ショート・ストーリーのKUNI[29]話し合い(3)
── やましたくにこ ──

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今日の神と悪魔はタイ料理のファーストフード店にいる。

「うーん、おいしいわ、このトムヤムクンラーメン。やっぱり正解だったわね」

神は額に汗を浮かべながらスパイスに覆われたスープから麺を勢いよくすすりあげる。

「最近、テレビ見てる? 見てないの? 『時効警察』知らない? やだ、おもしろいのに。こないだの早め亭とかさ、けっさくだったのにー。『プロポーズ大作戦』もおもしろいわよ、あ、それと、『セクシーボイスアンドなんとか』とか。オープニングの絵がいいわねえ。『冗談じゃない!』は? まさかりくさおが出てるの」
「草刈正雄ですか」
「いいのよ、まさかりくさおで。私、上野樹里のファンでさ、あの子が」
「あのですね」
「はい?」
「そんなにテレビを見る時間があるのに、例のプロジェクトは私に押しつけるわけなんですね」
「例のって」
「あ、いや、なんでもないです、いいですよ」
「なんか暗い。嫌われるわよ、そういう暗いのって」
「いいんです、私は悪魔だから」
「この揚げバナナおいしいのに、食べないの? 私が全部食べるわよ」


悪魔の返事を待たずに神は揚げバナナを口に入れた。4ピース480円の最後の1ピース。冷めるのを待っていた猫舌の悪魔はかちんときた。もうがまんできない。コップの水を一口含んでからおもむろに切り出す。

「友人から聞いた話なんですがね」
「うん?」

「世間には困ったやつがいるもんなんですねえ。なんでも、自分が言い出した企画なのに、具体案が先だとか、いや、スケジュールを先にとかなんだかんだ言い出して、結局はひとに全部押しつけようとしている、そういうやつがいるそうなんですよ。なんだかあきれちゃいますよねえ」

神はバナナの入っていたバスケットから顔を上げた。顔に「むっ」という字が特大の勘定流フォントで書いてある。口のまわりについた粉砂糖をペーパーナプキンで拭き取り

「それは偶然ね」
「はい?」
「私も友人から聞いたばかりなの、困ったやつ。私の友人が言うには、ある企画をいっしょにやろうって持ちかけたのになかなか具体的な案も何も出ないのでしびれを切らして、でもいやな雰囲気にしたくないもんだからとりあえずスケジュールを決めながらその中で考えていこうかと思って提案したのに、それが気に入らなかったみたいなのよ、困ったやつは」
「私の聞いた『困ったやつ』はひとに仕事を押しつけようとしてるんですよ」
「花を持たせようとしたんじゃない? そこんとこをわからないというほうが『困ったやつ』よね、あなたの、そのご友人」

しばしにらみあう二人。
そのとき、神の携帯が鳴った。メールの着信音だ。ぱこっと携帯を開いて確認する神。ぱちゃり。

「ごめん、急ぎの用ができちゃった。悪いけど、今日はこれで」
「そうですね、私もいろいろ抱えてるんで、これで」

神は忙しそうに出口に向かう。メールは本当はWeeklyミニまぐだったが。

その後しばらく、神と悪魔が会うことはなかった。お互いに、知らぬふりをしながら、毎日のメールチェックではひょっとしてメールをくれたのにスパムとごっちゃにして削除してしまったのではと探しまくったり、はっと気がつけばキャンディーズの「やさしい悪魔」を振りつきで口ずさんでいたり(神の場合)テンプターズの「神様お願い」の2番の歌詞はどうだったかとGoogleで検索している自分に気がついてあわててウィンドウを閉じたり(悪魔の場合)という日々を送っていた。

およそ2か月後、神と悪魔はばったり出会う。どちらもスーパーのかごを下げたかっこうで。そこは名古屋からほど近いユーストア赤池店の食品売り場だ。駆け寄る神。

「あーらまー、だれかと思えば悪魔ちゃんだがや!」

悪魔は思わずかごを落としそうになった。

「何やってるんですか、こんなところで」

「友達の家に来たついでよ。名古屋に来たときはいつも寄るの。ちゃんとUCSカードも持ってるわよ、ほら。水曜日は会員は5%オフって、知ってる? あなたこそどうしてこんなところへ?」
「気分転換ですよ。どこでも行けるんですからね、われわれは」
「まあね」

神はちらっと悪魔のかごの中身に目をやり

「肉じゃが? あのね、悪いこといわないから糸こんはだめ。板こんにゃくをちぎって入れたほうがおいしいの、絶対」
「決めつけないでください。肉じゃがじゃありませんよ、今日はカレーです」
「カレーにこんにゃく?」「いーじゃないですか」

神はくすっと笑った。

「あのね、ネットで見つけたのよ、揚げバナナのレシピ」
「そんなもの見つけてどうするんですか」
「作って持ってってあげようかと思ってさ。さめたほうがいいでしょ?」
「ふ、しおらしいこと言いますね。何か魂胆があるんでしょ」
「魂胆があってもいいじゃない。それより、スパ王はミートソースよりやっぱり醤油バターた・ら・こ」
「いいじゃないですか、どっちでも。まったくおせっかいなんだから!」

神はにたにた笑いながらさっさとレジに向かった。それから思い出して振り向き、およそ3メートル先から悪魔に向かって

「次の話し合いの場所考えといてね!」

ため息をつきながら、離れたレジに向かう悪魔であった。

【やましたくにこ】kue@pop02.odn.ne.jp
みっどないと MIDNIGHT短編小説倶楽部
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