ショート・ストーリーのKUNI[27]悩み
── やましたくにこ ──

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僕が昼休みに公園のベンチでうなだれていると課長がやってきた。

「どうしたんだい、水田君。何か悩んでるのかね」
「はい、課長。とても落ち込んでます」
「なにがあったんだ」
「驚かないでください。実は…僕はロボットだったんです」
「君がロボット?」
「はい。昨日まで知りませんでした。ものすごいショックです。出生の秘密というやつです。いえ、製造の秘密というべきでしょうか」
「それはショックだろうね」
「はい。いままで自分は人間だと思ってたのです、僕は。なんという愚かな人間、じゃないロボットでしょう。もう何も信じられません、何もする気がしません」


「水田君」
「慰めようとお思いにならないでください。所詮そんなことはできないのです。誰も僕の気持ちをわかってくれるはずがないんです」
「それがわかるのだ。水田君、驚かないでほしい。実は私もロボットなのだ」
「冗談はやめてください」
「冗談ではない」
「いいえ、冗談です! ひとごとだと思ってふざけないでください。僕はまじめに言ってるんですよ。僕はロボット。でも、ロボットでも、せめてその当時の最高級のロボットならまだよかった」
「そうではないというのか」
「はい。ゆうべ母、あ、母ではないのですが、ゆうべまで母と思っていました。その女性が言うには『うちは貧乏で本当はロボットは高嶺の花だった。でも、そのころようやくお手ごろ価格のモデルが出たので思い切って買うことにした。少し前ならプロユースで通っていたスペックよ。それがコンシューマー向けのモデルとしてリリースされて。モデルは三つあったけど、そのうちの一番安いのにしたの。もっと上のを買いたかったけど、うちにはせいいっぱいで』。そうです、だから…僕はメモリが256MBしかないのです」
「256MB! よくそれで社会生活が営めるな」
「前からおかしいと思っていました。たとえば1,993円の買い物をしたときに2,003円出して10円のおつりをもらうといったスマートな計算ができないのです。メモリが足らないのです」
「そんな所帯じみた計算ができなくてもいいじゃないか」
「課長にはわからないんです」
「それなら言うが、私はロボットの中でも旧型だ。私にはフロッピーディスクドライブがついている。5.25インチの」
「いまどきですか!」
「そうだ。ズボンをはいてるから隠れて見えないが、ここ、このへんにある。見るか」
「ああ、思わず信用しそうになりましたよ。いや、見せてくれなくていいです」
「水田君、悩んでいるのは君だけではないんだ。営業部の沢村君。いつも朗らかにふるまってはいるが、実はUSBポートがない。SCSIとADBポートしかないのだ」

 僕は持っていた雑誌を取り落とした。

「まさか」
「みんなから森じいと呼ばれている守衛の森本さんはもとは営業の第一線で活躍していたが、だんだんつらくなり、いったん退職した後に再就職された。ハードディスクが850MBではどうしようもなかっただろう。あの身体で、よくがんばったと思う」
「知りませんでした」
「庶務の浅川くんの話はもっと哀れだ。ある日、街で自分とそっくりのひと、いや、ロボットを見たそうだ。あわてて物陰に隠れ、帰宅してから母親を問いつめた。その結果わかったことは、母親は近所の家電量販店の特売品として浅川君を買った。しかも、『お一人様一体限り』とあるのを無視して強引に買った。だが、それが問題になり、やむなく一体を手放し」
「いいかげんな話をしないでください。僕は真剣なんですから」
「水田君、どうしてわかってくれないんだ、私は、私は、あ、う、ううう!」

急に課長が胸をかきむしって苦しみだした。僕がどうしていいかわからずおろおろしていると、どこからか一人の男が飛んできた。そして、課長をみるやいなやこれはだめだと判断したらしく、課長の体のあちこちを点検し始めた。

「残念だが、手遅れだったようですね」
「なんてことだ、では、課長は!」

男はうなずいた。

「寿命です。あきらめるしかないでしょう。ところで、あなた」
「はい?」
「失礼ながらさっきからのお話は全部聞いていました。メモリが足りないとか」
「あ、はい」
「では、これを使えばどうでしょう。いま、課長さんの中から取り出したものです。最近増設したもののようです。1GB。バルク品ではないから、安心していい」
「ああ、本当だ! こ、これさえあれば…でも、いいんだろうか、そんなことをして」
「だいじょうぶですよ。ほっといてもメモリが無駄になるだけだ。なんでしたら私がつけてあげましょう」

男が手際良く作業を済ませると、僕の視界はにわかに輝度を増したかのようだった。内から力がみなぎってくるのがわかる。急に仕事がしたくなってきた。それもレベルの高い、これまでは手の出せなかった仕事が。

「ああ、何から何まですみません! いったいどこのどなたなんですか。せめてお名前を」
「それはできません。私は名乗れない、いえ、名前がないようなものなんです。私の基幹を成すソフトは不正にダウンロードされたもので固有のシリアル番号がない。アクティベーションできないのです。私は、一生日陰の身なのです。私と会ったことは秘密にしておいてください。失礼」

男はさっと身を翻すとどこへともなく走り去り、僕はその憂いを含んだ背中を見送るしかなかった。

そんなわけで、僕はいまは元気に毎日を過ごしている。これを読んでいる君も、もし悩んでいるならメモリ増設してみてはいかがだろう。いや、君が万一、人間だというなら話は別だが。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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