わが逃走[5]夢見がちな人生の巻/齋藤 浩

投稿:  著者:  読了時間:8分(本文:約3,800文字)


『わが逃走』第5回です。

こうして原稿を書いていて思うのです。これで私が死んでも、なにかしら自分が生きていた証拠のようなものを残すことができるのだと。

グラフィックデザイナーとしての仕事もどっかにうっかり残ったりするかもしれませんが、私が見て聞いて感じたことを文章として残せるということはなんとも有難いと申しましょうか、たとえ肉体がほろんでも私の意識が言葉という形でこうして皆様の前に提示できることを、この上なく幸せと思う次第にございます。

さて人はなぜ、なにかを残すのでしょうか。後世に残したがるのでしょうか。私はときどき、種の存続の本質は記憶に対する執着なのではなかろうか、なんて思ったりすることがあります。

自分が感じたことを少しでも長く記憶に留めておきたいという(自分本位の)想いが、子孫を増やしたいという欲望やものを作りたいという願望に通じているように思うのです。

いうなれば、煩悩こそクリエイティブの源なのではないか、と。

さて、日常において煩悩は理性の支配下にある訳ですが(中にはそうでない方もいらっしゃいますが)、夢の中ではどうでしょう。

夢占いなんてものが存在する以上、少なくともその人の深層心理が見え隠れするものであることは間違いないようです。

露骨に煩悩チックな夢を見る方もいらっしゃると聞きますが、私の場合はなかなかその真意をつきとめにくい、不思議な夢をよく見ます。そういう夢は、少なくとも目がさめた時点ではしっかり覚えているので、人生と同様、書き留めておきたくなってしまうのです。

そういった訳で、今回はその中でもとくに印象的だった二編をご紹介したいと思います。


【トクホン】(1985年)

ブザーが鳴り、照明が落ちると重たそうな緞帳が開き、映画が始まった。
フィルムにキズのある、古い白黒映像だ。
川越線、荒川橋りょう付近の情景が映し出される。
線路脇に看板が見える。それに向かい、カメラがズームアップする。
とともに画面いっぱいに『トクホン』の文字。右下に映倫マークも見える。
どうやらそういうタイトルの映画らしい。

朝、普通に目を覚ました私は、大きく伸びをした。肩をぐるぐると回す。
そういえば、昨日寝る前にトクホンを貼ったんだった。
肩に貼られていたそれをはがした私は、
おもむろに机の脇にあるくずかごに向けて投げた。

ところが入ったかと思った瞬間、不思議なことにトクホンは
風に舞うビニール袋のごとくゆらゆらと宙を飛び、
再び私の肩に貼り付いたのだ。

「?」

なにが起きたのかわからなかった。寝ぼけていたのかもしれない。
再び私はそれをはがし、くずかごへ投げ込んだ。
すると前回と同様、くずかごに入るや否や、
それはふらふらと宙をたゆたいながら、再び肩に貼り付いたのだ。
ぞっとした。
私は震える手で再び吸着したトクホンをはがし、
今いる部屋の中で自分から最も離れた窓際の壁に向けて思い切り投げてみた。
するとこんどはゴムまりが弾き返されるかのように向きを変え、
それは私に向かって突進してきたのだ。

「うわあああ!!」
叫びながら私は家を飛び出した。
いつの間に着替えたのか、すでに服を着ていた。
息を切らしながら走る。走る。走る。
振り返ると地上100センチくらいの高さをスーッと飛びながら向かってくる
トクホンが見えた。
いま自分が置かれている状況は実に不可解だ。
だが、考えてる余裕なんてない。
恐かった。だから走り続けた。走らなければ捕まる。
走り続けなければならない。

奴はなお、私との距離を少しずつ狭めながら追いかけてくる。
気がつくと昭和50年頃の大宮駅西口に来ていた。
いつ来ても夕方のような風景、錆びたトタン色の家々。
正面に東口との連絡地下道の入口が見える。
よし、あそこに逃げ込もう。
私はこの通路が嫌いだった。
何もない、じめじめとした暗くて長いトンネル。
どぶの匂いと傷痍軍人のアコーディオン。
だが、今はそんな感傷に浸っている暇はない。
トクホンはすぐそこまで来ているのだ。

階段を下り、暗い通路を走る。
しばらくすると通路が左に直角に曲がっているところに来た。
湿気にむせながら振り向くと、入口付近に白い影が見えた。
奴だ。まっすぐこっちに向かってくる。
ふと前を見ると係員詰所のドアが見えた。隙間から光が漏れている。
あそこなら奴からは死角になっていて見えないはずだ。
私は夢中でドアまで走り、ノブを回すとそれはあっさりと開いた。

慌てて中に入り、すぐに扉を閉めた。中には誰もいなかった。
ドクンドクンという心臓の鳴る音と、
キィーンという耳鳴りだけが聞こえていた。
静かだった。
私は呼吸を整えながらドアの隙間に顔を近づけ、そっと通路の様子を窺った。
奴がスーッと東口方面に飛んでいくのが見えた。
私はしばらくじっとしていたが、奴の気配はない。
どうやら撒いたようだ。

助かった。
胸をなでおろし、今走ってきた通路をゆっくりとした足取りで戻る。
しかし、あれは一体なんだったんだろう。
不思議なこともあるものだ。
まあいい。疲れをとってから考えよう。
そういえば朝から走り通しだ。
早く家に帰って風呂入って寝よう。
階段の踊り場から見える空が、いつになく青かった。

その時だった。視界の右端に小さな白い影が見えたのだ。
間違いない。奴だ。
トクホンは低空を燕のような速さで、まっすぐ私へと向かってきた。
私はあわてて階段を駆け上がった。
いつのまにかそこは上野駅の常磐線ホームに通じていた。
ちょうど列車が到着したとみえて、大勢の乗客が階段を下りてくる。
気づくと、その中に中学時代の友人、ユキオがいた。
とにかく彼に助けを求めよう。
私はユキオの肩にすがるように両手をかけ、半べそをかきながら訴えた。

「ユキオ、おい、大変なんだ、トクホンが俺を…」
そこまで言ったとき、もうすでに奴は目の前まで来ていた。
だめだ。間に合わない。
そう感じた私は階段に伏せるような形で防御姿勢をとった。
すると勢い余ったトクホンは私を通り越し、
なんとユキオの首に吸着してしまったのだ。
ユキオと目が合った。
視点が乱れ、表情が急激に変わっていくのがわかった。
と突然、ユキオは妙なことを口走りながら私の首を締めはじめたのだ。
「なぜ俺をはがした」
「ナゼオレヲハガシタ」
「ナゼオレヲハガシタァーッ」

「うわーっっっっ」と叫びながら上半身を起こし、目がさめた。
こんな経験は初めてだった。
ドラマで見たことはあったが、まさか本当に起こりうるとは。
体中汗だくだった。なんて夢だ。
でも、夢でよかった。
肩をぐるぐると回す。そこにちょっとした違和感を覚えた。

嗚呼、なんということだろう!
私の肩にはトクホンがぴったりと貼りついているではないか!!

(トクホン・完)


【めんたいこボクサー】(2005)

後楽園ホールにいた。
そこでは世界ナントカ級タイトルマッチの試合が行われており、具志堅用高みたいな屈強な男と明太子のかぶりものをしたボクサーが対決していた。

第7ラウンドあたりだったであろうか。それなりにいい試合をしていたのだが、やはり具志堅似の男の方がかぶりものをかぶってない分動きが早く、明太子に強烈なカウンターパンチを浴びせてKO勝ちを決めた。ああ、やっぱり。そんなため息と優勝者をたたえる拍手が入り交じる。

ふと倒れた明太子を見ると、かぶりものの裾から小さな明太子(身長15センチくらい)が出てきた。そして観客に向かってにっこり笑い「博多へようこそ」と深々と頭を下げた。辺りは水を打ったように静まり返った。いま何が起こったのかを理解しようと誰もが必死で状況を整理しているのだ。

するとなぜか皆一斉に(こんなに小さな明太子がボクサー型ロボを操り、チャンピオンと互角に戦い、そして惜しくも敗れた)と理解し、会場は割れんばかりの歓声につつまれて、そのまま画面はハイキーになり、真っ白になってゆく。歓声だけが続いている…という夢を見た。

もう、何がなんだかさっぱり分からん。あまりの意味なし具合というかばかばかしさに思わず笑ってしまい、自分自身の笑い声で目覚めた。明け方に寝ながらケタケタと笑っていた自分の姿を想像すると、また可笑しくなってしまい笑い出す。

さらに朦朧とする意識の中で再度今の夢のストーリーを思い出すと、どうにも面白すぎるような気がしてきてまたケタケタと笑う。御近所の方に聞こえてたら、私は明らかに変な人であっただろう。

(めんたいこボクサー・完)


夢というのは不思議なもので、見ている最中は真剣なのに、目覚めてから思い出すとストーリーに無理があったり矛盾してたり、なんてことだらけだ。とはいえ、知人にその日見た夢を語ったところ非常に喜ばれ、短編映画が撮れるとまで褒めていただいたことがあるのもまた事実。

で、いつも思うことは、このストーリーはいったい誰が作ったものなのだろう、ということなのです。脚本は誰なのか。監督は誰なのか。また、夢に出て来る美術品や美しい小物類は誰がデザインしているのか。

実は私の潜在意識にはあっちの世界の人が住んでいて、いままで作ったポスターや広告もその人が私を操り、作らせたものだったのではないか。なんて考えると夜も眠れません。ぐう。


【齋藤浩】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。
1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
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