最近万年筆の人気が復活しているらしいけど、私も長年愛用してます。
今でもアイデアからラフスケッチまでは、ほとんど完全アナログで、その時になくてはならないのが万年筆。コレでイタズラ描きも含めて、スケッチブックにカリカリと描く。他の筆記具では全然ダメで、なぜか万年筆。あの紙とペン先との引っかかりが、どうも僕の右手が喜ぶようです。
しかし、万年筆なら何でもイイというわけではなく、それは「1970年代に発売されていたショートタイプ。ペン先は【細字】であること」に限定されます。
今でもアイデアからラフスケッチまでは、ほとんど完全アナログで、その時になくてはならないのが万年筆。コレでイタズラ描きも含めて、スケッチブックにカリカリと描く。他の筆記具では全然ダメで、なぜか万年筆。あの紙とペン先との引っかかりが、どうも僕の右手が喜ぶようです。
しかし、万年筆なら何でもイイというわけではなく、それは「1970年代に発売されていたショートタイプ。ペン先は【細字】であること」に限定されます。
ショートタイプとは、読んで字の通り、万年筆の軸自体が短い。一般的なタイプの7〜8割程度の長さだ。1970年代、CMで大橋巨泉が「はっぱふみふみ」の台詞で有名で、ご存知の読者もいるかもしれない(ちなみに私はそのCMを生で見た記憶がない)。
このショートタイプに初めて出会ったのは高校生の時。母親の使い古しだった。何気なく使ってみると手にしっくりときて使いやすい。母はもういらないと言うので、その場で頂戴した。
以後何かにつけて愛用していたが、しかし特にこの仕事で使い始めてからの酷使で、ペン軸の割れ目から内部のインクが滲み始めてしまった。
もともと字を書くのが目的の万年筆を、絵を、それも何十点と描くラフスケッチ段階で使われるので、通常の使い方とは比べられないほどの速さでペンが痛んでしまう。もう寿命、仕方がないか……。
そこで大型文具店へと出向き、その場で良さそうなものを購入したが、コレがどうにもしっくり来ない。微妙に重く、軸が長く、ペン先はわずかに太かったり細かったり、そしてペン軸にあるキャップ止めの出っ張ったリング。このリングがペンを握った時に指に当たる違和感で、全然スケッチに集中出来なかった。
これには困った。そんな時、偶然知り合いから万年筆の職人のMさんを紹介してもらった。ペン先に関する技術では、日本でも指折りという方だ。
個人で経営されているお店を尋ね、事情を説明する。そこで初めて自分の万年筆が70年代に流行った「ショートタイプ」であり、現在製造しているメーカーはない事をMさんから知らされた。あきらめ掛けていた私に、「修理が利くかもしれない」とMさん。「ただしメーカーにペン軸の在庫がまだあれば、の話だけれども……」
そこでMさんに、修理なら八重洲の丸善を訪ねなさいとのアドバイスを頂き、翌日に行ってみることにした。その丸善の万年筆売り場には、Kさんというベテラン販売員がいらした。そのKさんから、「このペン軸はメーカーに在庫があるかもしれませんよ」という嬉しい言葉が。
早速電話でパイロット社に問い合わせてもらうと……「ございました。修理できるそうです。どういたしますか?」
やった! 偉いぞ! パイロット! 30年前の軸を在庫しているとは。もちろんその場で万年筆を預けることにする。
と、そのKさんが「もしショートタイプで良ければ、こういうのはいかがですか」そう言って私の目の前に出されたは、同タイプのまさに「ショートタイプ」の新品万年筆が数本。
あれ? なんで??
その理由を教えてもらった。例えば、長年その地域で親しまれてきた個人の文具店などが様々な理由で閉店することになる。そこには長い間小さなショーケースの中で埃を被って売れ残っていた万年筆が、閉店を機にメーカーに返品されるケースもあるという。そんな忘れ去られていた「売れ残り」万年筆が、何かの巡り合わせで時々こうやって丸善の店頭に並ぶ。目の前に出されたショートタイプもそういう類の万年筆だった。
手にとって見ると、まさにショートタイプ。軸の具合、ペン先の細さと堅さ、キャップ止めのリングの位置。どれもいい。「もう今ここにあるのだけです。次にいつ入荷するかは未定ですから」
営業の世界でなら、お約束のトークとして嫌になるほど使われ聞かされてきた言葉。でも、この場でこれは本当だ。どうしても軸が少し太く感じられた一本と、ペン先の「しなり」が大きすぎるモノを除いて、その場で残り四本を全部を購入することにした。しかも、驚いたことがもうひとつ。ペン軸に貼ってあるシールの値段を見ると、ほとんどが2000円台だったことだ。
「当時のシールがそのままなんですね。もちろんそのお値段で結構ですよ」30年以上昔の物価だから、こういう金額なんだろう。が、しかし……。
言われてみれば確かに特別にプレミアがあるワケではない。市場価値もない。マニアもいない。コレクターもいない。評論する愛好家もいない。雑誌で特集をされるようなこともない。誰も振り向きなんてしない。しかし、オイラにとっては「お宝」さ。これ以上はない「お宝」。しかもこんなにいっぱい。しかもそれが当時の価格で。いや、コレは最高でしょう。
「以前に同じようなことがありました。そのお客様はデザイナーの方で。ずっとパイロットが発売した万年筆を愛用されてきて、それじゃないとアイデアスケッチが描けないとおっしゃいましてね。その愛用の万年筆が壊れてしまって。本当にお困りになられていたご様子でした。その万年筆というのは、やっぱりお客様と同じような昔に発売された古いタイプで。しかもペン先と軸がすべて一体になった、とても変わったタイプなんです」
「ずっと探してしいらっしゃったのだけれども、どうしても見つかれなくて。やっぱり30年以上昔のものですしねぇ。もし見つかったら知らせて欲しいとお言付けを頂いたのですが、本当に偶然に、それからすぐに新品の在庫三本が出てきて。もうそれはそれは嬉しそうでしたよ。ええ、もちろんその場で三本すべてお買い上げになって行かれました。『もう僕はこれで一生大丈夫だ』とおっしゃって」
【はっとり・こうへい】イラストレーター
< http://www.ko-hei.jp/
>
この話、実はもう何年も前のことです。で、今回のこの原稿を書き終わって、試しに「万年筆 ショートタイプ」で検索を掛けるとヒットする、する。特にネットの威力を感じたのがオークション。ネット販売が盛んでなかった当時に、あれだけ苦労してあちこち探して購入したショートタイプが、やはり格安で出品されていたりします……(苦笑)。また、少し高めですが掘り出しモノの未使用新品を販売しているショップも。いや、良い時代になったもんです。それと、最後に出てきたペン先一体型の万年筆は「パイロット・ミュー701」だと思います。1971年発売。なるほど、コレはカッコイイ。
このショートタイプに初めて出会ったのは高校生の時。母親の使い古しだった。何気なく使ってみると手にしっくりときて使いやすい。母はもういらないと言うので、その場で頂戴した。
以後何かにつけて愛用していたが、しかし特にこの仕事で使い始めてからの酷使で、ペン軸の割れ目から内部のインクが滲み始めてしまった。
もともと字を書くのが目的の万年筆を、絵を、それも何十点と描くラフスケッチ段階で使われるので、通常の使い方とは比べられないほどの速さでペンが痛んでしまう。もう寿命、仕方がないか……。
そこで大型文具店へと出向き、その場で良さそうなものを購入したが、コレがどうにもしっくり来ない。微妙に重く、軸が長く、ペン先はわずかに太かったり細かったり、そしてペン軸にあるキャップ止めの出っ張ったリング。このリングがペンを握った時に指に当たる違和感で、全然スケッチに集中出来なかった。
これには困った。そんな時、偶然知り合いから万年筆の職人のMさんを紹介してもらった。ペン先に関する技術では、日本でも指折りという方だ。
個人で経営されているお店を尋ね、事情を説明する。そこで初めて自分の万年筆が70年代に流行った「ショートタイプ」であり、現在製造しているメーカーはない事をMさんから知らされた。あきらめ掛けていた私に、「修理が利くかもしれない」とMさん。「ただしメーカーにペン軸の在庫がまだあれば、の話だけれども……」
そこでMさんに、修理なら八重洲の丸善を訪ねなさいとのアドバイスを頂き、翌日に行ってみることにした。その丸善の万年筆売り場には、Kさんというベテラン販売員がいらした。そのKさんから、「このペン軸はメーカーに在庫があるかもしれませんよ」という嬉しい言葉が。
早速電話でパイロット社に問い合わせてもらうと……「ございました。修理できるそうです。どういたしますか?」
やった! 偉いぞ! パイロット! 30年前の軸を在庫しているとは。もちろんその場で万年筆を預けることにする。
と、そのKさんが「もしショートタイプで良ければ、こういうのはいかがですか」そう言って私の目の前に出されたは、同タイプのまさに「ショートタイプ」の新品万年筆が数本。
あれ? なんで??
その理由を教えてもらった。例えば、長年その地域で親しまれてきた個人の文具店などが様々な理由で閉店することになる。そこには長い間小さなショーケースの中で埃を被って売れ残っていた万年筆が、閉店を機にメーカーに返品されるケースもあるという。そんな忘れ去られていた「売れ残り」万年筆が、何かの巡り合わせで時々こうやって丸善の店頭に並ぶ。目の前に出されたショートタイプもそういう類の万年筆だった。
手にとって見ると、まさにショートタイプ。軸の具合、ペン先の細さと堅さ、キャップ止めのリングの位置。どれもいい。「もう今ここにあるのだけです。次にいつ入荷するかは未定ですから」
営業の世界でなら、お約束のトークとして嫌になるほど使われ聞かされてきた言葉。でも、この場でこれは本当だ。どうしても軸が少し太く感じられた一本と、ペン先の「しなり」が大きすぎるモノを除いて、その場で残り四本を全部を購入することにした。しかも、驚いたことがもうひとつ。ペン軸に貼ってあるシールの値段を見ると、ほとんどが2000円台だったことだ。
「当時のシールがそのままなんですね。もちろんそのお値段で結構ですよ」30年以上昔の物価だから、こういう金額なんだろう。が、しかし……。
言われてみれば確かに特別にプレミアがあるワケではない。市場価値もない。マニアもいない。コレクターもいない。評論する愛好家もいない。雑誌で特集をされるようなこともない。誰も振り向きなんてしない。しかし、オイラにとっては「お宝」さ。これ以上はない「お宝」。しかもこんなにいっぱい。しかもそれが当時の価格で。いや、コレは最高でしょう。
「以前に同じようなことがありました。そのお客様はデザイナーの方で。ずっとパイロットが発売した万年筆を愛用されてきて、それじゃないとアイデアスケッチが描けないとおっしゃいましてね。その愛用の万年筆が壊れてしまって。本当にお困りになられていたご様子でした。その万年筆というのは、やっぱりお客様と同じような昔に発売された古いタイプで。しかもペン先と軸がすべて一体になった、とても変わったタイプなんです」
「ずっと探してしいらっしゃったのだけれども、どうしても見つかれなくて。やっぱり30年以上昔のものですしねぇ。もし見つかったら知らせて欲しいとお言付けを頂いたのですが、本当に偶然に、それからすぐに新品の在庫三本が出てきて。もうそれはそれは嬉しそうでしたよ。ええ、もちろんその場で三本すべてお買い上げになって行かれました。『もう僕はこれで一生大丈夫だ』とおっしゃって」
【はっとり・こうへい】イラストレーター
< http://www.ko-hei.jp/
>
この話、実はもう何年も前のことです。で、今回のこの原稿を書き終わって、試しに「万年筆 ショートタイプ」で検索を掛けるとヒットする、する。特にネットの威力を感じたのがオークション。ネット販売が盛んでなかった当時に、あれだけ苦労してあちこち探して購入したショートタイプが、やはり格安で出品されていたりします……(苦笑)。また、少し高めですが掘り出しモノの未使用新品を販売しているショップも。いや、良い時代になったもんです。それと、最後に出てきたペン先一体型の万年筆は「パイロット・ミュー701」だと思います。1971年発売。なるほど、コレはカッコイイ。