映画と夜と音楽と…[331]地の底からよみがえる夢/十河 進

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フラガール メモリアルBOX●炭坑節で有名な筑豊で起こった労働争議

子供の頃によく聴いた民謡に「炭坑節」がある。田舎の本家で行われた法事などの後の宴席で「月が出た出た月が出た〜ヨイヨイ 三池炭坑の上に出た あんまり煙突が高いので〜 さぞやお月さん煙たかろサノヨイヨイ」と歌い踊る人々がいた。僕には「ミイケタンコ」と聞こえ、その意味がわからなかった。

就職したばかりの頃、先輩に連れていかれた組合集会の後の宴席で「地の底から〜地の底から〜怒りが燃え上がる」と歌う人がいた。それは「三井三池闘争を始めとする炭鉱労働者たちの怒りの歌だ…」と誰かが教えてくれた。しかし、「地の底から」を歌う人はインテリだったし、親が炭坑夫だったこともないと聞いた。

友人に筑豊の炭坑住宅(いわゆる炭住)で育った男がいる。昭和三十四年(1959年)に撮影され翌年に刊行された土門拳の写真集「筑豊のこどもたち」に写っているんじゃないか、と僕はからかったことがある。三井三池闘争が真っ盛りだった頃だ。


彼は僕より数歳上だから、その頃は小学校の高学年だった。だから、子供の頃に体験した三井三池闘争をよく覚えているという。彼の父親がどの組合に所属していたかはわからないが、「去るも地獄、留まるも地獄」と言われた戦後最も有名な労働争議である。

僕も子供心に三井三池闘争は覚えている。といっても、僕が育ったのは四国の港町だから直接の記憶ではない。ニュースを見て残っている記憶である。昭和三十四、五年頃だとしたら、その頃によく見た映画館で流れていたニュースかもしれない。

ただ、何だか大騒ぎしていたなあ、という印象しかない。その頃は安保反対闘争も盛り上がっていたし、日本全国で多くの人が騒いでいたような気がする。しかし、三井三池闘争のニュースを見たとき、ヘルメットをかぶり石炭の粉で汚れた顔の人たちが大勢映っていた記憶はずっと残った。

三井三池闘争とは、石炭産業の衰退によって会社側が数千人の希望退職を募ったことから始まる。希望退職が予定数に満たなければ指名解雇にエスカレートするのは目に見えている。組合側は「合理化絶対反対」を掲げて当然のようにストライキに入る。だが、長期のストライキは組合内部の分裂を生んだ。徹底抗戦派と現実妥協派だ。

長期に及ぶストライキに対して、会社はロックアウトで対抗する。法的措置をとって不正な占拠を続ける組合員の排除命令を獲得すれば、警官導入が可能になる。暴力団が跋扈する。組合員が刺殺される。収入もなくカンパだけでがんばっていた組合員も挫け始める。第二組合が結成される…。それは確かに「去るも地獄、留まるも地獄」である。

子供の頃にそんな地獄を見た炭住育ちの友人は、成長してゴリゴリの組合活動家になった。共産党に入党し、積極的に地域活動を行っている。僕が彼と出会ったのは日本出版労働組合連合会の会議の場であり、後に共闘組織の役員を一緒にやることになった。

付き合ってみると、彼は意外に堅物ではなく、面白い人間だった。昔、独身の彼は、年末年始をずっと我が家で過ごしたことがある。子供たちもよくなついた。しかし、今でも選挙のたびに「共産党候補をよろしく」という電話がかかってくる。

●イギリス映画の炭坑夫たちは素敵だ

リトル・ダンサー DTSエディション炭坑町の衰退を背景にしたイギリス映画に「ブラス!」(1996年)や「リトルダンサー」(2000年)がある。どちらも滅びゆく石炭産業に生きる炭坑夫たちが現実にめげず夢を持ち続ける映画である。「リトルダンサー」ではその夢を担い実現するのはひとりの少年だが、「ブラス!」で夢を実現するのは炭坑町に生きる多くの人々である。

「リトルダンサー」で印象的なのは、息子がバレエに熱中するのを苦々しく思っていた父親がひとりで練習する息子の姿を見て、その夢を叶えてやろうと決意し、スト破りをするシークェンスである。彼は仲間たちから「裏切り者」と罵倒されるのを覚悟して、ロックアウトされた坑内に向かう会社のバスに乗る。

組合員たちが抗議の声をあげる。卵がバスに投げつけられ、窓に当たって砕ける。金網で覆われた窓には石も投げられる。投げる側に長男がいる。彼はバスの中に父親がいるのを見付け、「なぜだ!!」と叫ぶ。信じられないのだ。

バスを追って長男は走る。警備員を振り切って金網を昇り、坑内に入る。バスから出てきた父親に抱きつく。そのとき、すでに長男には父親の気持ちがわかっている。炭坑夫としてしか生きられない自分たちのようにしないために、弟の夢を叶えてやるために、父親は裏切り者になったのだ。

ブラス!「ブラス!」は炭坑夫たちが作る吹奏楽団の物語だ。1992年のイングランド北部ヨークシャー地方、炭坑の町グリムリーが舞台である。結成百年を誇る名門ブラスバンド、グリムリー・コリアリー・バンドに主人公(ユアン・マクレガー)は所属している。

リーダーである指揮者は、全英コンテストに参加しロイヤル・アルバート・ホールで演奏することをめざしている。もちろん、優勝することを夢見て団員たちと練習を重ねているが、町は炭坑を閉鎖するかどうかでもめている。

主人公の幼なじみの女性が戻ってくる。彼女が楽団に入ったことで、俄然、男の団員たちが張り切ったりするのがおかしい。主人公と彼女は愛し合うようになる。しかし、彼女は会社側の人間として派遣されてきていたのだ。会社側が狙うのはスムースな閉山であり、炭鉱労働者の全員解雇である。

やがて、炭坑の閉鎖が決定する。団員たちは全員、職を失ってしまう。指揮者の息子は妻が子供を連れて出て行った後、絶望して自殺を図る。彼はキリスト像に向かって叫ぶ。

——あんたは俺たちに何もしてくれないじゃないか。なぜジョン・レノンを殺した。なぜ若い坑夫を二人も死なせた。なぜサッチャーだけが生きている。

だが、そんな中でも団員たちは立ち上がる。全英コンテストでの優勝をめざして…。クライマックスは、檜舞台での彼らの演奏だ。やがてやってくるラストには感動が待っている。感動を強要するようなあざとい作りではない。こんなに気持ちのよいシーンはめったにない。

●日本の炭坑娘たちも負けてはいなかった

プリティ・リーグ「フラガール」(2006年)を見ていた僕は、いくつか先行する作品を連想した。ダンス教師の松雪泰子が酔っぱらいながら登場し、炭坑の若い娘たちに「百年やってもダンサーになんかなれねぇよ」と怒鳴るのを見ながら「これは『プリティリーグ』だな」と思った。松雪泰子がトム・ハンクスに重なった。

「プリティリーグ」(1992年)は、第二次大戦中に作られた女子のプロ野球リーグの話である。ヒロインが所属するチームの監督を引き受けた元プロ選手の監督(トム・ハンクス)は、最初、バカバカしくてやってられねぇよ、という感じで二日酔いで登場し、やがてヒロインたちの情熱に打たれて本気になっていく。

「フラガール」の松雪泰子も一流ダンサーだったのが常磐炭坑まで流れてきて、踊りのセンスのかけらも見出せない田舎娘たちを前に絶望する。そんな仕事を金のために引き受けざるを得ない自分を憐れんでいる。しかし、田舎娘たちが本気であり、ダンスに自分の夢を賭けていることを知り彼女らを鍛え始める。

フラガールスタンダード・エディション昭和四十年。常磐炭坑は閉山の危機を迎えていた。会社は「常磐ハワイアンセンター」のオープンによって新しい事業を展開しようとする。会社と組合は対立し、石炭を掘る仕事で生きてきた炭坑夫たちは「東北にハワイを作る」などという話を真に受けない。

そんな中、フラダンスのダンサーになることで自分の中にある何かを実現させようとする娘たちがいた。彼女たちは、フラダンスに懸けたのだ。滅びゆく石炭産業を象徴するかのような親の世代とは別に、彼女たちは未来を見ようとしている。それは自分自身の人生だからである。

ヒロイン(蒼井優)をダンスに誘った親友の父親が解雇される。その夜、彼は娘のフラダンス姿を見て逆上し、娘を殴り髪をズタズタに切る。そのことを知った蒼井優は彼女の想いを引き継ぐのだが、それは親友の夢も引き継ぐことだ。夕張に去っていく親友を見送る蒼井優の悲しみが、胸に迫る。

また、それまでまともに教えようとしなかったダンス教師は、教え子が殴られ髪をズタズタに切られたことに怒り、銭湯の男湯に乗り込んで湯船につかっている父親に飛びかかる。彼女は教え子の夢をつぶした旧弊で頑固な父親が許せない。このシーンで僕はダンス教師の想いに思わず拍手した。

お約束通りの展開が続くのに「フラガール」には、心に沁みる場面がいくつもある。ダンサーになることに猛反対していた母親(富司純子)が、娘(蒼井優)がたったひとりでダンスの練習をしているところに行き会わせ黙って見守るシーンは、富司純子の悲しみに充ちた顔と共に記憶に刻まれる。

母親は、娘の懸命さに打たれ、納得し、夢を叶えさせてやろうと思うのだ。それは僕に、夜、ひとりでバレエの練習をする息子を黙って見つめる「リトルダンサー」の父親を甦らせた。子に対する親の愛情がヒシヒシと伝わってくる。

そして、クライマックス。オープンした「常磐ハワイアンセンター」の舞台でフラガールたちが踊るシーンの盛り上がりは、僕に「ブラス!」を連想させる。あのフラダンスシーンがあったからこそ、「フラガール」はあれほどのヒットをした。観客を心地よく幸せにするクライマックスシーンである。

花とアリス 特別版それにしても蒼井優がひとりで踊るシーンのせつなさは、特筆ものだと僕は思う。僕が「花とアリス」(2004年)以来の蒼井優ファンだということを差し引いても、あのシーンでは胸かきむしられる。天を仰ぐ。涙がこぼれる。

映画が成功するかどうかは、蒼井優のソロ・ダンスシーンに託される。それまでの物語のすべて、夕張に去った親友の想いも、巡業に出ていたため父親の死に目に会えなかった仲間の想いもすべてを背負って…、彼女は踊る。常磐炭坑の地の底から娘たちの夢が甦ったのだ。

それは「フラガール」という映画が描いてきたすべての上に立ち、物語のエモーションが最高潮を迎えるシーンである。大柄ではない、華奢といってもいいほどの蒼井優が、スクリーン(劇中では舞台)のすべてを圧するように踊り続ける。決して色っぽい女優ではない蒼井優が、見事なセクシーさを漂わせる。

拍手せずにはいられない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
黄金週間(ゴールデンウィーク)と名付けたのは映画界であるというのは有名な話。今でも、この時期は映画館は混むのだろうなあ。混んだ場所が嫌いな僕としては、ゴールデンウィークはまたしても自室に籠もることになりそうだ。といって、原稿をストックするほど、最近は勤勉ではない。「追いつめられないと書けなくなった」とアル中になった殺し屋(「近くじゃないと当たらなくなった」—殺しの烙印)のようにつぶやいている。

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
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松雪泰子 李相日 豊川悦司
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