映画と夜と音楽と…[334]甦った過去からの声/十河 進

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●「ムービーマガジン」という雑誌があった

キネマ旬報4月下旬号の「私が選ぶ2006年映画本ベストテン」というコーナーで、映画演劇評論家の浦崎浩實さんが僕の「映画がなければ生きていけない」をベストテンにあげてくださっていると教えてもらった。懐かしい名前だ。浦崎さんは僕のことを覚えているだろうか。

浦崎さんと会ったのは、もう二十六年前になる。誰かに紹介され、名刺交換をした。当時、浦崎さんは「ムービーマガジン」編集長だった。1981年、僕はアマチュアの映画制作の専門誌である月刊「小型映画」編集部にいて、どこかで浦崎さんを紹介されたのだ。場所は忘れてしまった。試写会場だったか、新宿ゴールデン街の酒場だったか…

僕が浦崎さんのことを鮮明に覚えているのは、「ムービーマガジン」の愛読者だったからである。部数は決して多くはないだろうが、その映画専門誌はコアな映画ファンに愛されていた。特に日本映画についての情報がほしかった人間にとっては、希有な雑誌だったのだ。


名刺交換をしたせいだろうか、「ムービーマガジン」が選ぶ1981年度のベストテン選出アンケートが僕のところにも送られてきた。1982年になってすぐの頃だと思う。

僕は初めての子供が生まれ、担当している雑誌の売れ行きに一喜一憂する日々を送っていた。ビデオカメラがアマチュアにも手の届くものになりつつある頃で、8ミリのフィルムカメラはどんどん衰退していた。結局、その年の秋に僕が担当していた雑誌は休刊になる。

その頃、僕は様々な企画を提案していたが、どんな特集を組んでも雑誌の売れ行きははかばかしくなかった。特に商業映画の記事は、あまり読者に受け入れられなかった。アマチュアの作る映画と劇場で掛かる映画はまったく別物だと読者の多くは思っていたのだ。

その頃、自主映画と呼ばれる若者たちが中心になったムーブメントが高まっていたが、それも主流にはならなかった。その頃の「小型映画」の自主映画紹介コーナーを見てみると、森田芳光、大森一樹から始まり、石井聰互、長崎俊一、手塚真、犬童一心といった、今、映画界で活躍する人たちの名前がいっぱい出ているが、当時はみんな学生だった。

そんな中、「各雑誌の映画担当者が選ぶベストフィルムズ」というアンケートに僕は答えたのだ。1981年、僕は新作を作った監督たちにインタビューするページを企画し、加藤泰、工藤栄一、岡本喜八、鈴木清順、大林宣彦、相米慎二、小栗康平、東陽一というそうそうたる顔ぶれを取材した。だから、その年の主だった映画は見ていたのである。

「各雑誌の映画担当者が選ぶベストフィルムズ」は、「ムービーマガジン27号」に発表になった。表紙はタバコを持って少しはすに視線を流す桃井かおりである。巻頭の見開きに桃井かおりの写真とフィルモグラフィーが掲載されている。

●1981年のベストフィルムズを選出する

「各雑誌の映画担当者が選ぶベストフィルムズ」の邦画と洋画のベストテンは以下のような結果だった。

■日本映画
陽炎座1.陽炎座(鈴木清順監督)
2.セーラー服と機関銃(相米慎二監督)
3.ガキ帝国(井筒和幸監督)
4.嗚呼! おんなたち・猥歌(神代辰巳監督)
5.野菊の墓(澤井信一郎監督)
5.遠雷(根岸吉太郎監督)
7.スローなブギにしてくれ(藤田敏八監督)
8.泥の河(小栗康平監督)
9.風の歌を聴け(大森一樹監督)
10.狂った果実(根岸吉太郎監督)

■外国映画
ブルース・ブラザース 25th アニバーサリースペシャル・エディション1.ブルース・ブラザース(ジョン・ランディス監督)
2.レイダース 失われた聖櫃(スティーブン・スピルバーグ監督)
3.スーパーマンII 冒険篇(リチャード・レスター監督)
4.最前線物語(サミュエル・フラー監督)
5.殺しのドレス(ブライアン・デ・パルマ監督)
5.ジェラシー(ニコラス・ローグ監督)
7.皆殺しの天使(ルイス・ブニュエル監督)
8.グロリア(ジョン・カサベテス監督)
9.ストーカー(アンドレイ・タルコフスキー監督)
10.9時から5時まで(コリン・ヒギンズ監督)

僕が選んだのは「陽炎座」「炎のごとく」「スローなブギにしてくれ」「ヨコハマBJブルース」「セーラー服と機関銃」「魔界転生」「天使のはらわた・赤い陰画」の七本で、それについてのコメントが懐かしい。

──映画を見る以上、映画的映像あるいは見せ場で唸らせてくれないと欲求不満になるところがあり、それを基準に選ぶと「陽炎座」はダントツ。加藤泰のローアングル、藤田敏八の軽さ、工藤栄一の逆光、相米慎二の長回し、「魔界転生」の炎上シーン、これらはまさにコーフンもので、映画館の椅子からズリ落ちそうになった。「天使のはらわた・赤い陰画」は、たまたま見てシャドウを基調にした画面作りに魅せられた。映像的スタイルを持つ映画は強いと思う。

そんなことを書いていたのだと、久しぶりに開いた「ムービーマガジン」を懐かしく読み返した。この後、外国映画についてのコメントも書いている。「グロリア」「最前線物語」は、当時の僕のお気に入りだった。それにしても、そのコメントからは三十になったばかりの僕の気負いが伝わってくる。

「三十以上を信用するな」と言っていた自分が三十を過ぎてしまったこと、子供が生まれたことが、当時の僕を大きく変えたことは間違いないと思う。とりあえず自分の好きなことを…と思って就いた編集者という仕事も八年目に入り、そろそろ覚悟を決めなければという想いに迫られていた。

●インタビューの教科書だった本

今も手元に「みんな不良少年だった」という白川書院から出た本がある。サブタイトルに「ディープ・インタヴュー」と付いている。筆者は高平哲郎だ。後にタモリのブレーンになり「今夜は最高!」の構成を担当するが、その本を出した頃は、まだそんなに名が通ってはいなかった。

奥付を見ると1977年1月20日の発行になっている。出てすぐに買ったから、僕はまだ駆け出しの編集者だった。二十三人の俳優、女優、監督、ミュージシャンなどのインタビューが掲載されていた。川谷拓三から始まり、岡本喜八、渡哲也、原田芳雄、荒木一郎、菅原文太、梶芽衣子、室田日出男、藤竜也という顔ぶれを見て僕はすぐに買った。

そのインタビュー集は何度も読み返した。初出誌を見ると「ムービーマガジン」や「宝島」がメインだった。インタビューと言っても、そこには様々なスタイルがあった。一人称で語りきってしまうもの、インタビュー中の相手を描写しながら印象的な言葉を効果的に挿入していくやり方、問いと答えを交互に出す方法など、高平さんは工夫をこらす。

もちろん、どれも相手の反応によって選ばれたスタイルである。ほとんど喋ってもらえなかった藤竜也のインタビューは、実によくできた「読み物」になっていた。また、原田芳雄のインタビューでは最後に数行、高平さん自身のコメントを出すだけで、後はすべて喋り口調を生かした原田芳雄の一人称だった。

その本は僕の教科書になった。僕は多くの人をインタビューしたけれど、相手の話を聞きながら「今回は、こうまとめよう」と考えている。そのとき、手本になったのが「みんな不良少年だった」である。そして、高平さんのインタビューを続けて読むために僕は「ムービーマガジン」を買い始めたのだ。

青春の門 自立篇僕のコメントが載っている「ムービーマガジン27号」で高平さんがインタビューをしているのは桃井かおりだ。そのインタビューを読むと、その頃には高平さんはすでにタモリの「今夜は最高」の構成を手掛けている。そして、桃井かおりの最新作は、東映版「青春の門・自立篇」(佐藤浩市が主人公を演じた)だった。

●古いインタビューテープが甦る

レッドパージ・ハリウッド―赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝先日、昔なじみのNさんの紹介で「レッドパージ・ハリウッド」(作品社・刊)を上梓した上島春彦さんと会った。昨年、本が出た後、朝日新聞の書評欄で取り上げられ読みたかった本である。上島さんは僕より十歳ほど年下だったが、実に映画的知識と記憶にあふれた人だった。

宮崎駿のアニメ世界が動いた―カリオストロの城からハウルの城へすでに何冊も著書があり、「宮崎駿のアニメ世界が動いた──カリオストロの城からハウルの城へ」は京都映画祭で賞を獲得したという。「レッドパージ・ハリウッド」も日本推理作家協会賞の評論部門の候補になっているそうで、一週間後の発表が気になっている様子だった。

Nさんもかつて二本の映画を自主制作した実績を持っているから、様々な映画的記憶を持つ人である。その三人が酒を呑むのだから、とにかく様々な映画のタイトルやシーンの記憶などが飛び交った。

「レッドパージ・ハリウッド」はエスクァイアマガジンジャパンのウェブサイトで連載している「ハリウッド・ブラックリストライター列伝」が元になっている。様々な資料に当たった労作である。推薦文を蓮實重彦さんが書いており、確かに「これを書かねば二〇世紀を総括しえぬと心に決めた上島春彦の意気込みは、平成日本の安逸をしたたかに撃つ」ものだ。

その上島さんが「今、鈴木清順をまとめようと思っているのです」と言った。鈴木清順監督作品で見ていないのは初期の数本だけになったという。おそらく鈴木清太郎名義で監督したものだろう。

人後に落ちない清順ファンである僕は「それは楽しみです」とすぐに反応し、二十六年前、「陽炎座」公開直前に清順さんにインタビューしたことを話した。その当時、映画評論家の松田政男さんに「清順さんがあそこまで具体的に答えるのは珍しい」と言われた記事である。

清順さんはインタビューにまともに答えてくれないので有名だった。自分の映画の解説などしないし、韜晦まじりの煙にまく返事ばかりで編集者泣かせと言われていた。だが、僕の雑誌が商業映画の専門誌ではなかったからだろう、撮影の裏話などを具体的に話してもらえたのだった。

──その取材テープ、まだ持ってますよ。家宝にしてますけど、お送りしましょうか。

そう言ってから、テープを聴かれると自分の下手くそなインタビュアーぶりがバレちゃうなと思ったが、手遅れだった。上島さんは「ぜひ」と言う。テープを送ることを約束して帰ったその夜、久しぶりに僕はそれを聴いてみた。

三十になったばかりの僕の若い声がスピーカーから流れ出した。過ぎ去った遠い昔が甦った。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
大沢在昌さんと対談してきました。今回は素面で、雑誌掲載のためという重圧によって、大したことはしゃべれませんでした。対談前から腹痛に見舞われ、本番に弱い体質がまた露呈しました。子供みたいだなあ、と我ながら情けない。それにしても、大沢さんは細やかな気遣いをするホントにいい人でした。

●第1回から305回めまでのコラムをすべてまとめた二巻本
完全版「映画がなければ生きていけない」書店・ネット書店で発売中
第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >


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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
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star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
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映画がなければ生きていけない 2003‐2006 大いなる幻影 シェーン ロング・グッドバイ 日曜洋画劇場 40周年記念 淀川長治の名画解説




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キネマ旬報 2007年 4/15号 [雑誌]
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star巻頭は真田広之スペシャル

SWITCH Vol.25 No.5 (スイッチ2007年5月号) 特集:嵐「アラシノデンゴン」 H (エイチ) 2007年 04月号 [雑誌] 黄色い涙―西暦一九六三年の嵐 黄色い涙 ~より道のススメ~ +act. 10 (2007)―visual movie magazine (10)



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レッドパージ・ハリウッド―赤狩り体制に挑んだブラックリスト映画人列伝
上島 春彦
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star水村美苗『續明暗』が漱石的なのと同程度に、本書は蓮實的(褒めてるんです)
starレッドパージを詳しく知りたい人向き・・。
star種本は在処に?

ベトナム戦争のアメリカ―もう一つのアメリカ史 黒澤明vs.ハリウッド―『トラ・トラ・トラ!』その謎のすべて シネマ〈2〉時間イメージ 何が映画を走らせるのか? ビリー・ワイルダー―生涯と作品