映画と夜と音楽と…[338]たったひとつの人間の條件/十河 進

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●「孤独の賭け」が四十数年ぶりにテレビドラマ化

孤独の賭け 上 (1)「孤独の賭け」がテレビドラマとして放映されている。六十年代の小説のテレビドラマ化が盛んだが、その流れかもしれない。しかし、どこから「孤独の賭け」を見付けてきたのだろう。原作は、とっくの昔に絶版だった。今回、テレビドラマ化されたので書店に並んでいる。

「孤独の賭け」が最初にテレビドラマになったのは、四十年以上前だ。僕が高校生の頃だったと思う。高城丈二の主演だと記憶しているが、違っているかもしれない。高城丈二は「悪魔のようなすてきな奴」というテレビドラマの主演で人気が出た。その後、同じ松浦健郎原作のテレビドラマ「嵐の中でさようなら」が続いた。

松浦健郎は裕次郎映画などのシナリオを書いていたが、小説「悪魔のようなすてきな奴」がヒットした。主人公が紋蝶四郎というフザケた名前だったが、僕はテレビドラマ版に出た広瀬みさという女優さんが見たくて、親に隠れて見ていた。


なぜ親に隠れて見ていたかというと、当時としては主人公の設定がアンモラルで、ちょっとセクシーな場面があったからだ。その後、同系統の「嵐の中でさようなら」があり、「孤独の賭け」や「アスファルト・ジャングル」などが続いたと記憶している。

アスファルト・ジャングル「アスファルト・ジャングル」はジョン・ヒューストン監督の犯罪映画のタイトルを借用したのだろう。権力悪を描いた社会派サスペンスドラマだった。確か吉田義夫(有名な悪役です)がクズ屋だかで政治的な陰謀に巻き込まれて冤罪で捕まり、その真相を追うのが高城丈二だったと思う。

「アスファルト・ジャングル」も「孤独の賭け」も五味川純平の原作だった。どちらも原作が出たときには評判になったし、よく売れたようだが、五味川純平の代表作はやはり「人間の條件」である。フランスの作家アンドレ・マルローの代表作にも「人間の条件」がある。五味川純平は「それ以外にタイトルは思い浮かばなかった」と書いている。

人間の条件〈上〉「人間の條件」がテレビドラマとして放映されたのは、TBS系で昭和三十七年(1962年)十月から翌年の四月までのことだった。主演は若き加藤剛。同じ年に藤田まこと主演「てなもんや三度笠」、渥美清主演「大番」、大瀬康一主演「隠密剣士」、桜木健一主演「柔道一直線」が始まっている。

「人間の條件」がテレビドラマになったとき、母親が「あんな話、テレビではよう見んわ(とても見られない)」と父親に言った記憶がある。今から推察すれば、父と母は九時間を優に超す仲代達矢主演の映画版を見ていたのだろう。その後の両親の会話で僕は何となく内容を想像した。

僕は小学五年生だった。それなりに理解力はあった。「人間の條件」が戦争の残虐性や悲惨さを描いたものだと何となく推測した。朝鮮人労働者を斬首するシーンがあるというのは、母親の言葉から知った。結局、テレビドラマは見なかったが、「人間の條件」というタイトルが刷り込まれた。

それがあったからだろう、高校生になって僕は河出書房のグリーン版「日本の文学」に入った「人間の条件」第一巻を買って読んだ。読み始めたらやめられなくなったが、二巻、三巻は買わなかった。一巻は主人公の梶が軍隊にいくところで終わっており、軍隊に入ってからの話はもっと悲惨になりそうだったからだ。

昭和三十一年七月から三十三年まで全六巻が刊行になった「人間の條件」は大ベストセラーになり、版元の三一書房に立派な自社ビルをもたらせたという話を聞くのはもっと後のことである。

●戦後十一年目に刊行された「人間の條件」

小林正樹監督が木下恵介監督の助監督だったというのは最近知った。僕が好きな「切腹」(1962年)「怪談」(1964年)「上意討ち─拝領妻始末」(1967年)「いのちぼうにふろう」(1971年)などを見ると、木下恵介の影響はまったく感じられないが、初期のものはちがうのだろうか。

天才監督 木下惠介僕は「黒い河」(1957年)以前の作品は見ていないけれど、1952年の「息子の青春」以来、「黒い河」までに八本の作品がある。「まごころ」「この広い空のどこかに」といったタイトルを見ると、何となく大船調の正統派である木下恵介の雰囲気を感じる。助監督としては優秀だったと「天才監督・木下恵介」(長部日出雄・著)に出てくる。

だが、やはり小林正樹の代表作は全六部・十時間近くの上映時間を誇る「人間の條件」(1959年)になるだろう。原作の刊行が終わった翌年に公開されている。大学時代、オールナイト一挙上映がよく行われていたが、僕は上映時間の長さとテーマの深刻さに気が重くなり、とうとう「人間の條件」を見ないできてしまった。そのことがずっと気になっていた。

WOWOWで「人間の條件」全作が放映されたのを録画し、今年の正月休みに一挙に見た。ようやく借金を返した気分である。重いテーマだと覚悟していたが、ストーリーテリングがよくできていて飽きない。こんなに面白くていいのか、と思うほど面白かった。確かに、ベストセラーになる要素はある。

満州の鉱山会社に勤める梶と事務員の美千子のデートから映画が始まる。美千子は梶に自分の体を捧げるかどうかを悩んでいる。積極的にアプローチするが、梶は及び腰だ。梶はいつ赤紙がくるかわからない身を自覚し、結婚に積極的になれない。友人(佐田啓二、中井貴一のお父さん)も招集される。

招集が免除される条件で梶は鉱山の監督に就くことになり、美千子と結婚して赴く。その鉱山は中国人捕虜を作業に従事させているのだが、軍隊は捕虜の厳しい監督を梶に言い渡す。理想主義者でヒューマニストの梶は、捕虜たちを人間らしく扱おうとして軍部や上司と衝突する。

従軍慰安婦たちや朝鮮人労働者、そして中国人捕虜のリーダーたちに梶は理解を示す。だが、被差別者である彼らは梶の理想主義やヒューマニズムが本物かどうかを試す。容易に心は開かない。軍がみせしめとして捕虜たちを斬首したとき、梶は自分の無力を感じる。そんなとき、召集令状が届くのだ。

●集団でいじめをする己を恥じる規範を持つ

人間の條件DVD-BOX「人間の條件」は「第一部・純愛篇」「第二部・激怒篇」が満州の鉱山での話、「第三部・望郷篇」「第四部・戦雲篇」が軍隊での話、「第五部・死の脱出」「第六部・曠野の彷徨」が終戦後の満州とソ連軍収容所の話だ。戦中戦後の無惨なエピソードにあふれ、見ていると正体の見えないもの、政治や権力といったものに対する強い怒りが湧き起こる。

目を背けたくなったのは、関東軍内務班の陰惨ないじめをしつこく見せる「第三部・望郷篇」「第四部・戦雲篇」だった。野間宏原作「真空地帯」(1952年)ですでに描かれていたが、軍隊内部の陰湿さを徹底的に見せる。気が沈む。重くなる。しかし、映像の力で画面から目を離せない。

主人公の梶は一種の超人だ。精神的な強さは並みではない。殴られ、理不尽な言いがかりをつけられても耐える。ときには殴る古年次兵の方が、梶の強さ、しぶとさに圧倒される。また、銃の扱いにも優れ、狙撃の腕は隊内でも一番だ。梶は左翼系の人物と目され軍隊内ではいじめの対象になるのだが、精神的強さで一目を置かれる。

梶にシンパシーを示し、何かとかばってくれる古年次兵役が佐藤慶だ。佐藤慶は、この役で注目されたと聞いたことがある。確かに独特の風貌とセリフの口跡のよさで印象に残る。当時の言い方だと「赤」のインテリ上等兵で、ニヒリストの匂いがある。彼は国境の向こう(ソ連)に理想を求めて脱走する。当時、ソ連はマルキストたちの理想の国だったのだろう。

悲惨なのは、若き田中邦衛が演じた初年兵である。気が弱く、古年次兵たちのいじめに戦々恐々とし、殴られるとすぐに床に転がるような姿が、古年次兵たちをさらにサディスティックにする。彼は銃の扱いが下手で、体力もひどく劣っている。訓練中、いくら撃っても標的に当たらない彼のせいで、他の兵隊は昼食をとらせてもらえない。過酷な訓練に彼は泣く。そのうじうじした態度がいじめをエスカレートさせる。いつまでもネチネチといたぶられる。

肉体の苦痛は精神を追いつめる。さらに言葉のいじめが、直接、精神をさいなむ。軍隊の配給品を隠すような卑劣きわまりないいじめが苦況に陥れる。田中邦衛が演じた初年兵は、次第に精神に変調をきたす。梶がいくらかばっても取り返しがつかない。ある夜、彼は便所に籠もって銃口を口にくわえる。

自殺者を出したことで、梶の班は咎められる。理不尽なことである。しかし、いっこうに古年次兵たちのいじめはなくならない。いじめに耐えかねた年輩の初年兵は逆ギレして古年次兵を叩きのめし、営巣に入る。だが、営巣から戻った彼には誰も手を出さなくなる。

ここには、いじめの醜さと同時にいじめに対する態度のちがいが描かれているのだろうか。梶のように面従腹背でいじめに屈しない精神的反抗にしろ、年輩の初年兵のように反撃してなめられないようにする暴力的反抗にせよ、いじめに屈しないことでいじめをなくすしかないのだろうか。

しかし、人間は弱い。梶のようなスーパーマンではない。多くの人は田中邦衛が演じた初年兵のように肉体的苦痛に悲鳴をあげ、精神的に追いつめられる。いっそ楽になりたいと自殺するのは、何も子どもたちだけではない。大人の社会のいじめは表立たないだけに、陰に籠もる。逃げ場がない。軍隊だけが特殊だったわけではない。

しかし、いじめる人間の姿の何と醜いことか。「人間の條件」を見ながら、あんな人間にだけは、絶対になりたくないと思う。いじめ方は卑劣であり、集団でいじめているのに、卑怯であることの自覚がない。嵩にかかる。尻馬に乗る。集団だから自分の責任を自覚しない。そんな人間は、どこにでもいる。いつの時代にもいる。

そんな人間社会で生きる「人間の條件」とは、つまるところ誇りを棄てるな、ということではないのか、と僕は思う。己に恥じることをしない、自分が誇れないことは決してしない。他の規範は必要ない。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
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