デジアナ逆十字固め…[47]「本の雑誌」で助っ人を始める/上原ゼンジ

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本の雑誌 288号 (288)日刊スポーツの印刷局でバイトを始めた1981年の秋、私はもう一つのバイトを始めた。愛読誌のひとつだった「本の雑誌」が助っ人を募集していたので、応募してみることにしたのだ。助っ人というのは、きちんとしたバイト代は払えないけど、仕事が終わればメシぐらいはおごりますという制度のことだ。

助っ人のメインの仕事は配本。当時「本の雑誌」は直販体制だったために、書店に納品する人間が必要だった。直接雑誌や本を書店に担ぎ込んで納品をし、時には請求書を立てて精算するところまでが助っ人の仕事だった。本誌や書籍が刊行されれば、レンタカーを借りて配本してまわり、日々の細かい注文にはカバンに本を詰め、電車に乗って書店へと向かった。

さらば国分寺書店のオババ私が応募した時の助っ人募集には、130名の学生達が集まった。編集長椎名誠が「さらば国分寺書店のオババ」でデビューして二年。代表作でもある「哀愁の町に霧が降るのだ」の上巻が発売されたばかりでもあり、ナマ椎名が見てみたいという人間も多かったんじゃないかと思う。


かもめ食堂当時は編集長椎名誠、発行人目黒考二のほか、唯一の社員として、作家デビューする前の群ようこがいた。最近では「かもめ食堂」の原作者として有名だが、当時は、たまに「本の雑誌」に原稿を書く程度で、ふだんは電卓をカタカタ叩いている事務のお姉さんだった。

130名の応募に対し、合格不合格というのはなく、全員採用となったので、しばらくの間、信濃町の狭い事務所は混乱した。そしてゆっくりと時間をかけ、助っ人君達は淘汰されていった。ただ、今考えてみれば、この時しぶとく残った連中というのは、個性的で面白い人間が多かったかもしれない。現社長の浜本茂もその時の助っ人同期だ。

助っ人の先輩、後輩も合わせれば、本を出している人間も多い。マガジンハウス書籍編集部編集長の沢田康彦は、エッセイ集の他に短歌の本も何冊か出している。あやしい探検隊のドレイ上がりのくせに、女優と結婚したことでも話題になった。翻訳家の那波かおりや、絵本作家の本下いづみもいっぱい本を出しているし、同期の富澤えいち(ジャズ評論)や、吉田伸子(書評)もそれぞれの分野で活躍している。

うちの子育て、ちょっと気になる隣の子育て―お気楽コミック&ママの本音がギュッ!当時の助っ人の中で私が強力プッシュしたいのは、イラストレーターの福井若恵。独特の視点で絵の付いたエッセイを発表しているのだが、これが面白い。今さら私がプッシュしなくても、すでに活躍しているのだが、もっともっと売れて欲しい。若恵さんを世の中に知らしめたいので、ぜひブログにアクセスしてみてください。

◇歩き方がただしくない
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●自称アートディレクターの頃

助っ人の基本は配本だが、対談のテープ起こしや、赤字の付け合わせなんかの編集作業も多少あった。そして、学生ながらに責任を持たされてやっていたのが、交換広告の担当。交換広告というのは、マイナー雑誌同士が、無料で互いの広告を掲載しあうというシステムのこと。当時「本の雑誌」は不定期刊だったので、いつ頃発売予定とか、21号が発売中といったアナウンスに使っていた。

当時交換広告をしていた雑誌としては、「話の特集」「広告批評」「写真装置」「FOOL'S MATE」「ガロ」「漫金超」「ぱふ」「夜想」「軍事民論」「遊」「J UNE」、エトセトラ……、といった辺りが思い浮かぶ。当時はサブカル系の雑誌に勢いがあった頃で、編集者の顔が見える面白い雑誌がいっぱいあった。

私は若恵さんの後を引き継いで交換広告の担当になった。せっかく「本の雑誌」に出入りしているのだから、編集っぽい作業がしたいと思い、若恵さんから版下作業の手ほどきを受けた。当時はワープロも一般的ではない頃だから、ロットリングを使って罫線を引き、ペーパーセメントを使って写植の切り貼りをしていた。

交換広告担当者は、自分のところの雑誌に掲載する広告を集め、また他誌に掲載するための広告版下を作って送るのが役割だ。版下は郵送すればいいのだが、よその雑誌編集部が覗いて見たくて、わざわざ届けたりもした。神保町の「ガロ」編集部があった木造モルタルの王国や原宿にあった「話の特集」編集部のセントラルアパートにも偵察に行った。

ありふれた思い出なんてないさ広告の基本は「本の雑誌」専属イラストレーター沢野ひとし画伯のイラストを使うことだが、担当者がトレースすることもあったし、勝手に自分でイラストを描いてしまうこともあった。当時はコピーライターブームで、広告関連のクリエイティブ作業が持てはやされた時代でもある。

私もコピーライターとか、アートディレクターになったつもりで、「本の雑誌」の交換広告をクリエイトしていた。当時の私の作品のひとつには、「タタンタタンメン タン ンタタン」というリズミカルなコピーとともにタンメンのイラストが描いてある、というものがあった。そう、「広告批評」で褒めて貰ったことでも話題になったあの広告は、私が作ったものだったのですよ。二十一歳の頃の話だねえ。

【うえはらぜんじ】zenstudio@maminka.com
◇キッチュレンズ工房
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ありふれた思い出なんてないさ
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