説家」を読む(講談社、2006)。この作家の作品は若い頃ノベルスで一冊だけ読んだことがある。セックスと暴力に辟易して、それからは一冊も手にとることもなかったが、「小説家」がどこかの書評で褒められていたので、それなら読んでみるかというわけで。著者が芥川賞、直木賞の候補にもなった純文学から、娯楽小説に転向した人だということは知っていたので、そのへんに興味があった。この作品は、70歳をこえた作家が半生をふりかえる自伝的小説で、主人公を「彼」の三人称にすることで、自己弁護なしの容赦ない赤裸々な記述になっている。「小説家という業を背負ったひとりの『人間』が、夢と現実との間に引き裂かれ、様々な悔恨を噛みしめながら、不器用に、ひたむきに生きていく物語」と本の紹介にあるが、そんなかっこいい話ではない。サクセスストーリーではない。懺悔の書と言ってもいい。すべてが場当たり、自分本位、身勝手、無責任、没義道、肥大した自意識をもてあます自家中毒者、懲りることのない女癖の悪さとだらしなさ、冷酷なエゴイスト、恥知らずな冷血漢、妻や愛人に怨み殺されても仕方がないような罪深い男なのである。絵に描いたような愚かなブンガク者だった彼を、文学的な迷路の奥底に誘い込んだのが中上健次、そこからの訣別を決意させたのが森敦である。この二人との出会いで、彼は目指す先に自分の出る幕などないことを思い知らされる。そこで彼は「情念」をキーワードに娯楽小説に転じ、やがて成功する。そのへんの話は非常におもしろいが、犠牲となった女性達の話もセットだから読んでいてゆううつである。とにかく、なんとか読み終えた。重かった。文芸とは魔物である。しみじみ思う。(柴田)

・朝日新聞のカリスマ新幹線パーサー、平尾あゆみさんの記事を読んだ。新大阪・博多間で一人平均12〜13万円の売り上げらしい。平尾さんは片道で11万円の売り上げを上げることもあるそうだ。サラリーマンがポケットの小銭を探す音を聞き逃さないようにしているとのこと。この間、サンドウィッチを頼んだら「お飲物も一緒にいかがですか?」と聞かれ、最近の車内販売は積極的だなぁと思ったところであった。/コーヒーがおいしくなっていた!/新幹線で移動をする時は、水了軒の八角弁当と決めている。折がちゃんと木で出来ていて、ご飯を口に含んだ時、鼻から抜ける木の香りが大好きなのだ。プラスチックや紙ではこうはいかない。品目も多くてバランスがいい。売り切れた時や、入荷待ちの時は店員さんに、他の売店を教えてもらったりするのだ。/エクスプレスカードのDMで、JR東海のお弁当がリニューアルされたことを知る。DMを持っていけばお茶プレゼントと書いてあって、どうせ買うなら新製品でメインのものにと「健康弁当宣言記念 特製幕之内御膳」にする。健康や味にこだわりがあり、30品目以上がとれるという。タケノコはおいしかった。が、似たような味が並んでいて、最後の方は味の濃さに飽きてくる。ううむ、やはり私は八角弁当にしよう。/名古屋なら「びっくりみそかつ」が好き。/JR東海パッセンジャーズのサイトに繋がらず、調べていたら駅弁のページがいくつか。藤村俊二氏監修の「大人の休日 秋」とか、「のぞみ御膳」「カフェデンマルクのエビカツバーガーとカツサンド」とか美味しそう。「新幹線パーサーおすすめ おもてなし弁当」を一度は食べようと思いながら忘れてたなぁ。「駅弁SWEET'S」「日本の味博覧」「21世紀出陣弁当」「歌舞伎」も食べてみたいっ。(hammer.mule)
< http://www.suiryoken.co.jp/ >  水了軒
< http://www.jr-cp.co.jp/ >  ←つながらない
< http://www.bekkoame.ne.jp/ha/panorama/tec-ekiben.html >  下から二つ目
< http://jr-central.co.jp/news.nsf/news/2007216-174952/$FILE/newservice.pdf >  ニュースリリース


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小説家
勝目 梓
講談社 2006-10-06
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by G-Tools , 2007/04/17