映画と夜と音楽と…[349]切迫した愛を描いた映画/十河 進

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●アメリカの通俗小説を研究し続けた人

私のハードボイルド―固茹で玉子の戦後史小鷹信光さんの「私のハードボイルド 固茹で玉子の戦後史」は、今年の日本推理作家協会賞を「評論その他の部門」で受賞した本だ。昨年の秋に刊行されたときから気になっていたのだけど、先日、入手してようやく読み始めた。僕は、小鷹さんのミステリに関するエッセイは昔から読んできた。

エッセイを必ず読む作家は、他には小林信彦さんくらいだろうか。ただし、小林信彦さんは本に関してよりは映画に関するエッセイが多い。小鷹信光さんは、ミステリ(特にハードボイルドや犯罪小説)やパルプマガジン、アメリカの通俗小説などに関してのエッセイが中心だ。

「私のハードボイルド 固茹で玉子の戦後史」は「HARD-BOILED, THAT'S MY WAY」と表紙に入っていてニヤリとさせられた。僕が初めて小鷹信光さんの文章を読んだのは中学二年生、十四歳の頃だったが、その頃からずっと小鷹さんはハードボイルドにこだわって生きていた。まさに「HARD-BOILED, THAT'S MY WAY」なのだろう。


その本の第一章「アメリカと私」に高校生、浪人時代に映画を見続ける話が出てくる。詳細にノートを取ったり、記録を残していたり、当時のチラシや映画館のニュースを保存していたり、小林信彦さんとよく似ている。それに映画雑誌もコンプリートコレクションしていたそうだ。当時からコレクターの性癖が強かったのだろう。

その部分を読みながら「まるで小林信彦さんみたいだなあ」と思ったものの、僕自身も似ているなと振り返った。小林信彦さんや小鷹信光さんのエッセイが好きなのは、僕も性向が似ているからではないのか。実は、僕も十代の頃に見た映画の新聞広告や映画館のニュースなどを今も保存している。

中学生の頃に買っていた「エラリィ・クィーンズ・ミステリマガジン」(後に「ハヤカワズ・ミステリマガジン」)と「SFマガジン」もまだ書棚に並んでいて、その「ハヤカワズ・ミステリマガジン」1966年8月号に若き日の小鷹信光さんの写真が掲載されている。

「ミステリ名簿」と題された連載記事で、当時のミステリ関係者が毎号登場したページだ。中原弓彦(小林信彦)さんや井上一夫さん(当時はOO7シリーズの翻訳者として有名だった)などが登場したが、小鷹信光さんが登場したのが、その号だった。インタビューし、記事をまとめたのは大伴昌司さんである。

僕は既にミステリ翻訳家でコラムニストとして小鷹さんの名前を知っていたが、その記事には小鷹さんが「アメリカの通俗的なペーパー・バックスの研究家である小鷹氏は、いまだにサラリーマンとの二足わらじだ」と書かれていて、驚いたものだった。

その後、何かの記事で小鷹さんが医学書院という出版社に勤めながら翻訳をしエッセイを書いていることを知った。僕が出版社に入った潜在的な要素にそのことがあるかもしれない。出版社なら別名で原稿を書いたりすることが許されると思ったのだろう。中学生の単純な考え方である。

●テレビ版「探偵物語」の原作者だった

探偵物語小鷹信光さんの名前が一般的に知られるようになったのは「探偵物語」という小説を発表した頃だと思う。その主人公の名前が工藤俊作だった。つまり、松田優作のヒットシリーズ「探偵物語」の原作なのである。しかし、いろいろ複雑ないきさつがあったようで、テレビドラマで使ったのは主人公の名前だけである。

赤き馬の使者―探偵物語〈2〉
小鷹信光さんが「探偵物語」を出したのは1979年のこと。僕は書店でその本を見て「小鷹さんがとうとう自分でハードボイルド小説を書いたのだ」と感激し、すぐに買ったが、正直なところ、あまり感心しなかった。翌年、「探偵物語赤き馬の使者」が刊行された。

探偵物語 VOL.1松田優作の「探偵物語」は1979年の9月18日に第一回目の放映があった。脚本は丸山昇一。当時、松田優作が最も気に入っていたシナリオライターだ。小鷹さんはアドバイザーとして原案提供のような形で企画段階から参加していたらしいが、結局、自分で別の小説に仕上げた。松田優作の「探偵物語」シリーズは僕も好きだが、小鷹さんが考えるハードボイルドからは遠いものだろう。

探偵物語小鷹信光さんが「探偵物語」というタイトルを付けたとき、ハリウッド映画のタイトルが頭にあったのは間違いない。1952年にウィリアム・ワイラーによって監督された「探偵物語」(THE DETECTIVE STORY)である。ブロードウェイで上演された舞台劇を映画化したものだった。

僕が小鷹さんと同じように映画に熱中したのは高校生の頃だが、その頃の映画雑誌では「探偵物語」は名作としてよく紹介されていた。しかし、僕が一歳の頃に公開された映画だ。当時は、見ることはできなかった。後年、「探偵物語」を見たときには、これは八十七分署シリーズにも大きな影響を与えたのではないかと思った。

小鷹さんは「探偵物語」というタイトルに敬意を払っていたのだと思う。その映画は小鷹さんが映画に熱中していた頃に公開された映画だ。主演は売り出し中のカーク・ダグラス。群像劇として実によくできている。刑事部屋だけが舞台だが、そこはまさに人生ドラマの坩堝である。

ニューヨークの二十一分署の刑事部屋。万引きをした女が引っ張られてくる。彼女は自分がなぜそんなことをしたのか説明できない。それを取り調べる刑事は辛抱強く女の供述を引き出そうとする。勤め先の金を使い込んだとして真面目そうな青年が連れられてくる。彼の取り調べを担当したのは、犯罪を極端に憎む刑事(カーク・ダグラス)だ。

青年を心配して若い娘がやってくる。彼女は青年が横領した金を弁償すると言う。雇い主も納得し、年輩の人情刑事が無罪放免にしようとするが、カーク・ダグラス演じる刑事は「犯罪を犯したのは事実だ」と言って起訴しようとする。そこへ、彼の妻がやってくる。ある堕胎医の事件の証人として呼ばれたのだ。カーク・ダグラスは妻の暗い過去を知る。彼は妻を許せるのか…

といった風に様々なエピソードが交錯する映画であり、刑事アクションを期待すると裏切られる内容である。だが、名匠と呼ばれたワイラーらしく深い余韻の残る作品になっている。犯罪を題材にすれば、人生の深い部分を描ける。それは昔も今も変わりない。人はぎりぎりのところで犯罪をおかすからだ。

●角川映画「探偵物語」での薬師丸ひろ子の輝き

探偵物語テレビシリーズ「探偵物語」のイメージを百八十度ひっくり返した探偵像で松田優作が登場したのは、テレビシリーズが終了した数年後、1983年のことだった。角川映画「探偵物語」である。人気絶頂の薬師丸ひろ子の主演映画。彼女が歌う主題歌もヒットした。監督は、僕のひいきの根岸吉太郎である。

探偵物語 改版原作は赤川次郎だ。前年の1982年に「探偵物語」のタイトルでカドカワノベルズの一冊として刊行された。映画好きの赤川さんがウィリアム・ワイラー監督の「探偵物語」を知らなかったはずはない。気に入りの映画だから自作のタイトルに使ったのだと思う。

セーラー服と機関銃赤川次郎さんの小説はシナリオみたいなところがある。だから映像化されたものの方が印象がよかったりする。代表的なのは「セーラー服と機関銃」(1981年)だが、大林宣彦監督が映像化した何作かも原作よりいい。「ふたり」(1991年)「あした」(1995年)「三毛猫ホームズの推理」(1998年)などだ。岡本喜八監督のテレビ版「幽霊列車」もよかったなあ。

薬師丸版「探偵物語」も原作よりいいと思うが、映画としてはいろいろ気になるところがある。ただし、薬師丸ひろ子が素晴らしい。相米慎二監督は「セーラー服と機関銃」を得意の長まわし撮影で一貫し、その手法によって薬師丸ひろ子という女優が持つ魅力をスクリーンに定着させた。

Wの悲劇 廉価(期間限定)以前に書いたけれど(2001年7月13日号「有名になりたい」)、薬師丸ひろ子という女優は長まわしで撮影されることによって、彼女が本来持っている魅力が輝き始める。その動き、表情はカット割りではなく、凝視することで伝わってくる。少なくとも「翔んだカップル」(1980年)から「Wの悲劇」(1984年)までの薬師丸ひろ子はそうだった。

薬師丸版「探偵物語」にもそんなシーンがある。一週間後に父親の赴任先であるアメリカにいく予定の女子大生直美(薬師丸ひろ子)は、お目付役でつけられたうだつのあがらない探偵の辻山(松田優作)と知り合い、辻山の別れた妻が巻き込まれた殺人事件を解決する。その事件を調査する間に辻山を好きになった直美は、出発の前夜、辻山のアパートを訪れる。

そのシークェンスは八分あるが、カット数は三カットだけ。辻山のアパートのドアをノックするところから、直美が部屋のちゃぶ台の前に座るまでが二分三十秒。ちゃぶ台を挟んで向かい合う直美と辻山のカットが五分あり、その長まわしカットが圧巻だ。

彼女は事件を解決するために初めて会った男とホテルにいったことを辻山に告白し、辻山は「初めてだったんだろ。なのに、どうして見ず知らずの男と…」と娘を叱るように言う。「わたし、子供じゃない」と言い募る直美に、辻山は「子供だ!」と自らに言い聞かせるように叫ぶ。

直美は、辻山に愛を告白しているのだ。辻山は、直美の気持ちを感じながら自分にブレーキをかけている。そのふたりの感情のやりとりが手に取るように伝わってくる。背を伸ばし、一心に辻山を見つめる直美(というより薬師丸ひろ子)が素晴らしい。

大学生なのに処女で、背伸びをしようとしていた。初めて本気で好きになった人はうらぶれた探偵だ。彼女は辻山に向かって「わたし、辻山さんのこと…、あの、あの…」と口ごもる。思い切って「今晩、ここにいていいですか」と言葉にするが、辻山は「疲れてるから帰ってくれ」と突き放す。

その五分の長まわしカットから、薬師丸ひろ子の感情の高ぶりがヒシヒシと伝わってくる。彼女の気持ちをわかっていながら「受け入れてはいけない」と拒否する言葉を繰り返す辻山に、直美は告白できないまま「帰ります」と立ち上がる。

しかし、直美は三和土で振り返り「わたし、ホントはホテルで何にもしなかった。辻山さんのこと…好きになったの」と叫ぶように口にする。手前にアウトフォーカスの辻山を置き、直美のアップが望遠レンズで捉えられる。直美の告白の後、手前の辻山にピントが送られ、その言葉を聞いた辻山の表情が初めて見えるという三十秒のカットだった。

この合計八分間のシーンだけで、僕は薬師丸版「探偵物語」を忘れない。当時、映画評論家の山根貞男さんが書いたように「『探偵物語』は、切迫した愛をこそ描く映画」だったのである。

薬師丸版「探偵物語」は、ワイラー版「探偵物語」から三十一年後の作品だった。「THE DETECTIVE STORY」を、当時の配給会社は「探偵物語」と訳した。内容的には「刑事物語」と訳した方が適切だったと思う。元来、「THE DETECTIVE STORY」は「探偵小説」と訳されてきた一般的な言葉だった。

それが「探偵物語」と訳され、小鷹信光さんも赤川次郎さんも「探偵物語」というタイトルを自作につけた。ふたりとも記憶の中にワイラー版「探偵物語」があったに違いない。しかし、ワイラー版「探偵物語」が忘れられている今、小鷹信光さんや赤川次郎さんにワイラー版「探偵物語」へのオマージュがあるにしても、そんなことはいつか消えていくのだろう。少し淋しい。

【そごう・すすむ】sogo@mbf.nifty.com
この原稿を書いていて今更だけど、小林信彦さんと小鷹信光さんは二文字重なることに気付いた。小林さんは本名、小鷹さんは筆名。小林信彦さんは小鷹さんの早稲田の先輩で早稲田ミステリクラブからの知り合いだと思う。もしかしたら、名前をもらったのだろうか。

●305回までのコラムをまとめた二巻本「映画がなければ生きていけない1999-2002」「映画がなければ生きていけない2003-2006」が第25回日本冒険小説協会特別賞「最優秀映画コラム賞」を受賞しました。
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映画がなければ生きていけない 1999‐2002
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star「ぼやき」という名の愛
star第25回日本冒険小説協会 最優秀映画コラム賞
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角川文庫から発売になった大沢在昌さんの「天使の爪」上下巻に解説を書かせていただきました。四百字で11枚ほども書いたのに、もう少し書きたいことがあります。もっとも読者は、くどい解説は迷惑でしょう。「天使の牙」「天使の爪」と続くシリーズは、読み始めたらやめられないことは保証します。


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小説宝石 2007年 07月号 [雑誌]
光文社 2007-06-22
小説宝石」7月号に大沢在昌さんとの対談が載りました。「ハードボイルドがなければ生きていけない」というタイトルです。大沢さんの話の間に僕が「そうですね」と言っているだけのような対談ですが、大沢さんの映画やミステリへの愛がうかがえて面白いですよ。