デジクリトーク 文字文化の成熟と多様さをあらわす、文字どおりの「活字書体集成」 書評『基本日本語活字見本集成』/前田年昭

投稿:  著者:  読了時間:6分(本文:約2,800文字)


重い! というのがとにもかくにも本書の第一印象である。宅急便で送るときには重さ2kg、三辺長さ計60cmまでという基本料金の制限ギリギリであるから梱包材にはよくよく気を付ける必要がある。それほどまでに重く、A4変形判で640ページある。

ページを開くとなぜ重いかがわかる。百花繚乱! 日本語OpenTypeフォント18社1650書体が収録されているからである。しかも活版や写植、初期DTPの1行見本ではなく本文に組んだ状態での「活字・組み見本」470ページには圧倒される。解説として付された、小宮山博史さんによる「日本語書体の分類(書体開発の変遷 含む)」、小形克弘さんと直井靖さんによる「デジタル活字の基礎知識(直井さんの解説による Adobe-Japan 1-5 Character Collection for CID-Keyed Fonts 含む)」はこれらのデジタル書体を使いこなすために必要な知識である。

こんなに要らないよ、第一こんなにたくさんの書体を入れたらマシンが起ち上がるまで時間がかかってしようがないよ、という前に、近代日本の活版印刷史、とりわけ活字書体史の研究を小宮山博史さんや鈴木広光さんらとともに切り開いた府川充男さんの言葉に耳を傾けてみよう。府川さんは瑣末な字形統一主義を皮肉り、異体字について次のように述べている。


【……人々が多くの異体字を許容し共用し遣いこなすとは一面では文字文化の成熟と多面性を指示する事態とも言える筈である。敢て言えば、異体字は諸書体の並存がそうであるのと同様に文字文化の豊かさの徴標の一つであり、人々の黙契の中に生き続けてある文字文化が不可避に産み出す字体の振幅、文字文化の多様な可能性の化肉というものではないだろうか。】(『聚珍録』第一篇、三省堂、2005年、p.28)

どこを開けても見飽きない書体見本集成であるが、特筆すべきは本邦初の書体分類試案としての「日本語書体の分類」であろう。小宮山さんは「ここでおこなっている書体分類法は、動物や植物の分類に用いられるような、大きな特徴から細部の特徴にいたるまでの項目を立てたうえで、市販されているか近日発売予定の、現在のオープンタイプフォント(OpenType Font)一千六百五十書体について分類を試みたもの」と述べている。

小宮山さんはまず、「ここでいう書体とは、図形文字の図形表現としての形状についての抽象的概念である字体に……、一定の様式(デザインといってよい)を施したものをいう」と、字体、字形などの用語とあわせて定義している。次に、これまでの日本近代活版史のなかでどのような分類がなされてきたか、矢野道也(1925)、飯田常治(1929)、三谷幸吉(1930)、佐藤敬之輔(1973)ら先学の試みを検討している。

小宮山さんは、大項目として、基本書体、伝統書体、ファンシー書体(装飾書体)、ニュースタイル、学参書体の五種に分類し、そのそれぞれについて二つ下の階層まで分類している。たとえば、基本書体は明朝体、角ゴシッ体、丸ゴシック体、ミックスタイプに分類され、その明朝体はまた、オールドスタイル、スタンダードスタイル、モダンスタイルに分類されている。

たとえば、リョービの本明朝は基本書体—明朝体—スタンダードスタイル、ヒラギノ明朝は基本書体—明朝体—モダンスタイル、に分類され、またDF痩金体は伝統書体—古筆—中国に分類されている。

近年、急激な技術革新と業態の変化によって、活版はもちろん写植も歴史の彼方に押しやられてしまった。私などは親しい印刷会社の営業さんから「前に印刷した本を組み直して出してくれとお客さんに言われたのだが、同じものをつくるためには何という書体でどう組版指定したらいいのか」と相談を受けることがある(もっとも、ごく最近の編集者は「明朝体だったら何でもいいから」とやる気のないことないこと、トホホ)。

欧字書体では識別のためのハンドブックとしてタイプファインダーというものがある。これ、実は、今回の『基本日本語活字見本集成』をひとりで組版したという驚異のデザイナー・向井裕一さんのご教示によって私は知ったのである。
- Rookledge's International Typefinder: The Essential Handbook of Typeface Recognition and Selection (Paperback) by Christopher Perfect(1991)

Type Style Finder: The Busy Designer's Guide To Choosing Type ※なお他にも以下の類書があるようだが、これは私は見ていない。
- Type Style Finder: The Busy Designer's Guide to Type by Timothy Samara (2006)
- Rookledge's Classic International Typefinder by Christopher Perfect (2004)

さて、"Rookledge's International Typefinder" では、(1)e の横画の傾き(2)o の縦軸および d の右の縦画の上端下端のセリフの傾き、など8つの特徴をとらえた基本分類からはじめ、ページをたどっていくと書体が容易にわかるようになっている。

今回の小宮山さんによる書体分類試案は、将来の“和字書体におけるタイプファインダー”づくりの礎ともいえる歴史的意義を持つものである。

税込み4,410円で手元に置いておいて損はなく、万一入手し損ねれば後悔するであろうことは間違いない。

【まえだ としあき】編集者 tmaeda@linelabo.com

●ブックガイド「基本 日本語活字見本集成 OpenType版」
< http://bn.dgcr.com/archives/20070423140200.html >
写真で見る「基本 日本語活字見本集成 OpenType版」
< http://www.dgcr.com/kiji/20070423/ >




photo
Rookledge's International Typefinder
Christopher Perfect Gordon Rookledge Phil Baines
Sarema Press (Publishers) Ltd 1990-01-01

欧文書体―その背景と使い方





photo
Rookledge's Classic International Typefinder
Adrian Frutiger Christopher Perfect Gordon Rookledge
Harper Design Intl 2005-01

欧文書体―その背景と使い方

by G-Tools , 2007/05/08