Otakuワールドへようこそ![57]将棋「第15回達人戦」決勝戦、観戦記
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膝立ちして盤面を睨み下ろし、ぱーんと駒音高く打ちつける加藤一二三九段。体をひねってじっと読みに集中し、ぽそっと静かに駒を置く谷川浩司九段。

9月1日(土)、将棋の達人戦の公開対局を観戦してきた。有楽町朝日ホールをほぼ満杯にした約600人の来場者たちが見守る中、ステージ上に設けられた対局場で決勝戦が行われ、形勢互角の続く白熱した中盤戦の末に、谷川が加藤の攻めを振り切り、四年連続の優勝を飾った。


●将棋とは鋭く斬りあう緊迫ゲーム

将棋ってどんなゲームだかご存知でしょうか? まずは軽く解説しておきましょうか。

将棋は、二人で勝敗を競うボードゲームで、9×9マスの盤上に双方20枚ずつの駒が定位置に配置された初形から、交互に自分の駒を動かし、相手の王将を討ち取ったほうが勝ちとなる(実際に王将を取る手まで指すことはなく、相手がどう指しても取れる「詰み」の状態をもって決着するが。もっと手前で大差がついて敗北宣言で終わる「投了」もある)。駒は八種類あって、それぞれ動ける方向が決まっている。

自分の王様は有能な護衛を集結させて自陣深くに固く囲い、味方の兵を敵陣に攻め入らせ、敵兵を倒して本陣に迫り、護衛をはがして、大将の首を狙う。これが典型的な展開。

勝つためには、仮定の上に仮定を積み重ねて先の先を読むことが肝要。相手よりも深く読んだほうが優位に立てる。読みの力はスポーツの基礎体力に相当すると言えるだろう。だけどそれだけではない。将棋の最善手というのはどういうわけか、ぱっとは目につきづらいところに転がっている。

特に終盤は駒の損得よりも敵玉に迫る速度が大事なので、タダで取られちゃうところに駒を捨てる手や、タダで取れる敵の駒を取らない手が絶好手になることが多い。そういう手がぱっと頭に浮かぶには、超越的な発想力が要求される。ある種の美的感覚に通じるものがあるように思う。

弱い人から強い人への序列において、「下から上は見えない」という法則がある。自分より強い人というのは、対局に負けることをもって自分より強いことだけは認識できるけど、どれほど強いのかは実は見えない。将棋というのは、強くなっていくにしたがって、将棋自体がどういうゲームなのかという「将棋観」が変化していく。

我々素人だと、とかく攻めてるほうが勢いがよく見えて優勢と思いがちである。攻められてるときは、一手でも間違えると、ひと潰しにされてまったくいいところなく負けてしまうので、生きた心地がしない。しかし、プロの将棋はそうではなく、序盤でポイントを稼いで「このままではジリ貧ですよ」とプレッシャーをかけて無理攻めを誘い、その無理をきっちりと咎めて受けきり、敵が息切れしたところで攻勢に転じ、その時点ではもう自然と勝ちになっている、というのが理想的な勝ちパターンとされる。

だから、素人は駒のぶつかりあう前の序盤戦には緊迫感がなく、漫然と指してしまいがちだが、プロの場合は序盤から相手の指し手にちょっとでも甘いところがないかと目を光らせ、あればそこを捉えて、その手の価値を無効化するように作戦を立てるので、ものすごい緊迫感がある。また、戦いを仕掛ける好機を見極める大局観は深遠なものがある。

プロの指し手のすごさを理解するには、こっちも強くないとならない。私はひとりっ子なせいか、さほど競争心はなく、自分が勝ちたいからというよりも、将棋の奥深さを知るために強くなりたいと思う。

囲碁も頭脳ゲームだが、感覚的にちょっと違っていて、将棋で負けるのは崖から落ちるような感覚、碁で負けるのは広い海の真ん中でおぼれるような感覚、と言われる。

●去年と同じカードで熱戦

達人戦は、週刊朝日と日本将棋連盟が主催し、富士通が協賛する、将棋界唯一のシニア戦。40歳以上の現役ベテラン棋士から選抜された10名がトーナメント戦を行う。決勝戦は週刊朝日誌上で観戦者を募集し、有楽町マリオンの11階朝日ホールにて公開対局で行われる。1993年に創設され、今年が第15回。

正午の開場の時点で100人ほどの列ができていて、一時の開場までに600席がほぼ埋まった。99%が男性。ほとんどがシニア。ぽつぽつと子供もいる。棋譜を取ろうと紙を広げて待っていたりして頼もしい。

舞台左手に対局場が設置されている。右手には解説用の大盤、ではなく、パソコンの画面を映したスクリーン。対局者は解説の声も会場の声も耳に入る。まず、主催者を代表して、日本将棋連盟会長の米長邦雄永世棋聖と週刊朝日編集長の山口一臣氏が登場し、ごあいさつ。続いて、棋譜読み上げ係の船戸陽子女流二段、記録係の村上友太初段、観戦記者の東公平氏が登場し、着席。解説の中原誠永世十段と聞き手の斎田晴子倉敷藤花が登場。中原は翌日還暦を迎え、規定により称号が永世十段から名誉王座に変わる。名人位を五期以上保持した棋士に永世名人の称号が与えられるが、十五期保持した中原は、引退後に十六世名人を襲名する。

対局者の加藤一二三九段と谷川浩司九段が登場。加藤一二三九段(67)は14歳3か月でプロ棋士になったのも、18歳でAクラス入りしたのも史上最年少で、「神武以来の天才」と呼ばれたが、現在は現役棋士では最古参、8月22日には前人未踏の公式戦1,000敗目を喫した。勝っていないと対局数自体が伸びないので、これも実は強いことの証、大変な記録である。大長考することや、対局中の独特の仕草が特徴、天の啓示のようなひらめきの一手が飛び出すことがよくある。

谷川浩司九段(45)は、中学生で棋士になり、これは加藤九段に続く史上二人目。21歳で加藤名人(当時)を破り、史上最年少の名人位獲得。すでに五期保持し、十七世名人の襲名資格をもつ。棋風は鋭い攻めと素早い寄せの「光速流」。達人戦は六回目の参加だが、最初の年と次の年に初戦敗退してからは、三年連続優勝。去年の決勝戦も加藤対谷川だった。

対局開始。加藤九段▲7六歩、谷川九段△3四歩。後手の谷川が5筋を突き越して中飛車に振る。対する加藤は右銀を4七、3六、4五と単騎でにょこにょこと繰り出し、3四の歩をぱくっと食べて一歩得。
(第1図 < http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR070907/FigDGCR070907.html#Fig1
>)
相手の左銀と交換。棒銀モドキの作戦がいちおう成功した形? もっとも角道が7七の銀に遮断され、玉の囲いが薄いため、大局的な形勢のバランスは取れている。加藤は引き角から3五の好所に据え、▲6八金と締め、マイナス要素を解消。
(第2図 < http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR070907/FigDGCR070907.html#Fig2
>


そこから押したり引いたり、ほぼ互角の形勢が続く、緊迫した中盤戦。加藤はひざ立ちで盤面を眺め下ろし、ときおり伸び上がってズボンを引き上げる。谷川は体をひねってじっと読みに集中する。中原は加藤の手をしばしば批判的に解説し、会場から笑いが起きる。かつてタイトル戦で旅館の庭の滝の音を気にして止めさせたこともある加藤には、さぞかし耳障りであったことだろう。

谷川が△4七銀と打ち、加藤の5八の飛車と5六の金に両取りをかける。
(第3図 < http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR070907/FigDGCR070907.html#Fig3
>)

加藤は▲5七飛と逃げる。谷川は△3六銀成と指し、今度は2六にいる加藤の角が死んでいる。しかしこの順はあまりよくなかったようで、角を取った成銀がそっぽで遊ぶ。中原「先手が盛り返したんじゃないですか?」。それまで不利だった形勢を互角に戻したようなニュアンスだったが、局後の加藤によるとずっと「指せる」と思っていたようで、トッププロでも形勢判断の分かれるほどの微差の競り合いということだろう。

ところが、角を取られた3手後に加藤の打った▲4四角が大悪手だったようで、いっぺんに攻めが切れ筋に陥ってしまった。
(第4図 < http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR070907/FigDGCR070907.html#Fig4
>)

局後の感想戦で中原の指摘した手は、これに代えて▲7四銀と打ち、6三にいる金で△同金とタダで取らせ、空いた空間に▲6三角と打ち込むというもの。どうやらこれが正解だったらしい。下級者には青天の霹靂のような銀のタダ捨てがカッコよく映るが、上級者には一見筋悪でカッコ悪く映るらしい。

ほどなく加藤が投了、谷川が四年連続優勝を決めた。
(投了図 < http://www.geocities.jp/layerphotos/FigDGCR070907/FigDGCR070907.html#Fig5
>)

なお、東氏による観戦記は「週刊朝日」9月11日発売号と9月18日発売号にて掲載される予定。

●将棋は人と人をつなぐ

聖(さとし)の青春私がこの将棋を観戦することになった経緯には、不思議な縁を感じる。以前、職場の同僚の直江雨続君が日産のブロガー向け新車発表会に行った話を書いたが、彼は最近、将棋にハマっている。オタクらしく漫画や小説から入ってきたらしい。大崎善生の「聖の青春」は、29歳で癌で他界した村山聖九段の壮絶な将棋人生を書いた名著だが、これも最近読んでいる。

8月24日(金)に一局指そうと彼のアパートにおじゃましたとき、ちょうど達人戦観戦の当選ハガキが届いていた。「あ、これ行ったことあるぞ」。五年前のことである。私の高校時代からの恩師である風間加勢氏がチケットを二枚入手したということで、誘われて行ったのである。風間氏は私が数学を教わりに行っていた私塾の先生。

大学に入ってから修士課程を修了するまでの間は、アルバイト講師として雇ってもらった。数学専攻なのに、英語しか教えさせてもらえなかったけど。バイト料もさることながら、授業の後の一杯が何より潤った。話が尽きず、よく深酒した。

同じ早稲田大学理工学部の先輩後輩になったので、その方面の話題にも事欠かなかったが、加えて自転車の旅という共通の趣味があり、この話になるとお互い止まらない。風間氏は北海道をぐるっと回ったり、札幌から東京まで走ったことがあり、私は東京から太平洋回りと日本海回りで青森まで走ったことがある。宿がなくて蚊に刺されながら駅舎で寝たりと、似たような経験をしている。

就職してからは、講師や元生徒を集めて開いたパーティに呼ばれたりした。風間氏が始めた受験数学のメルマガにも寄稿させてもらった。冒頭に交代交代でコラムを書いたのだが、やがてそっちのほうが数学の練習問題よりも評判がよくて、何でもありのコラムだけのメルマガに変貌した。これでずいぶん文章を鍛えてもらった。

迷子になったら三越に行けばいい雨続君がおじいさんとのヨーロッパ旅行のことを書いて自費出版した本、「迷子になったら三越へ行けばいい」をそのメルマガで紹介したので、風間氏は雨続君のサイトで旅行記を読んでいた。今回、もし風間氏も達人戦を見に行くなら、会ってもらうのも面白いと思い、風間氏にメールで「行きますか?」と聞いてみた。すると、どこからともなくチケットを二枚入手してきてくれて、私も行くことになったのである。

開場前に待ち合わせて、三人でランチ。雨続君は「迷子に〜」にサインして贈り、風間氏は自分が将棋を勉強した古い本を贈った。二人とも加藤九段のファンだったというのも偶然で、話に花が咲いた。

風間氏は二年ほど前に咽頭癌が見つかり切除したが、その後、肺への転移が見つかり、それまで何かと厳しかった医者が急にやさしくなっちゃったそうだ。今は酒も好きなだけ飲めるし、葬式の準備も万端で、悠々自適の日々を送っている。来年の達人戦を見れるかどうかは分からない。いいときに集まることができてよかった。これも将棋のおかげか。将棋には世代や地域を越えて人と人とをつなぐ力がある。

●こんなところにまで波が...

これから将棋を始めてみたい方には、ちょっと面白い教材がある。BIGLOBEから「将棋ニュースプラス」という将棋番組がネットで無料配信されていて、各週の主な対局を紹介する「週間将棋FLASH」コーナーや勢いある棋士が会心の自戦譜を解説する「将棋列伝」コーナーなどに加え、初心者のための将棋講座のコーナーがある。講師はプロ棋士の遠山雄亮四段。

遠山四段はある日、日本将棋連盟の中川大輔理事から将棋の普及活動に関する重大な任務を仰せつかる。将棋初心者のメイド三人を指導し、半年で三級の実力をつけさせよ、というもの。題して「ご主人様、王手です」。ひえ〜、こんなところにまでメイド萌えの波が〜。
< http://broadband.biglobe.ne.jp/program/index_shougi.html
>

【GrowHair】GrowHair@yahoo.co.jp
鉄ヲタではないけれど。自由席特急券は一枚につき一列車限り有効、乗り継ぎはダメよ、ってどうなんでしょ? 7:30発の特急あずさに乗るつもりで新宿駅に行くと、一本早い臨時列車に乗れて、座れた。途中の松本止まりなので、そこで予定のに乗り継ごう。ところがそれは規則違反だと車内検札で指摘される。知らなかったからと大目に見てもらい、八王子で乗り換え。その対応はありがたいんだけど、規則自体の合理性はどうなんでしょ?


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聖(さとし)の青春
大崎 善生
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by G-Tools , 2007/09/07