映画と夜と音楽と…[348]真夜中の遠い彼方に…/十河 進

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●「鉄騎兵、跳んだ」でデビューした小説家

あまり読んではいないのだが、気になる作家が何人かいる。佐々木譲さんもそのひとりだ。先日、新聞に大きく「警官の血」という新作の広告が出ていて、上下二巻の大作だが読んでみたくなった。佐々木さんの作品は「ベルリン飛行指令」あたりから、どれも重厚長大になる傾向にある。

「エトロフ発緊急電」が第八回日本冒険小説協会の日本軍大賞を受賞したのは1990年のことだった。その後、第十三回日本冒険小説協会日本軍大賞を「ストックホルムの密使」で獲得している。最近は時代小説も書いているし、警察小説にも手を染めている。

黒頭巾旋風録数年前に佐々木さんが書いた「黒頭巾旋風録」の表紙を見たときは、子供の頃に見た映画と連続テレビドラマを思い出した。東映映画で「怪傑黒頭巾」シリーズに主演したのは大友柳太朗だった。テレビの「怪傑黒頭巾」シリーズは外山高士の主演である。後に悪役専門みたいになったけれど、テレビアニメ「サスケ」で父親の「大猿」を担当していて、その深みのある声が僕は好きだった。


さて、佐々木譲さんは1950年の生まれ。僕とは一歳しか違わない。おそらく、子供の頃に「怪傑黒頭巾」に熱中したのだろうなあ、と思った。そう思って、作品歴を調べてみると、扱ってきたジャンルの幅広さに驚く。現在は北海道に住み、悠々自適で作品を生みだしているようだ。

佐々木譲さんが「オール読物新人賞」を受賞し、その短編が掲載された号を僕が読んだのは1979年のことだった。筆者の紹介欄に勤め先として「ホンダ技研」が出ていたのを憶えている。タイトルは「鉄騎兵、跳んだ」というもので、オートバイにかける青年が主人公の青春小説だった。

あの頃、僕は就職して四年目。佐々木さんも二十代だったのか、と少し感慨深い。その受賞作のタイトルは深く僕の印象に残り、翌年、ロマンポルノではない作品として日活で映画化されたとき、見にいこうと思いながら見そびれてしまった。石田純一の実質的デビュー作だと思う。監督は「黒匕首」シリーズの小沢啓一だった。

第二次大戦の頃の日本とヨーロッパを舞台にした冒険小説などは、スケールが大きすぎて映画しにくいのか、佐々木さんの小説の映画化作品はあまりない。劇場公開されたのは「鉄騎兵、跳んだ」の他に「われに撃つ用意あり」(1990年)だけだと思う。監督は若松孝二だ。

原作は1984年の秋に出た「真夜中の遠い彼方」だった。五冊目の本であり、初期の長編小説である。当時、新聞の書評に取り上げられたのを読んだ記憶がある。「鉄騎兵、跳んだ」以来、初めて話題になった佐々木さんの小説かもしれない。これは、後に「新宿のありふれた夜」と改題されて文庫化された。

僕は「われに撃つ用意あり」を見た後に、原作を読んだ。メインのストーリーは原作を踏襲しているが、主人公の過去の膨らませ方、あるいはラストシーンに大幅な改変があった。それは、60年代末の新宿に郷愁を抱く若松孝二の趣味だったのだろうと思う。

●新宿のアジア難民問題を予告した映画

新宿で二十年、ジャズバーをやってきた郷田(原田芳雄)が仕入れの買い物をするシーンから物語が動き出す。郷田は知り合いに「今日で店じまいだから、全部タダ」と言っている。一方、ヤクザに追われるベトナム難民の女メイランが登場し、郷田の店に逃げ込んでくる。また、新宿署の刑事(蟹江敬三)は暴力団の組長がマンションで射殺された事件が起こり、その調査にかかる。

その夜、郷田の店にはかつての仲間たちが集まってくる。郷田は医学部の学生だった頃に全共闘運動に身を投じた男だ。やってくるのは闘争仲間である。フリーライター(桃井かおり)、実業家(西岡徳馬)、大学助教授(小倉一郎)、コピーライター(斉藤洋介)、区議会議員(山口美也子)など、いかにもといった顔ぶれである。

郷田はドロップアウトした人間だ。もうひとり、新聞配達員で糊口を凌いでいるアル中の秋川(石橋蓮司)がいる。郷田は酔っ払ってだらしなくなる秋川の面倒をずっと見てきたのだろう。そこには昔の友を思う気持ちがにじみ出る。おそらく、郷田と秋川は闘士だったに違いない。

元全共闘世代の男女が閉店パーティで繰り広げる会話劇が面白い。環境汚染を訴える区議会議員、遊び人風の実業家、女子大生たちを引き連れてやってきて全共闘時代の自慢話をする助教授など、いわゆる団塊世代の生態が描かれる。カリカチュアライズしているのではないが、どこか自己批判的ではある。

鬱陶しいのは、新宿騒乱罪の事件を女子大生たちに自慢し口説こうとする助教授だ。「そのとき、先生、逮捕されたんでしょ」と教え子に言われて「捕まりやすそうな顔してたんだろな」とにやける。それを見たコピーライターは「殴ってやろうか、あいつ」と立ち上がり、フリーライターに止められる。

酔うに連れて、彼らは相互批判を始める。「あのとき、おまえは日和った」とか、「いや、本当に闘ったのは郷田だけだ」とか、眠りこける秋山を「こうなったらオシマイだな」という。笑ったのは「ダラ幹が偉そうに…。おまえなんか笛吹いてただけじゃないか」というセリフだ。

一方、メイランがヤクザに追われている事情がわかってくる。密入国者であるメイランはヤクザに捕まって売られそうになる。組長に犯されそうになり、もみあっているときに拳銃が暴発して組長が死ぬ。そのとき、メイランが持ち出したビデオテープに何かが写っているらしい。

郷田の店にヤクザがやってきて、目を覚ました秋山が抵抗しようとして射殺され、メイランがさらわれる。郷田は彼女を救出するために、ヤクザのアジトに乗り込む決意する。「われに撃つ用意あり」とは、郷田の決意を語る言葉なのだと、そのときに観客は気付く。郷田は、二十数年、メンタルな意味でその姿勢を貫いてきた男なのだ。

「われに撃つ用意あり」は、元来、原田芳雄好きだった僕が繰り返し見る映画の一本になった。全共闘世代に対する批判と共感、それがアクション映画として描かれた作品なのである。また、元機動隊員である刑事と全共闘の闘士との因縁話までからんだハードボイルドでもあった。

●いつでも「われに撃つ用意」はあるのだろうか

「われに撃つ用意あり」のラストでクレジットタイトルがスクロールされる間、背景に流れるのは昭和四十三年(1968年)十月二十一日の新宿の夜を撮影したニュースフィルムである。原田芳雄の歌声が重なる。「過去を振り向く趣味はないはずなのに…」と彼は歌うが、そこに流れる映像はある世代にとっては強烈な記憶を甦らせるものだろう。

国際反戦デー。その日、学生たちは国会構内や防衛庁に乱入し、新宿駅に火炎瓶を投げた。デモや集会に参加したのは全国で二十八万九千人と発表されている。新宿駅では、数千人が駅構内に入り、すべての電車はストップした。群衆は数万人に膨らんだ。警視庁は、二十二日午前零時十五分に騒乱罪を適用。Tさんたちも、その夜、新宿にいたのかもしれない。

Tさんは僕の大学の先輩で、全共闘世代だった。僕が大学に入ったときには、すでに学生会館は封鎖され、学生たちが中庭でデモをやったり、セクト間の内ゲバが始まったりすると、大学当局は躊躇なく機動隊を学内に導入した。そんな頃に僕はTさんと知り合った。

Tさんは文学青年で同人誌をやりながら、小説を書き続けていた。Tさんの仲間たちも芝居をやったり、詩を書いたりする人たちだった。彼らは、数年前の闘争を懐かしく語った。それは僕にとっては羨望を掻き立てるものだったし、同時にそんな時代を懐古的に語る彼らを批判したくもなった。

彼らは、よく呑んだ。その頃は、あまり酒を呑まなかった僕だが、時々は彼らに付き合うこともあった。彼らが呑むのは、大学があった神保町か新宿だった。ゴールデン街にはよく出没していた。だから「われに撃つ用意あり」で背景にされた夜の新宿が懐かしく見えたのだ。まるで、彼らの二十年後を見ているようだった。

Tさんが最初にまとまった作品集を自費出版したのは、1983年の春のことだった。出版社は飛行商会という名で、これも先輩のAさんが作ったところだ。Tさんの作品集の出版記念パーティが開催されるという案内が届き、僕は会場のある下北沢へ出かけた。

そこで、僕は佐々木譲さんと会った。佐々木さんは、まだ一冊の短編集と一冊のオートバイ青年を主人公にした長篇小説を出しただけの新人作家だった。パーティにいた人の中で、佐々木さんの小説を読んでいたのは、もしかしたら僕だけだったかもしれない。いや、佐々木さんは誰かの紹介でパーティにきていたから、その人は読んでいたはずだ。

パーティがおわってから、Tさんと一緒に数人で呑みにいった。そこで、Tさんは佐々木譲さんとずっと話していたが、後にTさんから聞いた話では「佐々木譲は取材が大変だという話ばかりで、文学の話はできなかった」という。Tさんが書きたかったのは純文学であり、エンターテインメントを志向する佐々木さんとは向いている方向がまったく異なっていた。

冒険者カストロ (集英社文庫)その後の佐々木譲さんの作品歴を見ると、ジュブナイル小説を書き、ハードボイルド小説を書き、1988年に第二次大戦三部作の一冊目である「ベルリン飛行指令」を書いて注目される。政治家の野望の物語である「愚か者の盟約」を書き、自動車産業を興した男の一代記「疾駆する夢」を書き、カストロのノンフィクション「冒険者カストロ」を書く。

僕はTさんのサインが入った作品集を本棚から抜き出した。扉にTさんのサインと一緒に日付が記されていた。1983年4月30日─あの夜のことは、今も鮮明に記憶に残っているが、もう二十四年がたっていた。あれは…、遠い彼方の出来事なのだ。その長い長い年月を経て、佐々木さんは五十冊以上の著作を残し、Tさんも自費出版とはいえ数冊の作品集を残した。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
ナンバリングをまた間違いました。今回が348回目のはずです。もうすぐ350回目ですね。もう九年目に入りました。よく続くなあ。子供の頃、母親に「あんたはどうしてそんなに飽きっぽいのかねぇ」と言われ、今でも「あんなに飽きっぽい子が三十年以上も同じ会社に勤めるとはねえ」と言われている。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
< http://www.bookdom.net/shop/shop2.asp?act=prod&prodid=193&corpid=1 >

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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
十河 進
水曜社 2006-12
おすすめ平均 star
star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
starすばらしい本です。
starものすごい読み応え!!

映画がなければ生きていけない 2003‐2006 夜の来訪者 映画一日一本―DVDで楽しむ見逃し映画365 (朝日文庫) ロング・グッドバイ 「愛」という言葉を口にできなかった二人のために



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天使の爪 上 (1) (角川文庫 お 13-25)
大沢 在昌
角川書店 2007-07
角川文庫から発売になった大沢在昌さんの「天使の爪」上下巻に解説を書かせていただきました。四百字で11枚ほども書いたのに、もう少し書きたいことがあります。もっとも読者は、くどい解説は迷惑でしょう。「天使の牙」「天使の爪」と続くシリーズは、読み始めたらやめられないことは保証します。


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小説宝石 2007年 07月号 [雑誌]
光文社 2007-06-22
小説宝石」7月号に大沢在昌さんとの対談が載りました。「ハードボイルドがなければ生きていけない」というタイトルです。大沢さんの話の間に僕が「そうですね」と言っているだけのような対談ですが、大沢さんの映画やミステリへの愛がうかがえて面白いですよ。


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警官の血 上巻 (1)
佐々木 譲
新潮社 2007-09

警官の血 下巻 (3) 名残り火 (てのひらの闇 (2)) 果断―隠蔽捜査2 越境捜査 楽園 上 (1)

by G-Tools , 2007/10/05