[2280] こわい話の巻

投稿:  著者:  読了時間:19分(本文:約9,400文字)


<WEB写真展やってます>

■わが逃走[6]
 こわい話の巻
 齋藤 浩

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 「zenji.info」というドメインを取得
 上原ゼンジ

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■わが逃走[6]
こわい話の巻

齋藤 浩
< http://bn.dgcr.com/archives/20070927140400.html >
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夏は終わったというのに、寝苦しい日々が続いております。私なんざ毎晩自分のかいた汗の冷たさで目がさめ、夜中にシーツと枕カバーをとりかえて……てな具合ですっかり寝不足。布団も湿気を帯びすぎて腐るのではないかと心配です。しょっぱなから臭そうな話でごめんなさい。

何が言いたいかというと、季節はもう秋かもしれませんが涼しさを求める気持ちは夏と変わらず。という訳で、今回は私が体験したコワイ話を紹介したいと思います。といっても、世の中にあふれる怪談に比べればたいしたことはありません。でも、これは確かに私が実際に経験したことなのです。本人が言うんだから間違いありません。

そもそもこの『わが逃走』は、齋藤浩が書きたいことを好き勝手に書くという企画ですので、私が体験したことを私が死んだ後の世にも伝えたいという極めて個人的な理由により今回のテーマも決定された訳です。なので皆さん、そんなに恐くなくても文句言わないように。

【その1:動く木彫りのレリーフの話】

その当時、祖父が軽井沢に別荘を所有しており、よく両親に連れられて遊びに行ったものだった。

別荘というと聞こえは良いが実際は祖父の仕事部屋のようなもので、優雅な生活を楽しむというよりも、とりあえず住めるんですといった程度の小屋だったのだが。

とはいえ私はその家がとても好きで、縁の下にもぐってはアリジゴクと戯れたり、近所に流れる小川にダムを作って遊んだりと、まあ今思えば贅沢な幼年期を過ごしたとも言える。えっへん。

さて、確か四歳くらいだったと思う。四畳半の和室で両親と供に寝ていた私は、誰かに呼ばれたような気がして目をさました。

明け方だったので窓から薄明かりがさしていて部屋の様子は把握できる。右側の壁面からカタカタという音が聞こえたので見てみると、獅子舞だったか笠をかぶった旅装束の男だったか忘れたが、壁にかけてある木彫りのレリーフが動いているのだ。

それを見た私はどう思ったかというと、へー、これ動くんだという程度で、たいして驚きもしなかった。というよりも、このレリーフには鳩時計のような仕掛けが仕込まれていて、ある時間が来ると動くように設計されているんだな、と妙に納得してしまったのだ。

確かにその動き方というのは決して滑らかなものではなく、いかにも木のおもちゃといった様子で、からくり人形のようにカクカクとした動きだったと記憶している。

翌朝私は母に「この絵動くんだよねー」と言ったのだが、「あらそうなの」と返事をしたかと思うと、そのまま母は食事の支度をはじめてしまった。

そんな訳で、私は高校生くらいまでそのレリーフには仕掛けがあるもんだと信じていたのだ。で、ある日、何気なくその裏側を確認してみたところ(当たり前だが)そこには何のギミックも仕込まれていないことを発見し、愕然としたのであった。

いやー、あのときはぞっとしました。普通だったら四歳くらいの記憶なんて信憑性が薄く、勘違いということで納得してそのうち忘れてしまうものなんでしょうが、そのときの様子が異常なほど鮮明に脳裏に焼き付いていたもので、ホント、十数年間その額の裏側には歯車の詰まったムーブメントが存在しているとずーっと信じていたのです。なので、ただの木彫りと分かったときは、背筋の凍る思いだったのです、少なくとも本人は。

【その2:四本足動物に乗られた話】

大学二年のゴールデンウィーク、車の免許を取ったはいいが誘う婦女子もいない私は、中学時代からの友人ユキオと共に野郎ふたりでやはり軽井沢の別荘に来ていた。特に何をするでなく散々食った飲んだりした後、例の木彫りのレリーフがかかっている四畳半で眠りについた。運転で緊張した後の飲み効果により、かなりぐっすりと寝入っていた。

午前三時頃だったと思う。布団をかけて仰向けに寝ていた私の上になにかが乗ったのだ。思わず目をあける。暗くてよく見えないが、猫よりも大きい動物のようだ。その動物らしきものは布団の右側から左前足、右前足の順に乗ってきて、私の胸の上で静止した。

もう、びっくりして声も出なかったのだが、その四本の足が私の胸をぎゅーっと踏みつけるのでとにかく苦しくて、やっと「ギャーッ」とさけんで飛び起きて蛍光灯をつけた。周りを見ても何もいない。左隣で寝ていたユキオが「なんだよー」と、眠い目をこすりながら私を見ていた。

「いま何か動物が俺の胸にのった」
「いねーじゃん」
「でも絶対なんかいた」
「でもいねーじゃん」

確かに何もいなかった。でも掛け布団の沈む音も聞こえたし、息づかいも感じた。もう、とんでもなく恐ろしくなった私は蛍光灯をつけたままにさせてくれとユキオにたのみ、結局眠れないまま朝まで起きていた。

この時が最初のおばけっぽいものとの接触でした。よくおばけのことを“この世のものではないような……”と表現したりしますが、私が体験したこの目に見えない存在は、明らかに動物でした。たぶん狐とか、そういった類いのものかと思われます。いやー、恐かった。少なくとも本人は。

【その3:中年男が降って来た話】

『天空の城ラピュタ』では空から女の子が降って来た訳だが、私の場合は天井から背広を着た中年男が降ってきたのだ。

1991年の冬の終わりだったと思う。実家の二階の六畳間、朝6時30分頃。いつもより早く目がさめた私は、天井付近に浮いている男と目が合った。葬式に行くような黒い背広とネクタイ姿で、年齢は40代後半くらいだろうか。

私は仰向けに寝ていて天井を見たのだが、その男は私とちょうど向き合う状態で、天井に背中をくっつけてじっと私を見下ろしていたのだ。

ぎょっとした。しばらくにらめっこをしていると、男はそのまま姿勢も表情も変えずにゆっくりと落ちてきた。徐々に距離が狭まってくる。

コワイ。

そして掛け布団の上に乗ってきたと同時に、ものすごい力で肩から背中にかけてつかまれたのだ。五本の指が上腕に食い込む。

痛い。もがいても、がっしりと体をつかまれているので肘から先しか動かせない。苦しい。

階下では今日からフルムーン旅行に出かける両親が出発の準備をしている。朝食の片付けをしながら、荷造りをしている様子が聞こえてくる。

助けを求めたかったのだが、男の体重が私の胸に集中して声が出せないのだ。苦痛がしばらく続いた。

すると男は徐々に私の体に浸透し、体を通り過ぎ、背中から敷き布団へ染み込み、畳から一階へと落ちていった。

そこでようやく動けるようになった。声も出せる。私は慌てて飛び起き、階段を下りて両親にいま起きたことを伝えた。しかしふたりともたいして興味を示さず、「じゃ、留守番よろしくねー」と言い残して出かけてしまったのだ。

これが私の人生で最初の“人の姿をした人じゃないもの”との接触でした。その後も何回か似たようなことはあったのですが、この体験が記憶・感覚ともいちばんはっきりしています。

よりによってそれから一週間、この一軒家に一人で生活することになってしまった私は、恐ろしくて二階では寝られなくなってしまいましたとさ。

【その4:いい子】

そんなこんなで、なぜか20歳になった途端におばけが寄ってくるようになった。前項でも書いた“人の姿をした人じゃないもの”が、あの一件以来、頻繁にやってくるようになったのだ。

最初のうちは、それはもう恐ろしくて恐ろしくてタイヘンだったのだが、慣れてくると「なんだ、またか」といった具合で、いわゆる金縛り状態になっても「はやく終わらないかなー」と思う程度の余裕を持てるようになってきた。

とはいえ、こう年がら年中寄って来られても疲れてしまう。そんな訳で、あるとき母方の祖母たまきに相談してみた。

母方の家系は割と“見える”人が多いのだが、肝心な母はそんなに見えない。余談ではあるが、母は一度だけヒトダマを見たことがあったらしい。しかしその時は流れ星だと勘違いしてしまい、息子が真っ当な大人になりますようにと願い事をしたという逸話が残されている。

話がそれた。で、祖母に相談してみた。すると、「それはね、あんたが“いい子”だからよ。そういうものたちは“いい子”に寄ってくるの。だからね、もう少し悪い子におなんなさいな」とアドバイスされた。

なるほど!!

確かに、同情するとそういったものたちはどんどん憑いてくると聞いたことがある。当時の私は、例えば優先席に若者が座っていてお年寄りが立っていても何も言えず、そんな自分が嫌で自殺したくなるような、そんな細い神経の持ち主だったのだ。そりゃ憑かれるよな。

その後、祖母のアドバイスの甲斐あって、コインリターン式のロッカーで見つけた百円玉を着服したり、エッチなレンタルビデオがデッキ内でからまってしまっても何事もなかったように返却したりと着実に悪事を重ねていき、それとともにおばけ達も徐々に私から離れていったようだ。

さらにいつだったか金縛りにあった際、あまりにきつく私の肩をつかむので、もういい加減にしてほしいと思った私は試しに「もっと」と言ってみたところ途端に軽くなり、それ以来おばけはほとんど来なくなったのだった。

それから18年くらい経過した今年。三軒茶屋駅から東急田園都市線に乗ろうとしたところ、突然「乗っちゃだめ」という声が私の脳に響いたのです。
「え?」と思い、一度乗った扉から出ると急行は発車してしまいました。

で、何が起こったかというと何も起こらなかったのです。おかげで打合せに遅刻してしまいました。どうやらこれは霊とかではなく、幻聴だったらしい。こうして人はもうろくしていくのですね。考えてみれば、これがいちばんコワイです。少なくとも本人は。

【さいとう・ひろし】saito@tongpoographics.jp
1969年生まれ。小学生のときYMOの音楽に衝撃をうけ、音楽で彼らを超えられないと悟り、デザイナーをめざす。1999年tong-poo graphics設立。グラフィックデザイナーとして、地道に仕事を続けています。
< http://www.c-channel.com/c00563/ >

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■デジアナ逆十字固め…[60]
「zenji.info」というドメインを取得

上原ゼンジ
< http://bn.dgcr.com/archives/20070927140300.html >
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ふと思い立ち、「zenji」でドメイン検索をしてみた。そしたら「zenji.info」というドメインが空いているということが分かった。アルコールが入っていた私は、迷わずそのドメインを取得した。年間料金は1800円だ。

随分前に同じように検索したことがあったのだが、その時は空きがなかった。まあ、その頃は種類も少なかったしな。ドメインと一緒にレンタルサーバーも借りることにした。こちらは月額125円。両方合わせて年間3300円。

随分と手軽に独自ドメインのサイトってできるようになったんですね。しかもブログやCGIライブラリーなんかのオマケもあるから、あんまりHTMLの知識もいらないし。

私が初めて作ったホームページは「カラーマネージメント情報室」というサイトだった。自分が印刷で思い通りの色が得られずけっこう苦労したので、まあそういった関係の情報がまとまっているページがあれば便利かなと思ったのだ。

頻繁に更新したりはしなかったが、海外の情報にリンクを張ったり、関連メーカーのサイトにリンクを張ったりしていたので、そこそこ役には立ち、それなりに訪問者も来るようになった。

このサイトを作って良かったのは、サイトが名刺代わりになっていろんな人と知り合えたことだ。もともとはカラーマネージメントの知識などまるでないところから始まったわけだが、サイトを作ったおかげで、その筋の専門家達と交流ができるようになった。

そして今までは知らなかった製版や印刷の知識も増えていったので、新しく得た知識をまた、サイトのほうで公開したり、あるいは雑誌に書いたりということができるようになっていった。

ただ情報を受け取るだけでなく、得た知識をさらに循環させることにより、さらに良質の情報に触れることもできることができるようになったということだ。今となっては「カラーマネージメント情報室」というサイトを作ってみて、本当に良かったなと思う。

とはいうものの、現在はまるで更新しないサイトになってしまった。理由はいくつかあるが、ひとつはURLの引っ越しを何回もしてしまったこと。せっかくいろんなサイトからリンクを張ってもらっていても、引っ越しのお知らせをしてリンクを張り直して貰わなければリンク切れになってしまう。

しかしリンクというのは、勝手に張ってくれる場合が多いので、そういうサイトを探し出してきて、いちいちリンクを張り直してくれというのも、いまいちはばかられる。

なぜ引っ越しを繰り返したのかというと、カラーマネージメント絡みで知り合った人の奨めだ。もともとはプロバイダーから無料で借りていたサイトだったのだが、別のサイトで一緒にやろうぜという話になった。ようするにその人としては、私が作ったコンテンツを利用して商売がしたかったのだ。

しかし、その目論見はハズレ、最後は空中分解してしまった。しかたがないので、私は無料のブログを借りて、またシコシコ一人で運営することにした。ただ、現在はWEB上でのカラーマネージメントに関する情報もかなり増えてきているし、モチベーションが保てなくなり、休業状態になってしまったというわけだ。

●WEB写真展やってます

独自ドメインの取得というのは初めてではない。カミさんがやってる雑貨ブランドの「maminka.com」というのがすでにある。「マミンカ」というのはチェコ語で「おかあさん」の意味なのだが、このネーミングは覚えやすくて良かったなと思う。「マミンカ」でググるとトップで検索されるようにもなった。まあ、あんまり引っ越しなどせずに、地道にやるのがいいということか。

私も何かをやる時に、このマミンカのサイト内に自分用のページを作っていたのだが、「おかあさん」のサイトに間借りをしている感じでどうも落ち着かない。自分用のドメインが欲しいなーと思っていたのだが、アルコールの勢いを借りて契約してしまったというわけだ。

で、とりあえず未発表の写真を載せてみた。「ほおずき」と「あじさい」の写真だ。これらはトイレンズではなく普通のレンズで撮影したので、いちおうちゃんとピントは合っている(笑)。ほおずきの方は、ライトボックスを自作し、透過光で撮影してみた。ほかにもいろいろとアイディアが溜まっているので、ドメイン取得を機に、しばらくWEB写真展というのをやってみたいと思う。

いちおう芳名帳というのも作ってみました。個人情報の入力は不要なので、ひとこと感想いただけると嬉しいです。

◇上原ゼンジのWEBサイト
< http://www.zenji.info/ >

【うえはらぜんじ】zenstudio@maminka.com
◇「カメラプラス トイカメラ風味の写真が簡単に」(雷鳥社刊)
< http://www.maminka.com/toycamera/plus.html >

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■イベント案内
ゼラチンシルバーセッション ─Filmを次の世代へ残すために─
トークセッション 応募受付中
< http://www.gelatinsilversession.com/ >
< http://bn.dgcr.com/archives/20070927140200.html >
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ゼラチンシルバーセッションとは?
今日、デジタル写真に対して「銀塩写真」と呼ばれる歴史あるアナログ写真は、世界的なカメラのデジタル化の進展によりその市場規模が急速に縮小しています。それはデジタルでは表現できない銀塩写真の独特の風合いや、手間や技術を要する暗室作業の世界が失われていることでもあります。「ゼラチンシルバーセッション」は銀塩写真でしか表現できない写真の楽しさ、面白さを広く知ってもらうことにより、銀塩写真技術や機材、フィルム、印画紙等を守っていく思いを繋げていくプロジェクトです。(サイトより)

・第1回 10月8日(月・祝)14:00〜16:00
鋤田正義・泊昭雄・藤井保・本城直季
・第2回 10月13日(土)14:00〜16:00
笠井爾示・小林紀晴・平間至・若木信吾(ゲスト)
・第3回 10月14日(日)16:00〜18:00
操上和美・M.HASUI・広川泰士・三好耕三
・第4回 10月20日(日)14:00〜16:00
小林伸一郎・瀧本幹也・広川泰士

会場:フジフイルムスクエア2F(東京都港区赤坂9-7-3 東京ミッドタウンウェスト)
定員:各回200人
参加費:1回1,000円
申込み:フジフイルムウエブサイト・特設ページ< http://fotonoma.jp/gss >にて、応募受付中。
主催:ゼラチンシルバーセッション実行委員会、富士フイルム株式会社、富士フイルムイメージング株式会社

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■展覧会案内
ゼラチンシルバーセッション展
< http://www.gelatinsilversession.com/top.html >
< http://bn.dgcr.com/archives/20070927140100.html >
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16名の写真家が3つのテーマに即して4点のプリント作品を制作し、合計64点を展示する。二会場とも入場無料。

●テーマ1
写真家が二人一組になり、自身のネガから仕上げたプリントと互いに交換したネガから仕上げたプリントの展示。
・B&W
上田義彦×三好耕三
笠井爾示×操上和美
菅原一剛×広川泰士
鋤田正義×平間至

・カラー
小林紀晴×泊昭雄
小林伸一郎×本城直季
瀧本幹也×M.HASUI
蜷川実花×藤井保

●テーマ2
「時を経ても残るもの」というコンセプトをもとに、学生時代やデビュー当時につくった懐かしいプリントなど、写真家の思い思いのプリント作品の展示。

●テーマ3
セルフポートレイトの代わりに「暗室」の写真を撮りおろし、展示。「暗室」はフォトグラファーそれぞれの聖域でもあり、顔ともいえるスペース。そして、なによりも銀塩写真にはなくてはならない場所でもある。

◎会場1:アクシス ギャラリー(東京都港区六本木5-17-1)
会期:10月2日(火)〜20日(土)11:00-19:00
初日の一般公開は16時まで。その後17時よりプレス内覧会。最終日17時まで。
◎会場2:art project room ARTZONE(京都市中京区河原町三条下ル一筋目東入る大黒町44VOXビル1・2階)
会期:10月24日(水)〜11月7日(水)12:30〜20:00 最終日17時まで

玄光社「COMMERCIAL PHOTO 2007/10」で43ページにわたって特集を組んでいる。多くの写真関係雑誌が「ゼラチンシルバーセッション展」を記事にしているが、これほど充実した記事はほかにない。ネガプリントセッションの全作品を紹介し、上田義彦×三好耕三、鋤田正義×平間至の対談もある。

→アマゾンで「COMMERCIAL PHOTO 2007/10」を購入するなら
< http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B000VEE0V0/dgcrcom-22/ >


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■編集後記(9/27)

・いまやっている編集仕事も、ようやくゴールが近づいた。それは明日だ! 無理だって! まだ入稿できていないページがあるんだ。いま校正ラッシュだ。クライアントからの赤字をわたしが集約して(ホンヤクして)デザイナーに送るのだが、この作業でPDFが便利に使えてほんとうにありがたい。レイアウトはデザイナーからPDFで送られてくるから、プリントアウトし、赤字を紙の上に記す。それをスキャナで読み込んでPDF出力し、デザイナーに戻す。クライアントからわたしへの赤字も、そのやりかたにしてもらった。この方法なら絶対間違いがない。ファクスのような見にくさはないし、インク切れも、用紙切れもない。画面上で拡大は自由自在だから、じつに見やすい(手書きの文字が読みにくい、ってこともあるが)。このご時勢、みんな手書き文字がヘタになったからなあ。もちろん、Acrobatを使ってPDF上に書き込みができるが、校正は紙に手で書き込むほうがわかりやすい。かつては、デザイナーに出力してもらったプリントを宅急便で受け取ったり、こちらから出向く必要があったが、いまはネット上のやりとりですべて済んでしまう。ああ、ありがたい。ところで、クライアントの担当は深夜型、デザイナーは早朝型なので、8時半スタートのわたしのマシン上ではかなり混乱している。しかも、わたしのMailはなぜか「ひとつのアカウントに同じメールが時差をともない二通来る」現象が続いているので、朝立ち上げたMailにあるメール数は半端ではない。この時期、とってもストレスだ。二通現象はいろいろ調べたが解決していない。うっとうしい。ひまになったら徹底解決だ!←ひま人だけど。(柴田)

・「恐竜タマゴ」。甥一号が持ってきた。見た目や触った感じは、本物の卵みたい。ニワトリの白い卵に模様が入っているようなもの。この卵を水につけて、24時間〜48時間たつとふ化するというもの。中からは恐竜のおもちゃが出てくるのだが、水をすって20cmぐらいになるらしい。つけてから数時間で表面にヒビが出てきて、翌日には卵が割れてくる。割れ方は結構リアル。数時間すると頭の一部が見え、また数時間すると目や首。30時間程度経った今は胴体の一部まで見えている。この時間のかかるところが、わくわくして楽しい。全6種でどの恐竜が出てくるのかわからないところもいい。甥より大人の方が楽しんでいるよ。(hammer.mule)
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