映画と夜と音楽と…[337]控えめすぎた告白/十河 進

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OK牧場の決斗●OKコラルは牧場ではなく馬を囲っておく場所

ガッツ石松が一時「オッケー、オッケー、OK牧場」と言っていたが、今ではOK牧場が牧場ではなく単なる馬寄せ場だったことは割りに知られるようになった。ジョン・スタージェス監督の「OK牧場の決斗」は原題が「GUNFIGHT AT THE O.K.CORRAL」(1957年)である。「コラル」は牧場ではなく、馬囲い場だ。現在の駐車場のようなものだったのかもしれない。

先日、逢坂剛さんの「墓石の伝説」という小説を読んだ。毎日新聞に一年ほど連載になり三年前に単行本にまとまったものだが、以前からちょっと気になっていた。映画ファン、特に西部劇が大好きな逢坂さんのことだから、マニアックな小説だろうと思ったが、案の定、ディープな世界が展開されていた。


墓石の伝説主人公は調査やレポートを仕事にしている人物で、映画に詳しく、特に古い西部劇の資料をコレクションしている。ある日、テレビ局の女性ディレクターと知り合う。彼女は十年映画を撮っていない名監督が「OKコラルの決闘」を映画化するために動き始めたのを知り、それをテレビドキュメンタリーにしようとしていた。

主人公も協力することになり、老監督と共に動き始める。スポンサー探しで広告代理店にいったり、西部開拓史に詳しい評論家を訪ねたり、早撃ち競技会に参加したりする。その間、語られるのは西部劇の知識であり、銃器に関するマニアックな話であったり、OKコラルの決闘に関する史実であったりする。

ひとり狼特にワイアット・アープに関する善玉説と悪玉説の根拠を実証していく過程は、小説というよりルポルタージュに近い。折々に挟まれるマニアックな映画知識に僕はニヤリとした。市川雷蔵の「ひとり狼」の話が出てきたり、三隅研次監督の作品に古い西部劇の翻案があると知ったり、なかなか面白かった。たとえば、小説が始まってすぐに、こんな文章が出てくるのだ。

──ジョン・フォードの『捜索者』はともかく、ジャック・ターナーなどという二流の監督の『硝煙』が、日比谷映画劇場のような一流の映画館で公開されたとは、今の今まで知らなかった。主演は、テレビドラマの『アンタッチャブル』でエリオット・ネス隊長を演じ、大いに人気を博したロバート・スタックだが、『硝煙』の公開当時はまだ番組が始まっていない。

逢坂さんは僕より八歳上だから、B級西部劇全盛の頃を知っている世代だ。ジョエル・マクリー、ランドルフ・スコット、オーディー・マーフィー、グレン・フォードなどが主演していた西部劇を僕はまったく見ていないが、「墓石の伝説」には、彼らの映画が懐かしさと共に語られている。

昼下りの決斗 特別版ジョエル・マクリーとランドルフ・スコットというと、僕はサム・ペキンパー監督の「昼下りの決斗」(1962年)しか見ていない。その冒頭シーンで、元保安官で金塊輸送を依頼されたランドルフ・スコットは、契約書を読むために老眼鏡を取り出す。ジョエル・マクリーとの老優ふたりの共演をウリにした映画だった。

●B級西部劇にオマージュを捧げた小説

ハリウッド西部劇の全盛は、一九四〇年代から五〇年代にかけてである。六〇年代になると脳天気な西部劇は姿を消し、いろいろ捻った(深刻ぶった)西部劇が増えてくる。「レッド・ムーン」(1969年)など、グレゴリー・ペックというハリウッドの正統派スターが出ているのに、実に奇妙な西部劇だった。その「レッドムーン」についても「墓石の伝説」の中で何度も語られる。

──『レッド・ムーン』で、ペックが演じた白人のスカウトは、当時ベトナム戦争で疲弊したアメリカの姿を、体現したものです。そして、例の不死身のインディアン、映画の中ではストーキング・ムーン(忍び寄る月)と呼ばれていますが、これは勇猛果敢なベトコンを象徴しています。

オタッキーな映画評論家にこう説明された主人公は「しかし、わたしはそういう意見に、くみしない。ただ、『レッド・ムーン』はよくできたサスペンス西部劇だ、と思うだけです」と答える。僕も、主人公の意見に同感だった。映画からメッセージを読み取る評論が一時多かったが、結局は「よくできた映画か、そうでない映画」しかないのだ。

小さな巨人ハリウッド西部劇が衰退したのは、作り手が自覚し始めたからかもしれない。六〇年代半ばから始まったマカロニ・ウェスタン(アメリカではスパゲッティ・ウェスタンと呼ばれた)の影響もあっただろうが、七〇年代に入るとハリウッドでは従来の西部劇を否定する「小さな巨人」(1970年)や「ソルジャー・ブルー」(1970年)が作られ、観客たちは自分たちがいかにインディアン(ネイティブ・アメリカン)を虐げてきたかを見せつけられたのだ。

「墓石の伝説」は、そんな風に袋小路に入ったハリウッド西部劇ではなく、古き良き西部劇を日本人監督が作ろうとする話である。西部劇小説を書いている逢坂さんらしい発想だ。その物語のアイデアは、岡本喜八監督が「イースト・ミーツ・ウエスト」(1995年)を作ったことから得たのではないだろうか。小説中でもその映画に触れて「幕末の武士が西部で活躍する」映画にはしない、と言わせてはいるが。

貴重な情報も「墓石の伝説」から得た。新人マリリン・モンローが出ているというので引用されることが多いジョン・ヒューストン監督の犯罪映画の傑作「アスファルト・ジャングル」(1950年)の原作者W・R・バーネットが西部劇やフィルムノアールの原作者、脚本家、原案者として知られていたことを、僕はまったく知らなかった。

荒野の決闘しかし、そんなことに何の関心もない人にすれば、意味のない情報ばかりだ。小説の中でジョン・フォード監督の「荒野の決闘」(1946年)とジョン・スタージェス監督の「OK牧場の決斗」のどちらがよいかを論争するシーンがあるが、老人ふたりがムキになって言い合っている場面では苦笑いをするしかなかった。しかし、僕自身もその論争に加わりたかったのだ。

●シェークスピア劇が挿入される西部劇

「荒野の決闘」でワイアット・アープを演じたのはヘンリー・フォンダである。ドク・ホリディはヴィクター・マチュアだった。「OK牧場の決斗」のワイアット・アープはバート・ランカスター、ドク・ホリディはカーク・ダグラスだ。OKコラルがある町の名は、トゥームストーン。墓石という意味である。

「墓石の伝説」の中ではジョン・フォード映画の旗色が悪い。B級西部劇ファンの逢坂さんは、アクションをメインにした「OK牧場の決斗」への肩入れは明確である。「西部劇に詩情や芸術性はいらない」と、老監督も断言する。しかし、僕は「OK牧場の決斗」は「荒野の決闘」の足元にも及ばないと思っているのだ。そもそも映画作りの志が違う。

捜索者史実はどうあれ、また、ガンファイトの結果はどうあれ、「荒野の決闘」が描きたかったのは、ワイアップ・アープという男の"こころ"なのだと思う。それは「捜索者」(1956年)でジョン・フォードが描きたかったのが、ジョン・ウェイン演じるイーサンの"こころ"だったの同じである。

ダッジ・シティから牛を追ってトゥームストーンにやってきたワイアット・アープとその兄弟たちは、牛泥棒に弟を殺される。その犯人がクラントン一家だと疑うワイアップ・アープは、保安官となってトゥームストーンに留まる。彼は教会のダンスパーティに出たり、優雅な保安官として描かれる。

町には賭博師ドク・ホリディがいる。東部の医者だったが胸を悪くして西部に流れてきた、今はアウトローたちに怖れられる男だ。情婦のチワワはドクに首ったけである。ある日、ドクを尋ねて東部から貴婦人クレメンタインがやってくる。駅馬車から降りる彼女を見てワイアット・アープはひと目ぼれをする。だが、彼は紳士的に振るまい、そんな気持を悟らせない。

なぜなら、彼女は医者をしていた頃のドク・ホリディの婚約者であり、ドクをさがして西部にやってきたのだ。だが、ドクは彼女に冷たく当たる。それは、自分の死期を知っているドクのせめてもの思いやりである。だが、チワワは嫉妬し、物語が動き始める。

ワイアット・アープには、盟友ドク・ホリデイの気持がわかっている。彼がクレメンタインを愛していることを知っている。しかし、彼は結核で死が間近に迫っている。彼女を不幸にしたくないと思っている。そのことでドクが苦しんでいることも、繊細なワイアット・アープにはわかっているのだ。

そう、詩情あふれると言われるジョン・フォード西部劇の主人公たちは、ときに少年のようなはにかみを見せる。「荒野の決闘」は、劇中にシェークスピア劇が演じられ、そのセリフが朗々と謳われる優雅な西部劇なのである。スタッフに「親父さん」と呼ばれたジョン・フォードはマチズモの塊のような印象を受けるが、彼が女性に示す敬意とやさしさは見事なものだ。

「荒野の決闘」のワイアット・アープも実にシャイだ。無法者たちには毅然と立ち向かう保安官であるアープも恋する女性の前では、何も言えなくなる。OKコラルでの決闘を終えた後、病を悪化させたドク・ホリディは死んでいく。そして、クレメンタインは東部に帰ることになる。

そのクレメンタインをワイアット・アープが見送るシーンで「荒野の決闘」は締めくくられる。ワイアット・アープは自分の気持ちを告白できない。勇気を奮って彼が口にした言葉は次のようなものだった。

──私は、クレメンタインという名前が好きだ。

彼のせいいっぱいの告白は、「貴方の名前が好きだ」ということだった。「荒野の決闘」の原題が「MY DARLING CLEMENTINE(我が愛しのクレメンタイン)」である由縁だ。「オー・マイダーリン、オー・マイダーリン、オー・マイダーリン・クレメンタイン…」と歌う主題歌のメロディは「雪山賛歌」として有名である。

「荒野の決闘」は西部劇であると同時に、少年のような男の恋物語なのである。見終わって、せつなさが胸に迫る。控えめな告白が、胸に残る。刻まれる。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
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