[2227] たったひとつの人間の條件

投稿:  著者:  読了時間:23分(本文:約11,100文字)


<芸術とは伝達可能な狂気である>

■映画と夜と音楽と…[338]
 たったひとつの人間の條件
 十河 進

■Otaku ワールドへようこそ![53]
 人形を生き生きと撮る
 GrowHair


■映画と夜と音楽と…[338]
たったひとつの人間の條件

十河 進
< http://bn.dgcr.com/archives/20070622140200.html >
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●「孤独の賭け」が四十数年ぶりにテレビドラマ化

「孤独の賭け」がテレビドラマとして放映されている。六十年代の小説のテレビドラマ化が盛んだが、その流れかもしれない。しかし、どこから「孤独の賭け」を見付けてきたのだろう。原作は、とっくの昔に絶版だった。今回、テレビドラマ化されたので書店に並んでいる。

「孤独の賭け」が最初にテレビドラマになったのは、四十年以上前だ。僕が高校生の頃だったと思う。高城丈二の主演だと記憶しているが、違っているかもしれない。高城丈二は「悪魔のようなすてきな奴」というテレビドラマの主演で人気が出た。その後、同じ松浦健郎原作のテレビドラマ「嵐の中でさようなら」が続いた。

松浦健郎は裕次郎映画などのシナリオを書いていたが、小説「悪魔のようなすてきな奴」がヒットした。主人公が紋蝶四郎というフザケた名前だったが、僕はテレビドラマ版に出た広瀬みさという女優さんが見たくて、親に隠れて見ていた。

なぜ親に隠れて見ていたかというと、当時としては主人公の設定がアンモラルで、ちょっとセクシーな場面があったからだ。その後、同系統の「嵐の中でさようなら」があり、「孤独の賭け」や「アスファルト・ジャングル」などが続いたと記憶している。

「アスファルト・ジャングル」はジョン・ヒューストン監督の犯罪映画のタイトルを借用したのだろう。権力悪を描いた社会派サスペンスドラマだった。確か吉田義夫(有名な悪役です)がクズ屋だかで政治的な陰謀に巻き込まれて冤罪で捕まり、その真相を追うのが高城丈二だったと思う。

「アスファルト・ジャングル」も「孤独の賭け」も五味川純平の原作だった。どちらも原作が出たときには評判になったし、よく売れたようだが、五味川純平の代表作はやはり「人間の條件」である。フランスの作家アンドレ・マルローの代表作にも「人間の条件」がある。五味川純平は「それ以外にタイトルは思い浮かばなかった」と書いている。

「人間の條件」がテレビドラマとして放映されたのは、TBS系で昭和三十七年(1962年)十月から翌年の四月までのことだった。主演は若き加藤剛。同じ年に藤田まこと主演「てなもんや三度笠」、渥美清主演「大番」、大瀬康一主演「隠密剣士」、桜木健一主演「柔道一直線」が始まっている。

「人間の條件」がテレビドラマになったとき、母親が「あんな話、テレビではよう見んわ(とても見られない)」と父親に言った記憶がある。今から推察すれば、父と母は九時間を優に超す仲代達矢主演の映画版を見ていたのだろう。その後の両親の会話で僕は何となく内容を想像した。

僕は小学五年生だった。それなりに理解力はあった。「人間の條件」が戦争の残虐性や悲惨さを描いたものだと何となく推測した。朝鮮人労働者を斬首するシーンがあるというのは、母親の言葉から知った。結局、テレビドラマは見なかったが、「人間の條件」というタイトルが刷り込まれた。

それがあったからだろう、高校生になって僕は河出書房のグリーン版「日本の文学」に入った「人間の条件」第一巻を買って読んだ。読み始めたらやめられなくなったが、二巻、三巻は買わなかった。一巻は主人公の梶が軍隊にいくところで終わっており、軍隊に入ってからの話はもっと悲惨になりそうだったからだ。

昭和三十一年七月から三十三年まで全六巻が刊行になった「人間の條件」は大ベストセラーになり、版元の三一書房に立派な自社ビルをもたらせたという話を聞くのはもっと後のことである。

●戦後十一年目に刊行された「人間の條件」

小林正樹監督が木下恵介監督の助監督だったというのは最近知った。僕が好きな「切腹」(1962年)「怪談」(1964年)「上意討ち─拝領妻始末」(1967年)「いのちぼうにふろう」(1971年)などを見ると、木下恵介の影響はまったく感じられないが、初期のものはちがうのだろうか。

僕は「黒い河」(1957年)以前の作品は見ていないけれど、1952年の「息子の青春」以来、「黒い河」までに八本の作品がある。「まごころ」「この広い空のどこかに」といったタイトルを見ると、何となく大船調の正統派である木下恵介の雰囲気を感じる。助監督としては優秀だったと「天才監督・木下恵介」(長部日出雄・著)に出てくる。

だが、やはり小林正樹の代表作は全六部・十時間近くの上映時間を誇る「人間の條件」(1959年)になるだろう。原作の刊行が終わった翌年に公開されている。大学時代、オールナイト一挙上映がよく行われていたが、僕は上映時間の長さとテーマの深刻さに気が重くなり、とうとう「人間の條件」を見ないできてしまった。そのことがずっと気になっていた。

WOWOWで「人間の條件」全作が放映されたのを録画し、今年の正月休みに一挙に見た。ようやく借金を返した気分である。重いテーマだと覚悟していたが、ストーリーテリングがよくできていて飽きない。こんなに面白くていいのか、と思うほど面白かった。確かに、ベストセラーになる要素はある。

満州の鉱山会社に勤める梶と事務員の美千子のデートから映画が始まる。美千子は梶に自分の体を捧げるかどうかを悩んでいる。積極的にアプローチするが、梶は及び腰だ。梶はいつ赤紙がくるかわからない身を自覚し、結婚に積極的になれない。友人(佐田啓二、中井貴一のお父さん)も招集される。

招集が免除される条件で梶は鉱山の監督に就くことになり、美千子と結婚して赴く。その鉱山は中国人捕虜を作業に従事させているのだが、軍隊は捕虜の厳しい監督を梶に言い渡す。理想主義者でヒューマニストの梶は、捕虜たちを人間らしく扱おうとして軍部や上司と衝突する。

従軍慰安婦たちや朝鮮人労働者、そして中国人捕虜のリーダーたちに梶は理解を示す。だが、被差別者である彼らは梶の理想主義やヒューマニズムが本物かどうかを試す。容易に心は開かない。軍がみせしめとして捕虜たちを斬首したとき、梶は自分の無力を感じる。そんなとき、召集令状が届くのだ。

●集団でいじめをする己を恥じる規範を持つ

「人間の條件」は「第一部・純愛篇」「第二部・激怒篇」が満州の鉱山での話、「第三部・望郷篇」「第四部・戦雲篇」が軍隊での話、「第五部・死の脱出」「第六部・曠野の彷徨」が終戦後の満州とソ連軍収容所の話だ。戦中戦後の無惨なエピソードにあふれ、見ていると正体の見えないもの、政治や権力といったものに対する強い怒りが湧き起こる。

目を背けたくなったのは、関東軍内務班の陰惨ないじめをしつこく見せる「第三部・望郷篇」「第四部・戦雲篇」だった。野間宏原作「真空地帯」(1952年)ですでに描かれていたが、軍隊内部の陰湿さを徹底的に見せる。気が沈む。重くなる。しかし、映像の力で画面から目を離せない。

主人公の梶は一種の超人だ。精神的な強さは並みではない。殴られ、理不尽な言いがかりをつけられても耐える。ときには殴る古年次兵の方が、梶の強さ、しぶとさに圧倒される。また、銃の扱いにも優れ、狙撃の腕は隊内でも一番だ。梶は左翼系の人物と目され軍隊内ではいじめの対象になるのだが、精神的強さで一目を置かれる。

梶にシンパシーを示し、何かとかばってくれる古年次兵役が佐藤慶だ。佐藤慶は、この役で注目されたと聞いたことがある。確かに独特の風貌とセリフの口跡のよさで印象に残る。当時の言い方だと「赤」のインテリ上等兵で、ニヒリストの匂いがある。彼は国境の向こう(ソ連)に理想を求めて脱走する。当時、ソ連はマルキストたちの理想の国だったのだろう。

悲惨なのは、若き田中邦衛が演じた初年兵である。気が弱く、古年次兵たちのいじめに戦々恐々とし、殴られるとすぐに床に転がるような姿が、古年次兵たちをさらにサディスティックにする。彼は銃の扱いが下手で、体力もひどく劣っている。訓練中、いくら撃っても標的に当たらない彼のせいで、他の兵隊は昼食をとらせてもらえない。過酷な訓練に彼は泣く。そのうじうじした態度がいじめをエスカレートさせる。いつまでもネチネチといたぶられる。

肉体の苦痛は精神を追いつめる。さらに言葉のいじめが、直接、精神をさいなむ。軍隊の配給品を隠すような卑劣きわまりないいじめが苦況に陥れる。田中邦衛が演じた初年兵は、次第に精神に変調をきたす。梶がいくらかばっても取り返しがつかない。ある夜、彼は便所に籠もって銃口を口にくわえる。

自殺者を出したことで、梶の班は咎められる。理不尽なことである。しかし、いっこうに古年次兵たちのいじめはなくならない。いじめに耐えかねた年輩の初年兵は逆ギレして古年次兵を叩きのめし、営巣に入る。だが、営巣から戻った彼には誰も手を出さなくなる。

ここには、いじめの醜さと同時にいじめに対する態度のちがいが描かれているのだろうか。梶のように面従腹背でいじめに屈しない精神的反抗にしろ、年輩の初年兵のように反撃してなめられないようにする暴力的反抗にせよ、いじめに屈しないことでいじめをなくすしかないのだろうか。

しかし、人間は弱い。梶のようなスーパーマンではない。多くの人は田中邦衛が演じた初年兵のように肉体的苦痛に悲鳴をあげ、精神的に追いつめられる。いっそ楽になりたいと自殺するのは、何も子どもたちだけではない。大人の社会のいじめは表立たないだけに、陰に籠もる。逃げ場がない。軍隊だけが特殊だったわけではない。

しかし、いじめる人間の姿の何と醜いことか。「人間の條件」を見ながら、あんな人間にだけは、絶対になりたくないと思う。いじめ方は卑劣であり、集団でいじめているのに、卑怯であることの自覚がない。嵩にかかる。尻馬に乗る。集団だから自分の責任を自覚しない。そんな人間は、どこにでもいる。いつの時代にもいる。

そんな人間社会で生きる「人間の條件」とは、つまるところ誇りを棄てるな、ということではないのか、と僕は思う。己に恥じることをしない、自分が誇れないことは決してしない。他の規範は必要ない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
本日発売の「小説宝石」7月号に大沢在昌さんとの対談が載りました。「ハードボイルドがなければ生きていけない」というタイトルです。大沢さんの話の間に僕が「そうですね」と言っているだけのような対談ですが、大沢さんの映画やミステリへの愛がうかがえて面白いですよ。

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■Otaku ワールドへようこそ![53]
人形を生き生きと撮る

GrowHair
< http://bn.dgcr.com/archives/20070622140100.html >
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かつては待合茶屋だったという古い日本家屋で和装の少女人形を撮影してきた。
< http://growhair2.web.infoseek.co.jp/OldHouse070602/OldHouse070602.html >

ぽってり顔にややくすんだ色を取り合わせた着物の子は美登利さんちの幸子(さちこ)。青緑色に輝く目、青い唇、黒い着物に赤い帯の、和風でありながらどこかゴシックな香りの漂う子は八裕沙(やひろ まさご)さんちのダイオード。どちらも意志が強そう。

●ドールショウで異彩を放っていた

美登利さんと出会ったのは、一昨年の4月29日(祝)、浜松町で開かれたドールショウに行ったときである。
< http://dollshow.hp.infoseek.co.jp/ >

ローゼンメイデンの作者であるPEACH-PITさん(女性二人のユニット)が、パンフレットのイラストを描いているというだけの理由で見に行った。女性的な感性が満開の世界。広い会場3フロアーを使って、端から端まで並べ尽くされた机の上で可愛らしくポーズをとるおびただしい数の人形たち。来場者も「自分がお人形になりきってるだろ」な感じのフリフリでヒラヒラのロリロリなコが多くいた。

私なんざ場違いという空気に圧倒されて、出展者に話しかける勇気もなく、遠巻きに見て歩いていた。そんな中、大きさと作りの精巧さでひときわ異彩を放っている子がいて、はっと息を呑み、目が釘付けになってしまった。

ほぼ等身大の3歳ぐらいの女の子。人形というよりは、子供そのもの。周囲のメルヘンチックな空気を吹っ飛ばし、別次元の空気が渦を巻いている。思わず出展者に話しかけていた。ひと頃の流行り言葉じゃないけど「すごいですねぇ」としか言いようがなかった。「ありがとうございます。うれしいです」と気さくに答えてくれた。その人が美登利さん。

気をよくして、「どうやって作ったんですか」なんてぶしつけなことを聞いてしまったが、いやな顔ひとつせず、ていねいに答えてくれた。サーニットという粘土のような材料をこねて形を作り、オーブンで焼いてカチカチに仕上げるのだそうだ。手足に触らせてもらったりと図々しさエスカレート。そして、今度ぜひ撮らせて下さいという話まで取り付けて、引き上げてきた。

それが意外に早く5月に実現し、千葉のバラ園での撮影と相成った。
< http://growhair2.web.infoseek.co.jp/Rose0505/Rose0505.html >

ちなみに、このときKotoiっちが人形とお揃いで着ているロリ服を後で譲ってもらい、私が着ているのだ。うっふん♪

●今年のドールショウでは隣にもすごいのが

今年の3月、美登利さんから新作の人形を撮りませんかというお誘いをいただいた。撮影に先立って、その子と会っておこうと、今年も4月29日(祝)に同じ場所で開かれたドールショウへ。今回は4フロアー全部使い切って、出展者数も約330から約470へと規模拡大している。

幸子と対面。相変わらず、美登利さんらしい力作だ。顔の肌のぽってり感はまさに幼い少女なんだけど、不思議とどこかなまめかしさが漂う。よいなぁ。今回はその隣にもすごい子が二人。作ったのは、美登利さんのお友達の八裕さん。私はこのとき初めてお目にかかった。美登利さんと八裕さんが知り合ったのは4年ほど前、人形作家吉田良氏の主宰する人形教室「ピグマリオン」の生徒だったつながりだそうである。八裕さんは今も通っていて、ピグマリオンのサイトには作品の写真も掲載されている。
< http://pygmalion.mda.or.jp/ >

一体は、上目遣いに妖しく微笑んで、こっちへにじり寄ってくる感じ。まるで長年探し求めていた親の仇をついに見つけ、「ここでお会いできて嬉しゅうございますわ」ニッコリ、みたいなたくらみのある微笑み。可愛い?♪ 名をキュークルというそうだ。もう一体がダイオード。このときの衣装はゴシック風の洋装。そうでなくても、とかく怖いと言われがちな人形を、意図的にいっそう怖くしてみました、な感じ。よいぞぉ。その場で3人で雑談するうちに、八裕さんちの子も一緒に撮らせてもらえる話になった。

人形の出品者はディーラーと呼ばれるが、見たところふたつの両極端に分かれるようである。ひとつは、もっている感性を生活のすべてに行き渡らせて耽美を住処とし、本人もお人形さんとコーディネイトした格好をしているタイプ。ゴスロリ系や和装系に多いようである。和装系の場合、日本の伝統美が生活のベースにあり、本人も着物を美しく着こなしていたりする。もうひとつは、もっているエネルギーのすべてを人形に注ぎ込み、自分の格好にまで気を回してる余裕なんかありますかぃ、なタイプ。

美の理想世界をこっち側に求めるか、あっち側に求めるかの違いだろうか。言っちゃ悪いけど、美登利さんも八裕さんも後者だね。あ、なりは私のほうが遥かにひどいから言えた義理じゃないけど。八裕さんは、自分の頭を「人形の髪を育てる畑」と称していた。

なぜ人形を作るのか。これは、登山家になぜ登るのか聞くと「そこに山があるから」と返ってくるように、ディーラー本人にとっては、あらためて聞かれても困ることなのかもしれない。「ピグマリオン」の吉田良氏は、そこをあえて言葉にして、写真集「解体人形」の中で「気の遠くなるほど根気の要る作業の積み重ねの末に、命をもたないマテリアルが人間の姿をまとい、命を宿したと夢想させるときこそ、人形を生み出す喜びが頂点に達する瞬間」と語っている。

とは言え、あっちの世界の理想像をこっちの世界に具現化するのは苦難を極める道でもあるようで、30年にわたる人形作りを経ても、「出来上がったと思った瞬間、理想のイメージはさらに遠くへと逃げ去ってしまう」、「人形に宿る生命感と存在感こそが私がたえず求めてやまない人形創造の彼岸なのです」と述べている。

●日本家屋を下見、美少女論を交わす

遡って、4月14日(土)、美登利さんが見つけてくれた古い日本家屋へ下見に行った。このあたりは、昔、花街として栄えたそうである。芸妓置屋、待合茶屋、料亭を三業と称するそうで、置屋から芸者を呼んで、料亭から料理を運ばせて、待合茶屋で遊んだのだそうである。その待合茶屋が文化財として保存されつつ、撮影スタジオとしても営業している。当時の人々の様々な「思い」が染み付いたような、暗くて重苦しい空気。美登利さんの人形によく合う絶好のロケーションだ。

午前中が下見の時間にあてられていたが、午後からそこで歌会が開かれるとのことで、人が集まってきた。主宰するのは歌人の北夙川不可止(きたしゅくがわ ふかし)氏、美登利さんのお知り合いだそうで、アララギ系の系譜に連なりながらも現在は前衛の結社「玲瓏」に所属し、超結社誌「銀聲」と「甲麓庵歌会」を主宰している方である。ウェブサイトで北夙川氏の短歌作品が読めるが、「キーボード」、「メール」などを詩的な情緒を損なわずに詠み込んだ、曲芸のような歌が連なる。あ、2006年の作品ページのトップ絵は美登利さんちの人面魚だ。
< http://cvnweb.bai.ne.jp/%7Ecomte/tanka/2006/tanka2006-4.htm >

10人ほど集まったところでやっと現れた北夙川氏は三つ揃えのベストに時計鎖を光らせた、若くてダンディーな人であった。丸顔に片眼鏡、人好きのする顔立ち。はんなりした話しぶりから京都の出身かと思ってしまったが、兵庫県の西宮市だそうで、谷崎潤一郎の「細雪」の舞台にもなったあのあたりを「阪神間モダニズム文化圏」というのだそうだ。

そのはんなりした調子で軽い冗談を連発して場を和ませてくれる。私は「同人誌」と言ったらコミケで売ってるやつを思い浮かべちゃうし、「結社」と聞いても悪の秘密結社のことかと思ってしまう。ああ恥ずかしい。ご挨拶して場を辞する。
< http://cvnweb.bai.ne.jp/%7Ecomte/ > (伯爵の部屋、短歌、写真など)
< http://kuan.egoism.jp/tanka/ > (甲麓庵歌会)
< http://chambre.jog.buttobi.net/ > (写真ギャラリー、ツーショットとか)

数日前、美登利さんがミクシィの日記に、近々ヘンリー・ダーガー展に行くと書いていたのを思い出し、「いつだっけ?」と聞いてみると、その日が初日で、これから行くのだそうで。ちゃっかり同行させてもらうことに。私がダーガーのことを知ったのは、斉藤環氏の「戦闘美少女の精神分析」によってである。この本は漫画やアニメに登場する戦う美少女を分析することによって、オタクと称される人たちの特徴を精神分析的な観点から捉えようとするものである。特に、オタクは同人誌に描かれたイラストのような二次元コンテンツを「夜のオカズ」にして「抜く」ことができるとした点が大いに論議を呼んでいる。

斉藤氏はこの本の中でダーガーの絵を深く掘り下げて分析している。ダーガーはヴィヴィアンガールズと称する7人の戦闘美少女を描いているが、それがアニメに出てくる戦闘美少女と言葉の上で一致しているというだけでなく、もっと深い、心の奥底の部分でつながっているとしている。こういう予備知識は、純粋な目で絵と対峙する上では妨げとして作用したかもしれない。だけど知らなかったら見にも行かなかったわけで。

ダーガーが60年間にわたって人知れず書いた「非現実の王国で」という15,000ページにもおよぶ創作物語と300枚の挿絵が死後、部屋の管理人によって発見されている。挿絵を描くに際して自分には画才がないと思ったようで、雑誌から気に入った写真を選び出してトレースしている。それをもとに、服を脱がし、なぜかおちんちんを描き加えている。こうして生成した二次元の少女たちを夜のオカズにしていた可能性は濃厚と言わざるを得ない。

けど、実際に見ると拍子抜けする。大してエロくないのだ。ドロドロした暗い欲望の渦、みたいなものが少しも感じられない。少女たちは、いわゆる「萌えキャラ」に通じる可愛らしさにあふれ、戦闘のさなかにあって、ごっこ遊びのような屈託なさを発揮して明るい。

「これじゃあ抜けないな」と感想を述べると、美登利さんは「いやいや、首を絞められて、目玉が飛び出して、舌が突き出ちゃってるやつはぜったい抜けると思う」と反論を唱えてきた。ややっ、そう言われてみると、そんな趣味もありうるか、と思えてきた。後で入手した「美術手帖」5月号では斉藤氏も「可能性90%」と述べていた。さすがは美登利さん、そういう心理をよく見抜いていらっしゃる。他人のズリネタを品川の美術館に掲げて大勢で鑑賞するというのも変な感じだが、描き手の使い道うんぬんで美術的価値が減ずるというものでもないのだろう。

夢想空間の理想像を、みずからの手でこっちの世界へ引っ張り出して愛するギリシア神話のピグマリオン。「芸術とは伝達可能な狂気である」と言った人がいる。誰の言葉かご存知だろうか。バーナード・ショウ? いやいや、私が今、言ってみたってだけなんですがね。

●撮影、やっぱりちょっと怖かったかな

芸術的な(電波の?)波長がやけにシンクロした3人が日本家屋に集まって撮影をおこなったのが、6月2日(土)のこと。棺のような箱から出てきた2体の人形は、まるで自分たちのためにあつらえたような和室の風景に、心地よい居場所を得たりとばかりに生き生きとして見えた。

雰囲気が暗いのはいいのだが、現実に光量が少ないのには難儀した。いつもの癖で「動かないで下さーい」と声をかけてしまい、仕方なく、自分で「はいはい動きません」と返事する。ファインダー越しに見ている間は「怖くする」作画を意図しているので、自分が怯えるということはないのだが、ふと気を抜いた瞬間にたまたま目が合っちゃったりしたときなどは、ぞくっとくる。「今、ぜったい何か言おうとして飲み込んだだろ」みたいな。

人を撮るときは、撮られた本人が写真を見たときイメージ通りだと満足してもらえるかを第一に考えている。人形の場合はどうだろう。生みの親の妄想ワールドからはるばるこっちの世界へやってきて今ここに存在していることの意味をしっかり捉えられただろうか。

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
カメコ。前回触れた「フューチャリスト宣言」の茂木健一郎氏と今回の斉藤環氏の公開往復書簡が面白くなりそう。対談形式だと共通点ばかり強調する仲良しごっこに流れがちなのを嫌い、あえて往復書簡形式で。5往復の予定で、すでに斉藤氏からの第1信が公開されている。ユーモアを交えたやわらかな物腰ながら、はっきりと考え方の相違を示し、クオリアとはナルシシズムが生んだ幻想にすぎないのではと疑問符を投げかけ、対決姿勢をみせている。精神分析vs.脳科学もいいけど、私は斉藤氏vs.茂木氏として読みたいかな。
< http://sofusha.moe-nifty.com/series_02/ >
燕趙園での次回コスプレイベントは11月23日(祝)、24日(土)に決定!
全国のレイヤーのみなさん、鳥取でお会いしましょう!
< http://www002.upp.so-net.ne.jp/camel-st/Chai-Cos.html >

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■応募受付中のプレゼント
「Web Designing 2007年7月号」
6月26日(火)14時締切です。
< http://bn.dgcr.com/archives/20070618140100.html >

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■編集後記(6/22)

・わがメーラーEntourageは、受信はできないが送信はできるという状態だったが、アカウントの設定がおかしくなっていたのを修正したらいちおう復旧した。しかし、大量にたまっていたメールを読み込み始めたらストンと落ちてしまった。その後は、いちおう立ち上がるが、すぐに落ちる。これはやばい、メールのデータベースにアクセスできなくなったわけだ。窮状をデスクに訴えると、どこから探してくるのか、いろいろな救済情報を送ってくれる。それらを試すことでもしかしたら救済されるかもしれないが、壊れてしまった可能性も低くない。古いメールが失われるのは痛いが、立ち直れないほどのものでもない。Entourageトラブルは度々だったから、もうMailへの移行は決まりだ。また、いままで使ってきたATOKが、変な動きを見せてたびたびネット作業を妨害するようになったので、ことえりに鞍替えした。おりこうになったといわれることえりだが、わたしのはまだまだ使えないやつだ。辛抱強く育てていけばいいのか。コンピュータもネットも、いろいろわからないことが多い。本を買い込んでちゃんと勉強したい。夏休みよ、早く来い。(柴田)

・プレゼント応募者数が少ない。なぜだ〜。/ビリーズブートキャンプのビリーさんがテレビに出ていた。彼の人となりには触れないなぁ。エクササイズやって終わり。うーむ、彼がどんな人か知りたくなってきたぞ。空手チャンピオンとかシェリーさんは娘とかそういうのじゃなくて、彼の人生について。茶化され注目されて一過性のものとしてすぐに消えてしまうのは嫌だなぁ。(hammer.mule)